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「小」が「大」に勝つ例はいくらでもある。(p24) 日本は大東亜戦争も、やり方によっては勝てた。(p25) ソロモン消耗戦においても、アメリカの物量に圧倒されないで、勝つチャンスはいくらでもあった。(p26) もし、日本が欲すれば、アメリカと戦わない方法があったのか。答えは「あった」である。それも、いくつか方策があった。(p27) アメリカに戦争を断念させるほどの切り札を日本は持っていたのか。答えは「持っていた」。(p47) 米英との戦争を回避することなど、いとも簡単であった。(p66) 早期講和の方法もあった。(p70)
ルーズベルトは言明した。
「重ねて、重ねて、重ねて、何度でも繰り返して誓うが、あなたがたの息子を戦場に送ることはない」
このような公約で三選を果たしたルーズベルト大統領が、どうして戦争ができるだろうか。
ルーズベルトの「不戦」公約が交渉の切り札だった
アメリカの大統領選挙で言明される公約は、現在の日本の政治家が選挙の際に口にする公約とは、重さが違う。ひとたび公約として口にしたことは、軽々しくひるがえすことはできない。日本の指導者がこのことさえ知っていたならば、戦争をしないですますことができたのである。(p28)
米英との戦争回避はいとも簡単
アメリカの正体さえ見破れば、英米との戦争を回避することなど、いとも簡単であった。こんな簡単なことはない。アメリカが対日禁油をしたら、オランダにだけ宣戦してインドネシアの油田を押さえるのである。
ルーズベルトはもちろん、烈火のごとく怒るであろう。しかし、それだけのことである。(p66)
引用元: 小室直樹 日本の敗因
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エセ反論が酷いエセ左翼 2008.08.23 コメント(2)