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久しぶりに、会社の外に出て、インタビュー。いやああ、やっぱり人にあって話を聞くのって、いいなあ。これからも、自分に期待されている役割に自分から忠実になることなく、外に出てインタビューしよう、したい、と思いました。今日会った人は、自分で独学で英語が上手になったサラリーマン。MBAを国内で取ったのだが、その入学のために英語の勉強を猛烈にしてきた人だった。なんでそこまで勉強をしようと思ったのか、と聞いたら、自分の子供が所属している子どもサッカーのコーチをしているのだが、彼らに「学び続ける自分の姿を見せたいから」、という。小学生ぐらいになると、競争とか、比較とか、いろんな壁が現れて挫折感を感じている子どもがとても多い、そういう彼らに向かって、オトナもがんばっているんだ、自分から動くと面白いんだ、というメッセージを伝えたいと思った、と。ただ言うだけじゃなくて自分もやるっていうのか。かっちょいいなあ。で、面白いなあと思ったのは、結局、自分のために勉強をしようと思うと、どうしても甘くなって挫折する、でも、人のためにやろうという目標設定にすると、そのへんのやる気が続きやすい、というところだった。なるほどねー。もちろん、仕事の必要性とか、そういう現実的な理由もあるだろうけれど、そこに子どもが出てくる、というのがおもしろかった。子どもが生まれるまでは、そういう感覚ってわからなかったと思う。ただ、かっこいいお話ですね、ぐらいにしか思わなかったかも。でも、なんとなく今日は腑に落ちた。人のためにがんばる、って、まわりくどいけど、実はそれが何よりも自分のためになってしまうというのか、人のためにと思うことで誰よりも自分が助けられることって、ある。子どものためにがんばる、みたいな気持ちって、実はそう思える気持ちそのものが子どもに助けられているというのか。英語の勉強話で、子どものためにがんばる、という人には初めて出会った。かといって、おしきせがましさとか、恩着せがましさとか、そういう暑苦しさを感じない、なんだか不思議な気持ちになったインタビューだった。そしてMBAを取って、子どもに一番感謝しているし、勉強中につらいときも子どもの顔を思い浮かべた、と。私は、でも、たまこのために何かをがんばっているかといえば、別に何もがんばっていないし、たまこのために何かをがんばる、ということは、これからもないかもしれないなあ。だいたい、がんばらない人にならないべく、精神的ギアチェンジをしようとしているところだしなあ。いや、いまだってたいして何もがんばっていないけど。でも、これからたまこが大きくなっていく間には、そういう気持ちになることもあるのかもしれない。インタビューした彼の子どもらは宿題を一生懸命やっているお父さんのそばに、自分も本やら宿題やらを持ってきて、静かに一緒に勉強したり、していたそうだ。うう、うつくしい。そういう意味では、確かに、たまこに、何かを伝えたくてがんばることがらが出てくる、ということは、ありうるかもしれない。○○のために、という発想は、取り扱い注意なので、これからも用心しようと思います。が、新鮮でした。
2005年03月24日
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おととい、保育園に行ったら、たまこの担任を含むほぼ全員の先生が辞めてしまうということが判明し、あまりのショックにぷるぷるしていたその夜に父親が緊急入院。何ごともないことのありがたさ、仕事が忙しいだけだったということのありがたさを改めて思い知りました。父は発熱と高血圧が重なったことが大きな原因だったらしくおかげさまで大事にいたらず、この際徹底的に検査しましょう入院、ということになり、ひと安心。救急病院の待ち合い室で、母と弟と談笑しつつ遠隔ヒーリングをしていたら、右前頭部が重くなった。その時撮ってもらった父のCTスキャン画像を見せてもらったらまさにその部分に軽く梗塞が入っていたので、改めてレイキの力に感動した(してる場合じゃないって)。謙虚に、つつしんで、どんどん流していこう、流させてもらおうと改めて思った。毎朝、たまこを迎えてくれる保育園の先生達の笑顔が大好きで、この先生達がいるから4月からもお願いしよう、と思っていただけに、先生がいなくなるのは本当にショックだ。保育園の園長とスタッフの方向性の違いから出た結論、ということらしい。小さな保育園というのは、こういうときにもろいんだなあ。もっと早く知っていたら、何かしたのに。したかったのに。でも、園長と話をしたら、園長は園長で悩み、泣きながらいきさつを話してくれた。結局のところ、この小さな保育園は、その園長の園であり、その方針が気に入って預けた親としては、もう少し様子を見るしかないかな、というのが話を聞いた感想。お別れは本当に悲しいけれど、でもしっかりと先生方の住所を聞いたので、これからもいろいろと、保育のプロ、大先輩としてお世話になろうと思う。先生方、本当にありがとうございました。今朝はそういうわけで、あきらめきれず前売りを買っていたマザリングフェスタに行くのはあきらめて、読書好きな父のためにネットでは評判のよさそうな、寝たままでも本が読める書見台を探して買って行った。(「王様のアイディア」で売っています)。今日はずいぶんと調子がよくなったみたいで、ほっとした。書見台を組み立てて、本をセットしてあげたら、ちょっと嬉しそうだったので嬉しかった。来週は高野山へ、4月にはスペインへ、母と一緒に旅行に出る予定だった父は、そのことばかり残念がっている。「やっぱり行ったらダメかな」「薬いっぱい持って行ってくる?」「いやー。。。。ついていけないだろうなぁああ。あーあ。弱くなっちゃったなあ。。。。」病を得たときには、そのことに感謝すること。まわりの人は治癒を祈らないこと。それが、大切なことなのだそうだ。祈ると病の状態にかえって固定してしまうから。でも、本当に、なんだかありがたいなあと、思っている。父が旅行に行けないのはかわいそうだけれど、ずっと体調があまりよくなかった父が、こうやって大事にいたる前に徹底的に検査してもらえる、そのタイミングのありがたさ。夜、母に電話をした。ほとんど毎月、どこかしら山に登ったり、何かしら出かけるのが大好きな母は、「楽しみにしていた旅行に行けなくなっちゃったんだけど、なぜかあんまりがっかりしてないのよね。」と言う。たぶん、どこかで心配だったんだろうね、父のことが。そう言い合った。そういう心配が、現実化してしまったのかなあ。でも、そうだとしても、いま揃って安心しているということは、やっぱりありがたいタイミングなのだ。きっと。木や花の芽が吹くと、本当に心身の内側も外側も、いろんな変化が始まる。変わるから変われる。保育園の先生に、心からありがとうを伝え、どうやらピンチを乗り越えたらしい父にもありがとうと思い、そのタイミングを与えてくれたかみさまにありがとう、今日はうきうきと飲み会に行っちゃったシャチョーにもありがとう、そして早く寝てくれたおかげで日記を書けたので、たまこちゃんにもありがとうです。
2005年03月18日
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週末は、またもや雪の温泉に逃避行していました。何から逃げてるって、せっかく引っ越したというのになかなか片づかない、わが家からだと思う。。。。温泉は最高だった。食事も最高だった。が、どうしたら片づくんでしょうね、家。ものをもっともっと、減らさなくてはならないことはわかってるんですが。分類するだけで、なかなか捨てるにいたらず、部屋の中には服とか紙とか本とかおもちゃとか、あちこちにいろんな山が標高を競っております。もっと新しい家を可愛がりたいので、1日1つはここと決めていろいろやってはみている。が、時折、ゴビ砂漠にいるような気持ち(行ったことないけど)になるのはなぜ。。。。。今朝はとても天気が良く、まだカーテンをつけていない寝室(おいおい)に勢いよく朝日が差し込んで、早く目が覚めた。うれしいなあ!と思って起き出して、お茶でも入れてのんびりしようと、まずは顔を念入りに洗って、トイレを掃除して、リビングに戻ってみたら。。。。すでにシャチョーに抱っこされて私を探す起きたてたまこがいた。。。。。自由時間、終了。でも今朝の彼女は機嫌がよく、ひとしきり歌って踊って、ごはんをいろいろ食べて、スープを飲んで、さらにみかんまで食べて保育園に出かけた。ともかく、やっぱり少しでも早起きして、たとえ顔を洗ってトイレを掃除するだけで終わってしまっても、朝の時間を作るのは大事だと再認識。母ちゃんに余裕があると、たまこの機嫌も、そりゃいいですわなあ。って、いつもは顔もトイレも洗わないのか? いまの保育園は小さくて園庭がないせいか、シャチョーが7時に迎えに行って外に出ると、たまこは息を吹き返したようにうきうきと歩き回ったり走ったりして、なかなか車に乗らないし、家にも入らないのだという。園ののんびりした空気と方針と、先生たちの雰囲気が気に入っているので、4月からも公立に移らずに同じ保育園に通うつもりなのだが、4歳、5歳になったら、午前中に散歩に行くにしても、園庭なし夜7時までって、無理かもしれない。。。。それに、子どもの運動会とか、憧れるしなあぁ。毎日の仕事にやられないためには、とにかく自分から自分の領域をあちこちで少しずつでもふくらまして、大事な空間を細かく小さくもつことだという感じがこのごろ特にする。小さいことを大事にしていくことから始まるって、いろんなところで読んではいるけれど、すぐに路地を新幹線で走っていくような日々の速度にまきこまれる。まきこまれるのは、気持ちが巻き込まれるからで、ひっぱられないように杭を打ち込むすべとして、ちまちまとお掃除したり皿を洗ったりすることが、このごろの自分にはとっても大事になっている。ここ数年、楽しみにしているマザリングフェスタが近づいてきて、とっても楽しみなのだが、今年は行けないかなあ。。。。前もって午前とか午後とか、予約をしなくてはいけないというのを知って、すでにあきらめモードだ。。。。ああいうフェスタに集まってくるような、体にいいことやいいものたち、天然酵母のパンに囲まれて(単なるパン好き)、穀物おにぎりとか、ホメオパシーとか、フラワーエッセンスとか、体を大事にする術とか、とにかく心身魂によさそうな、気持ちよさそうなものやことだけが置かれた家で、ゆっくりと自分と家族と環境を大事にしつつ、自分にできることをお返ししながら暮らす。。。。書いてるだけで鼻血ブーだわ。。。。そういうものと、いまのそうでない自分との間にあるものは何だろう。意志?選択?早寝早起き?いや、また会社での待ち時間の勢いに任せてだらだらと書いてしまいました。早く帰れなくても、こうして楽しみを作り出すことはできるのだ!涙!でもとにかく、気持ちよさそうな世界に住んでる人たちは、たぶん目の前のことを1つ1つきっちりとやってるんだろうなあと想像する。で、私の今日のきっちりは、ちょこっと早起きでした。さあ、明日は何でしょうか? がんばらないで、そんな気持ちいい世界に行けるでしょおおおおうか? ぜひ、行きたいものです。
2005年03月08日
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ううう。おうちに帰りたい。だが帰れない。私は原稿を待たなくてはならない立場で、それでもってその原稿をいま目の前で書いている人がいて、しかもその原稿は3カ月も4カ月も前の取材で。。。。わかってるけど、人は書けないんだよね。前もって、時間があるうちには。いやーー、そんなの本人が一番わかっていて、私を待たせているというのもわかっているから一番しんどいのはその人なんだけど、さすがに10時を過ぎるとたまこの顔が浮かんでは消え、消えては浮かぶ・・・。できない人にできないことを責めてもしかたない。怒ってもしかたない。たぶん子育ても同じなんだろうなあ、想像だけど。黙って待つのはしんどく、ネットの子供用品オークションなんかをのぞいていたのだが、見ているうちに片っ端から勢いにまかせて不必要に高い値段で競り落としたくなるのでやめて、こうして日記を書き始めています。今日はしかも結婚記念日なのになあ。修行だなあ。たまこのひなまつりも一緒に祝えなかったし。なんか、罪悪感からいろいろたまこにモノを買い与えてしまいそうになるのを、いまのところは絵本で紛らわせている。うう。たまこにあいたい~。と、ぶちぶちモードを、書いているうちにどこまでアップできるか。それに今日は挑戦してみましょう。果たして私は、いまのこの状況に感謝できるでしょうか。背中がバリバリで、目もしょぼしょぼしていて、お肌はカサカサで歯も少し痛くて、ああ、こんなの読んでもらう人に申し訳ないですね、とにかくとってもヴァータちゃんなのだが、でもやっぱり家ではシャチョーとたまこが元気に待ってくれている!とか、親兄弟も元気だ!とか、いい友達もいるし!とか、いいことを見つけていくと、いろいろ確かにありますね。今日あった一番いいことは。。。。大雪かなあ、やっぱり。朝、たまこは目が覚めるまでは相変わらずおっぱい三昧だったが、「茶碗蒸したベる?」と言われてぴょんと起きて雪を見ると、まずにっこり笑った。茶碗蒸し(朝から…)を食べてから、シャチョーにだっこされてベランダの雪をさわりに行った。まだ遊びたそうなのをむりやり保育園に連れて行ったら、みんなもう粘土遊びをしていて、たまこは上着を脱ぐのももどかしくそちらに走り、真っ先に作ったのは。。。。「ママみて!エビ!」。。。。。。。なぜかたまこはエビが大好きなのだ。そのあと帰ってきたら、シャチョーにムラムラと雪かき欲が芽生えたらしく、窓ガラスを磨くデッキブラシみたいなのを持って外に出ていった。でも、わりとすぐに帰ってきた。隣の人がかき集める雪の場所と、シャチョーがかき集める雪の場所が、うまく折り合わなかったらしい。。。。で、気まずくなって2人とも早々に引き上げたらしい。。。。「なんかね、論理が違うんだよ」。そんな消化不良なシャチョーに珍しくチャーハンを作ってさしあげ、私は会社に出かけた。そう書いている分にはとってものどかな日常の暮らし。ありがたく、幸せな暮らし。だのに~、な~ぜ~、ぶすっとした気持ちになってしまうのでしょ~うか。実際確かに、こんな時間に会社にいて日記を書いてるのって、あんまりやりたくないことではあるが。。。。どうしたら幸せな気持ちになれるでしょぉおおお~うか(サンヨウさん風に)。やっぱり、夜は早く帰りたいのです。帰ってたまことシャチョーと一緒に過ごしたい。それができない自分の働き方に腹が立つのです。もちろん、夕方からばたばた忙しくなる仕事だし、けっこうそれでも無理やり9時ごろには帰ったり、しているのだが。まあ、でも、月に1度ぐらい、こういう日もあるってことかな。こういうときに大事なのは、やっぱり被害者気分になってはいけないということかも。それから、各論を一般論に拡大することも避けたい。これだから働く母親はしんどい、というわけではないのだ。うん。自分で自分を枠に入れたり、面でとらえると、どんどんしんどくなる。その時、その時を、その時の気分できちんとあるいはてきとーに、味わっていくしかない。ちゅうわけで、気分を入れ替えて、机まわりの片づけでもすることにしまーす。人生、形から入らなくてはだわね。はい。
2005年03月04日
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