日本の歴史は、明治維新後に政府の都合で塗り変えられた部分があるようです。
【君が代】は国歌ですが、この元になるのは【古今和歌集】の詠み人知らずの歌
【我が君は、千代に八千代に、さざれ石のいわおとなりて、こけのむすまで】
今の国歌は「我が君」ではなくて【君が代】になっていますが、これは明治維新後
薩長連合政府の薩摩出身の役人(後の元帥大山巌)がしたことです。
昔から薩摩琵琶の伴奏でいろいろな所で歌われていた【蓬莱山】という歌、そのなかに
【君が代】の歌詞があり、それを国家にしたということです。
古今和歌集の歌の【我が君】は、もっと親しい間柄に用いる言葉だったそうで、
実は、旧伊勢国の初代猿田彦命のために詠った歌だといわれます。
吉竹高木の王宮にいた猿田彦 (ユダヤ・ガド族長) が、最後に結核を患って死の床につく。
それを、病気回復を願って作られたもので、作者不明となっていますが、これは
二代目 猿田彦、息子が詠った歌だそうです。
この【君が代】は、筑紫の旧伊勢国各地の地名を織り込んで歌にされています。
【千代に八千代に】の【千代】は、博多に【千代】という所があって、【細石(さざれいし)神社】
旧名では【佐々禮石】、これは非常に大きい石で境内に“神聖な”巨石が祀られています。
明治以来、ずっと細かい石を“さざれいし”と思わされてきましたが、そうではなかったのです。
この神社の祭神は、磐長 (いわなが) 姫であり、二代目猿田彦命の王妃でした。
また“いわお”というのは、井原山に“岩羅”という所があり、“こけむす”は、糸島半島船越に
コケムスヒメノミコトを祭る若宮神社がありました。そのように【君が代】は、それぞれの地名
や人名を織り込みながら、病に倒れている人々の長命を願ったという意味合いをもたされる
歌だったようで、決して天皇を讃える歌とかではなかったようです。
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