日本語はダメか2

日本語はダメか2

2012.01.24
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カテゴリ: 女 男 愛



 遅めの朝食兼昼食を摂りながらテレビで見たのは『手紙』(なかにし礼作詞 川口真作曲 由紀さおり歌)に関するものでした。

 レポーターが何か夕刊を紹介しながら、「(男は女性の)愛の深さが重荷になって別れることにした」と語っていました。
 夕刊には由紀さんの写真も載っていました。歌詞をそのように解釈している由紀さん、という記事なのでしょうか。それとも……。
 歌詞を読んでみましたが、別れる理由らしき詞はどこにも書かれていません。

「死んでもあなたと暮らしていたいと 
 今日までつとめた この私だけれど 
 二人で育てた 小鳥をにがし 

何が悪いのか 今もわからない 
 涙で綴りかけた お別れの手紙」 

 これが一番です。

「出来るものならば 許されるのなら 
 もう一度生まれて やり直したい 
 二人で飾った レースをはずし 
 二人で開けた 窓に鍵をかけ 
 明日の私を 気づかうことより 
 あなたの未来を みつめてほしいの 
 涙で綴り終えた お別れの手紙 


 以上が二番です。 

 1970年代の歌だそうです。何かがきっかけとなって今話題になっているのでしょう。
「許されるのなら」 という歌詞が気になります。「明日の私を気づかうより」って、女の方が遙かに上手(うわて)ではしょんぼりないでしょうか。 

「愛の深さ」って、簡単ではありませんね。
 気が通わなくなった二人の間では、ひょっとすると「お節介」かもしれないし「出しゃばりお世話」になってしまうかも知れません。 
 とにかく、女と男の間のことは、端からどうこう言える問題ではありません。 

 カラオケを多少歌いに出かけます。
 いつも気になるのは、男が「女心」を詞にしているということです。
「男の勝手」とお店のママは時々口にしています。
 多少はそんな気がしてなりません。
 女性は、「女のことがよく分かっている」「ずいぶん、勝手なものだ」などと「判定する」だけで良いのでしょうかねえ。
 いつまでもぐずぐず、めそめそしているのは女、追いかけるのは女、って本当でしょうか。
 女流の作った歌には、そのような文字は見当たらないのでは、と思います。

 一部の演歌は、男の気休めなのでしょうか、ね。





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最終更新日  2012.01.24 18:25:15 コメントを書く


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