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2010.01.30
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カテゴリ: 古い宝箱(記憶)


あらためて、すごいなぁと思った。

人生がやり直せるなら

声楽を学び

舞台上での表現者として生きたいと思った。


今は

少しでも多くの子どもたちに

こんな思いを直感できるような体験に

出会わせてあげたいと思う。



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そして、数年前のりっこの研修報告に、ふと目がとまり、しばらく読み耽る。



「語ること聴きとられること 子どもと大人がともに生きる道」

         横湯園子(中央大教授)


いじめ、自殺、リストカットなどの自傷行為など、今を生きる子どもたちの生きる意義が危うくなっているという先生のはじまりの言葉には、哀しくもしみじみと頷いていた。そうした行為は、身近な大人や友達との些細な出来事がきっかけにある…ということにも頷けた。私は、「自分に何ができるか」をテーマに先生のお話を聴いた。たとえ小さな子どもでも必ずSOSのサインは出していたはずで、受けとる大人側の問題でもある。「辛い」といえない優しい子ほど言葉を変えていうという。
その言葉の裏側を「SOS」の本心の言葉として気づくためにも、私たちはいじめのプロセスについて知っておかなければならない。

●いじめのはじまりは「孤立化」…逆にいえば孤立していない人間は持続的にいじめの標的にはならないという。なるほどと思った。「いじめられるに値する」標的をつくり、周りの同意を求め、次第に孤立無援状態を実感させて追いつめていく…言葉にすると恐ろしいことだが、こうしたことがほんの始まりにすぎないことに驚愕する。

●次に「無力化」…孤立させると同時に「味方はいない」ことを繰り返し味あわせることで逃げることさえも無駄なことだと観念させる。被害者は「助けて」の言葉が発せられない。せめて登校拒否をしてくれたら…と、逃げ場所をつくれなかった親は嘆く。

●いじめが堂々と行われていても「あぁまたか」と無視、見ても目をそらす「透明化」…ここまで来ると被害者自身もいじめの加害者の支配下にあることを常に意識している状態。選択的非注意とは、あえて見て見ぬ振りをすることであり、いじめが見えなくなった心理状態。

いずれにしても、想像力の乏しさかと思う。自分ではない他人の思い、人の痛み、辛さが解らないのでは…と思う。
こうした子どもたちが成長したとき、これらの体験が外傷性ストレス障害(PTSD)として現れることも現代に生きる子どもたちの生きる困難さのひとつである。
加害者であれ、被害者であれ「もうすんだこと」と思わずに、丁寧につきあっていくこと、いじめを事実として受け止めていく(受け止めさせる)ことが大人としての役割としてある。どう教えていく(乗り越えることを)のかも重要。…など、先生の穏やかな語り口に引き込まれながら現実にかかわっている青年たちを思い浮かべながら聴いていた。話の中で印象的なのは「自分が苦しみの中にいたとき」差し延べられる手(恩師)が必ずあったこと。その後、それが「何かしてもらっていた自分だけではなく、私も先生にとって何か返していた」=対等であったと断言されていることだ。目の前の子どもの荒れや苦悩を、自分が「大変」と思っているだけでは何も解決できはしない。特に著書でもある『ひきこもりからの出発』の中で先生から教えられたこと「特別な技術ではない…困難を解りたいと思う信念と、長い対話(時間)の中での相手の語る言葉の中にこそ答えがある」ということにすごく勇気づけられた。子どもにとって自分のことを語ること(主体的に)のできる時間と場所をつくっていくことが、「大事な自分」であることや「だから他人も大事」という命の尊厳の回復に繋がるのだと教えられた。余談だが、先生のこの著書を読み進めていくうちに私は少し辛くなった。
と同時に救われる気もした。私の中の多面性が何処からくるものか知ることのきっかけとなった。
何度も読み返したい一冊である。著書の最後にある詩が心を打つ。引用させていただく。






晴天の時だけいて天気が変わると消えてしまう人もいる。

ほんとうの友達、ほんとうの恋人は陽が射さなくなっても留まる。

ほんとうの友達は一緒に雨を受けてくれる。

偽りの友達は雨なんか降っていないよと言う、こっちは身体に雨を感じているのに。

ほんとうの友達は何人必要だろうか?

1人で十分。でも、4人いればなおいい。

あなたの進む方向に合わせて1人ずつ。

  東:調和 

  南:明晰 

  西:冒険 

  北:愛


【ナンシー・ウッド著、井上篤夫訳「今日という日は贈りもの」 講談社・1997年より】






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Last updated  2010.01.30 22:40:15
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