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励ましのレスやメールをくださった皆さん、なかなかお返事できなくて本当にごめんなさい。。お返事しようと思うのですが、どうしても前向きな言葉が出てきません。。どうか許してください。。昼間、家にポツンと一人きりになって私はやっぱり淋しさに耐えられなくなりました。ティコの入院費を清算しに病院に行ったり買い物したりしてできるだけ外出をしました。ティコの身の周りの物を整理しようかとも思ったのですが、とても辛くてできません。。どの部屋にいてもティコの姿を探してしまい、もういないという現実をいやおうなく認めなければなりません。。手付かずだった行政書士の勉強をしようと考えていたのですが、それもどうしてもやる気になれません。。やっぱり外に働きに出ようか。。。自分の病気の事を考えるとまだ外で働くのには不安があるのですがこのまま一人でいるともっと良くないような気がします。ティコが最後の最後まで頑張りぬいたように私も頑張ろうと心の中で誓ったのに、やっぱりへたれな私です。。。
2004.05.31
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ひょうきんで明るかったティコの性格がそうさせたのでしょうか…週間予報では天気が悪いはずだったのに、予想に反し今日はピーカンの快晴で本当に暑い1日でした。。朝早くに目が覚めて、私はティコの顔や体を綺麗にしながら思い残すことのないように心ゆくまで触れていました。9時頃、姉や子供たち、お義兄さんが来てくれてティコの為に涙を流してくれました。家を出発する時間が近づくにつれて胸が痛くなってきましたがターサンと一緒にティコを車に乗せ、みんなで動物霊園に向かいました。。霊園に到着するとまずお焼香して、その後火葬場に移動し本当に最期のお別れをしました。。お花をみんなで飾り、淋しくないようにターサンと私の匂いのついたシャツ、大好きだったキャベツの芯とニンジンとペットフード、昔よく遊んだコットンのおもちゃを一緒に入れてあげました。 「ティコ、私もそのうちそっちに行くから虹の橋のふもとで待っていてね。 向こうにはパティさんもいるから淋しくないよね。 もう痛みも苦しみもなくなって元気に走り廻れるんだよ。よかったね。 いつか虹の橋を一緒に渡ろうね。愛してるよ。大好きだよ。。」いよいよ焼却炉にティコが入っていく時、私は覚悟していたはずなのに胸がつぶれそうになりました。。涙は嗚咽にかわり、号泣しました。。。しばらくその場を離れることができず、泣きながら立ち尽くすばかりでした。。40分ほどで火葬は終わり、みんなでお骨あげをしました。係りの人が 「本当にかわいい子だね。骨も綺麗だよ。普通喉仏の骨は欠けてしまうことが 多いんだけど、綺麗に残ってちゃんと拝んでいるように見えるでしょ。」と説明してくれました。確かに、よく見るとそれは人が手を合わせて拝んでいるように見えました。。小さな、まだ温かい骨壷を抱きしめ、私達は動物霊園を後にしました。小さなお骨になって我が家に帰ってきたティコ。。今日はみんなに支えられて、ティコらしく賑やかにお別れができたね。励ましてくれる友達、家族に感謝しなくちゃね。。でも、私にはそばにティコの姿が見えないことがピンとこないよ。。明日になって本当に一人きりになるのが怖いな。。家の中にはティコとの想い出がぎっしり詰まっているからへたれな私は淋しさに耐えられるかな。。すごく不安です。。
2004.05.30
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朝目が覚めてティコの顔を見たら 「やっぱり夢じゃないんだ。。」と現実に引き戻された思いがした。今日1日家に置いて明日動物霊園で火葬してもらうことにしたので今日がティコと過ごす最期の1日。。ティコが戻ってきてから色々な事をずっと話しかけているのだが私にはその都度ティコの顔が少し動いてちゃんと返事をしてくれているように見えてしかたがない。体は冷たくなってしまったけれど、鼻先や肉球を指でフニフニするとまだ柔らかい。。時々息をしているように見えて、本当に今にも起きてきそうな感じがする。できればこのままずっとそばに置いておきたい。。ティコがいなくなったら、本当に淋しくなってしまいそうで怖い。。今日はとにかく1日ずっと一緒にいて色んな話をしよう。。夕べティコをもらった友人に連絡したら、偶然なのか不思議な縁なのか小さい頃一緒に育ったパティさんという友人の愛犬(シェルティ)の一周忌がちょうど今日、ティコと1日違いだった。ティコはパティさんが大好きで、いつも後ろにくっついて歩いていたから最期もやっぱり追いかけていったのかな。。今頃仲良く一緒に遊んでいるかもしれないね。。なんだか少し安心です。逆に私の方がこれからティコなしでやってゆけるか不安。。今でも淋しくて淋しくて淋しくて・・・涙が後から後からあふれてきて淋しくてたまらないのに明日からどうやって過ごしていけばいいんだろう・・・。ティコ、本当に淋しいよ。。。
2004.05.29
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今日夜7:30頃、ティコは星になりました。。。応援し励ましてくださった皆さん、本当にどうもありがとう。。今日も午後面会に行ったのですが、ティコはとても苦しそうで先生からは 「薬が効かなくなってしまって、状況としてはかなり厳しいです。 呼びかけてもわからないかもしれませんね…。」と言われた。。私はティコの顔や体を撫でながら一生懸命に呼びかけた。。目は動かせなかったが、パチッパチッとまばたきをしたのでおそらく私だとわかってくれていたのだと思う。実際、その面会の時が一番ティコの状態が落ち着いていたと、後で先生が教えてくれた。。家に連れて帰った方が良いのかどうか、とても迷ってとりあえず一旦家に帰って準備をしてから病院に連絡することにした。病院に連絡すると、先生が手を離せないので折り返しTELをしますと言われた。嫌な予感がした。。10分くらい経って先生からTELがあった。 「残念だけど、今亡くなってしまいました。。」。。。やっぱりそうだった。。あのまま連れて帰ればよかったのか。。。すぐにティコを引き取りに病院に駆けつけた。。大先生と女性の先生で体をきれいにしてくれていて、遺体も車まで運んでくださった。 「本当に色々ありがとうございました。」と挨拶して病院を後にした。。考えると、ティコは私に最期のお別れを言いたくて待っていてくれたのだと思う。。体を撫でると、まだ温かかった。。 「ティコ、お家に着いたよ。おかえり。。」と声をかけるとティコの顔がホッとした表情になったような気がした。。 「今まで本当に良く頑張ったね。やっと楽になれたんだからゆっくりおやすみ。。」ティコを真ん中にターサンと私と川の字になってしばらく思い出話などしていたがティコの顔を見ているうちにいつのまにかみんなで一緒に眠ってしまった。。
2004.05.28
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今日ティコが入院した。。今までティコと二人三脚で頑張ってきたけれどティコも私ももう限界だった。。ティコのいない我が家…あまりに悲しくて淋しくて、声も出さずに泣いた。。自分の体の一部をもぎ取られてしまったような、胸にポッカリと大きな穴が開いてしまったような…。昨年の9月に突然てんかん発作が起きてから、良くなりかけてはまた発作を起こし、その度に少しずつ体調が悪くなっていった。。4月にまた大きな発作が起きてからは、前脚が麻痺し始めて5月の連休明けには立つことができなくなってしまった。意識も朦朧とする事が多くなり、食事やトイレの世話にかかりきりになった。首を自力で持ち上げられなくなってしまった為、食事やベッドの交換は本当に大変。。抱っこしようとすると時々ひどく痛がるので、かなり神経を使った。寝不足とひどい腰痛、病気への不安、心細さに疲れきっていた。。昨日になってティコはひどい咳と嘔吐で何も食べ物を受け付けなくなり苦しみもがいて眠ることもできなくなってしまった。ターサンと交替で寝ずの看病をしたが、ますますひどくなるばかり…。もう私達の力ではどうしてやることもできない。。少しでも痛みや苦しみを和らげて楽にしてあげたくて、入院に踏みきった。。レントゲンを撮ると、肺炎を起こしていて熱もかなりあった。通常は映らないはずの食道も異常に広がってしまっていてそれは内臓にも麻痺が出始めたせいなのか何なのかわからなかった。腎臓の数値も高く、オシッコを出さないと毒素が体中にまわってしまうのでそれは注射でオシッコを出すようにするとのことだった。午前中に入院させて、夕方面会に行ってきた。ティコは、点滴を打ちながら静かに横になっていた。。細くなってしまった体をそっと撫でながら声をかけると目だけをこちらに向ける。。「頑張って一緒にお家に帰ろうね。また迎えに来るからね。」後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。。
2004.05.27
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ティコの容態が悪くなり、全介護が必要になってしまった為HPはしばらくお休みさせていただきます。レスをくださった皆さん、お返事できなくて本当にごめんなさい…。また落ち着いたら戻ってきます。。
2004.05.17
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