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保険の異端児・オサメさん
雨上がり、薄雲の向こうから耳成山が浮かび上がった
両者の折衷説もあるが、遊戯史学会会長の増川宏一さん(82)は「狩猟・採集生活をしていた人間が食料の備蓄を覚えて余暇を作り、遊びを始めた。それが草の茎を引っ張り合う草相撲だったのか、やり投げだったのかは分からない。ただ、その遊びが文化の始まりでしょう」とホイジンガ説を支持する。
遊戯史研究がまだ進んでいなかった1970年頃、増川さんは独学で将棋や囲碁、 双六 (すごろく ) 、花札などの歴史に取り組み始めた。ちょうどその頃、京都で古代オリエント展が行われ、そこで知り合ったベルリンのペルガモン博物館の学芸員に同館へ招待したいと言われる。
渡航したどり着いた研究室の一室には、バビロンの遺跡から出土した、紀元前8世紀の日干しレンガの双六盤が置いてあり、その実物を手にした。
重さは1キロもなかったが、「5000年前に考え出された双六の原形をとどめていた。遊びの、文化の原点に触れる思いがした」。その感動が後の研究への情熱を支える。文献を読んでは国内外の遺跡を訪ね、盤上遊戯史に関する著書を数多く出版してきた。
日本には紀元前の高度な遊戯物は残っていないが、代表的な遊びである囲碁、将棋はともに奈良県 橿原 (かしはら ) 市に最古の碁石、駒が残る。古都・奈良は今でも遺跡から遊戯具が出土し、日本人が育んできた文化の一端を明らかにしている。
「遊びをせんとや生まれけむ」は「 梁塵秘抄 (りょうじんひしょう ) 」に収められた、平安期の歌謡の一節だ。 諸説あるが、増川さんは「『人間は遊ぶために生まれてきた』が素直な解釈でしょうね」と言う。庶民の歌の中に文化の本質が見える。(文・西條耕一 写真・清水健司)
『梁塵秘抄』
平安時代の11世紀後半から12世紀にかけて、京都の庶民を中心に流行した「今様」という歌謡を集めた。編者は後白河法皇。名人の歌によって、梁の上の塵が舞い上がり、3日間落ちて来なかったという故事から名付けられたといわれる。今回の名言は、
「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ」
の一節。NHKで放送中の大河ドラマ「平清盛」のオープニング曲でも使われている。
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