育児ってこんなん?

Mar 12, 2011
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カテゴリ: ごまのこと
それにしてもスゴカッタびっくり

仕事で園バスの送り中だった時に地震は起こった。
子どもと話ていたら、運転手さんが「地震だ!」と車を停めた。

停まると大きな波に浮かんでいる船みたいに車が揺れていた。
とりあえずバスのドアを開けて、閉まらないように押さえた。
子どもたちに「すごいね~、でも大丈夫だからね。」と言い、
怖がらないように、楽しんでいるように揺れを感じていた。

電柱は曲がってしまうんでは?というくらい曲がり
道路も盛り上がって見えた。

子どもたちを保護者の元へ運ばなくちゃと思った。
お迎えの保護者の方から、家の中で棚が倒れたり
引き出しが飛び出したりと聞いたので、家に戻ったら
どうなっているんだろうと不安になった。

このときゴボの事も心配だったけど、保育所のみんなといるし
先生もついてるからとなぜかとても安心していた。
子どもを預かる仕事って、ほんとに命を預かっているんだと
改めて実感した大地震だった。

園に戻ると園に残っていた先生達が園庭で固まって
「あ~!帰ってきた~!スマイル

携帯で今日退院してきたおじいちゃんの様子が心配で何度も
電話するけど、つながらず。園の電話でかけるとようやく
つながり、おじいちゃんお風呂に入ろうとしていた
ところらしく、「よかったよ~、入らないで」と言っていた。

園長が預かり保育の子どもは、みているから早く帰りなさいと

その間、何度も余震があったけど、そのたびに園庭に避難していた。

帰るのはいいけど、いつもの道は踏み切りが通れず、
少し回り道。やっぱり渋滞していた。
携帯電話も普通電話もあまりつながらず、パパの安否だけが
心配だったけど、パパもメールしたり電話したりしてて
全然つながらなかったと言っていた。
文明の力も、災害には敵わないといったところか。

保育所に5時に到着すると、みんなで防災頭巾片手に固まって
椅子に座ってお絵かきなんかをしながら過ごしていたゴボ。
すぐに家に戻り、おじいちゃんと無事を確認。
パパとようやく電話がつながった頃にはパパも家の手前まで
帰ってきたところだった。

パパは新横浜の現場にいて、ちょうど3時の一服をしようと
建物の外に出たところで地震を感じたといっていた。
すぐに現場を出て帰ってくるようにしたとのことで
5時半には家族全員が集合。
幸い、家の中も全く被害がなく、何も倒れたり落ちたりもなかった。
あれだけ揺れていたのに!

こんな時しか一緒に集まれないなんて、なんだか皮肉だなぁと
思いつつも、おじいちゃんが退院してきて、
「退院祝いにすし屋でも行くか!!」と景気づけに近所の
寿司屋へ出かけた。のんきな我が家である。

夜も余震が続き、ゴボはテレビもつまらないので
早々に就寝

夜にはようやく届いたメールで安否を気遣ってくれている
ものがいくつかあった。
関西に住んでいる、大好きな先輩Cちゃんからも来ていたので
すぐに電話した。確かにテレビの被害状況をみたら
心配になるだろうなと思ったから。

パパはここぞとばかりに確定申告。
私も仕事を持ち帰ってきたので、ひと仕事して
片付けなんかをして12時ごろには床についたが
緊急地震警報が携帯から3回ほどなって、なんだか
目覚めの悪い朝となった。

家族で一緒にいられたのは本当にラッキー。
都心へ勤めている人は帰って来られなかったり、
夜中になってしまったり。
職場の先生も何人か午前様になったと聞いた。

とにかく自分の近辺が大災害にならなかったのは
運が良かったというか震源が近くなかっただけ。
もう少し近かったり、いた場所によっては大変な
ことになっていたと思うと、本当に災害を侮っては
いけないとつくづく感じたのであった。







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最終更新日  Mar 12, 2011 04:15:26 PM コメント(4) | コメントを書く
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