幸せ探し

幸せ探し

2018年12月10日
XML
カテゴリ: 旅行記

今日はボランティアの研修旅行で「稲村の火」の館(和歌山県広川町)へ行ってきた。
日曜日と言う事だからか、結構な人が見学に来ていた。


当時の家の庭
濱口梧陵は広村(現在の広川町)で分家濱口七右衛門の長男として生まれ、12歳の時に本家の養子となり、銚子での家業であるヤマサ醤油の事業を継ぎました。
 安政元年(1854年)、梧陵が広村に帰郷していた時、突如大地震が発生し、紀伊半島一帯を大津波が襲いました。梧陵は、稲むら(稲束を積み重ねたもの)に火を放ち、この火を目印に村人を誘導して、安全な場所に避難させました。
 しかし、津波により村には大きな爪あとが残り、この変わり果てた光景を目にした梧陵は、故郷の復興のために身を粉にして働き、被災者用の小屋の建設、農機具・漁業道具等の提供をはじめ、各方面において復旧作業にあたりました。また、津波から村を守るべく、長さ600m、高さ5mの防波堤の築造にも取り組み、後の津波による被害を最小限に抑えました。

南海地震が起きた時どこまで津波が来るかと言う想定範囲
後ろの青い部分は平地茶色は山。
この辺りは川が多いので、川を津波がさかのぼる危険もある。
津波の起きるメカニズムや、和歌山地方での地震の記録などの解説、防災の知識にチャレンジするコーナーなどもある。
館の入り口は浜口家の屋敷であり、流石に村の庄屋格と言う感じの立派な屋敷この中に彼の功績をしのばせる資料などが展示されている。村のリーダーだけではなく、陽明学を学び私塾を開き、医学生への就学援助などもしていたらしい。

勝手ににげろと言うだけの話しではなくて、普段から防災意識を持ち、津波に見舞われた時はどこに逃げるのか、家族なりで話しあっておくこと、そしてどういうルートを通るかも良く考え、臨機応変に個人が対応すること。そう言う下地というか普段の意識があってこその話だと思った。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2018年12月10日 09時00分09秒 コメント(24) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

カレンダー

お気に入りブログ

2026年5月17日 才木… New! タイガース非公式サイト2代目さん

もう夏日(^◇^;) ン… New! ナイト1960さん

孤独のグルメ 大戸… New! MoMo太郎009さん

🌷新作「裸一貫」(8)… New! 神風スズキさん

新発売⭐️DEAN & DEL… New! ぬぅ123さん

プロフィール

クレオパトラ22世

クレオパトラ22世


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: