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October 3, 2017
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東京への大空襲爾来 天皇は過大な戦果報告をし続ける大本営 分けても陸軍の主張する『本土決戦』に疑問を持ち、独自に密かに侍従武官を各地に派遣

海軍出身で「日露戦争」に従軍して以来、軍務から遠ざかっていた鈴木貫太郎枢密院議長へ 天皇直々に「この危急の時に際して、もう他に人はいないのだ。どうか承知してもらいたい。頼む」とまで懇願され、度々固辞するも、04/07首相に就任した。 (当時79歳)

天皇の真意が「和平」にあることを 良く忖度 、軽井沢に蟄居する開戦時の外相東郷茂徳を外務大臣に三顧の礼で迎え、2.26事件の折 鈴木は侍従長で当時の侍従武官でもあり、陸軍の切り札 阿南惟畿大将を、表はボケ老人振りを装い本土決戦を呼号し陸軍大臣に迎え、裏では東郷と手を結んで、和平の糸口を必死に模索した。   

まずは 04/12 ルーズヴェルト大統領の訃報に接して『深い哀悼の意を表明』し、アメリカに亡命していた ドイツ人作家トーマス・マンは、英国BBCで「ドイツ国民よ、東洋の騎士道を見よ」と題して声明を発表し、鈴木首相の武士道精神を称賛した。 これには後任のトルーマン大統領をも驚かせ、交渉による和平の可能性へ志向させた。
05/07、 ドイツが降伏し、欧州戦線のソ連軍が、満州方面に大挙して移動中との情報が入り、対日参戦を恐れる陸軍は、東郷外相へソ連の参戦を阻止するように依頼。
鈴木首相はそれを逆手にとり、 06/22 天皇は最高戦争指導会議の構成員懇談会席上で、事実上の終戦工作(参戦阻止交渉を名目にしてソ連に連合国との講和仲介)を承認した。

05/24  B29・525機。5/25 B29・470機 の連日東京絨毯爆撃では都区内の大半が全滅し。皇居、大本営も罹災した。 
この東京空襲の後 5/29 B29・475機の横浜空襲の時から、硫黄島に建設した航空基地より長距離戦闘機P-51約100機の護衛がつき 昼間の中高度以下の爆撃が可能となり日本軍戦闘機の迎撃を困難にしたが、それでも終戦までの間に延べ2,251機のB-29が硫黄島に不時着した、

沖縄の戦 では18万の米軍の前に最終的な陸軍の沖縄守備軍の数は86,400人で、このほかに海軍陸戦隊が約1万人弱、学徒隊などが2万人で、総計116,400人がいたが 圧倒的な戦力差があったにもかかわらず、洞窟陣地を利用した粘り強い防御戦闘と反斜面陣地などの巧みな陣地形成で善戦した。

海軍も菊水一号作戦から 6月22日 の十号作戦にわたり特攻攻撃が練習機まで投入し続けられたが、現地海軍部隊司令官の大田実少将は6月6日に海軍次官宛に有名な 『…沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ』という訣別電報を打った後、豊見城の海軍司令部壕内で6月13日頃に自決。 
6月23日午前4時ごろに沖縄守備軍司令官・牛島満中将と参謀長・長勇中将が摩文仁司令部で自決した。

これによって沖縄守備軍の指揮系統は完全に消滅。少年鉄血勤皇隊とひめゆり部隊、他 15万の一般沖縄住民の犠牲を払って沖縄戦が終結したが、残存する第24師団配下の歩兵第32連隊配下の将兵は8 月15日に終戦停戦を発表してから2週間後の8月29日まで投降しなかった

7月に入り空襲は益々激しくなり、松山 福井 津 他 と続き、 7月14-15日は本土に近づいた米機動部隊より釜石 室蘭が艦砲射撃を受け、同日には艦載機約2000機により北海道全土を空襲。   東北北陸でも青森 富山 長岡  8月5日 には 前橋・高崎も空襲を受け、被害のない都市は希少となり、その間  串本 日立 浜松 清水も艦砲射撃された 

アメリカは日本の外務通信を全て傍受解読し筒抜け で、日本の講話の意思あるを伝えた形となり 07/17 チャーチル、トルーマン、スターリンがベルリン郊外のポツダムに参集、 07/26 『対日ポツダム宣言』が、ソ連名は伏せ、米英中共同で発表された。

東郷外相は従来のカイロ宣言では『日本国の無条件降伏』とあった文言が、外相は 『日本軍の無条件降伏』と見抜き、天皇と鈴木に報告  「当面は意思表示するべきではない」との腹案だったが、 軍部が政府の動きを怪しみだし、不穏な軍の動きを抑える為 、何か談話を出さねばならず、已む無く 同日 鈴木首相は記者団に「この宣言はカイロ宣言の焼き直しで重視する要なきものと思う」と語り。

補足で 7月27日に 内閣書記官長(今の官房長官)迫水久常が記者団との懇談会で「日本政府としては受諾するといった態度がとれない重要視しないというか、 ネグレクト する方向でいくことになるだろう」と語った。
この「ネグレクト」の意味で 記者団から「黙殺か?」と聞かれると。「黙殺?ネグレクトは黙殺ともいえるかなあ」とやり取りがあった。また迫水は「大きく新聞のトップか何かで『ポツダム宣言黙殺!』っていうように扱かわんでくれ」とも言った。

迫水の意向を了承して朝日新聞 7月28日 付けでは2段見出して6行の記事で「 帝国政府としては何ら重大なる価値のあるものに非ずとしてこれを黙殺すると共に、断乎戦争完遂に邁進するのみである」 と書いた。

この「黙殺する」は日本の同盟通信社が「 ignore(無視する、知らないふりをする) 」の意味で海外に報じた。しかしアメリカのAP通信やイギリスのロイター通信は ignore 」を更に「 reject(拒否) 」と言い換えて報じ、これがワシントンに伝わり、 アメリカは宣言が「拒否」されたと捉え、原爆投下実行の口実を与えた

08/06  8時15分17秒、B29エノラ・ゲイは、広島の上空9600mで広島にウラニウム型の原爆「リトル・ボーイ」を投下。原爆は高度580mで炸裂。原爆で死亡した人は14万人に達した。
(新聞は極小さく、広島に新型爆弾で相当な被害発生とその威力を伝える 08/08 付け 毎日新聞)


続いて  08/08 ソ連が対日宣戦を布告。
(新聞はソ連が満ソ国境二正面に越境攻撃を伝える08/10付け 毎日新聞)


08/09 にはB29ボックス・カー号が、小倉市を目標として飛来したが、上空が曇天のため、午前11時2分、長崎市にプルトニウム型の原爆「ファット・マン」を投下。原爆は地上503mで炸裂し、死者の数は8万人以上となった。

05/24 空襲で都区内の大半が全滅する。皇居、大本営も罹災する
06/06 最高戦争指導会議の御前会議で、豊田軍令部総長らが戦争継続を首長する。
06/08 御前会議が、天皇制の固持と本土決戦を決定する
06/18 沖縄摩文仁の洞穴で女生徒が集団自決する。
06/21 生き残った沖縄守備隊や学徒兵などが最後の総攻撃をかけて全滅する。
1945/06/22,昭和20/06/22 天皇が最高戦争指導会議の構成員懇談会席上で、終戦工作を指示。
1945/06/23,昭和20/06/23 沖縄の少年少女の部隊の鉄血勤皇隊とひめゆり部隊、15万の一般沖縄住民の犠牲を払って沖縄戦が終結する。

07/17 チャーチル、トルーマン、スターリンがドイツのポツダムに会し、イギリス・アメリカ・ソ連のポツダム会議が開催される(8月2日まで)。
07/26 対日ポツダム宣言が、米英中共同で発表される。日本は黙殺する。
08/06 8時15分17秒、B29エノラ・ゲイは、広島の上空9600mで広島にウラニウム型の原爆「リトル・ボーイ」を投下する。原爆は高度580mで炸裂する。11月までに原爆で死亡した人は14万人、5年後の1950年までには24万7000人に達する。被爆者は36万人以上になると見られている。
08/08 ソ連が対日宣戦を布告する。
1945/08/08,昭和20/08/08 ソ連軍が、北満州、朝鮮に進攻する。
08/09 ソ連軍が満州、樺太に進軍する。
08/09 深夜、最高戦争指導会議構成員による御前会議で、ポツダム宣言受諾に国体維持(天皇制維持)だけを条件とする東郷外相案と、他に3条件を加える阿南陸省の案が対立する。
1945/08/09,昭和20/08/09
B29ボックス・カー号は、小倉市を目標として飛来したが、上空が曇天のため、午前11時2分、長崎市にプルトニウム型の原爆「ファット・マン」を投下する。原爆は地上503mで炸裂し、12月までの死者の数は8万人以上になる。





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Last updated  October 3, 2017 06:03:22 PM
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