いねねの趣味三昧(昆虫・野鳥・古寺巡り・読書・木工・語学など)

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万雑538_大伴氏の系譜で万葉集に歌がある人( 大伴家持_28)


次は、なんと!大嬢との歌のやり取りの合間に、家持は紀女郎(=紀小鹿)と歌のやり取りをしていましたよ!

家持が紀女郎(紀小鹿)に贈った歌2首;
769_「ひさかたの雨の降る日をただひとり山辺に居ればいぶせかりけり」
※_ 「( ひさかたの)雨の降る一日を、たった一人山の麓にいると、何ともうっとうしいことだ と歌っています。

775_「鶉鳴く故りにし郷ゆ思へどもなにそも妹に逢ふよしもなき」
※_
「( 鶉鳴く)旧都にいた時から思い続けているのに、どうしてあなたに逢う手立てもないのか と歌っています。

紀女郎(紀小鹿)が家持に贈った歌1首です。
776_「言出しは誰が言なるか小田山の苗代水の中淀にして」
※_「
言い出したのはどなたでしたか。小田山の苗代水のように、通いも中途から滞ってしまって 」と歌っています。家持の不実をなじった歌です。

​​​​​ 備考;大伴家持の経歴と関連する出来事
養老2年(718年)ころに生まれた
天平10年(738年)内舎人としてお目見え
​天平11年(739年)6月;家持の妾が死去​
天平12年(740年)に聖武天皇の伊勢行幸に従駕
※_天平12年8月29日、藤原博嗣の乱
※_天平12年12月15日、聖武天皇の勅命により平城京より久迩京に遷都
天平12年から天平15年ころ、家持は坂上大嬢を娶ったようですが?
※_天平16年(744年)2月、難波京に遷都
​天平16年(744年)2月;安積皇子(享年17歳)が死去
※_天平17年(745年)5月、都を平城京に戻す
天平18年(749年)に越中守として越中国に赴任
※_越中国在住中の歌が223首ある
天平勝宝3年(751年)に帰京
天平勝宝7年(755年)に難波で防人の検校に関わる
天平宝字2年(758年)に因幡守として因幡国に赴任
※_万葉集の末尾(巻20_4516)は家持が天平宝字3年に作った歌です
天平宝字6年(762年)に帰京
天平宝字8年(764年)に薩摩守として九州へ
神護景雲元年(767年)に太宰少弐に転じて大宰府へ
神護景雲4年(770年)に帰京(民部少輔)
延暦4年(785年)_8月28日死去

家持の作った歌の掲載巻別の歌数;
巻第三;21首(長歌3首、短歌18首)_済
巻第四;64首(長歌0首、短歌64首)
巻第六;9首(長歌0首、短歌9首)
巻第八;51首(長歌2首、短歌49首)
巻第十六;2首(長歌0首、短歌2首)
巻第十七;76首(長歌9首、短歌67首)
巻第十八;69首(長歌10首、短歌59首)
巻第十九;103首(長歌17首、短歌86首)
巻第二十;78首(長歌4首、短歌74首)
​​​​​​​

以上






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Last updated  2023.12.09 07:09:04
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