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今日は、コーチングつながりの方々と青山にある我やというお店に集った。我やには初めて行ったけれど、マクロビオティックな食事が楽しめるお店で、メニューも豊富で選ぶのが楽しかった。味も美味しい。今日のメンバーでの食事は初めてで、セッティングしてくださったSさんに感謝年齢も仕事もバラバラな4人がこうやって一つのテーブルを囲んで、そういう日常の役割なんかを抜きにして話をしていることが嬉しかった。その中のお一人は、私の勤める会社の親会社の方で、しかも部長さんで、ふつうだったらこんな風にお会いして食事なんてできない方だ。できたとしても、仕事の話しかできない。でも、偶然にも仕事で昨年接点があり、CTIでもつながりがあって今日に至った。1年先は、分かっているようで、実は予想外のことに満ちているんだなーと実感。こんな風に予想外の未来が出現しているのは、自分の行動の結果かもしれない。一昨年までの私は、仕事一色で友達の範囲も少し広がりつつあるけど、仕事と家の往復生活だった。1年前には想像できなかったことが起こってる!なんて思うことも少なかったように思う。・・・そう、私はあまり過去を振り返らなくて、いつも先のことばかり考えているから、気づかなかったのかもしれない。今も過去のことはあまり考えたりしないけど、何か起こったり、人とのつながりを考えたりした時に、これは過去の私には想像し得なかった出来事だ、と思って、有難さや嬉しさを実感している。これって、ただ年取っただけかしら ま、それでもいいや。嬉しいことだから。話が飛躍してしまったが、そんな親会社の部長さんが帰りにお土産をくださったなんて優しい方なんでしょうしかも、セレクトのセンスも素晴らしい!さすがです。この部長さんは日ごろから、優しくて寛大で若くて柔軟な方で、こちらの話をとてもよく聴いてくださる。きっと、部下に信頼されていらっしゃるのだろう、といつも思っていたけれど、こんなときにお気遣いくださるなんて、脱帽しました。前から食べたいと思っていた、Sadaharu AOKIの焼き菓子背の高い、白いおしゃれなBOXに、一枚一枚繊細に作られたことが分かる
2006.07.27
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私のだーい好きな高校野球シーズンがやってきましたやったー高校野球は思えば中学校のときから大ファン。記憶にあるのは、福岡第一高校の前田くん・土屋くんバッテリーのファンだったこと。前田くんはプロに入ったけれど、土屋くんはその後どうしたのだろう・・・私は土屋くんファンで、親友が前田くんファンで、高校野球雑誌を片っ端から買っては大騒ぎしていた気がするいつのまにか、自分が年上になったのだけど、今でも甲子園のプレーを見ているときは、彼らの方が年上かと錯覚する。見ているときの私は、あの中学時代の心のままだ。何が魅力なんだろう?あの、チーム一丸となって甲子園を目指す予選の雰囲気もいいし、甲子園にきたらまずは1勝とチームも応援スタンドも一体になって1点を追う感じも好き。負けたチームが勝ったチームに気持ちよくエールを送り、自分たちの夢を託す場面も、悔しくって泣きじゃくる姿も、応援スタンドに全力で走ってくる挨拶の場面も・・・どれも感動する夜は熱闘甲子園を見て泣くのもお決まり。昨年は、実家の地元高校が19年ぶりくらいに甲子園に出場したので、私は主人をそそのかして(2年越しで甲子園に行きたいといい続けた)念願の甲子園アルプスで応援した新幹線では間に合わない!と分かって、夜行バスをぎりぎりでおさえ、朝到着。そのまま球場へ入って、ものすごい炎天下の中、暑さも忘れて応援&写真撮影しまくり第一試合だったので、ベンチ裏が空いていて、そこから熱烈応援を繰り広げていたら、目の前に座っていた人がその高校のコーチだった。私の応援ぶりをかってくれたのか、高校名入りのジャイアンツカラーのタオルを「どうぞ」とくれたなんていい人なんでしょうさすが、地元の人だと感激した。9回裏まで気の抜けないハラハラ試合だったが、まずは1勝を達成甲子園はテレビで見ていたよりも大きくて、テレビに映っていないところでもドラマがあって、応援団の熱気はすさまじく、感動の坩堝だったそんな季節が今年もやってくる。ワクワクするなー。今年も地元高校が1校best4入り。甲子園に行って欲しい!!!今まで我が家では日経と読売の2紙を購読していたが(ちなみに夫婦でGファン)、今月から読売は朝日に切り替えた!準備万端
2006.07.25
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今日は仕事でとある研修があった。初めて導入した研修なので、一日張り付きで後ろから見守っていた。参加者は10人。私の想像以上に、参加メンバーは積極的で、もっと良くしようという思いや願いをたくさん感じられた。あー、私一人じゃないな、こんなに同志がいたのだな・・・と励まされた。最後にこれからの行動宣言を全員がやった。みんな、スタート時よりもずっと力強く、キラキラした笑顔で宣言をしていた。講師の方が、「○○します!」と言ったことは、必ずそうなる!とパワフルにおっしゃっていた。まさに、私も最近そう思っていたので、みんなに宣言したくなった。そして、コーチングをやっていること、それは今日の皆さんのような笑顔を見たいから。と気持ちを素直に話すことができた。「私は、みんなが職場に帰ってからもずっと、今の笑顔でいられるようサポートします!」とみんなに伝えた。心の中で思っているより、伝えたほうが行動を起こしやすいし、忘れないな、と思った。○○したいと思います・・・では叶わない、○○します!と言い切る大切さを改めて学んだ日だった。
2006.07.24
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今日は”パスタ会”と称して、イタリアンを楽しむ仲間とのランチと、ワークショップを通じて知り合った友達との近況報告会で、大切な友達の”はしご”な日だった。パスタ会はかれこれ・・・3年くらいになるだろうか。4年目かな?同業他社との交流会で何度か会ううちに、交流会は私たちは上司のお供、みたいな感じでいたので、もっとざっくばらんに色々お話したいなーと思っていたところ、みんなパスタ好きなことで共通していたことから始まった。最初は4社で5人の会だったけれど、一人連絡が取れなくなって、今は4人。出会ったときを思うと、今は4人とも違う所属で仕事をしているし、当時既婚は私だけだったのに、いまや3人が既婚で、一人は子供まで!最初は、同業で同じ担当の仕事をしているから、色々情報交換をしたりしていたけれど、だんだんプライベートなことも話すようになり、仕事の話はついで、程度になった。 それでも、同業だからたまには聞きたいこともあるし、聞けばお互いに話す。4年もずーっとつながっている社外の友人ってすごく有難いと改めて思った。今日のメニューは、食通のサラダ、渡り蟹のパスタ、カルボナーラ、に白ワインそして、最後に最近挙式した友達のために仕込んであったサプライズケーキこれがびっくりするほど大きくて一同唖然・・・ドーム状に生クリームの屋根があって、中はたくさんのフルーツとカスタードとしっとりスポンジのケーキ。美味しいのだけど、既にパスタでお腹いっぱいの私たちはお行儀悪く中のフルーツやカスタードを掘り堀り食べるのが精一杯だった・・・もったいない。お店の方、ごめんなさい!掘り掘りした後のケーキは、まだ1ホール分と見えるくらいの残量でした・・・そして、パスタ会のあとは、最近知り合った年下の女友達2人と近況報告会彼女たちは私よりだいぶ若いけど、心の中にとても熱い思いを持っている。自分らしく生きる道を一生懸命模索して、前へ進もうとしている心強い存在。私を年上と扱わず、同年代の友達と同じように話し、フィードバックもくれるのがとても嬉しい。コーチングにも興味を持ってくれていて、今度試してみたいと言っていた。彼女たちにはコーチングはスゴイ効果を発揮すると確信してる。2人とも、自分の思いとか不安とか、何でも素直に話してくれるし、自分について考えたり感じたりすることができるから。素地がある。ちょっとでも2人の役に立てるかも!と思うと、そして彼女たちが生き生きとしていく姿がイメージできて、とってもワクワクする
2006.07.22
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今、コーチングしてみたい人・・・学校の先生。コーチングをしていると、その人のものの見方や考え方、自己表現などに子供の頃の体験が大きな影響を及ぼしていることがとても多い。そして、その影響を与えた人は、親、先生、友達・・・子供の頃を振り返ると、私も先生のことはよく覚えていて、親よりも長い時間過ごすこともあったと思う。そして、親は、その後もずーっと共に生きるので、影響も変化していくと思うけれど、1年くらいしか共にいない先生の印象はあの時のままだったりする。それに、子供の頃の先生の存在って、絶対的だったと思う。(今はそうでもないのかな?)「先生に言いつけるよ!」「先生に怒られるよ」「先生が~って言ってたよ」そんなフレーズがいっぱいあった。だから、誰もが生き生きと自分らしく生きて欲しいと願うにつれて、子供の頃の環境が大事だと思うようになった。先生がコーチングのスキルを身につけていたり、コーチングを受けたりしたら、子供にどんな変化があるだろう?と思ったら、とっても試してみたくなった。もちろん、子供にはティーチングが一番必要。でもそのティーチングの中にも、コーチングスキルを使うことは可能で、それによって受身的な教育ではなく、子供の主体性や積極性が引き出され、興味関心の幅が広がるようになると思う。学生時代に塾の講師のアルバイトをやっていたが、子供たちの純粋さとか、講師である私への好奇心の向け方などが新鮮だった。この子たちの人生に私なんかが関わっていいのかな、とか、こんな授業でOKなのかな、とか色々思った。今も、そんな風に思う先生がいらっしゃると思うし、子供たちの可能性を最大限引き出してあげたいと願って教壇に立っている先生もいらっしゃると思う。そんな先生にコーチングをやってみたい!先生が生き生きと自分らしく生きていて、子供たちへの愛情や思いを惜しみなく表現していて、その生徒たちは先生が大好きで、自分の可能性を広げるべく好奇心をもって授業を受けたり、学校が終わったら思う存分遊んだり、お父さん・お母さんに今日の出来事を嬉しそうに話したりする・・・そういう人たちが増えていったら、どんな未来になるんだろう・・・そういうことに関われたら、私自身もすごい幸せ。絶対、いいことが起こる予感がする
2006.07.19
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今読んでいる本がとてもいいのでお勧め。タイトルは「ギフト」と「出現する未来」 この2冊は、とても柔らかく読みやすい本と、1文1文が深くて読み進むのに時間がかかる本。でも2冊とも同じことを伝えようとしている感じがする。同じ、と言ってしまうのは語弊があるかもしれないけれど・・・共に自分を見つめるきっかけをくれるし、私にとってはコーチとしてやっていることの意味や価値を確認することができて勇気付けられるし、もっとやっていこう!と励まされる。例えば「ギフト」の中では、”表現力を身につけたい”とか”成功したい”いう言葉遣いはとある。なぜなら、そう言うことで、”自分に表現力がない”、”私は成功していない”と認めることになる。自分がそう思えば、そうなる。つまり、身につけたい、成功したい、と言った瞬間にそれを今の自分はそれがない自分になってしまう、ということだ。ではどう言えばいいのかというと、「表現力を引き出したい、高めたい」「私は成功しつつある、もうすぐ成功する」。確かに、この言い方のほうが自己肯定的であり、前向きだ。私も「○○になりたい」「英語ができるようになりたい」とよく言いがちなので、それは「○○になりつつある」「英語をもっと使えるようになる」と変えてみたい。・・・そういえば、以前コーチに目標について話した時に、「それが達成できると分かっている」自分になってみたら何か変わるか、という問いをもらった。なりたい、なりたい、と強く思うことは、なっていない自分をより強く認識することでしかない・・・コーチも、著者の平野秀典さんも同じことを伝えてくれていた「自分の思いが確かに自分を創っている」ということを実感させてくれた。夢があって追いかけている人にも、まだはっきりとして目標が見つかっていない人にも、お勧め一方の「出現する未来」では、こういうことをもっと論理的というか、専門的なワードを使って述べている。人はまず意思や意図があって、そこから行動する。それの集合体がこの世界。とかく、未来を予測して、それに対応すべく今何をすべきかを考えたりするが、本当は自分たちが未来を創っている。どんな未来が待っているのか考えるのではなく、どんな未来を創りたいか、を考えることだと。そうすればおのずとやることは分かる。この考え方は、未来に対して能動的であり、主体的であり、何よりも未来の訪れが楽しみになる。とても勇気付けられる考え方であり、同時に世界に対する責任感が生まれる感じだ。ここで大事だと思うのは、私たち一人ひとりが未来を創っていると全ての人が認識することだと思う。例えば、環境について。「自然と人類が共存し、人工的なものはほとんどない」未来を創ろう!と全ての人が思えば、自然を大事にする思いが生まれ、行動も起こる、人工的なものを排除していく行動が起こるだろう。ところが、「このままだと未来は環境破壊が進み、自然のサイクルが機能しなくなる」という未来予測があるとすると、人々は環境破壊を食い止める方法を考え、破壊した時の対策をとり、自然を人工的に作り出す技術を開発したりする・・・今の世界は、この両方の考え方があると思う。後者に偏っていないことが救いだけれど、両方の考え方がある、という現実によって、どちらもなし得ない、とも思える。今の人々の労力が全て無駄になるかもしれない、ということだ。もったいない。少しでも多くの人に、「未来は私たちが出現させる」という思いを共有して欲しく、この本をお勧め
2006.07.18
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私は滅多に物を失くしたり、置き忘れたりしない。でも昨日、久々につけたダイヤのピアスを失くした髪をなおした瞬間、ガリっと音がしてピアスのキャッチがポロリと落ちてきた。中指にはめていたリングに当たったらしい・・・それで、キャッチはすぐに拾ったけれど、肝心のダイヤが見当たらないきっと近くに落ちているはず・・・と足元やらテーブルの下、椅子の下、じーっと床をずーっと見ていたけど、キラリと光るものは全くない。もしかしたら、歩いている途中でイヤホンを外した拍子に一緒に落ちたのかも!?と思い、後で歩いた道を探してみようと思った。人と待ち合わせをしていたので、その間約10分。もう相手が来るころだから、諦めることにした。・・・でもやっぱり気になる・・・安いものならこうも気にならないだろうけど、体調がすぐれなくて、夜の会合をキャンセルしたからペナルティかしら、とかそんな装飾品はもう要らないでしょ、というメッセージなのかな、とか何かを手に入れるときは、何かを手放すことになるんだよなーとか色々思いが巡った。待っている間に読みたい本や整理しておきたいことが色々あったのに吹き飛んでた!そして待ち合わせの相手が来ると、ピアスのことはすっかり忘れることができた。終わってから思い出したけど、どんなに気にかかることがあっても、自分のことは置いといて人の話を聴けるっていいことかも帰り道・・・やっぱりなくて、私にはもう不要なものなんだと思うことにした。そもそもピアスは長時間つけていると耳が痛くなったりするので、つけること自体ほとんどない。そうだ、やっぱり要らなかったんだ。・・・そして今朝。2階で着替えていると、ダーチャが上がってきて私の着替えの間、部屋の中を歩き回って色々なものをくんくんやっていた。最近は革のベルトを噛むのか好きで、犠牲になったベルトはダーチャにあげることにしたので、それの前でやっぱり遊んでいた。カチカチ、カラカラと何かネジのようなものを口の中で転がしている音がした。ベルトからネジをかじりとったのかも!と思い、危ないので出させると、なんとあのピアスが!どこから出てきたのか全然分からないけど、とりあえず失くしたと思っていたピアスは出てきたのでした。そもそも出かける前に部屋に落としていたのか?でも、だとしたらキャッチだけが単独で耳に張り付いていたことになる。それはあまりあり得ない。ポロリと落としたときに、服にひっかかっていて、そのまま持ち帰った。着替えたときに床に落ちて、それをダーチャが今朝見つけた?うーん。どれもいまいちピンとこないが、とりあえず見つかって良かった。でも、つけないのだけど・・・
2006.07.16
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昨日はプロセスワークのワークショップ2回目。 このワークショップでは、ダブルシグナルというものがテーマになっていて、今回もそれへの焦点のあて方を教わった。 ダブルシグナルとは、自覚なく発信している情報(しぐさ、声、態度、表情、言葉など)のことを言い、それを出しているのは自覚のない自分(夢人物)であるという。 言葉と態度がちがったりするのは意識的な自己と無意識な夢人物が存在しているから、となる。 コーチングでも、無意識な部分はクライアントの目標にとって重要であれば指摘する。 必要があれば、そこにどんなメッセージがあるのかを聞いてみたりする。 でもそれはコントロールできない何か、ではなく、そのメッセージなりを聴いた上でどうするかはクライアントが決められる、という考え方だ。 セラピーやカウンセリングはやらないとしてもどんなアプローチをするのか知っていたほうがいいなぁと思った。 自分ではコーチングをしているつもりが、セラピーになっていた!なんてこともあるかもしれない。
2006.07.14
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CTIのコーチングワークショップの中で、未来の自分に会いに行く、というエクササイズがある。昨年の9月に私はそのエクササイズを体験し、未来の自分のキーワードは「まっ白」だった。そして先日、コーチにもう一度このエクササイズをお願いして、未来の自分に会いに行ってみた。そしたら、以前とは変わっていた!なかなか会えなくて、ようやく捉えた印象は、前と全然違っていたので戸惑った。コーチは、なんで変わったかは気にしなくていい。自分が変わっているのだから、未来の自分も進化するのだと教えてくれた。この度会った未来の自分のキーワードは「グリーン」。真っ白からグリーンへ進化した。ふんわりした印象、柔らかい草原のようなグリーンの服を着ていたのか、オーラを感じたのか・・・そして、風が優しく吹いてきそうな笑顔で、超自然体な人。力が抜けていて、穏やかで・・・でも、目が強い感じ。しっかりと自分の望む世界や人々を見ている目。あとは、人を信じる熱い心も感じた。贈り物をもらった。それは、CTI仲間で兄であるYさんが私にくれた手作りの勲章だった!偶然にも、それはグリーンのリボンで作ってあって、裏にきりんのシールが貼ってあり、「Being=どうあるか」と書いてある。Yさんの姪っ子ちゃんが作ってくれたもの。職場のデスクの引き出しに入れて、毎日見ているそれが、未来の自分から贈られたのはびっくりでもあり、やっぱりね、という気もした。私が色々な制限を振り払って行動を起こした時に、Yさんからもらったものだから、きっとこれからも私が勇気を出して前進するのを見守ってくれる気がする。未来の自分は、未来の目標ではなく、自分の中にいて、英知を分け合ってくれる同志のような存在らしい。 真っ白からグリーンへ進化した未来の自分にちょっとずつ慣れてみたい。
2006.07.11
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プロセスワークというものがあるのを偶然知って、ワークショップに参加してみた。 ほとんど知識ないまま行ったら周りは知識ある人ばかりでしかも新顔は私だけ、という場だった。 でもさすがにそういうコトを学んでいる人たちだけあって皆さんオープンで疎外感もなく過ごせた。 プロセスワークはセラピーに使うスキルを身につけるものらしかった。 コーチングに役立てばいいな、と思っていたので間違えたか?と思った。 1時間弱の講義とペアワーク、スーパービジョンで2時間半。 ワークをやったり見たりする中で、コーチングとよく似たアプローチがたくさんあった。 コーチングよりも静かなトーンで相手の話したいことを聴いていく… クライアントと共にいる、答えはクライアントの中にある。 そういうコトを大事にしていると感じた。 セラピーとコーチングは違うだろうと思っていたので新たな気づきだった。 でもコーチングの方がもっとエネルギーが高くなる。力強さがある。 どちらが良い悪いはなく、その時々によってクライアントが選べたら一番いい。 自分らしさの回復をしたい時にはどちらも使えるけれど、終わった時に感じるモノは違うかもしれない。
2006.07.07
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2006.07.04
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コーチングを始めてからたくさんの人と出会っている。 しかもみんな素晴らしい何かを持っていて友達になりたい!と思う人ばかり。 自分にも他人にも素直に思いを伝えられる人。 コーアクティブコーチングが好きで追求している人。 いつも自分に挑戦し、アクティブに生きる人。 どんなときも相手と本気で関わる人。 マイペースで人を巻き込んでいく人。 思いやりに溢れ芯の強い人。 自分の可能性を一歩一歩広げている人。 自分に自信を取り戻そうともがきながらも前進する人。 人に安心とやすらぎを与える人… 1年前には知らなかった人たちが今は大事な仲間であることは不思議。 と同時に有り難い。 兄のような大切な仲間が私についてこんな風に表現してくれた。 『日向のまどろみと閃光の煌めき』 昼と夜くらい違うものが私の中に同居しているらしい。 とっても嬉しいメッセージだった。
2006.07.04
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2006.07.04
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