あたしの気まぐれな毎日

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かお☆りん @ Re:やだ(01/11) だははは~~らりらりほ~よ~~
tomo5n @ やっと 全部読めました。 あの事件、もちろん新…
2004.10.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
ちょっと考えてみてばかりいる昨日今日なのである。


それにしても、そもそも平等っていったいなんなんだ?
生まれついて人は平等ではない。
美しく生まれる人もいれば、不細工な人もいる。
お金持ちの家に生まれる人もいれば、貧乏な人もいる。
非凡な人もいれば、平凡な人もいる。
五体満足である人も、障害のある人もいる。
それなのにすべて平等に生きていくことなんて不可能なんだってあたしは思っている。


同時に差別と区別は違うとも教えられた。
差別と区別。すんごい難しい課題だ。
こっちは区別してるつもりでも、相手は差別されていると感じるかもしれない。


障害者だからって謙虚である必要はないし、卑屈になる必要もない。
健常者と同じように、それぞれ個性があって、性格もそれぞれだと思う。
もちろんあたしはPDだとはいえ、体には障害はないからそういう人たちの
苦悩は理解できない。
他人のことなんて、どんなに身近な家族でも完全に理解することなんて
できるわけないって思ってるし、理解してあげる、なんて傲慢な態度だ
って思ってる。お互いに理解したような気になってるだけ。
親しくなってくると、経験則から相手の状況や気持ちが憶測できるようになってくるだけ。


轢かれそうになったもんだ。
その男の人は通勤客で混雑している歩道橋をものすごい勢いで(原チャリ並み)
びゅんびゅんと人にぶつかる勢いで走り、ぶつかりそうになるたびに
ものすごい目でにらむのだ。
一度なんておばあさんが引っかけられて転んでしまったところを

歩道橋のエレベーターに割り込んで乗っていった。

障害者の人は苦労があるかもしれない。でもそれでも与えられた環境の中で
平和に幸せに暮らしている人もたくさんいると思うし、卑屈にならずに
受け入れて頑張っている人がほとんどなんだと思う。

自分は障害者で苦労してるんだから、人が自分に親切にするのは当然で、
道を譲らせるのは当たり前で、感謝する必要はないっていうような
「お前らに俺の苦しみがわかるのか?」的なその車いす青年の態度は、
健常者に対する逆差別を感じてしまう。

っていうか、健常者だって苦労はあるんだぞ。
苦労の形は人それぞれだけど、苦労してない人なんてそんなにいないと思われる。

あたしは障害に同情はしない。そういう風に生まれてしまった、
そういう風になってしまったことに対して。
自分自身もPDで、人生は普通の人よりもずいぶん生き辛いものだけれど、
同情されるのはイヤだし、病気だからといって不幸なことばかりじゃない。
いい友達もたくさんいるし、いい夫、子供にも恵まれた。
できないこともたくさんあるけど幸せなこともたくさんある。
病気になったからこそ、見えたものもたくさんあるって思う。
ホントの友情や愛情がそうだ。

理解もできない同情もしないってーと冷たいって言う人もいるかも
しれないけど、あたしはそうは思わない。
できることまでも手を出してやってあげようってのはよけいなお世話だと思うのだ。

あたしは155センチの自分の背の高さで見える世界しか知らない。
すごく背の高い人や、車いすで過ごす人の世界も、あたしは知らない。
目が見えない人や耳の聞こえない人の世界はあたしにとっては『恐怖』だ。
だけど、苦労を思いやって手伝ってあげることはできるだろう。

でもなにを必要としているのかわからない。相手がどの程度のヘルプを
必要としているのか、どうしてあげれば相手に不快な思いをさせずに
手を貸してあげられるのかわからない。
「手伝えることがあればしてあげたい」って思う人は多いはずだよ。

だからハンディキャップを持っている人は声を出して、「こうしてください」
って言ってくれていいんだと思う。
卑屈にならないでいいのだ。そして手伝ってもらったときには
「当然だ」と思わずにいて欲しい。
そして周りの人はそれに対して気持ちよく自分のできる範囲のことをすればいいし、
「めんどくさい」とか「してやった」みたいな気持ちにならないで欲しいのだ。

どうやったら上手に自分と違う人たちと接していけばいいのかって
難しいなぁって思う。
それは健康であっても病気であっても、障害があっても、それぞれが
個性だって思える心の持ち方なんだろうなぁ。
ホント、難しいなぁって思うのでした。

なんでこんな日記を昨日、今日と書いているかというと、
先日手首から先のない赤ちゃんとお母さんとお話する機会があって、
その子がなんの不自由もなく上手におもちゃで遊んでいるのを見たから。
周りの子供もなんにも気にせず一緒に遊んでいるのを見たから。
もちろん大人としては「聞いちゃいけないこと」だから触れていなかったけれど、
それが障害だってこと、その子本人も周りの赤ちゃんたちも認識していないことを思い、
「いつから障害者になるのだろう」と思ったからなのであった。

雨の日はなんとなく物思いにふけりすぎてしまう。
早く秋晴れの空、ベビーカー押してお散歩したいなぁ。







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Last updated  2004.10.05 15:15:57
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