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■『遊』とにもかくにも、今年は遊びました。必死に遊びを楽しむために頑張った感じです。一番大きいのは、地球一周の船旅であることは間違いないけど、自分の感性を揺らがせる人との出会い、夏の1ヶ月半、東京で過ごしたプチ一人暮らし&大学生活や、草野球、バイトにしろ全てが楽しくて面白くて。真っ当な人生の歩み方はしてないけど、遠回りした分の価値はかけがえの無いものでして。 プライスレス♪本当に2005年は、自分を振り替える中で大きな転換期になった事は間違い無いです。自分が「新しい自分に生まれ変わろうとした」とかではなくて、今までの自分の作った土台へ付加価値をつけるオプションみたいな年に出来た事はよかったです。様々なフィールドでパフォーマンスできる下地は増えました。そんなこんなで「遊」。来年への足掛かりは出来ました。素晴らしかった2005年に自分で拍手♪♪
2005.12.31
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■『過去最多の枚数』あと、今日を含めて2日の2005年。船降りてからの短い間で一番苦労しているのは、「年賀状書き」。まあ、「書かんけりゃ済む話」といえば元も子もないけど、年賀状は恒例行事として参加したい。そして、メールや電話とは違って、モノとして残る事に価値がアルと思う。だからこそ、書きたいってモチベーションが出てくる。過去には、6枚組でひとつの絵になる年賀状を友人達に送ってみたり、くだらない今年の予想を年表にして送ってみたり。決して「新年の御挨拶」だけが年賀状じゃないと考える。100mm×148mmの白い紙を媒体に、面白楽しく新しい年を満喫する意気込みを書けばいい。筆無精だから年賀状は書かないってのはもったいない。是非、自分の好きなものを白い紙に綴ってみては!?それだけで年賀状ですよー!
2005.12.30
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■『まだ乗っていなかったあの時と、今。』51回の感想を一先ず置いて。(多少置き気味…。更新していきます!)今日は第52回ピースボートの神戸出航。51のメンバー十数人と共に、見送りました。そこでの心境は「うらやましい」でした。それは、まだ乗る前の「先に乗れて」うらやましいのではなくて、「これからあの船を経験できるみんな」がうらやましいって気持ち。こう思えたことで、逆に自分が51に乗って充実していたことを確認出来てよかった。こういう事は、自分をしっかり見つめられる人は、今日のような刺激がなくても出来るんだろうけど、いかんせん自分には、こういう時でないと確かめられないようで…。それでも、地球で学んだことや経験が自分の心に影響を与えられていてある意味ほっとした。ことが終わってから「たられば」を繰り返すことがないように。できる限り、そして力を込めて今できる以上の事をして、最高の充実感を得たいねー。再び地球を回るトパーズを見て、これからの自分を考えていきます。今、盛り上がってる52回のメンバーが最高の船旅をおくる事を祈って…
2005.12.27
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出航後から、早速船旅で恐れていた物がはじまる。まぁ「船酔い」なんですけど。ぐるぐるバットを1周するだけで吐きそうになるオレにとって、24時間ぐるぐるバットしてるようなもの。ほんと辛かった。この一番の原因は台風。立っていれんほどの揺れでベッドで寝ていても気持ち悪かった。大きな揺れ自体は3日ほどで取れたが、自分の体調以外でもおかしなことになっていることがあった。「ベトナムに着けない」そう。台風を避けるために進路を変えたために、ベトナムにつく時間が無くなってしまっていたのである。オレは「大交流」を取っていなかったことと、そこまでベトナムに思い入れがなかったので、「まあ仕方ないかな」ってな感じやってケド、「大交流」とってたみんなは、やりきれん思いやったよう。最後に船終わる時も言ってるコいたしね。長々、「大交流」「大交流」と書いてたものは、『べトナムの若者の家にホームステイ』するツアーのこと。旅前半のハイライトと言っていいものの1つ。寄港したクルーズでは、必ず感動が起こると噂のツアーだった。
2005.12.21
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---------------久々にブログ書いてる…。日本に帰ってきたって感じを、ここからも感じます。さてさて、まずは無事に帰国したことをここに報告します。104日に渡るクルーズは、笑いあり涙ありの珍道中。知らない地球を体感出来たこと。これは生涯の財産です。それでは、まずは神戸出航から。---------------9月4日。曇天の神戸港に、若干風邪気味かなと思いながらやってきました。17時出航なのに着いたのは13時前(笑)スーツケース、ボストンバック、リュックサック、金属バット。という、ホントに夜逃げでもするんか!?みたいな格好で、横浜を前日に出たトパーズ(船の名前)を待ちました。14時ごろ。神戸港にトパーズの船影が見えると同じ51回に乗る大阪のメンバーもほぼ集合し、ピースボートの仲間、家族、友達との別れを惜しむ姿が鮮明に残っています。もちろん、自分のその一員でしたが。今までトパーズは、出航帰港併せて5回神戸で見ていて、今度は自分達が乗るのに、また見送る気分になってしまいました。時計も16時か近づき、いよいよ乗船。初めて船内に入るとそこはホテル。レセプションがあり、荷物をクルーがキャビンまで運んでくれる。部屋は5階の「50122」。扉をあけると、そこにはすでに3人の同世代の男が座って出迎えてくれた。この時は正直、うわぁと思った。この部屋で神戸からの乗船はオレだけ。。。この時点で1人浮いてしまっている。そう感じた。長くいるのも辛く、早々にキャビンを出て出航式の会場である8階のオープンデッキに出た。というか、なんとか出れた。何故「なんとか」かと言うと、船内は迷路。キャビンに繋がる道は入り組んで細く、しかもどの部屋も扉が一緒で区別するものがない。(部屋番がついているだけ)地図を見ながら階段を探し、そうやく外に出てきたのである。その外はすでに人でごった返していた。いよいよ51回クルーズが日本を離れていく。その瞬間が始まる。出航式では、壇上でメッセージを読みあげる予定になっていた!が。ほんとに、が。ふぅ。みんな覚えてる??9月4日は台風が日本に近づいてきていました。なもんで、手短に「感動の」出航式は幕を閉じ、壇上の後ろでスタンバっていたオレは見送りも出来ず(泣即座、ケータイで話しましたよ!!そんなこんなの出航。
2005.12.19
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