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人間は多くの人に支えられて生きています。昨夜、昔からの知人と会っていてその事に話しが及んで・・7年前、弊社が現在地に引越して来られたのも、数々人の援助による。当時のビルの所有母体が大手企業で不動産部門があるので不動産業者はダメ、それなりに名のある、あるいはしっかりした業歴が入居審査基準であった此のオフィスビル。その会社がどの程度のものか、当然調査能力もある管理者側が見れば、超零細企業の我が社などとてもテナントとして入居できるものではなかった。それが当時、管理部門の責任者とは仕事上で付き合いがあり、移転を考えていた私にたまたま空きが出た部屋を紹介してくれ、上層部にその旨推挙してくれたのです。長い付き合いの中で私というものを見ていてくれて、例外の取り計らいをしていただいた。その後世の移り変わりの中で、当時の管理者側は解体に及んで人もバラバラに。けれども今でもその世話になった人達は時々弊社に顔を出してくれます。人間はいかに日頃の行動が大切か。信用は一日にしてならず。連綿と続く日常において、誰見ようと誰知ろうと、誠実に仕事をし、生きること。天は見ていて、心ある人もまた観ている。いざという時に、それまでの生き様が効くのです。小さな事をないがしろにして、何ができようぞ。私は今日もまた、その小さきとも大切な一つひとつを誠実にこなしていくのです。結果は天に預けて。私は、縁あった人達への感謝の気持ちを永遠に忘れることはない。
2014年10月17日
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我も注意しなければならない。つくづくそう思う。慢心は、いつしか足下からほころびを生じさせる。1人の相手の後ろには、目に見えない隠れた多くの潜在顧客が存在する。ネットの場合特にそうだ。「いいね」やアクセスの背後には、その何倍もの人がいて見られているということ。ある日突然、見ず知らずの人から「何時も見ていますよ」そう言われたりもする事実。物事の選択。特に人の選択は重要。だから人材採用も誰でもいいというわけにはいかない。例え1人のパートさんでも、良い人を選べば、その人の周りもおよそ似た人柄の人間が存在していると思われるのだ。人間はいつしか初心を忘れる。不安と何もない初期。 一本の問合せ電話、一つの取引が、どれだけ嬉しく明日への希望の糸を繋いだことか。原点の客を忘れてはならない。その時の心を失くしてはならない。「なんだか最近違うな・・」気が付かぬ内に、人の心は離れていく。クレームもお叱りも失敗も、顕在しているうちはいい。しかし、物事は砂防の様に静かに崩れていく。料理人が「判る人間しか食わなくていい」などとのたまう。アホか。選択権は双方にあるということだ。いつものうどん店に行く。常にメニューが進化している。従業員さんもいつも変わらず元気がいい。今度こそあれこれ他のメニューを、と思いつつ、またつい、いつものかしわそばを注文してしまう。この店に行くのは勉強もなるからだ。うどん店であろうと、居酒屋であろうとケーキ屋であろうと、スーパーのレジ打ちであろうと、忙しい従業員の身でも、その場その場で、心を主人としなければならない。例え雇用主が、「その程度でいいよ」と軽々であっても、我は我の心で職務を全うしなければならない。であれば、肩書だけの責任者より余程に責任者となれるのだ。そんな貴方に出遭った私は、「我が社へどう?」つい誘いたくなるだろう。原点を忘れるな。初期の客を忘れるなかれ。例え日の目を見ないところに甘んじていようと、今日も我の心で誠実に生きよ。自戒を込めて。
2014年10月15日
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