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神戸・三宮に出掛けた。僕が神戸に住んでいた頃は(って30年も前のことだけど)神戸の中心、繁華街と言えば三宮だったが、今は西隣の元町へ移っている。○ごうデパートは今も昔も三宮にあって、家内はそこでショッピングをしたが、その間、僕とマヨは生田神社へ行ってみた。
初詣のシーズンも過ぎ、節分はまだという中途半端な日曜日なのに、結構な人出。お参りするのに20-30人くらいの行列ができていた。生田神社には生田の森という鎮守の森が残されていて、周辺の飲食店街・飲み屋街と対照的に存在している。元々「神戸」という地名も生田神社の「神」の文字からきている。


兵庫県は近畿の中でも群を抜いて面積の大きな県である。日本海から淡路島まである。一方、兵庫という地名は、神戸市の一部(兵庫区)の地名なのに、県全体の名前なっている。それにはその経緯がある。明治になって廃藩置県があった時点では、兵庫(神戸市)、尼崎(阪神地区)、播磨、丹波、但馬、淡路といくつもの県になっていた。兵庫は政府から神戸港を開発して国際港にせよと命令されるが、当時の兵庫県は面積も小さく、経済力がないので思うように港開発ができなかった。そこで、明治政府は経済力を増やすために周辺の県を兵庫県に吸収合併させた。姫路市が県庁だった播州(播磨)では、その吸収合併に大反対の住民運動も起きたが、結局は従わざるを得なかった。その後も吸収合併を続けるうちに、今の大きな兵庫県になってしまった・・・というのである。
そんな歴史上の話も生田の歴史から見れば、取るに足りない話かもしれない。社殿は18年前の震災で倒壊し、その後に建て替えられたが、鎮守の森は今も変わらない姿だ。
さて御神籤を、と思ったものの、それすら行列ができていたので、あきらめて帰ったのだった。