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2010.02.05
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カテゴリ: 中年のつぶやき
檀家制度について物申す1.2のようなことがあり、家の宗派を捨てる決意をしたわけだが、菩提寺には過去帖なるものが残っているし故人の遺骨の一部も埋葬してあるので、お寺さんから見ればいつまでも檀家ということになると思う。
そうかといって、それも全て消去してくれというほどの信念があるわけではない。

自らの死後に関して・・・
白須次郎さんのように「葬式無用 戒名不用」さらに「墓も不要」と思っているが、遺族からすれば、自分が母親に対してそうであるように何もかも無用というわけにはいかないような気がする。
遺族の心の内まで無用というわけにはいかないし、遺族からしてみれば、何らかのカタチで故人と関わっていたいものだと思う。
自分も母親に対してマザコンと揶揄されるかもしれないが、遺骨の一部を手許に置いて供養しているし、遺髪の一部はペンダントに入れて、母が好きだった山行の時にはいっしょに連れて行くようにしている

宗教について・・・
寺院へ行けば手を合わせるし、神社へ行けば2礼2拍手・・・、教会ではアーメンと唱える。深い意味もなく漠然とそうしている。お守りも買うし、おみくじの結果にだって一喜一憂している。しかし、各々の宗教の詳しいことは全くわからない。おそらく寺社建築や仏像建築、なによりその歴史に畏敬の念を覚えるから、そうしているんだと思う。
墓前では「南無阿弥陀・・・・」、法要時は「お経」を唱えるが内容を知って唱えているわけではない、おそらく森羅万象、有意義なことが書いてあるんだろうなとは思うが意味も理解せずに唱える意味が果たしてあるんだろうか?

自分の心の内なるものこそ自分にとっての唯一の宗教なんだと思う。





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最終更新日  2010.02.05 11:05:20
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