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****************************************************親身にしていた後輩から懇願され、 私は端とは言えぬ額の金を受け取ってしまった。 絶対に使ってはならないという条件付きで。 そして預金しても利息を使ってはならぬとも言われた。 つまり八方塞がりで使い途のない金となる。 また他人にその金を渡し、使わせ、恩恵に預かるような場合でも その恩恵に預かった分が勝手に換算され、 使用したことになってしまうらしい。 全て後輩が事前に身を持って知り得た情報だと言う。 もちろん私も全てを信じた訳ではないが、 後輩の左手の指が三本ばかり損なわれているのを目にしては 端から笑い飛ばしてしまう勇気もまた持てずにいた。 可愛がっていた後輩は最後に 「懇意にして頂いていたのにすみません。 でももう限界で。ご相談できる人が田代さんしか――」 そう言われてしまっては無下に断るわけにもいかず。 私は押し黙ってしまった後輩から鞄を受け取ると ただ一回だけ頷いて見せた。 後輩と別れた後、私は私なりに事の信憑性を確認するために とりあえず自動販売機で煙草を一箱買ってみることにした。 さすがに後輩の話の手前万単位での使用は憚られたし、 かといって一円単位では確証という類の結果は 恐らく得られないだろうとそう考えたからだ。 まあ煙草一箱で何が得られるかは甚だ疑問ではあったが、 何も起きず担がれているのならば、 それはそれで良いではないかと思っていたし、 また少しでも異変が起きようものならば、 そのままこの鞄ごと金を封印すればよいと思ったのだ。 とりあえず買っただけでは金の使用と見なされないかもしれないので、 自動販売機の横で早速一服。 張り詰めた空気が多少凪いだ気がして、 自ずと顔に笑みが浮かんでくる。 やはりどう考えても担がれたのだ。 恐らく金自体は本物だろう。 先の自動販売機に使えたのだから自然とそうなる。 となると、TOTO当選は事実なのかもしれない。 TOTO当選者によるちょっとした悪戯という所か。 しかしある意味金のかかったドッキリだ。 どこかで今も見張ってはいるのだろうが、 私がもし今すぐ車か何かで逃走を計ったとしたら どうするつもりなのだろう。 それともそうしたスリルも併せての企画なのだろうか。 いやそれ以前に私の性格を熟知した上での 謀なのかもしれないなと思い、 私は重要なことを失念していることに気が付いた。 そうだ。私は他の人間はどうか知らないが 田中さんの弔辞を依頼されて書いていた。 いや田中違いということもあるだろう。 しかし――とその揺らぐ符合と燻る疑念とが どうしても絵空だと虚実なのだと悟らせてはくれない。 ふと気付くと、右の人差し指先から血が滲んでいた。 どうも煙草の開封フィルターで傷つけたらしい。 両の手の震えが止まらなかった。 矢も楯もたまらず私は小走りに駆け出した。 なぜか左手にしていた煙草の箱は投げ捨てたにも関わらず、 右手にはしかと例の鞄を携えながら――
2008.07.17
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どうもそういう傾向があったらしいんですよ。 酩酊しているんじゃないかなんていいっこなしですよ。 僕は一滴だってお酒は飲めませんし、 かといって飲まされるようなことも稀です。 それに何より僕は飲んだらすぐにぱたんですから、 どうしたってそういう傾向になったとしか、 そういうことだったとしか理解が出来ないんです。 そもそも事の始まりはTOTOだったんです。 知らないんですか、TOTO。 ええと何て言えばいいんだろ。 ああそうそう。サッカークジって奴です。 日本でもJリーグって昔流行ったじゃないですか。 あれに肖ったクジ引きのことです。 宝くじ……うーん、ちょっと違う気もしますけど、 まあ漠然とあんなのだと思っていただければ。 いえいいですよ、そこは食い付かなくて。 後でネットで調べればわかりますから。ね。 ええと、T・O・T・OでTOTOです。 え。あそう言えば、そうですね。 一緒の会社なのかなぁ。 トイレとサッカーの会社が同一っていうのは 何となく違和感ありありな気がしないでもないですけど、 まあないってこともないんですかね。 ちょっとわからないなぁ。 あ、でそんなことはどうでもいいんですって。 その件のTOTOなんですよ。 実は斉藤さんが買わないかって進めてきて。 え、あの人サッカー超好きじゃないですか。 ああ、そうなんですか。 いえ別にそんなに懇意って程でもないですよ。 ただちょくちょく小咄程度してるってだけです。 いえ別に田代さんを出し抜こうとか そういう裏とかありませんって。 そんな魂胆があるなら、 こうやって相談してませんよ、本人に。 ね、そうでしょう。 分かって貰えればそれでいいですけど。 どこまで話しましたっけ。 ああ、そうだそうだ。 斉藤さんが昼休みの軽い会話の中で 「最近TOTO全然一等出てないらしいな。 何かあるかもだし、俺等も買ってみねぇ」 って言い出したんですよ。 一口三百円ぽっちだから安いって。 正直当たるとは思いませんでしたけど、 三百円で夢の一つも買えるなら安いもんだってんで、 そこにいた五人がお金出したんですよ。 ああ、斉藤さんが帰りがけに通る売場があるからっていうんで、 ついでにまとめて買ってくるって。 それで皆、三百円を斉藤さんに払ったんです。 で結果が二週間位かなぁしてから出るってことだったんですよ。 いえそれが何かまとめて買うと、 TOTOの券、チケット。でいいんですかね。 そのチケットが一枚で五口の 一括記載になっちゃうらしいんですよ。 いや僕もよくわからなかったんですけど、 一緒にいた皆川さんが見たらしいんで確かです。 ですよね。そこを決めてなかったんですよ。 つまり誰がどの口を買ったことになっているのか。 もしくは共同購入、均等分配だったのか。 まさか当たると思ってなかったんで、 皆気にもしてなかったんです。 でも――そういうことです。 ただその時はそんなことになっているなんて、 露も知らなかったんですけどね。 誰も二週間後にはそんなことがあったなんて 覚えている人はいませんでしたから。 厳密には一人を除いて、ですか。 まあたかが三百円ぽっちだっていうのが 大きかったですね。 これで株式の共同投資とかで金額も幾千~万とかだったら、 もっと皆近況を知りたがったのでしょうけど。 じゃなんでわかったのかってことなんですが、 斉藤さん最近やけに羽振りが良くありませんでした。 うーん、そう言われるとそうなんですけど。 でも急に良い時計とか買ったり、 ああそうそうどこそこのバーの女の子に 入れ込んでるって噂もありましたよね、一時期。 兎に角生活態度っていうよりは醸し出す雰囲気。ですかね。 急変って程かどうかわかりませんけど、 知る人が見れば何だろうと不思議に感じる程度には 斉藤さん羽振りが荒くなったんですよ。 いえそりゃ万馬券が当たったとか可能性はあるかもですけど、 それだったら言うでしょう、何となしに。 普通何かが好転した時っていうのは、 それとなく人に自慢みたいなことしちゃうじゃないですか。 万馬券とか、そうでなくても予期せぬ泡銭とか。 例え親が死んでの遺産とかでも、 やっぱり心とお金は別口みたいになるじゃないですか。 幾ら故人を惜しんでたって、臨時収入は純粋に嬉しいと思いますよ。 そういうのって早々黙ってられるものじゃないと思うんですよね。 それに周囲だってこと金銭に関しては敏感ですから、 その内嫌でも悟られるのは本人もわかっていたことでしょうし。 それなのに、あらぬ噂を立てられぬようにと 何らかの隠蔽をしているならともかく何もしていない。 嘘で取り繕ったって構わないのに、です。 つまり何かおいそれとそうできない事情があった―― いえもしかすると疚しさがのし掛かって、 中々そうできなかったのかもしれませんが ――兎に角斉藤さんは何か隠している。 僕等は薄々そう思うようになったんです。 もちろんいやまさかと最後まで思いましたよ、僕は。 でも桐山さんが。ああ、総務の桐山さんです。 あの人もいたんですよ、例の持ちかけ話の時。 で何かやっぱりひっかかる所があったんでしょうね。 聞きに行くって言い出したんですよ。 もちろん止めましたよ。 でも僕等も表向きは良い大人がみっともないっていう態度でも、 内心はひょっとしたらって思いがどこかにあったんでしょうね。 結局誰一人身体で止めることはしませんでしたね。 で桐山さんが戻ってきて 「今日終業後なんだけど。なんか集まって欲しいって」 って。 こりゃもう気が気じゃないですよね。 だって嘘から出た実じゃないですけど、 一抹の予感が現実味を帯びてきたわけですから。 もうそんな日は――と言っても一生これと同等の日なんて 起こりっこないのかもしれないんですけどね。 まあ仕事なんて手につきませんでしたよ。 賞金は幾らだとかいう話も出たはずだったんですが、 漠然と一億円だと思ってましたね。 大きな当たりはそりゃ一億だろう、と。 なぜかは知りませんが、その金額がすんなり頭の中に入ってきたんです。 今考えると子供じみていると思うんですが、 そんな子供じみた考え方しか出来なくなるほど 目の前に転がっている現実が夢みたいな話だったんだと思います。 五人で割っても二千万。 もう頭の中は使い途とか考えてましたね。 まだ確定したわけでもないのに。 最後の方はもう呼び出すのは当たっているからだ、 間違いない、間違おうはずがないって信じ込んでましたね。 確か係長にちょっと小言を言われた気もするんですが、 もうそんなの上の空でしたね。 だって二千万ですから、差し引きしてもプラスですよ。 ちなみに後日その日の書類でまた怒られました。 まあ関係ない話です。 で斉藤さんの言うとおりに、 その日は残業なしの定時退社。 出口で四人で集まって指定の飲み屋に入りました。 斉藤さんの行きつけらしいです。 いつから行きつけなのかはわかりません。 でももしかするとそうだったのかもしれませんね。 兎に角僕等は斉藤さんの一言を待ちました。 皆が皆。固唾をのむっていうんですよね、たぶん。 緊張の面持ちで斉藤さんを見据えていたと思います。 「実は隠すつもりはなかったのだけど」 斉藤さんはそう切り出しました。 雰囲気に酔うとはこのことなんだと初めて知りましたね。 今までの人生ここまで酩酊することなんてありませんでしたし、 ましてや夢見がちな乙女路線嗜好でもなかったですから どちらかといえば常に熱くなっている人間を尻目に 何を熱くなってるんだと冷淡に睥睨している感すら あったように思います。 それがその瞬間唐突に脳内を侵食してきたんです。 そりゃあもう頭の中で熱鬧が生じているような感覚でした。 僕はよくわからない性質なんですが、 お祭りによくある高揚感などに似ていたかもしれませんね。 一緒にいた三人もまさにそんな感じで あまりの激情に瞳が潤んでいる人もいました。 そして斉藤さんはビール瓶のまま口に一口。 一気に捲くし立てました。 実はTOTOが当たっていたこと。 巨額過ぎたこともあり、ついつい魔が差してしまい、 中々連絡することが出来なかったこと。 当選金は五億円だったこと。 お詫びも兼ねて自分の残り四千万も四等分して 一人頭一億一千万円での分配を希望すること。 灼熱の奔流と言えば大袈裟かもしれませんが、 それだけ大仰な程、気が付けば熱気に包まれてました。 二千万が五倍の一億。 そりゃ誰でも半狂乱になろうってもんです。 大声で歓喜の咆哮を上げないだけましだったと思います。 家に帰ったあと悶え叫んだと思いますよ。 だって一億円の入った鞄と一緒だったんですから。 そう。斉藤さんは一億一千万の入った鞄を四つ。 足元に既に用意してたんです。 誰ともなく斉藤さんが当選を隠していたことは頂けないが、 分配は等分でいいのではないかと言い出し、 皆がそれに賛同する中のことでした。 斉藤さんだけが、それでは俺の気持ちが済まないと。 意固地と言っていい程に返金を拒んだんです。 他の人間にしてみれば、一億一千万が一億になったとしても 何ら痛手を被ることはないのだし、 また均等に配分することで秘密も均等に共有したいという せせこましい思惑も働いていたとは思うんですが、 それでも何でも申し訳なかったと頭を下げる斉藤さんの手前 では仕方なくと折れるように頷く形になりました。 もちろん最終的には一千万増額された事実に 更なる高揚を得たことは言うまでもないと思います。 僕も軽い気持ちで一千万増えたのだから、 ポルシェでも買おうかなどとその場で既に夢想していた位ですから。 という経緯で、この話は以後内密に、ということで終わりました。 良い話じゃないか、ですって。 まあこれだけ聞けば何言ってんだって感じなんでしょうけど、 実はこの話には後日談がありまして。 田代さんもご存知でしょう。 斉藤さんが先月辞表を出したの。 総務からの連絡じゃ難病罹患による療養のため、 ってなっていたそうなんですけど、 不思議に思いませんか。 そういう場合当面の生活費やらなんやらを考えて、 普通まずは辞職じゃなくて休職扱いにしてもらうじゃないですか。 それなのにいきなり辞職ですよ。 まあ何か考えがあったのかもしれませんけどね。 金銭的なことはまあそれ程食い込んでのことはわからないんですけど、 TOTOのだって自分の分を他の人間に分配してしまったんですから、 あまり余裕が残っていたようには思えないんですよね。 でも気にしたのは一瞬でそのことはすぐ忘れてしまいました。 だって一億の使い途を考えるのに頭は一杯でしたから。 ただ僕の場合、生来の優柔不断が功を奏して 中々これといった使い途が決まらなかったんですよね。 考えるだけで満足してしまう安い人間だってのもありますけど。 そうこうする内にこの前のことですよ。 田中さんが事故で亡くなって、山内さんが脳溢血で脳死危篤状態。 桐山さんは行方不明。 何となくわかってもらえますかね。 実は僕もこんなことになっていまして。 で田代さんにご相談というのはこれのことなんですけど、 ここに八千万あります。 何も言わずこれを受け取ってくれませんか。 ***************************************************
2008.07.17
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