フリーページ
曇り時々雨です
病院のベッドで目が覚め臓器売買のために拘束されていると思っていたら嫁さんがやってきて「違うのかな」と思いました。
しかし目が覚めてからもいまいち状況が理解できませんでした。
嫁さんが帰り病室で一人になるとまた「臓器売買のために拘束されている」という感覚に陥ります。
毎晩朝までどうやって逃げようか考えてました。
そして数日経つと口から入れていた管も取れてやっと喋れるようになりました。
嫁さんが来た時に毎日逃げようとしていた事を話すと嫁さんは笑っていました。
私は心臓の不具合で緊急入院して最初に入院した病院には心臓外科が居ないということで、横浜の大学病院に転院したのでした。
なので見慣れない病室だったのです。
広い部屋の一人の病室はCCU(心臓専門の集中治療室)だったのでした。
以前に心筋梗塞で入院した時は数人の看護師が常駐している4人部屋のCCUでした。 そんな状況が理解できるようになると臓器売買ではなく普通に入院しているのだとわかってきました。
それでも一週間くらいは一人のなると「なんとか逃げよう」と思っていました。
臓器売買ではないとわかってからは精神的に落ち着いてきました。しかし身体中に管や点滴がついていてまったく身動きが出来ず苦痛のまいにちでした。
意識が戻ってからに点滴の数も減ってきて少しは動けるようになりました。
動けるようになったと言っても5日くらい意識がなく動かなかったので体がうまく動かせません。
感覚がおかしくなっていて鼻の頭が痒くても鼻に手をもっていけません。
嫁さんが言うには「20センチくらい離れている」と言うのです。
意識が戻って10日くらい経つと体と頭(脳)のリハビリの先生が来るようなりました。リハビリを始めると感覚も戻ってきて鼻も触れるようになりましたが、立てるようになるには時間が掛かりました。
頭の方のリハビリも記憶する方だけはなかなか戻りませんでした。
毎日ベッドの上でじっとしているのが辛く嫁さんが見舞いに来てくれるだけが楽しみでした。
でも嫁さんは真面目に面会時間を守り30分で帰ってしまいます。
喉は凄く乾くのですが水の制限をされていて飲むことが出来ませんでした。
そのうち水は飲ませてもらえませんでしたが、小さい氷が数個だけ貰えるようになりました。
私はいいまで10回以上は入院してますが今回は体的にも精神的にもキツい入院生活でした。
PR
キーワードサーチ
コメント新着
カレンダー