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裕樹です

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どぴゅ@ みんなホントにオナ鑑だけなの? 相互オナって約束だったけど、いざとなる…
2006年04月26日
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カテゴリ: 思想
このフランスの現代哲学者の既刊本「完全犯罪」の一説を引用してみます。あなたは、どんな感想を抱きますか。

 この著書で氏は現実世界がテクノロジーに中和されてしまった状態を描写したかったとのこと。

 現実世界の抹殺、この殺戮は合成された人工的な世界、テクノロジーの発展から生じたクローン的世界の利益のために、この種の世界を現実世界と取り替えるために、なされたのです。
 ところが、こうしてある段階で現実が消滅してしまったのに、人々はその肢体さえ見つけられない。これはまさしく犯罪であり、人々は現実の死体を探し回るでしょうが、見つかるはずはないのです。
 なぜなら、それらはどこかに隠されているのではなく、すっかり溶けて亡くなってしまったからなのです。これこそは、皆殺しの一形態です。
 したがって、「完全犯罪」は現実の抹殺についての表現ですが、これは幻想の抹殺でもあります。というのも、現実と共に、世界という幻想そのものが消えてしまったのですか。

 さて、長々と引用しましたが、どんな感想を持たれましたか。 
これは、コンピューターの発達が、さまざまな現実とは別の映像や、あるいはインターネットで仮想の世界を設定し、そこであたかも自分の分身のようなアバターを持ち、仮構の人物を現実の自分とは別に持つことで、他者と関わりを持つチャットの世界やネット上の世界のことまでも、言っていることになります。彼は極端に、もう現実が亡くなってしまった、あるいは現実と共に、いままで現実と思われていた幻想も亡くなってしまった。それは犯罪行為だと言っているわけです。

 ネットお宅は、これを見て「はっ」としたかもしれませんが、インターネットに実生活の半分以上を使い、そのインーネット生活が現実より実質占める割合が多くなると、その人間にとって、見えている現実がインターネット上ての意識のやりとりになる。通常の人間は、しかし実生活との区別が出来ているから、ボードリヤールが良すぎているほど、悲惨になっては居ない。 これは、ヨーロッパ思想が科学との関係を深め、原子論や量子論と同一に個々の人間をものと見たり、機械的な物質と捉えることで、人間や個性を持たない画一的な個にしていまったところにある。
 我々はインターネットを仮想に現実とわきまえ、仮想の中での人間同士の交流楽しんでいる。しかし、個性も考えも異なり、感情も反応も違う者同士の交流であることなど分かりきっている。
 彼が逆に倒錯しているような仮想現実の絶対化は、現実の実生活を関わりもつ我々にとっては、危惧以上のものでも、以下でもない。

花





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Last updated  2006年05月04日 19時35分22秒
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