飛 田 穂 洲
飛田穂洲 ( すいしゅう ) は明治 19 年、市内、旧大場村に生まれ、本名を忠順 ( ただより ) といった。旧制水戸中学校、早稲田大学に学び、この間、野球の名選手として活躍。早稲田大学では主将をつとめ、卒業後は監督となった。引退後は、野球評論家として名を馳せ、多くの野球解説の著書を残し、「学生野球の父」と慕われた。号穂洲は旧制水戸中学校のころ自ら称し、文筆に認められている。
また、「一球入魂」は穂洲の座右の名で、人生訓として特に有名である。
昭和 36 年野球殿堂に入る。
(水戸郷土かるた読み札より)


今日から夏の甲子園高校野球が始まりました。
今回は 5 年前にも紹介した水戸郷土かるたの「い」に出てくる札について取り上げます。
学生野球の父と呼ばれ、“一球入魂”という言葉の提唱者である飛田穂洲はご当地水戸市出身です。写真の“一球入魂”の碑がある場所はちょっとわかりづらい場所にあります。また、穂洲の銅像はノーブルホームスタジアム水戸(水戸市民球場)にあります。県大会の決勝が行われる球場で、今年は大会 5 日目に登場する茨城県代表「明秀日立」のサヨナラ2-ランの劇的舞台となりました。
熱戦続く高校野球、その父と言われる穂洲、水戸の歴史・偉人巡りをしてみてはいかがでしょうか・・・。