
第一回目天孫降臨 ユダヤ南朝系ガド族+イッサカル族+ゼブルン族
BC213年、秦始皇帝による 焚書坑儒 により、 孔子・孟子の子孫 、 ガド族 は、 イスラエル北朝系から
ユダヤ南朝系に転身して 燕王公孫氏 (南朝系イッサカル族) の 一部勢力と連合して
BC90年頃 から 移動再開。
BC86年 、 ガド族猿田彦 の下にイッサカル族、ゼブルン族が結集し、一行は朝鮮半島を南下して 対馬 に至り【高天原】と称し、天照神社を祀り、対馬高天原から船出して
糸島半島へ移動して 吉武高木 に【旧伊勢国】を建てます。初代猿田彦命が肺結核で病死すると
イッサカル族出身の王妃が女王となって王権を継ぎ、かなり長く君臨しました。
二代目猿田彦(ガド族)は平原に王宮を移し 、【記紀】に出てくる“前の君”と呼ばれました。
猿田彦二世はイスラエル神 (バアル神) を祀る太陽神殿 (天照大神を祀る日代宮) を
平原 王墓 (遺跡) に築き、八咫鏡ほか神鏡・鉄剣・勾玉などの【三種神器】を奉納しました。
彼は、この最新式な青銅器文化を持って九州一円に進出し、先住のシュメール人・苗族・
港川人らを支配下に置いてきました。
第二回目の(天孫降臨)【秦始皇帝子孫 イスラエル北朝系シメオン族 】
BC74年頃 、朝鮮の秦韓 (慶洲) にいたユダヤ人亡命集団6部族が移動を始め
対馬高天原経由で九州有明海の鳥栖に上陸し、博多に 倭奴国 を建て、その勢力を
吉野ヶ里 の地まで拡大しました。そのことをフェニキア人 (海人族) から伝え聞いた
秦王率いる苗族らも合流して、秦韓シメオン族々長・ 大国主命 を推戴して倭奴国としました。
この時、別働隊として日本海側の福井県敦賀に上陸し、滋賀県を経て奈良に入った大国主命
の弟のグループがありました。
また、大国主命の父親は、佐賀県に上陸した後、別の先遺隊を率いて再び乗船し
いち早く先駆けとして奈良盆地に到着しています。こうして奈良盆地の大和にユダヤ人亡命者
のコロニーが初めて作られました。
第三回目の【天孫降臨】ユダヤ人 ガド族 3百人
ユダヤ人亡命集団ガド族三百人が対馬高天原から船出して、利根川下流域の
霞ヶ浦=衣河流海 (茨城県) に渡来しました。彼らは鹿島灘にある明石海岸の
大鳥居近くに上陸して椿神社 (祭神は猿田彦命) を建て、猿田 (猿田彦命の兄弟に因んだ地名)
などにコロニーを作りました。そしてこの地を聖地として【常陸の高天原】と称するようになりました。
BC30年頃、続いてゼブルン族4百人が薩摩半島から渡来し、鹿島灘周辺に上陸しました。
この時、天津甕星 (あまつみかほし) らは常陸の大甕などにも移住しています。
イエス・キリスト日本渡来
BC34年、イエス・キリスト (37歳) が【日本への布教】を立志し、同族ゼブルン族50人と
共にインドを船出、安南のオケオ港経由で東日流十三港 (つがるとさみなと・古代の大貿易港)
に上陸しました。一行は、津軽→鹿島→熊野→伊勢のユダヤ人コロニーと移動しながら
布教活動を続けていましたが、イエス・キリスト本人が結核に侵され、津軽戸来 (へらい・新郷村)
の沢口家に於いて59歳で亡くなりました。
(高句麗国の建国)
インド十六王朝時代の釈迦族の後裔、製鉄部族、宛の徐氏が北扶余後期王朝の穢王となって
その前期王朝の扶余族・ウガヤ王朝と争い、結果BC37年に始祖王朱蒙(東明聖王)によって
卒本に高句麗が建国されました。
(穢王一族、熊本に【多婆羅国】を建てる)
紀元一年、その高句麗にいた北扶余の穢王一族が、穢族の一部を率いて亡命し
日本海沿いに南下して対馬経由で北九州博多に上陸しました。
彼らは既存勢力の旧伊勢国や大国主命の倭奴国に遠慮して一旦阿蘇山系にコロニー
を作りましたが、族長の陝父らはさらに下って熊本に多婆羅国を建てました。
この多婆羅国は、この後、朝鮮半島南部に逆上陸して分国の多羅国を建てますが
その建国を担ったのは扶余族のウラルトゥ人 (ウガヤ王朝系の人々) で、この多羅国が
成長して百済国となり後に百済国初代王神武の系譜が現在の天皇につながっていきます。
【倭の大乱】
147年、後漢に圧された高句麗 (北倭人) が倭奴国 (ユダヤ人) および東表国 (南倭人)
を攻撃しました。当時の東表国 (エブス王朝) は、朝鮮半島の金官加羅国とワンセットの
文化圏とする海人族の千年続く【天の王朝】で、倭奴国は、その同盟国でした。
その時、東表国エビス王は海部知男命でしたが、これより高句麗と敵対関係になり
東アジアの覇権を競う東夷諸族の争い=【倭の大乱】が始りました。
163年、 東表国エビス王 海部知男命は、 シメオン族 倭奴国大国主命と連合して
高句麗 と同盟していた ガド族猿田彦 らの旧伊勢国を攻撃し、その首都吉武高木・平原遺跡
および太陽神殿を破壊して古墳内の超大型青銅鏡を悉く破砕しました。
この時、 秦始皇帝の末裔・大国主命が率いるシメオン族 の兵士ら30名の攻撃部隊は
あらかじめ用意した20丁の鉄斧ですべての神鏡を徹底的に割ってしまいました。
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