オモロイ日記
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『お金と仕事の宇宙構造』小林正観著、って言う本を2年程前に買った。これはかなりいい本で読みがいあります。その年の秋口からこの本の中の、『素手でトイレ掃除するとお金が入る。』だの、『ありがとう』シールなんかが流行った。まあ私も壱男が生まれた年で、この頃は布オムツだったから、トイレの中で素手で壱男のうんちなんかを洗った。でお金が入ったかと言うと、実はこの2年でかなりの額を手にした事は確か。まあ人の御世話にも随分となったから、『ありがとう』も言ったけど。この関係性はわかんないな。でこの本の冒頭にこういく件がある。『ありがとうと言って食べれば、なんでも美味しくなる。』というようなもの。一口めはまずいと思っても、『私のカラダの一部になってくれてありがとう。』、って思えば二口めからは美味しくなるそうな。読んだすぐから怪しいフレーズって思っていた。小林正観さんに楯突くつもりじゃ無いけど、これはウソだと思う。こういうウソを書いちゃあいけないと思う。本当は一口目も二口目もまずいけど、対して気にならないで食べ終えた。というのが本当の所なんだろう。で大事なのはこの『まずさが気にならない』、っていうこだわりのなさにあると思う。食に関して今の私はこれに近い。地味滋味食にしてからなんでも旨い、旨味成分たっぷりのものも旨いけど、旨味成分過少のものでも旨い。ようはよっぽど腐っているとか、傷んでいない限りなんでもオーケー。まあたいして美味しくも無いけど、随分と高いなあなんていうのは、お金が惜しいけど、味にはうるさくはない。絶対美味しいものを食べる~!、みたいな意志とか意地みたいなもんが消えた。でもトイレの脇の席で食べるのは避けたいなあ。地味滋味食していると結構便利です。小林正観さん御一行も地味滋味舌なんだと思う。旨味を追求していなくて、目の前にどういう巡り合わせかでやって来た食べ物を、当り前に頂く。ただそれだけの事だと思う。これっていたって普通のことじゃないの。これはきっと今の旨味追求志向への、アンチテーゼなんだろうとは思うけど、ああいうトリッキーな書き方はちょっとアタマを疑うし、読者をとてもバカにしていると思うよ。だって大抵の人は旨味成分たっぷりの食生活して、旨味に舌が慣れてしまって、旨味成分過少のものなんか、『ありがとう』って言ったって、美味しいなんて思えない。粗食といいつつ旨味成分のアミノ酸添加しているんだから。小林正観さんはこういう気がつかない所まで浸透している、贅沢っていうのかな、(贅沢してもいいけど。)エゴっていうのかな、そういうことについて書いているんだろうけどね。それはこの文面からはなかなか読め無いよ。まああなたは作家じゃ無いからね。こういうワケのワカラン、でもなんかありそうな事言ったり、書いたりするから、本が売れて、この人の講演を聞きに行こうって人が出て、この人の廻りにお金が発生する、なんて読む私は意地悪か単なるリアリストのどちらだろうか。
2005年12月02日
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