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2012.02.20
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   毛利子来先生(小児科医)の書かれた本を、最近読みました。その中に、子どもの

   「発達」について書かれている部分があって、非常に腑に落ちたので、書いてみます。



    正常な『発達』の筋道なるものは、大多数が辿る筋道にすぎない。

    当然、それと異なる筋道を辿る子どももいる。

    自然界の現象は全て、そういうものだ。同じ松の木でも、様々な枝振りで成長する

    ではないか。なのに大多数者と異なる子どもがいると『異常』と決めつけてしまう



    にも通じかねない。

    それに、発達の基準が『できる』に置かれていることにも、疑問がある。

    『できるようになる』ことは、必ず『できなくなる』ことを伴う。

    二本脚で歩けるようになれば、常に這い這いでは動けなくなる。這い這いで見えて

    いた世界も見えなくなる。

    饒舌にしゃべるようになると、黙ってはいられなくなる。沈黙や寡黙が含む深みを

    解せなくなる。つまり『できない』ことの良さを失ってしまうのだ。


    こうした結果が招かれるのは、発達の理想ないし目標が、近代社会の生産性に置か

    れているからにほかならない。

    そこでは青壮年の大多数が持つ労働力と効率の高さにだけ価値が認められる。

    だから子どもたちは、それにふさわしい発達を求められる。



    されてしまう。-中略ー 全ての子どもから幼い時にしか味わえない「子ども時代」

    を奪ってしまうことにもなる。

                      「えせ医者Mの伝説」  毛利子来著より



   これを読んで、私は息子や娘が幼い時、まさに「発達すべき修行の時期」を過ごさせて

   いたのではないか。。。という思いを強くしました。もっと、もっと、子どもが幼い



   「発達」って、何か基準があって、そこまでしなければならないというものではなく、

   その子その子で、色々な道や方法をたどりながら、自然に育っていくものなのですね。

   もちろん、人と比べるものでもなく、こうあらねばというものでもない。

   親はその子その子の発達を見守って、その環境を整えていくお手伝いをするだけなの

   ですね。この本を読んで、今までの「発達」の概念がまた、くつがえりました。











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最終更新日  2012.02.20 13:24:49
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