大東亜戦争は聖戦ではない

大東亜戦争は聖戦ではない

2005.10.06
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テーマ: 戦争反対(1249)
カテゴリ: 戦争と平和
小室直樹氏の「日本の敗因」を紹介してきましたが、この本のすごいところは
問題点を示すだけでなく、全て対案を出していることです。
今までの歴史観では全て、「アメリカには勝てるわけがない」「軍部は馬鹿だった」「日本国民は馬鹿だった」で終わっています。それでは何の成長もありませんね。
彼は、それを見事に、打破しています。
  • 「小」が「大」に勝つ例はいくらでもある。(p24)
  • 日本は大東亜戦争も、やり方によっては勝てた。(p25)
  • ソロモン消耗戦においても、アメリカの物量に圧倒されないで、勝つチャンスはいくらでもあった。(p26)
  • もし、日本が欲すれば、アメリカと戦わない方法があったのか。答えは「あった」である。それも、いくつか方策があった。(p27)
  • アメリカに戦争を断念させるほどの切り札を日本は持っていたのか。答えは「持っていた」。(p47)
  • 米英との戦争を回避することなど、いとも簡単であった。(p66)
  • 早期講和の方法もあった。(p70)

  • 全て紹介したいのですが、この部分だけにしておきます。

     ルーズベルトは言明した。
    「重ねて、重ねて、重ねて、何度でも繰り返して誓うが、あなたがたの息子を戦場に送ることはない」
     このような公約で三選を果たしたルーズベルト大統領が、どうして戦争ができるだろうか。
    ルーズベルトの「不戦」公約が交渉の切り札だった
     アメリカの大統領選挙で言明される公約は、現在の日本の政治家が選挙の際に口にする公約とは、重さが違う。ひとたび公約として口にしたことは、軽々しくひるがえすことはできない。日本の指導者がこのことさえ知っていたならば、戦争をしないですますことができたのである。(p28)

    米英との戦争回避はいとも簡単
    アメリカの正体さえ見破れば、英米との戦争を回避することなど、いとも簡単であった。こんな簡単なことはない。アメリカが対日禁油をしたら、オランダにだけ宣戦してインドネシアの油田を押さえるのである。
     ルーズベルトはもちろん、烈火のごとく怒るであろう。しかし、それだけのことである。(p66)
    引用元: 小室直樹 日本の敗因

     コロンブスの卵的発想ですね。今まで、「米英」は一つのものだと思い込んでしまって、アメリカにだけ開戦しないということなどとは考えもしなかったのではないでしょうか。私もそうでした。戦後の歴史観に囚われていると、物事が見えなくなってしまいます。



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    Last updated  2005.10.06 00:12:26
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