私は誰が好きなのかとってもわかりやすいらしい。
そして「夢中だったよね」というようなことをいつも言われる。
でも、いつも夢中ではない。たいてい。
いつも好きな人はたくさんいる。
そしてその誰に対してもきっと同じように目がキラキラしてるのだろう。
ああ危ない。
自分ではわからない。
ま、主人一筋ですよ^^っははは。と言うたびに主人に「うそ臭すぎる」
と言われてます。
そんな主人が最近は応援で東京で販売しています。
銀座のデパートで販売した日に真鍋かおりが買い物に来てて主人の店にも
「これはすぐに食べられますか?」と聞いてきたと興奮して
帰ってきたのです。
「テレビと変わらない。あ・・でもテレビよりもっと細い。
テレビより綺麗。」など言ってました。
あがっちゃって「麒麟です。」とか言えなかった。だって。
そりゃ言えないだろうな~。
銀座の次は新橋で販売。
と、休憩中に歩いていると車椅子の女の子が歌っていたので
お菓子をあげたと主人が言っていました。
日本一ヘタな歌手 濱田朝美
主人があった日のこと
生涯~たった一つの母との約束~ / 濱田朝美
世の中には頑張ってる人がたくさんいるんだな~と。
詳しいことが書いていないのでよくわからないのだけど。
それでふと思ったこと。
別に彼女がどうとか私がどうとかではなく・・・
あくまでもふと思ったことです。
たとえば生まれつき足がなくて生まれてきてしまった人は
そのことを小さいうちから受け入れられるのだろうか?
「なんで僕は人と違うのだろう?」と幼い頃気付きはじめて不安や
塞ぎこむ時期がやはりあるのだろうか?
それよりも最初はあったのに・・
たとえば15歳くらいで元気だった片方の足を失ってしまったほうが
辛いのだろうか?
「あの時はあんなに元気に動けたのに・・」と
何かあれば思ってしまう日がどうしても続いてしまうのだろうか?
それよりも・・
どちらも辛いのに変わりはない。
とにかく受け入れて生きていくしかないのだから。
私の頭に刺さって抜けない言葉
「ただ、生かされてる時間を消化するだけだよ。」
なんて最悪な・・・と、思う。
その言葉が刺さってそう思えてしまってものすごく嫌だ。
そんな考え方には真っ向否定する。
私はどんな不運も幸運に変えます??^^??
健康診断 イオン大和 2026.02.08 コメント(1)
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