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源義経黄金伝説■第70回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」■ 1198年(建久9年)鎌倉/大江広元屋敷「危ういところであった、文覚が鬼一を処分してくれたとしては」大江広元は呟く。が、広元は疑心に捕らわれる。 いかん、もし、、、「よいか、至急に牢を見て参れ」と雑色に命ずる。「源義行殿、牢におられませぬ」 雑色が顔色を変えて報告した。「何と…、そうか、あの禅師めが」大江広元は、禅師の控え部屋にいく。「禅師、お主、義行殿を逃がしたな」声高かに叫ぶ広元に対して禅師は、ゆっくりとお茶をたしなんでいる。ふくいくたるお茶の香りが禅師のいる部屋にたちこめている。「大江様、どうかお許しください。あの者、最初からこの世には存在せぬものです」「禅師、お前、静と連絡をとっていたのか。静はまだ生きていると聞く。あの義行を静の元に走らせたのか」大江広元は、ある事にはたと気づく。苦笑しながら言う。「そうか、禅師、お主、西行に惚れておったのか。それを見抜けなんだのは、私が不覚。西行の想いが、自分の黄金である源義行を逃しよったか。くくっ、まあ、良い。 いずれは、静のところに向かうであろう」大江広元は憎々しげな表情で、禅師を見つめる。禅師は、まさか広元が静の居場 所を知っているとは、思っている。恐るべき情報能力を持つ男だった。広元 は付け加えた。「よいか、禅師。もし何かことがあれば、お主もろとも滅ぼす。無論、京都大原にいる静もじゃ」脅しの言葉であった。が、禅師も負けてはいない。「しまし、大江様。大江様もこのままでは済みませぬぞ」「何だと」「頼朝様の暗殺を知っておられたこと、鎌倉腰越にて書状に認めてございます」「何という書状を…、嘘じゃ」「北条政子様は信じますまい。いや、本当のことをご存じでも、その書状を利用し、京都から来た男である大江様を、鎌倉政権の座から引きずり落とすでしょう」「むむっ、お前。この俺を裏切りおるか」大江広元は憤怒の形相で、禅師ににじり寄った。「これでも禅師は、この源平の争いの仲を生き残ってきた者でござい ます。裏の手、裏の手を考えておらねば、生き残ってはこられませぬ。そこは 私、禅師の方が広元様より、一枚も二枚も上手ということでございましょう」大江広元を見返す禅師のまなじりには力がこもっていた。おまけに義行は、禅師の孫なのだ。今の今まで生きながらえて、この官僚あがりの田舎貴族と対峙して、勝てなければどうしよう。経験の量が違うのだった。「うむっ…」大江広元も押し黙ってしまう。ここは禅師を怒らせぬ方がよいかもしれぬ。所詮は女だ。変に怒らせて、今までの広元の苦労を水泡に帰すこともあるまい。「大江様、大江様はこの鎌倉殿の政庁を作り。歴史書に御名前が載りましょう。が しかし、大江広元様ではなく、中原広元様にかも知れませんね」「禅師、お前何を企むか」「いや、お隠しめされるな。先年なくらられし西行様も、同じことをされました」「‥‥」「西行様も、佐藤家の本筋ではございませんでした。佐藤家は源平の戦い、屋島の戦で、滅んでおります。それゆえ、西行様も佐藤家御本流として、後の歴史にのこられるでしょう。これは大江様も同じことをされる機会でございましょう」大江広元も、また西行もその家の本流、本家ではない、と禅師はいうのだ。「禅師、お前は、、」「いや、皆まで申されますな。大江様の御母君様は、大江家の出。母方さまの御本流をのってるおつもりではございませんでしたか。中原の名前を隠し、大江の本流の方々をすべて死においや り、大江広元の名前は、歴史にのこりましょうぞ。さすれば、名高き学者、大江匡房の 曾孫としてはづかしき事無く明法博士の御名前を朝廷からいただけましょう。これ でも禅師には、つてがございます」大江はしばしの間、頭を垂れていた。が、ゆっくりと顔を禅師に向ける。「、、で、禅師、そのお方とは、、」禅師は、広元もまた、京都のためにからめとった。「わかった禅師。このこと不問にしよう」「では、源義行様のことはいかが記録されます」「事件とはかかわりあいのない雑色だったということにしよう」「それを聞いて安心いたしました。 それでは、京都からこられる僧のことよろしくお願いいたします」栄西、法然をはじめ、新しい教条を手にに、鎌倉武士のために京都から僧侶が送られてくるのだ、その手配方を、大江広元に頼もうというのだ。昔、平家の諜報少年部隊、赤かむろの束ね者でもあった、磯の禅師は、深く頭をさげた。 (続く) 作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所 Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.10
源義経黄金伝説■第69回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所 Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」■ 1199年(建久10年)鎌倉文覚は、対決の後、しばらくして、広元屋敷の元を訪れている。文覚の頭や顔は朱に染まっている。足取りもおぼつかぬ。鬼一の打撃の後がゆっくりと文覚の体をむしばんでいる。鬼一の八角棒には、やはり丹毒が塗られていた。「大江広元殿、鬼一方眼はワシがあやめた、これで、あやつらの王国、勢いがなくなろう」文覚は、大江に満足げに言った。「さようでございますか。それは重畳。しかしながら、いかがなされた。その傷は」「我のことなぞ、どうでもよい。よいか、大江広元、義行を逃がせ」「源義行を…、何を言う。気が狂られたか」「よいか、大江広元。私、文覚は、元は武士である。鬼一との約束は守らねばならぬ」 文覚は息も絶え絶えに言うのである。「皆の者、出て参れ。文覚殿、乱心ぞ」大江広元は、屋敷の郎党を呼び寄せる。「くそっ、広元、貴様」 手負いの熊のように文覚は、広元の手の者と打ち合うが、多勢に無勢。おまけにひん死の状態の文覚は打ち取られる。「残念、無念。清盛、西行、お前らが元へ行くぞ」とらえられ、牢につれていかれる文覚が、いまわの際に叫んだ。◎文覚は,今は亡き好敵手西行の最期を、そして西行から聞いたある話を思い起こしていた。◎待賢門院璋子(けんれいもんいんたまこ)は、西行の手を強く握りしめている。待賢門院璋子は後白河法皇の母君である。その臨終の席に西行が呼び寄せられていた。「二人の皇子をお守り下され。西行殿。私の最後の願いでございます」「わかりました、璋子様、この西行の命に変えても」西行は宮廷愛の達人でもあった。この時期日本は宮廷愛の時期である。待賢門院璋子の二人の子供とは、崇徳上皇と後白河上皇である。璋子は鳥羽天皇の間に後白河法皇を生み、鳥羽上皇の祖父である白河法王の間に崇徳上皇をうんだ。白河法皇は璋子にとり愛人であり、義理父であった。いわゆる源平の争いは、璋子を中心にした兄弟けんかから起こった。西行は璋子のために終生、2人の御子を守り事を誓ったのだ。西行は璋子のために、京都朝廷のしくみを守りために、その生涯を捧げた。西行と文覚は、若き頃、恋いにそまりし王家を守る2人の騎士であった。それでは、文覚は、日本の何を守ったのか。自問している。文覚は若き折り、崇徳上皇の騎士であった。上西院の北面の武士である。しかし、文覚は保元の乱の折り逃げ出している。その折りの事を西行はよく知っているのだ、言葉で攻めていたのだ。西行は、いまはのきはに、叫んでいた言葉を思い起こす。「文覚殿よ、天下は源氏におちたと、、思わぬほうがよい」「何だと」「頼朝殿の義父、北条、平時政殿の手におちるかもしれんな」西行の死に臨んでの予言であった。いにしえ、坂東の新皇と自ら名乗った、平将門(まさかど)の乱平定に力があったのは、藤原秀郷と平員盛である。藤原秀郷の子孫は、奥州藤原氏、西行の家などである。平員盛の子孫が、伊勢平氏と北条氏であった。(続く作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.09
源義経黄金伝説■第68回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所 Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」第9章 1198年(建久9年) 鎌倉■5 1199年(建久10年)鎌倉大倉山 都市鎌倉の背後にそびえる大倉山山腹にびょうと風がふいている。 鎌倉の周り北東西三方に山山がとりまき、南は海に開いている。鎌倉は自然の要塞であった。大倉山山頂から頼朝が作りあがた要塞都市の姿がよく見える。文覚はだれにも手出しできぬように、この決闘場を選んでいた。 伊豆からの春嵐がふきすさぶ山頂に鬼が二匹。「鬼一、今度が最後の勝負ぞ。いずれにしろ、お主らが丹毒で、頼朝様、もっても一週間じゃ。お主らを倒しておかねばのう。この鎌倉幕府が持たぬわい」鬼一も構えている。「おおよ、その勝負、受けたぞ、文覚。俺も京都一条の鬼一法眼。あとくされない勝負じゃ。これで引き下がったとあっては、俺の名折れよ」二人の体に、伊豆からくる少し早い春風が、吹き巻いている。人の気配のない大蔵山の山頂に、二人とも八角棒を手にして微動だにしない。「それに鬼一、安心せよ。儂は西行殿と9年前に約束しておる。勝っても負けても、源義行殿の命は安全よ」「それを聞いて安心した。お主も闇法師の端くれであったか。約束は守るのか」「当たり前よ。ましてや、西行殿の今際の際の言葉じゃ」「いざや、まいる」とどちらからともなく打ちかかっている。激しい打撃音が、大倉山全体に響く。山に住む野生の動物たちが勢いで逃げ出してくる。「よいか、鬼一。お前たち、山の民どもの住む所など、もうこの世には存在せぬ」激する文覚が声高に叫んでいた。「頼朝ばらに、我々の王国など支配できるものか。いあや、支配させるものか」鬼一が、鋭い文覚の八角棒の一檄を受けて叫ぶ。鬼一の言う王国とは、京都大和王朝が成立しても、なお連綿と続いている、前の王朝、葛城王朝の流れを汲む『山の民の王国』である。歴代の京都朝廷も彼らの見えざる王国を認め、協力者としていたのだ。それを文覚は無くなると言うのだ。「よいか、頼朝殿が、征夷大将軍となり、十年前に奥州平泉王国を滅ぼした今、我々武家の世の中よ。日本は頼朝殿によって統一された。支配するのは鎌倉将軍。また山々、山山林のすみずみまで、鎌倉から守護、地頭をつかわし、網の目のように日本全土に支配を巡らせる。お前たち、山伏を始め、山の民の住む所なぞないわ。義経が逃げた場所などもうなくなる」「くそっ、ゆうな。文覚、それであるからこそ、お主ら倒さねばならぬ。お主は鎌倉を代表する攻撃勢力。我々自由民のためにな」「無駄よ。京都朝廷を頼朝殿がおさえれば、『山の民の王国』など認めるものか」「平清盛殿、西行法師殿、後白河法皇様。皆、我らが味方であったぞ」「それも終わりぞ。義経殿も、もう日本には帰ってこれぬぞ」文覚の言葉に鬼一はたじろく、(なぜそれを知っている)「貴様、なぜ、それを」「ふふっ、金(きん)に逃れるところを、儂が、のがしてやったのだ。鞍馬寺の宝、征夷代将軍、坂上田村麿呂公の刀と引き換えにな」「くそ、これが最後の一撃…」鬼一は、渾身の力を込めて、文覚に打ちかかっていた。八角棒はぱしりと折れ、鬼一の棒が、文覚の頭蓋を、天頂を打ちすえている。一瞬、時の流れがとまる。二人の体は止まっている。風も一瞬凪いだ。急にゆるやかな太陽の光が、雲間からふたりの体を照らした。折れた八角棒の先を、文覚は鬼一の胸板を貫いている。 相打ちである。 血のにおいがただよっている。鬼一の方が致命傷となる。足下に体液の流れが、大地をすこしづつ、赤黒く染めていく。「くっつ文覚、どうやら、我々の時代は終わったのう」苦しげに、鬼一は呻く。血が口からしたたり落ちてくる。 しばらくして文覚が告げる。「鬼一、よい勝負じゃった。それに約束だけは守ってやろう」「約束じゃと」血みどろの鬼一の疑問の顔が、文覚に向いた。「源義行殿を、鎌倉から逃がすことじゃ」相対する文覚の顔と体も、すでに血にまみれている。「それは有り難い、文覚殿。その事恩にきる。ぐう」ひとこと発し、鬼一の体がゆっくりと大地に沈んでいく。 血の気が失せていく鬼一の体に、文覚は両手で拝む。 「鬼一殿のお仲間の方々、後はお願い申す」 まわりの気配に対し、文覚は周りを見渡し大音声でさけぶ。折れた八角棒を杖として、頭から血を流しながら、文覚は鬼一の体を残しそこを去って行く。文覚は山道で立ち止まり、振り向く。目には血が流れ込んでいる。「鬼一殿、さらばじゃ」 文覚の姿が消えた後、山伏の群れ、結縁衆や、印字打ちの群が現れていた。 数人が鬼一方眼の遺骸を取り囲む。 「後を追うか」一人が叫ぶ。 「無駄じゃ、あのおとこには」「刃の鬼聖」文覚の名前は、紀州にも響いている。文覚は日本各地の山伏の生地で荒行をくり開けしていた。「頭の最後の命令にしたがおう」「それより、我々はな、、西行法師殿の伝説を、この世に広めねばなるまいそれが、われら、後に残りしものが役目ぞ」鬼一方眼の義理の弟、淡海が、強くいう。目じりが光っていた。(続く090901改訂作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.08
源義経黄金伝説■第67回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」ル ■ 1199年(建久10年)鎌倉 頼朝近辺を護衛する武士の一人が、鎌倉政庁にいる大江広元に告げた。「頼朝様が、傷つき,かつぎこまれました」「何、よし、落馬されてけがをおわれたとせよ。この事、他の者に他言無用としろ」「怪しげなる童…だと」大江広元は、体をこわばらせた。「大殿様の馬の側にうろついておりましたところ、捕まえてございます」「よし、そやつの顔を見てみよう。私の前に引きだせい」 やがて、広元の前に、見目麗しい少年が引き出されていた。その少年の顔を一目見た一瞬、汗が吹き出てきた。広元は、その少年が誰であるかを、しっていた。 一三年前、1186年、鎌倉稲村が崎で、自分がすり替えて助けた童子。静と義経の子供。 この少年が取り調べた際、自分の身元をしゃべり出すようなことがあれば、類は自分にも及ぼう。この少年の処理、素早くせねばなるまい。広元の額にはうっすら汗が浮かんでくる。「この罪人、牢獄へ引き立てい」 広元は、その後、磯禅師を別室に密かに呼んでいる。「お前の孫が、生きておったな」 雑色たちを所払いにし、開口一番に広元は言った。「私の孫ですと。何をおっしゃいます」 禅師は慌て、そして顔色を変えている。 まさか頼朝の暗殺者が、あの静の子供だとは。禅師には思いもよらぬ展開だった。 京都からもそのようなことは聞いていなかった。「まさか、何かの間違いでございましょう」 広元は、この暗殺者が義経と静の子供であるとわかると、自らの立場が悪くなることに無論気がついていた。お互いの眼が合う。おおよそ、広元と禅尼の利益は合致した。これは一つ、あの童を密かに殺してしまうか。そう考えている時、巨大な動物が、奥座敷の戸板を打ち破り、二人の前に現れていた。「うわっつ」一瞬二人は何が起こったかわからない。頼朝殿を殺めたのは、お主らか!。え、大江広元、禅師、お主らが企みよったか」憤怒の様相の文覚であった。もはや、全身が、怒りの塊と化している。「よいか、広元。覚えておけ。お主ら、貧乏貴族が支配する日本のために、頼朝殿に俺が命を掛けた訳ではないわ。この日の本を、すばらしい仏教王国にするため、民が住みやすい国にするために、この文覚は頼朝殿に掛けたのじゃ」 憤怒の不動明王像のように見える文覚。その文覚に対して、広元は真っ青に り、一言もしゃべりはしない。禅師も部屋の隅に蹲っている。「広元、決して、源義行殿を殺してはならぬぞ」意外なことを文覚は言った。「源義行殿を囮に、鬼一法眼を、大倉山山頂に呼び寄せ、最後の勝負を挑む。ただし手出し無用。儂と鬼一で勝負を決める」(続く (C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.07
源義経黄金伝説■第66回 作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」 1199年(正治元年) 鎌倉 鎌倉の朝。1199年(正治元年)1月13日鎌倉街道の地面に落ちた霜が太陽を受けて、湯気をあげている。気おもいで気分のすぐれぬ頼朝は、単騎でゆっくりと動いて来る。大姫の死が、頼朝のこころを責めさいなんでいる。鎌倉街道の要所、相模川の橋の完成式の帰りであった。この時のお共には、広元は最初から参加していない。頼朝は馬に乗り、見知らぬ道を通っていた。ふと、回りを見ると、いつもはいるはずの郎党共の姿が見えない。おまけに辺りにはうっすらと霧が出てきたようである。「これは面妖な…、ここはどこだ…」きづくと霧の真ん中に頼朝が一人。 頼朝は、ひとりごちた。道の向こうに人影がぼんやりと見えている。「おお、あそこに人がおる。道を尋ねよう」頼朝はそちらに馬を進めた。 すでに鬼一法眼の術中に嵌まっていることに、頼朝は気付いていない。鬼一得意のの幻術である。 この時、頼朝の郎党の方は、大殿の行方を捜し回っている。が、みつからぬ。二股道の一方を頼朝が通ったあと、鬼一の手の者が偽装したのだ。頼朝は、郎党から切り話されて霧ふかき見知らぬ森の中にいる。護衛から全く切り離され、一人きりなのである。頼朝を乗せた馬は、一歩一歩と、その人影に近づいて行く。どうやら、若い女性のようだ。旅装で網代笠を被っている。頼朝は馬上から尋ねた。女の体つきに、へんに見覚えがあった。「これ、そこなる女、ここはどこなのだ。そして、鎌倉までの道を教えてはくれぬか」 女はくぐもった小声で答える。「頼朝殿、鎌倉へお帰りのつもりか。もう鎌倉はござらぬぞ。お前様は帰るところがない」頼朝は奇異に感じた。「何を言う、貴様、妖怪か」 叫ぶが早いか、頼朝は、女の網代笠を馬の鞭で跳ね飛ばした。瞬間の霧の中から、ごおーっという音が起こっている。おお、これは…、幻影か。頼朝の目の前に炎上する都市の姿が見えていた。霧の仲にくっきりとその映像が見えるのだ。頼朝は、平泉のことを思い出しているのかと一瞬思う。う、これは、なんとした事。が、よく見ると、そこは鎌倉なのだ。「何ということ。儂の鎌倉が燃えている。どういう訳だ」自分が手塩にかけた愛しき町が燃え上がっている。鎌倉という町は、頼朝にとっていわば、自分の記念碑である。「き、貴様」女の顔を見る。「うわっ、お前は大姫」 四年前に奈良でなくなったはずの愛娘、大姫の姿がそこにあった。大姫は頼朝の方へ両手を伸ばした。顔はて暗がりではっきりとは見えないのだ。「さあ、父上、私と一緒に極楽浄土へ参りましょう」 大姫が指さす方は、燃え上がる鎌倉である。「あの中へと」 その炎上の中にいる人々の姿がはっきりと見えていた。平氏、奥州・藤原氏の武者、そして源氏の武者、おまけに義経の姿もある。今までの頼朝の人生で手にかけてきた人物たちである。「さあ、父上の親しい皆様が、ほれ、あのようにあちらから呼んでおいです。さあ、父上、はよう」 頼朝はゆっくりと馬から降りて、ふらふらとそちらの方へ歩んでいる。 突然、石つぶてが、頼朝の体といわず頭といわず降り注いできた。「ぐっ」 頼朝は、頭に直撃を受け倒れ、気を失う。淡海の部下が数名、投弾帯や投弾丈をもちいて、ねらいたがわず、頼朝に命中させていた。投弾帯は、投石ひもともいわれ石弾をはさむ一本のひもで、石弾をはさみ下手投げでなげる。時速八〇キロの速度はでた。 頼朝はしばらくして気付いた。が、目の前はまだ霧の森の中である。「い、今までのことは夢であったか」頼朝は叫んでいる。人影がある。大姫の姿があった。「お、大姫。助け起こしてくれ」 今は亡き大姫の名前を呼ぶ。しかし、大姫は反応しない。「儂が悪かった。許してくれい。お前の幸せを考えず、志水冠者殿を殺してしまったのは、俺の不覚じゃ。許せい」志水冠者は、頼朝が殺した大姫のいいなづけ、木曽義仲の息子である。 大姫の姿がするすると、頼朝のところへ近づいて来る。「本当に、そうお思いですか」顔をよせてきた。「そうだ」頼朝は、大姫の顔を仰ぎ見た。 いった瞬間、大姫の服が弾き飛ばされている。 そこには、うって変わって、りりしい若い武者が立っている。「お、お前は何者」大地をころびながら頼朝が叫んでいた。「源義経が遺子、源義行にございます」 頼朝は、驚き、その人物の顔をしかと観察する。「まてまて、お前は義経が子か」「そうでございます」 義行は、頼朝に対して刀を構えている。しかし目には不思議に憎しみはないのだ。頼朝に対する哀れみが見える。 この男は…、本来ならばおじになる。が、我が父を葬った男。鬼一から話を聞き日々の憎しみを増幅させ、この計画を練ったのだ。しかし、実際に、頼朝と対峙してみる、と、悪辣なる敵のイメージとあまりにもかけはなれている。頼朝には一種独特の凄みがありながら、その体から悲しみを感じるのだ。愛娘を死なした絶望が見える。頼朝の人生は多くの人々の亡骸から気づかれている。悲しい人生かも知れぬ。おのの存在、源氏の長者として大きくみせなければならなかった。いままで、源氏のだれもが、望み得なかった高見に頼朝はいるのだ。しかし、この悲しみの原因は何のか。そして、義行を哀れみの情で見ているのだ。驚いたことに頼朝は、涙を流しているではないか。源義行は思わずたじろぐ。「義行殿、不憫よのう、お主は、我が父、義経が、北へ逃れ、蝦夷の王、いや、山丹の王になっておるをお主は知らぬのか。私頼朝が、ある人物との約束で許したのだ。」何をいまさら、血舞いよい事を。その言葉の一瞬、源義行は、頭に血が上り、この後に及んで、私をたぶらかそうとするのか。やはり叔父上は、見かけではなく、本当に悪人なのかも知れぬ。義行は、迷うが、怒りをあらわに再び切りかかる。同時に、木陰から数個の石が雨あられと降り注ぐ。再び狙い過たず、頼朝の体に命中していた。額からは、うっすらと血が滲んでいる。頼朝が再び地に伏す。「蝦夷だと、ええい世迷いごとを、、叔父上、 父の敵、覚悟…」 義行が、大声で呼ばわり、大地に倒れている頼朝に走りより、刀で刺そうとした。 突然、じろりと頼朝が、うつむいていた顔を持ち上げ、義行にまなざしを向ける。 不思議な鋭い眼差しであった。空虚(うつろ)。深き絶望が、その眼の中に見えるのだ。「ううっ…」義行は、振りあげた刀を、叔父の体に振り下ろすことができない。「うっつ、くそ」義行は、叫び声をあげ、いたたまれなくなり、急に後を振り向き、霧の深い森の外に走り出した。義行の体がおこりのように、体がぶるっと震えた。なぜだ、なぜ俺は、この父の敵の叔父上を打てぬのか。それに父が、、義経が蝦夷、山丹の王だと、聞いていない。鬼一はそれを知っていたのか。疑問が渦を巻く。「くそっ」義行は、途中で思わず路傍に、武士の魂、刀を投げだすように捨てた、一目さんで逃げ出している。倒れている頼朝の側に、霧の中からのそりと僧服の大男が現れていた。「頼朝様、ごぶじか」「おお、文覚、助けに来てくれたか」「鬼一、ひさしぶりだのう。お主の計画、俺が止めてやるわ」霧の中に向かって文覚がしゃべっている。森の中の霧が、ゆっくりと薄らいできた。霧の中から、同じような格好をした鬼一が、背後に人数を侍らしながら現れている。「くそっ、文覚め。よいところで、邪魔をしおって。だが、いい機会だ。西行殿の敵、ここで討たせてもらうぞ」鬼一も言葉を返す。「ふふう、逆に返り討ちにしてくれるわ」「まて、まて」 二人は構えようとしたが、騒ぎを聞き付けて、ようやく頼朝の郎党が、刀を構えて走ってくる。「勝負は後でだ、文覚」鬼一は走り去る。「わかりもうした」文覚は、逃げていく鬼一の集団にむかい叫ぶ。「頼朝殿、しっかりされよ」 文覚は、頼朝の体を揺さぶり抱き起こした。気を取り戻す。「傷は浅手でございますぞ」「文覚、今、儂は、義経の子供にあつたぞ」「おきを確かに」文覚は、あたりに転がっている頼朝を倒した石を調べてみる。石の表面がわずかに濡れている。何かの染料か。文覚は石の先を木の枝で少し触り、その匂いを嗅いでみる。「くそ、鬼一め、丹毒を塗っておる。いずれは吉次か、手下の鋳物師から、手に入れよったか」「はよう、大殿を、屋敷に」文覚はあわてた、この時期に頼朝殿をうしなうとは、鎌倉の痛手となる。ましてやこの文覚がそだてた頼朝殿を、日本の統一を手にした頼朝殿を、、この手配は、京都の手のものか。ゆるさじ。続く作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所 Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.06
源義経黄金伝説■第65回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」 1199年(正治2年) 鎌倉「大江広元様、この鎌倉の政権を取りたくはございませぬか」磯禅師が告げた。鎌倉広元の屋敷である。幕府成立後七年がすぎている、静の舞からも十三年がすぎている。大江広元が京都から鎌倉に来てすでに十六年が過ぎ去っていた。「何を言うか。この鎌倉には、頼朝様が、征夷大将軍に任務じられてとしておられる」「大江広元様、この鎌倉幕府の仕組みを考えられたのは、他ならぬ眼の前におられる広元様ではございませぬか」 大江広元は世の仕組みを作る、言わばフレームワークを行っていた。また法律という国の根本を考えだし、関東の武士たちに一定の秩序を与えたのは、頼朝ではなく、すべてこの広元の「さいづち頭」から出ていた。つまり、広元が鎌倉幕府の全システムを考え出していたのである。「大江広元様は、元はと言えば京都の公家でございましょう。京都にも知り合いが多くございましょう」「無論だ」「で、お知り合いの方々を、この鎌倉の要所要所につけなされ」「禅師、、、お主は、この鎌倉を、京都にしようというのか」「その通りでございます。これは法皇様も、関白様も認めておられること」「……」 大江広元は、頭の中に新しき血を巡らせていた。「よろしゅうございますか。源氏の血を将軍職からなくし、京都の公家、いや天皇の血を入れるのです。無論、政事をなさるのは、関東の武士の方がよいと思われます」「具体的には誰だ」「北条氏でございます」「北条政子様のててご北条時政、兄上とか…」「そういうことでございます。そうしなければ、この関東の武者どもが黙っておきますまい。まず広元様、北条氏の方々の力を蓄えさせることに力を注がれませ」「ということは、北条以外の有力なる武将をすべて葬れと…」「大江様ほどのお方なら、中国、唐の歴史をご存じでしょう」大江は、禅師の言葉に疑問がうかぶ、こうしゃべらしているのは、京都のだれなのだ。いや、京都の貴族全体かもしれぬ。大江広元の体に寒気が走った。「無論、が磯禅師、お前はそのような知識をいずこで」「禅師は、京都の闇の組織に通じております。この闇の組織は公家様の知識を集めたもの、そのくらいお分かりにならない大江様ではございますまい」「で、唐の歴史とは。、、、、そうか、そういうことか」大江広元は、京都にうごめく古来から連綿とつづく恐ろしさを見たような気がした。「さようでございましょう。王朝が変われば国の統一のために手助けした者、武将、ことごとく新しい王のために葬り去られましょう」「が、禅師、俺は武将ではないぞ」「それゆえ、策略を巡りやすいとの考えもありましょうぞ。中国が三国のとき、諸葛孔明の例もございましょう」大江広元は、考える。いかに禅師といえど、この考えは「禅師、その考え、まさか、後白河法皇様の…」「いえ、滅相もございませぬ。これは京の公家の方々の総意とお考えくださいませ。よろしゅうございますか、大江広元様。源頼朝様の動きを逐一お教えくだされませ。そして、もし機会があれば…」「お主たちが、大殿様を殺すという訳か」「さようでございます。さすれば大江広元殿、鎌倉幕府にてもっと大きな位置を占められましょう」「それが私にとって、よいかどうか」「何を気弱な。よろしゅうございますか。頼朝様亡くなれば幕府は、烏合の衆。大江広元様が操ることもたやすうございましょう」「所詮、北条政子殿も、親父、北条時政殿も伊豆の田舎者という訳か」 禅師は、にんまりとうなずいた。(続く)作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.05
源義経黄金伝説■第64回 作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所 Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」 1199年(正治2年) 京都・鞍馬山 鞍馬山は、京都市中よりも春の訪れが少しばかり遅い。僧正谷で武術修行にうちこむ二人の姿があった。老人と十二才くらいの童である。鬼一法眼が手をとめて、「源義行」に話しかけてた。「和子は、このじいを何と思うておられる」「どうした、じいは。いつものじいではないのう」幼い義行にとって、鬼一は年をとった父親のようであった。不思議そうな顔をして、義行は、鬼一の方を見る。「よいか、よく聞いてくだされ。わしも、もう長くは生きられぬ。そのため真実を申し上げる。和子は源義経殿が和子にござます」鬼一法眼は、深々と頭を下げる。びっくりする源義行だった。「この私が、あの、源義経の子供だという、、、」源義経が奥州平泉で襲撃されて十年がすぎている。義行は、義経がことを、日々の勉学に聞き及んではいた。「この私があなた様のために、亡くなられた西行法師殿より預かっているものがござる。それをお渡しいたしましょう。また和子の存在を知っている者が、京に一人おられた」「おられたと。その方も…」「そうです、七年前にお隠れなられた後白河法皇です。その方の指令がまだ生きておる。源頼朝をあやめられよと」「源頼朝をあやめると…」「じゃが、よーく聞いてくだされ。源頼朝殿を殺すも殺さぬも自在です。なぜなら、この鬼一法眼、全国に散らばる山伏の組織を握っております。和子を鎌倉に 行かせるは自在。が、西行殿、そして義経様が義行様に望んでおったことは、和子が平和な一生を終えられることです。また平和な郷を作られることです。この 書状には奥州藤原氏よりの沙金のありか書いてございます。これをどう使われるかは、和子が自由でございます」「鬼一法眼殿、私はどうすれば…」突然、突き付けられた事実に、義行はたじろいでいる。「どうするかは自分でお決めなされ。自分の生涯は自分で決めるのです。義経殿が滅びたは、自分の一生、自分で決められぬほど、源氏の血の繋がりが強かった。和子はそうではござらぬ。つまりは、和子は世に存在しない方。自由にお考えなされい」「……」「が、義行さま、西行法師殿のまことの黄金は、あなたさま…。それほど大事に思われておったのです…」「……」「じい、決めた。私は父上、源義義の仇を討つ」源義義の子供である源義行は、そう鬼一法眼に告げた。「そのお考え、お変えになりませぬな」 鬼一の眼は、義行の眼を見据えた。義行の眼には、常とは違う恐ろしい別の者が潜んでいる。「武士に二言はないぞ」恐れず義行は答える。「わかりました。が、義行様、この先に進めば、二度とこの鞍馬山に帰ることはあいなりませぬぞ」「何…この鞍馬には二度と」「さようでございます。もし、源頼朝様を殺すとならば、義行様はこの日本に住むことできますまい。なぜならば、鎌倉が組織、すでに全日本に張り巡らされております。その探索から逃れることなど、絶対不可能」「……」義行は急に黙り込んでしまった。西行殿、許されよ。俺はお主との約束を破る。許してくだされい。俺は、義行様が不憫なのだ。鬼一はひとりごちた。「なれど、義行様、安心なされませ。義行様をただ一人行かるじいではございません。私の知り合いに、手助けを頼みましょう」 鬼一法眼の屋敷は、京都では一条堀河にあった。義経は、陰陽師でもある鬼一法眼から、兵書「六闘」を授かっていた。 平安時代中期、藤原道長の霊的ボディガードとして有名だったのは、当時最高の陰陽師安倍晴明であったが、彼の子孫は土御門家として存続する。この土御門家に連なる一人が鬼一法眼であった。 鬼一法眼は、自分の屋敷から白河に向かい、ある一軒のあばら家に入る。 「おお、これは鬼一法眼殿、生きておられたか。伝え聞くところによれば、貴公、奥州に行かれ行方不明と聞いていたが」 のっそり出てきた優男は、京都で名高い印地打ちの大将「淡海」である。「淡海殿、お願いがござる」鬼一法眼が頭を下げている。突然の事に、淡海はめんくらう。「これは、これは何を大仰なことを申される。法眼殿は義理の兄ではござらぬか」「いや、ここは兄としてではなく、「印地打ち(いんじうち)の大将」にお願いしている客と思っ ていただきたい」「俺の、印地打ちの力を借りたい、、と、、申されるのか」「実は、儂の人生の締めくくりとして、ある人物をあやめていただきたい。といっても、儂は、手助けをお願いするのみだが」「…、したが相手はだれぞ」「鎌倉の源頼朝」「むっ…」淡海は唸ったまま、眼を白黒させている。 白河は、別所と呼ばれる。別所とは、別の人が住むところ。昔、大和朝廷が日本を統一したときに、戦った敵方捕虜をそこへ押し込んだのであった。別所は、大原、八瀬など、すべて天皇の命を受けて働く、別働隊の趣があった。しかし、また、武者などの勢力から、声を掛けられれば働くという、傭兵的な要素を持っているのである。 淡海たちは、石つぶての冠者、つまり戦士であった。 石つぶては、当時の合戦に使われている正式な武器だ。「が、鬼一殿。相手が相手だけに、義兄さまの幻術も使ってもらわねば、難しいのではないか」「さよう、頼朝を郎党から一人引き離さねばのう」「どのような塩梅か」「気にするな。我が知識の糸は、鎌倉にも張り巡らしてござる。それも頼朝にかなり近いところだ」「おお、力が入っておるのう」「よいか、義兄弟。この度の戦さは、儂の最後の戦さ。また、あの西行法師殿の弔い合戦でもある。頼朝を仕留めれば、奥州の沙金の行方を追うこと、諦めるだろう」「それでは、一石二鳥という訳でござるな」「そういうことだ。済まぬが、おの手の方々を、すぐさま東海道を鎌倉に下らせてくださらぬか」「おお、わかり申した。色々な職業、生業に、姿を変え、鎌倉へ向かわしましょうぞ。京都の鎌倉幕府探題の動き、激しいゆえにな。動きをけどられぬようにな」(続く)作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.04
源義経黄金伝説■第63回★作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」 ■ 建久六年(一一九五)三月 奈良東大寺その夜、奈良興福寺大乗院宿泊所にいる大姫のもとを、尼姿の静が密かに訪れてきた。「どうしたの、静。その尼の姿は、和子はどうしたの」静は出家し、大原寂光院のそばに庵(いおり)をいとなんでいる。すべては西行の手配りであった。「和子は、私の手元にはおりません。今でも鎌倉でございます」静には、わざと子供の行方を聞かされてはいない。「何、鎌倉ですと。母上は約束を守らなかったのか」「いえ、政子様は、こうおっしゃったのです。子供の命は助けると申した。が、その子供をお前に預けるとは、言ってはおらぬ」「では、和子は…」「生きております。が、義経様に対する備えとして」「人質として、が、義経様は亡くなったのでは」「いえ、まだ、みちのくに生きているという噂、風の便りに聞きました。頼朝様は、その噂が恐いのでございます」大姫はしばらく口を噤んでいる。「いいがなされました。大姫様」「静、お前に会えるのも、これが最後かも知れぬ」「何を心細いことをおおせですか。まさか…」「その、まさかですよ。静、私にはお前のように心から強くはない。父上、母上の顔を立てなければならぬ」「お逃げなされ、大姫様」「私は、もう生きる希望を失っています」「…」「ずっと昔、あの志水冠者(しろうかじゃ)殿が、父上の手にかかってからというもの、私は死者なのです」木曽義仲の息子であり、大姫の夫志水冠者は、頼朝の手で殺されていた。1184年元暦元年4月の事でありもう十一年の歳月がすぎていた。十一年の間、大姫はその姿を心にひきづって生きている。「そこまで、もう長くは、私は生きていますまい。静、どうか私の来世を祈っておくれ」「大姫様」二人の女性は、鎌倉の昔と同じように、両手を握りあわせ、各々の運命の苛酷さを嘆きあう。■「政子様、どうぞ内へ入られませ。あのお方がお待ちでございます」磯禅師は、京都のとある屋敷へと、政子をいざなう。「この方が丹後局様、皇室内のこと、すべて取り仕切られております」無表情というよりも、顔に表情を表さぬ蝋人形のような美女が座っている。流石の政子も思わずたじろぐ。底知れぬ京都の、連綿と続く力を背後に思わせた。丹後局は、白拍子あがりだが、後白河法王の寵愛を受け、京と朝廷に隠然たる勢力をいまでももっている。いわば後白河法王の遺志の後継者である。「これは、はじめてお目見えいたします。私が北条政子、源頼朝が妻にございます」政子は、深々と頭を下げた。目の前にいる女に頭を下げたのではない。あくまでも京都という底力に対してだ。そう、政子は思った。「磯禅師より聞いております。大姫様の入内のこと、すでに手筈は調っております」「え、本当でござりますか」「が、政子殿。大姫様入内の前に、こちら側よりお願いしたき儀がございます」「何でございましょう。私ごときができることでございましょうか」「無論、お出来になるはず。源頼朝様にお力をお貸しいただきたいことがございます」丹後局は少し間を置いた。焦らしているのである。次の言葉が、政子には待ち遠しく思えた。「それは、一体…」 思わず、政子の方から口を切っている。「いえいえ、簡単なことでございます。征夷大将軍の妻たる平政子殿にとってはな」再び丹後局は黙り込む。京都の朝廷で手練手管を酷使している丹後局である。丹後局は磯の禅師と同じ丹波、宮津の出身だった。交渉力においては、まだ新興勢力である北条政子の及ぶところではない。「摂政、九条兼実殿を、罷免していただきたい」「何をおっしゃいます、兼実殿を…」九条兼実は、頼朝派の味方になった政治家だったのである。■北条政子がいない間、興福寺大乗院前の猿沢の池で、頼朝と大姫は、舟遊びを楽しもうとしていた。猿沢池の両側に興福寺、反対側に元興寺、両方の五重の塔が威厳を誇っている。興福寺は藤原氏の氏寺。元興寺(がんこうじ)は、蘇我氏の氏寺である。奈良猿沢の池を中心に奈良平城京ができた折りの政治状態が反映されている。今また新 しい新興勢力である鎌倉源氏が、この奈良古京(こきょう)に乗り込んで自らの政治勢力を固持している。かがり火が、こうこうと照らされ、興福寺五重の塔が照り映えている。この船遊びは、気鬱の大姫のために頼朝が考えたのだ。が、池の舟のうえで、事はおこる。「よろしゅうございますか、父上。大姫はもう、この世の人間ではございませぬ」湖の周りには、奈良以来の雅楽が演奏されている。空気はぴんと貼りつめ、篝火の届かぬ空間のその闇は深い。「大姫、何を急に、、おまえは狂うたか」頼朝は、我が娘を別の目で見ている。篝火に照りはれる大姫の顔は尋常ではない。「狂っているのは、父上の方です。私は、私です。お父上の持ち物ではございませぬ」「むむっ、口答えしよって」「私は、いえ私の心は、志水冠者様が、父上によって殺された時から、死んでおります」大姫は舟の上から、体を乗り出している。「いとおしき志水冠者様、いまあなたの元に、この大姫は参り増すぞ」「大姫、何をする」「いえ、父上。お止めくださるな。父上が静の子供を死なしたようにするのでございます」言い終わると、大姫の体は、波の中に飲み込まれていた。「ああ、大姫」 頼朝の腕(かいな)は、空をつかむ。重りをつけた大姫の体は、猿沢池底の闇に深く巻き込まれている。頼朝の両手は届かなかった。大姫の心にとどかなかったのと同じように。■「さあ、お言いなされ、母上。何を大姫様におっしゃったのですか」静は母親、磯の禅師を非難している。「この子は、何を急に、言い出すのか。大姫様が、いかがいたした」「母上、私は、幼き頃より、母上の身働きを存じております。それゆえ、この度、大姫様が入水自害をされた…」「何、大姫様が入水自害…」禅師は驚いた表情をする。呆れ果てたように、静は告げる。「それほど、大姫様が憎うございますか」「何を申す。これは源頼朝殿を滅ぼさんがためぞ。お前、義経殿を殺させた、頼朝殿が憎くはないのか」禅師は厳しい表情をし、声をあらげている。「そ、それは、義経様を…、殺させた頼朝殿は憎うございます。が、大姫様をなぜに殺された」「愛姫だからのう。それに、頼朝殿の血が、京と天皇家に入内せしこと防がねばなりません」「それは、京都の方からの指令でございますか」禅師は答えぬ。(続く)作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.03
源義経黄金伝説■第62回★作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」■ 建久六年(一一九五)三月 奈良東大寺法王崩御3年後。すでに頼朝は兼実の手引きにより征夷大将軍の地位を得ていた。後白河法皇御万歳(ごばんさい)三ヶ月後、一一九二年七月十二日。征夷大将軍の位を得て、鎌倉幕府が誕生した。日本始めての武家政権である。東大寺落慶供養は、源頼朝、政子の列席のもと、建久六年(一一九五)三月十二日に行われる事になった。また、このときが、源頼朝、政子の愛姫、大姫の京都貴族へのお披露目の時である。重源をリーダーとする勧進聖たちは、立派にその役目を果たし、聖武天皇以来の大仏と大仏殿が再び人々の目の前に姿を表していた。以降、大仏様という建築様式で呼ばれることになる壮麗な南大門の中には、京都仏師に対する南都仏師運慶、快慶の仁王像が力強い時代の到来を告げることになる。鎌倉幕府の時代、武士の時代の始まりである。貴族の牛車引きたちが、武者たまりでしゃべっていた。「あれが東国武士か。恐ろしげなものよな」「我々とは、人が違う。主も思うだろう」「そうじゃ。あの大雨の中で揺るぎもせず、目をしばたかす、武者鎧をつけて、身じろぎもせず立っておるのじゃ」「頼朝という者を守るためにのう」「やはり、人ではない。動物に近いものじゃ」「あやつらに、荘園が取り上げられて行くのか。悲しいのう。悪鬼のような、仕業じゃ」「いや、あやつら板東武者の力を借りて、貴族は荘園を守るしか仕方があるまいて」東大寺正門から両側の道に、ずらっと頼朝が武者が立ち並んでいる。南大門、その他の門前にも、東国武士の恐ろしげな顔をした者共が並んでいた。 折あしく、春嵐が奈良近辺を襲っていた。読経の中、空は暗雲に包まれて、若草山から、風雨が吹き荒れている。居並ぶ京と貴族達は、これからの自分たちの行く末が、暗示されているような気がしたのだ。東大寺全体、奈良のすべてがまるで嵐の中、頼朝を長とする、源氏の軍勢に占領されているように見える。貴族たちの牛車は、脇に寄せ集めて、その他大勢の背景であり、時代の主役の乗り物ではない。この時、北条政子は、夫、頼朝にせっついていた。「はよう、大姫、入内できるようお取り計らいくださいませ。あなたは、もう征夷大将軍なのでございますよ。それくらいの実力は、おありになりますでしょう」「わかっておる。すでに九条家を使い、かなりの沙金を貴族の方々に、ばら蒔いておるのだ」にえきらぬ頼朝の態度に、政子はいらついている。(もし、頼朝殿の手づるがだめであるならば、そうだ、磯禅師の手づるを頼もう。あの磯禅師の方が、このような宮廷工作には長けておるはず)供養の途中、重源は、傍らにいる栄西に語りかけていた。「良くご覧になるがよい。あれが源頼朝殿」「では、あの小太りの田舎臭い女が、北条政子殿か」「さようだ。話によると、頼朝殿は尻に敷かれているという」「が、栄西殿は、せいぜい取り入ることじゃ。お主の茶による武者の支配をお望みならばな」後に、栄西は、尼将軍北条政子の発願により、鎌倉に寿福寺を開くことになる。「それで、重源殿。奥州藤原氏の沙金は、いかがなされました」重源は、栄西にすべてを語るわけにはいかぬ。「それよ、栄西殿。西行殿は、はっきり申されぬうちに、亡くなってしまった」「もしや、頼朝が沙金を…。」「うむ、頼朝殿奥州征伐のおり、かなりの砂金を手に入れたと聞く。この砂金をつかい、今の地位を得たという話だ」「もしや、西行殿が源義経殿の命の安全を図るために、砂金を使うという、、、」「そうだ、その可能性はある。西行が、あの沙金を義経殿の命と引き換えにしたということは考えられるのう」西行の入寂後、なぜ、重源は、東大寺の大仏殿裏山を切り崩したのか。あるいは、あの裏山に奥州藤原氏の黄金が、と栄西は考えた。では、頼朝よりの寄進とされる黄金は、ひよっとして、西行が運び込みし、秘密の黄金かもしれぬ。では、その黄金を、頼朝からの寄進とすることで西行が頼朝が得たものとは何か?少し、目の前にいる、食えぬ性格の重源殿に鎌をかけてみようと、栄西は思った。「西行殿は、なぜそのように義経殿に肩入れをなさったのか」重源は、その栄西の質問にしばし黙り、考えているようだった。やがて、意を決して「よろしかろう。栄西殿ならばこそ、申そう。西行はある方から、義経殿の身の上を預けられたのだ」「ある方じゃと、それは一体」「よーく、考えてみられよ。西行殿の関係をな」栄西はよくよく考えて、頷いている。「そうか。相国、平清盛殿か」得心した振りをして栄西は、 重源の晦渋さを再認識した。この腹の裏をもたねば、これからの京都や鎌倉を相手に、勝負ができぬわけか、、■西行がなくなり、五年がたつ。平清盛が、1181年治承5年、五十四歳でなくなり十四年の月日が流れている。地位を手にいれた家族が幸せかどうか。東大寺落慶供養の式次第の後、 大姫と頼朝、政子は、奈良の宿所となった興福寺大乗院の寝殿で争っていた。「どうした、大姫。顔色がすぐれぬが」「そうですよ。これも皆、お前を入内させんがため、父上も私も努力しているのですよ」「私は、私は…」大姫は小さきか弱き声で自分を主張しようとした。「どうしたのじゃ、思うこと言うてみなさい」「いまでも志水冠者様を愛しているのでございます。皇家のどなたの寵愛も、受ける気はございません」「何ということを言うのか」「お謝りなさい、大姫」「いやです。私は私です。私は父上や母上の、政治の道具ではないのです」「何を言うのじゃ。俺はお前の行く末を思えばこそ」「嘘です。父上は、私のことなど、お考えではない」「バカモノめ」勢いあまって、頼朝は、大姫に平手を食らす。「まあまあ、落ち着いてくだされ。大殿様、仮にもここは晴れの席。まして大殿様は、いまや征夷大将軍でございますぞ」その場は落ち着かせた。政子は、鎌倉をたつ前にあることを思いついていた。静を大姫に合わせることである。(続く)作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.02
源義経黄金伝説■第61回★作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」■ 建久三年(1192)3月13日京都後白河法皇の御殿に九条兼実が現れる。後白河法皇の最愛の人、高階栄子からの至急の呼び出しがあったのだ。彼女が丹後局(たんごのつぼね)である。法皇の部屋には、病人独特のにおいが立ちこめ、香りがたかれていて、九条兼実は、むせかえりそうになった。兼実は、すでに死のにおいをかいでいる。病床にある後白河は、力なくやっと左手をあげ、「兼実、ちこうまいれ」と弱々しげに言った。「ははつ、法皇様。何かおっしゃりたきことがござりますやら」「そばに行かれよ」後宮の女帝、高階栄子が、兼実をせかす。「朕の遺言じゃ聞いてくだされ」「、、、、」「よいか、それぞれの貴族の家は、古式ののっとり、各家々の特異技を家伝とされよ」「それが、板東の奴輩に対抗する手でござますか」藤原兼実も、すでに藤原氏の氏の長者(うじのちょうじゃ)になっているのだ。「朕が遺言、よくよく聞いてくださるか。兼実殿」後白河法皇が、言った。高階栄子が、兼平をせかす。「それそれ、兼実殿、よいか、よーくおおききいれくだされや。猊下のお言葉です」。「よいか、兼実殿。京都に残るすべての貴族方々に告げられよ。皆々、その連枝を以て、家伝とされ、それを子孫についでゆかれよ。またそれを以て、朕が、皇家を護るらしめよ。その連枝(れんし)をもって我が王朝を助けよ。まもれよ」「坂東の族どもには、それしかないとおっしゃりますか」「幸い、西行がはり巡ぐらせし「しきしま道」は、朕らが皇家の護りとなろうぞ。「しきしま道」和歌により、、言葉にて、我国土は護られようぞ。言葉の守りぞ。外つ国には、 断じて我が領土は、ふめぬ、、わ」言葉による防衛網が、張られていると、後白河法皇はいうのだ。「これによりわが国は神と仏による鎮御国家となった」「まずは藤原定家が先陣かと考えます」法皇は、急に目をつぶり、静かになる、「母君、兄君。いまおそばにまいらせましょう。目宮(めのみや)君、萎宮(なおのみや)君もな」法皇は、4人目の宮、4つの宮であり、自分の兄弟の名前を呼んだ。目宮は眼が見えず。萎宮は体が動かなかったのだ。「御家を、それぞれの家を、古式由来の技で守ってくだされや。いにしえよりの我々貴族の技(わざ)こそ我ら貴族を守る。朕の遺言ぞ、、」「兼実殿、、、」「はっつ」「お、お主とは、、最後まで、、分かり合える事は、、なかった、、な」「、、」「が、頼んだぞ。わが王朝と貴族の連枝を守るのじゃ。、、それが藤原の、、」「よいか、藤原の兼実殿のお役目ぞ」丹後局である高階栄子が、かたわらで繰り返す。法皇の様態が変化した。「弁慶に謝ってほしい。お、お前から伝えてくれぬか、、」「弁慶どの、、ですか、、」兼実は言いよどむ。熱病にとらわれているのか、法皇は、すでに弁慶がこの世の人ではないことを忘れている。4年前1189年文治5年4月30日に衣川でなくなっている。「兼実殿、猊下のお言葉にあわせられよ」高階栄子が、叱咤する。「朕は、この父は、悪人であった。弁慶お前を我が王朝の闇法師として使ってのう、許してくれ。お前の一生を犠牲にしてしまってのう」法皇は、弁慶が目の前にいるようにしゃべっているのである。兼実が弁慶に見えるようだ。兼実は、法王のいいがままにしている。弁慶は法皇の子供だった。「朕はな、この京都を守りたかった。あの鎌倉が武者どもに、板東の蛮人どもに政権は渡せぬぞ。血なまぐさき奴輩。京都を源頼朝や藤原秀衡に渡してなるものか」しばらくは沈黙が続く。「そうじゃ、西行は、西行はどこだ。崇徳上皇の霊が俺を呼んでおる。早く、早く、崇徳の霊を追い払ってくれ。のう、西行。そうじゃ、平泉にの霊御殿をつくる話は、、いかがすすんでおる。藤原秀衡は喜んでおるか…」兼実は、西行になったつもりで、告げた。「西行はここにおわしますぞ。どうぞ、法皇様。経文を、経文をお唱えくだされませ」「何、経文をか。よしわかったぞ。それに西行、もし朕が亡くなれば、よいか。あの法勝寺殿の跡に葬ってくれ。くそっ、木曾義仲め」法勝寺殿は、現在の三十三間堂あたりにあった法皇の御殿であり、義仲の襲撃によって焼き払われていた。八角九重の塔は、八十二mの高さを誇り遠くから望見できた院政と京との象徴であったが、今はそれもない。「法皇、安んじなされませ。やや、経文をお読みくだされ…」「おお、そうだ。そうだ」後白河は、経文を六度唱えた、そして静かに。院政最期の巨人は崩御された。「猊下…」丹後局以下侍女たちが嘆き悲しむ。しかし、藤原(九条)兼実は、法皇の亡きがらを前に、考える。これで、、頼朝殿に征夷大将軍の位を与えることができる。兼実は鎌倉殿、頼朝びいきの男であった。建久三年(1192)3月13日、後白河法皇、崩御。66歳であった。その昔、西行は崇徳上皇の霊をしずめることで、後白河法皇の信任を得ていた。西行は、平泉に第二の御所をつくることと引き換えに、崇徳上皇の白峰神宮をつくることを約束していたのである。(続く) 作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所★漫画通信教育「マンガ家になる塾」★you tube「マンガ家になる塾」
2012.10.01
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