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みなさま、こんにちは!まったまた。とんでもなくごぶさたしておりました。気が付きましたら、昨年8月、以来でした…ご無沙汰してました もう、どこから話していいか~~~っ 濃いです。 八月、離婚調停を申し立てました。 九月、調停がはじまりました。 これが、たいへんでした。 終わらない・・・・ メンタルは、ずたぼろ でもね!だれも、代わりに離婚してくれるわけじゃない。 出産のとき、陣痛にたえてるときも、頭によぎった言葉ですが。 「つらい!けど、だれかが変わって産んではくれない、がんばれ私!」 調停控え室で、つぶやいてました。 新しい人生を生み出すって意味では、同じなんですね。 今。 思えば。 それで、 年も越し。 四回目の離婚調停 今年一番の大雪の日に、離婚が成立しました。 この離婚調停には、常にDVカウンセラーさんと、モラハラ経験者の友人が一緒に 控室に入ってくれました。もちろん調停室に入るのは一人でいくのですが。 帰ってくるたび、相手の言葉で揺らぐ私の立ち位置を、思い出させてくれ、 わたしの持つ力を信じて、励まし続けてくれました。 本当に、こころ強かったです。 裁判所に着いて、建物にはいるまで、相手に見つかったらどうしようとか。 廊下で、どなられたらどうしようとか。 それはそれは、恐ろしい想像とのたたかいだったのです。 そこらへんは、また書きますね。 離婚が決まってからは、 またどっぷりと、ネガティブになって。 どうして、離婚したのに元気がでないのか・・・と また、自分を責めていたりしたんですね。 自分が、安全なところで生きているを確認できるようになると。 前のことを、振り返ったりできるようになったりして。 「話し合い、なんでできなかったのかな・・・」とか。 「幸せになるつもりで結婚したのにな」とか。 空論。 これは、幻想なんです。 話し合いは、できない、なりたたない。 成り立ったことが、ないから、できるんじゃないかと、いつまでも期待する。 いままで、できなかったのだから。 そして、調停の場でさえ、できなかった。 でも、離婚できたのは、理解ある調停員の方、 モラルハラスメントという、DVだけど実に巧妙なコントロールということで 調査官の方も、一緒に調停に参加してくださったこと。 これもとても大きい理由です。 そして、調停資料も、なれないパソコンで作って裁判所に送ったり。 資料も、事前に読んでくださって。 本当に、うれしかったです。 話が飛び飛びで、すみません いろんな気持ちを抱えながら、 そして、整理しながら 社会復帰のリハビリをしているところです。 人との距離感は、まだちょっと難しいです。 よりすぎたり、遠すぎたり。 ちょうどいいスペースを図りながらの、練習です。 自分の思いを伝える練習とか。 断るのも練習ですし。 子供は、小学生になりました。 私は、息子が赤ちゃんの時、母乳をあげれなくなったのです。 なぜか・・・ じぶんでも、ずっとわからなかったけど。 今は、わかります。 あのころ、 私は、元夫を喜ばすことが仕事だと思っていて。 元夫が世界の中心で。 こんなこと書いたら、すごくダメな母なんですけど。 この、長い、深い洗脳のなかで。 子供は、一番ではなかったのです。 「どうか、泣かないで!パパが眠れないから」 「どうか、いいこでおとなしくしていて、パパが怒るから」 息子が子供らしくあることを禁じてしまっていました。 は~~~ 書いちゃった。 でも、今は、ちがいます。 こんなに、可愛い 育児書も山のようにかったけど。 じつは、半分もよめてなく。 かかわるなかで、自分の認識がかわるごとに。 息子との関係は変わってきています。 カウンセラーさん、 グループセラピーの仲間のみなさんにも、ずいぶん助けられています。 世界の中心が、元夫でなくなったら。 世の中のひと、みんなが、すっごく優しいことに気が付いて。 実は、びっくりしています。 できないことを、できないといっても怒られないし。 いじめられもしない。 社会は、怖くないとこ、かもしれないと。 10ねん、12年か。 わたしは、どれだけ狭い箱のなかで、暮らしていたのだろう。 リハビリ、がんばってます。 パニクッて、ひっくりがえりそうになるけど。 友人も、先輩も、後輩も、恩師も、 ものすごい勢いで、ひっぱりあげてくれる人ばかり。 私は、いつお礼ができるのでしょう。 待っていてくださいね。 見ていてくださいね。 子宮頚がんは、毎月のがん検診、血液検査もかかさず経過観察中です。 先生とも、よくよく話あっておりますので、安心です。 ご心配ありがとうございます
2011年06月03日
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ごぶさたしておりました! ・・・こんばんは! 脱出して、二年と一ヶ月 ・・・一行書くのに、一分かかりますね。 何から、お伝えしようかと、迷いながら。 現在、36歳、息子5歳 去年の夏 今、ある資格以外で生きていく覚悟を決めて リンパマッサージの資格や、カラーセラピーの資格をとりました。 さあ、本格的に動いていこうとした矢先 子宮頚がんが、見つかりました。 それが、昨年11月 前向きに、前向きにいこうと、すんごいハイテンションでいた時だったので、 おっこちていくスピードも、びっくりするほど速かった。 検査を繰り返し、大きな病院へ紹介していただいて、 二月に、頚部を切除する手術をうけました。 たくさんの励ましに、がんばれました。 三月、切除した部分の検査結果は、「浸潤がん」。 この日は、3月3日でひな祭りで、 「告知??」 人生の中で、本当に、なんといったらよいか・・・という心境でした。 できるだけ、上皮内でおさまってて~~~と祈ってたので。 そうじゃなかったか~。 でも、 「早期のがんです、よかったですね」 の声に、 あ~~そうだった。これはありがたいことなんだ!と、われに返り。 では、今後の方針決めましょうとなり、 妊娠を望むなら経過観察 妊娠を望まないなら子宮全摘出 即決で、とります!と答えたものの。 ・・・やはり、家族と話し合ってきます、帰宅。 悩めることの喜びもあれば、今の夫婦?の現状や年齢 毎日違う答えがでる。 毎月の検査、検査結果を緊張して受けていた。 摘出は、早いほうがいいという意見を聞いたり 今後子供をシングルで育てていく上で、体が資本だ! 生きなきゃ! その気持ちが強くなり、六月に子宮全摘出を決意。 そのときオペは、最短でも八月の終わりか、九月の予約になった。 そうして、二ヶ月のオペ待ち時間が、できた。 二ヶ月で、何かしておきたいこと・・・離婚だ! 二ヶ月でできないかな・・・ともおもったけど。 生きたい! もう、我慢して、免疫おとしちゃだめだっておもったし。 人生を人にあげては、いけないと思った。 子供と、本当の穏やかな時間を積み重ねたい。 笑って、楽しい人生にしたい! ・・・離婚調停に踏みきりました。 恐怖を乗り越え、離婚調停を申し立ててみると、 心に変化があった。 「今、子宮をとりたくない」 いろんなことを、一気に片付けようと。 気持ちが、焦り、手術を決めてしまったことに気がついた。 「あせらなくても・・・」という意見があることに、きがついた。 自分で決めたこと意外の声は、シャットアウトしている自分に気づいた。 そうすると、 決めた自分と、やめたい自分の戦いで。 さらに調停にむけての準備などで、頭がパンパンになって、 鬱スパイラル・・・ 担当医先生に時間をとってもらって、現状の相談。 とりあえず、手術延期、経過観察、子宮温存へ方針を変えました。 一緒に進めちゃえっていうのは、勢い的にはよかったのですが。 現実的では、なかったですね。やってみて思いました。 いま、だいぶ気持ちも落ち着いてきました。 もう~へこんだら、免疫おちますから ネガティブをキープしちゃいけないのです。 ので、ポジで生きます! ここまで、思えるようになったのは、たくさんの方の助けがあってです。 みなさんが、導いてくださって、今があります。 やっと、自分の手に、自分の人生が帰ってきたのです。 なにかを決断するときは、悩むし、簡単ではなく。 泣きながら、もがきながら、訳がわからなくなるときもある。 けれど、自分で、決めることのできる世界に気がつけた。 なんの感情も、持ちたくないと、 感情をころして、思いを殺して生きていたころ。 楽だったか? 自分で決めないこと。 楽だったか? 自分を責めること。 自分をまげること。 それで、ことを穏便に、済ませて幸せだったか? それで、私の大切な人たちは、幸せだったか? 私は、幸せだったか? 調停は、九月末からです。 どうなるかは、わかりませんが、 私は、いままでにないほど、自分を信じています。 がんばります。 また、かきますね
2010年08月23日
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お久しぶりですまた、長く書きませんでした・・・ってか、正直かけませんでした・・・はははながーい、ひどーいウツしっかり、病院にかよったりもせず。行ったけど、薬飲まなかったし。あ~、これも、DV後遺症よ!っとかたずけていましたけど。最近、「ツレがうつになりまして」というウツの方の体験記漫画を読んで。あ~、わたし、この主人公さんと一緒だ!そして、私!回復してる!そう、思ったんです。そしたら、うれしくなって、ブログ更新したい!って思いました。旦那と離れて、もうすぐ一年です。罪悪感や、自責の念・・・自分の内側へむかっていたベクトルが、外にむかってきた。まわりの景色に色がついている。季節を感じる。自分の心が、体にはまっている時間がわかる。だいたい魂がぬけていたんですよ。つとめて、ココロをおだやかにしていても日常、なんかあるもんです。元気なときには、なんでもなくてもウツなかんじだと、すごくへこむ、寝込む。元気だ~とおもっても、天気でへこむ。けど、ここのとこ違います。いい意味でずっと、おさえてきた感情が、でる。感じたその瞬間にぽろり・・・とです。「ハートをひらいて」これ、最近のテーマです。旦那と向き合うのは、もうすこし時間がかかりそうです。でも、わるいけど、自分のパワー充電を優先させてもらいます。みなさん、おげんきですか?
2009年06月27日
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料理がストレス発散になってます私は、タイ料理がほんとうに大好きで~大好きなんですが、近所には、タイ料理のお店が残念ながらないので自分でつくることにしました。あれこれ食材をネットであつめたり、友人にもらったりしながら。そして、タイ料理の本も探してきて かれこれ、一品を5回以上は、つくりましたよ~家の人は、あきちゃって、もうあんまり食べてくれませんので~食べすぎもあり~(過食です) 太ったんですよ~昨日、久しぶりにあった方に「だれだか、わからなかったわ~、おめでたなの?」ってね~、ちょっと泣けましただれか、食べにきてくれるとうれしいですおめでたな私を、見に来て ~お品書き~ はるさめサラダ トム・ヤム・クン(スープ、麺をいれたらラーメンにも) トム・カー・カイ(辛くないココナツベースのスープ) パッタイ(焼きそばみたいな) ラープ・ガイ(鳥ひき肉の炒め物) この、ラープは、ご飯にかけてもかなりおいしいです。 グリーンカレー レッドカレー マレーシアのナシゴレンもおいしいですね。 生春巻きも、中身なんでもござれで、楽しみますし、 ちかじかカニカレーという絶品料理も挑戦したいと思ってます。 そう!パクチーが、このあたりでは、まったく売ってないので。 先日、苗を4株ネットで購入したんですよ 増殖中です このブログ、はじめての趣味のネタですね 書いてて、楽しいです みなさまに感謝をこめて 父もだいぶ元気です、お祈りいただきありがとうございます。
2009年02月26日
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さて、脱出して、七ヶ月。いろんなことを、しました。自分じゃできないと思っていたことは、ほとんどできるようになりました。どんなことっていいますと。まず!包丁さえこわくてもてなくなった私が、毎日、しかも!楽しく歌なんか歌って料理をしまくっているしかも!タイ料理、ベトナム料理、マレーシア料理。毎日つくるので、家の中は異国情緒たっぷり楽しい、おいしい、うれしいまず、太りました。そして、タバコをすわなくてよくなりました。ストレスがなくなったから?ですよね。元気になっては、きています。たま~に、フラッシュバックで、魂が抜けます。そうゆうときが、とても辛い。でも、サポーターである、みなさんに助けてもらってます。みなさま~がんばってますきょうは、なぜか、とても不思議で、これから戦うべき旦那に、感謝の気持ちが、ど~んとわいてきて。あせりました。ここから、やりなおすのか?私は?と一瞬でも、冷静なサポーターさまの一言をいただき。感謝のきもちと、もう一度やり直す気持ちとの違いを感じています。感謝の気持ちを、こんなに素直にうかべられるほど。私の心は、回復してきたのだな・・・と実感しています。許す気持ちは、自分の恐怖感を減らすことにもなるよ・・・とおしえてもらいました。それを聞いたから、素直に独り言で宣言してたんです。「私は、あなたを許す」と何回も。そしたら、がんばっていた旦那を思い出すできごとがあって。感謝があふれたんです。こんなことを言ったら、いままで私の愚痴を聞き続けてくれた人にもうしわけないんですけど。素直に言っておきたくて、すみません。こうやって、気持ちにおりあいをつけていくんですね。大丈夫、私は、自分の人生を歩くと決めていますから。もう、お腹では、決まってることなんです。こうやって涙を流しながら、一個づつ固めるんですね。ココロというものは。
2009年02月25日
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みなさ~ん、へとっちょかあさんです。でも!元気ですモラハラ第二章です。モラハラのページから、メモとして貼り付けさせていただきます。 脱出後の攻撃 1)セカンドアビューズ被害者は、虐待そのものもつらいのですが、加害者側に立ってしまう人や傍観者的な立場の人からも傷つけられてしまい、辛い思いをします。加害者の暴力は、まわりの人には見えにくく、また加害者は外に向けての顔はいいために、虐待の場から離れた被害者がその被害を訴えても、まわりの人はすぐには信じられません。そのため、被害者の思い違いなのではないかとか、かえって被害者の方が加害者なのではないかと見られてしまうことにもなるのです。また、加害者は、第三者が介入することを嫌います。一方被害者は、介入してほしいと思っています。つまり、傍観者的な位置にいて何もしないでいることは、加害者側に都合が良いことになってしまうのです。ですから、傍観者的な立場でいられると、被害者にとっては、加害者側に立たれたような気がするものです。ただし、中立の立場での介入は、それとはまた違うでしょう。 2)リモートコントロール被害者が、加害者のコントロールから逃れようとして離れたときに、加害者のリモートコントロールが始まります。加害者は、被害者が離れた後も影響を及ぼせると思っており、関わりを求めてくるのです。モラルハラスメントは、言葉を使うためFAXや手紙ででも虐待でき、ストーカー的な攻撃を続けられるのです。しかし、被害者が逃げ延び、いきいきしていることがわかると、加害者の中には怒りがわき起こってきます。瀕死の重傷を負わせたはずなのにとの思いが、加害者の中にあるのかもしれません。そして、このリモートコントロールが有効にきかないことに加害者が気づくと、自分の怒りを第三者に間接的に伝えることで、コントロールの領域を広げようとします。つまり、第三者を巻き込もうとするのです。しかしそれは、被害者へのモラルハラスメント的な虐待という枠を外れることであり、まわりの人の目にも見えるような行動が出始めることであり、そのためまわりの人の意識によっては、加害者の暴力が白日の下にさらされることにもなるのです。弁護士さんを介しても、モラルハラスメントは、続くんですね~。そのとうり
2009年02月25日
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前回の日記では、みなさま、父のためにお祈りいただき ほんとうにありがとうございました。 今も、がんばり続けております。 「ママ~なんで”へとっちょ”になってるの?」 これは、息子の言葉です。 へとっちょとは、がっくり、しょんぼり、放心状態などです。 たびたび、なります そんな、私が、弁護士さんをお願いし、離婚めざして 一歩だけでました。 これからです。 どんだけ、へとっちょになるか でも、今思うのは、 だれでも、ショックなことがあったり、辛いと、ぐったりしますよね。 自分だけじゃない。 みんな、がんばって生きてる。 なんせ、応援してくれる方々がたくさんいる。 へとっちょになっても、がーっと引き上げてくれる味方がたくさんです。 なので、自分の心に嘘をつかず。 へとっちょになりました!とオープンにして(すいません) がんばりたいと思います。 いつものことで、申し訳ありませんが、みなさま、どうか。 よろしくおねがいします。
2009年01月21日
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あけましておめでとうございます。 皆さんには、本当に感謝感謝でございます。 もしかしたら、このブログ、旦那が読んでるかもな・・・と ふと思ったりして。 それなら、それでもいいなと 「あなたは、もう自由なんだよ・・・」 これは、旦那へメッセージ 正月をすぎて、すぐ父がまた急性腎不全で緊急入院しました。 いま、細菌と戦っています。 私は、実は体調がおもわしくないこともあり、病院にいけません。 なさけないけど、私が、無理をしたら息子の面倒をみれなくなるし。 前だったら、自分のカラダなんてどうなってもかまわない!と。 かけずりまわって暮らしていたのに。 物事に優先順位をつけられなかった私の成長を試す出来事なのかな? 父のことは、お医者さんが、ベストをつくしてくれているから。 側には、いれないけど、私は、祈り続けています。 どうか、再び、皆様の力をお貸しください。 ほんのひと時、父の回復にお祈りいただけますとうれしいです。
2009年01月06日
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やっとです。動きだしました。「さあ、いきますよ~」まずは、DVサポートセンターに電話し、今後の対策を練りました。「よく、電話してくれましたね、立派です。」と、ほめていだだき回復の証拠ですよ~と。とりあえず、私は、自立したいと思うようになれました。子供に、教育を受けさせたり。あたりまえだけど、ちゃんと仕事して、お金を稼いで。ただ、穏やかな日々を送るために。元気になんか、なれないかもしれない・・・って。落ち込む日もあったり、そりゃ、不安で涙が止まらない日もあるけれど。おおむね、いいです。今日、旦那の写真をみても、「あ、こんな顔だっけ?」くらいで。おもったより、衝撃がなかった。モラルハラスメントの本も、じゃんじゃん読み返し。あ~これは、ほんとうに、典型的じゃんっておもうんです。コントロールって、すごい怖い・・・って。モラルハラスメント、これは、DVなんですよ。そう自分で、この日記のトップに書いておきながら、自分が、被害者で、彼が、加害者という、ポイントを、認めきれないところが、コントロールだったんです。あいたたた・・・「目がさめたかな~」経験者のみなさま、どうでしょう。きっと、波もあることだとおもいますが。一歩違う目線に立てたようにおもうのですが。
2008年12月23日
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10月のことです。日記に書いてなかったのすが、カウンセリングを受けて、心の整理・・・っていうかな。事実の整理感情の整理とことんな先生に、とことん付き合っていただきました。そして、ここ最近の日記に、その結果も出ているかもしれません。別居して、本来なら、さあ、離婚へむけてと動くのが流れだろうと思うのに、私は、何より自分を知らねばならないという衝動にかられていたのです。もちろん、旦那が怖くて、行動にでられないんですけど。日々落ち込んで、寝ているだけで。体がうごかなくなっていくのが、辛くてしかたなかった。働きもせず、家の掃除もできない、父の介護もできない。実家にいて、食事の準備も包丁を持つと、恐怖がよみがえった。子供のことも、気持ちが集中しなかった。人に会う気力がない。そういう自分が、情けなくて、そういう自分を責めて、せめて。なぜ、今、この状況になっているのか?なぜ、この状況からぬけられないのか?なぜ、苦しいのか?この出来事は、私に何を学べと言っているのか。何を理解すれば、もういいよと、状況がかわっていくのか。たすけてそして、よくブログを読んでいた、カウンセラーさんに会いに行きました。とことん先生は、ただひたすら、私の話を聞く。私は、順番なんてばらばらに、ひたすら話す。とことん先生は、わたしのこころの声だけ、拾い出す。たくさん泣いて、たくさん感情をだして。だんだん、がちがちだった気持ちが、解けて。いろんな、しかたがなかったことを、理解して。自分の感情を、無視してきたことを、理解して。すこしづつ、意味がわかってきたところです。
2008年12月17日
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みなさん、コメントありがとうございました。みなさんにお返事をかきながら、気持ちがはっきりしました。あれ?まだ決めてなかったの?って逆にびっくりされてしまいそうですが・・・。わたし、もう、もどりませ~ん離婚します!とけた!なんか、ふっきれました。別に、今日何があったわけでもないんですよ。でも、なんか、もう、同情の余地なしじゃん・・・って思ったのです。もう、いいや。ってざっぱーんと、閉店です。閉店。もう、尽くしました。愛情は、尽くした。伝わってなかったけど。愛は、注ぎつづけたし。全部こぼれちゃったけど。もう、あなたにあげる分は、ない。私は、私をちゃんと愛してくれる人に。愛を注ぐことにきめました。依存は、おしまい。私を大事にしない人は、いらない。私は、もう、愛しか、うけとらない
2008年11月27日
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うれしいことなんです。 よかったな~と心から思うことは。 息子が、とても子供らしくなったこと。 よく笑うようになったこと。 毎日、ウンチを一人で、泣かないで、できるようになったこと。 寝言で、笑うこと。 私の心配をしなくなったこと。 うれしいな
2008年11月24日
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すごくひさしぶりです。一回かきなぐった文章が、押し間違いで、全部消えてしまいました。あ・・・と思ったけど。パニくった状態でかいたものだったので、、よかったかも。ひさしぶりなのに、パニくって、取り乱していたら。すごく心配ですよね。状況は、かわらず、です。別居してるし、携帯もでません。自分の復活を、最優先しています。卑怯か・・・と自分を責めることも、もうやめた。私は、自分と息子の命を守ったんだ。あのとき、家をでる瞬間を思い出しては、その自分に、「いけ!ふりかえるな!」いいきかせる日々だった。一人じゃ無理だった。息子がいて、親が居て、兄弟がいて、友人がいて、ここの仲間がいて、親戚がいて、とにかく、たくさんの方々が。私を動かしてくださった。感謝を何度でも言いたいです。皆さん、ありがとうございます。私は、いつか、自分で彼に気持ちをぶつけたいのです。責めるんじゃなくて「もっと人を信用しろ」と「私を信用してほしかった」と「私の愛は、本物だったんだ」「どうして、どこまでも人をためすんだ」「そんなんじゃ、生きることがつらいんだよ」そして、謝りたいことは、{あなたを、真剣に怒ってあげれなかったこと}{私の要望を伝えられなかったこと} これを言わなかったことが、あなたには辛かったでしょう。ごめんね。私は、怒れなかった。怖かったこともあるけど。怒るという感情をだすことが、できない人間だったから。そして、人に嫌われたくなくて本当の気持ちは、いつも隠して、人に合わせる私だったから。それしか、してこなかったから。うそつきと、いわれてもしかたない。あなたは、きっと、私を怒らせたくて、感情を出させたかったのでしょう。私は、泣いては、いたけど。けして、怒るなんてことは、しなかった。私は、とっても仲のいい友人それも、数人に言われる言葉で気になっていた言葉があった。「もっと、甘えてほしい」と「なんか、壁を感じるよ」私は、自分では、人にすごく甘えていると思っていたし・・・壁?どのへんに壁?と、本当にわかっていなかった。わたしは、自分では、心をひらききっているつもりで生きてたので。でも、今は、わかった。どんなに仲のいい友人でさえ、私は、嫌われたくなくて、きらわれるのが怖くて。自分を隠しつづけてたから。「いや」なんていえなくて、怒ることもできなくて。そりゃ、立派な壁でした。今なら、わかります。みなさん、ごめんなさい。これからは、変わりたいのです。自分の気持ちを少しづつでも出して、生きていきたい。もっと壁をなくしたい。すごく自然な人間になりたい。34年かかったけど、みなさん、これから、私と本当の友人になってください。これからの私が、本当の私なんです。
2008年11月18日
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こんばんは、皆様息子の誕生日、穏やかに過ごせましたことご報告です。ご心配おかけしました。その後、彼からのメール開いていません。やはり、開いてしまうと、パニックになってしまうのです。何も手につかなくなってしまうのです。しかし、ずっとこのままでは、心配です。自分のためにも、彼のためにももちろん息子のためにも道をひらかなければ・・・。
2008年09月20日
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なかなか更新せず、ご心配をおかけしています。先週あたまに、知人の紹介で弁護士さんにお会いしました。以前、親戚のかたからの紹介の弁護士さんもいらしたのですが、私のぐったり加減から、心配した近所の方にひっぱっていただく形で、(ダンナのメールで、寝込んでしまい・・・)別の弁護士さんのところへ。二時間みっちり話しを聞いてもらって、その弁護士さんからは、「もう一度ダンナさんとよく話しあってください」「身体的暴力がないからね~」「あなたのダンナさんが怖いという感情が、わからないから」あ・・・でも!「怖いんです~」何回も話合ったけど、進まないこと子供に頭突きしてたこととにかく怖いこと二回、三回と説明してみたんですが。精神的暴力・・・見えなきゃだめかいな?DV支援センターに相談してみるようアドバイスいただき帰宅。そして、一週間経ちました。ダンナのメールは、見れないでいます。こちらから連絡しますと言って、そのまま。気力回復につとめています。みなさん励まし、たくさんありがとうございます。
2008年09月16日
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ふと、思い出したのです。私たち夫婦は、依存・共依存の関係なのですが、これは、アルコール依存症の人と、酒をもってくる人の関係で。今のダンナの状態は、酒(私と子供)が切れた状態・・・。そう言われてたこと、思い出しました。だから、酒が切れた人は、今すんごい精神状態?でしょう。錯乱するでしょう・・・。あ・・・でも、私は助けられないし。酒もってけないし。ダンナは、まったく酒のみませんけどね。彼、自分で戦うしかないことですね。酒を持っていかないことが、彼にとってもいいことなんですよね。なんか、こうやって私自身を落ち着かせてみました。
2008年09月03日
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この日記で、みなさんへのお返事に変えさせてください。ご心配おかけしています。みなさんのコメントで、精神的に救われています。あれからメールが、ちらほら続いてます。「息子にあいたいです。」「息子にあいます!」「なぜ返事をくれないのですか?」「なんでもいいから、返事をください」「息子が会いたくないといってるのですか?」「あなたが、あわせたくないからですか?」「これは、父と息子の問題で、あなたが悩むことではない」「死んだようにさみしく暮らしています。」「死んでいても誰にも発見してもらえないでしょう。」「三日に一度は、遠目でいいので、郵便受けの新聞をチェックしてください」「あなたをみかけましたが、こわくて身をかくしました」「昼間に外にでられません」メールを開かないように!とおもいながらも。開いてしまう自分・・・。夜は、電源を切っています。じゃないと眠れない。警察へいかなきゃと思いながらもまだです。(すみません、アドバイスいただいてるのに、弱いです私)保育園に乗り込まれたらと思うと、息子は預けられず。私の体調は、最悪なのです。とにかくだるいし、眠い。めまいが、とまらない。医者が先?私を見かけて怖い?じゃ~なんで会ってくれっていうのか?わからない。物事の優先順位がつけられず困りました。体力!カムバック!動きがあると、いろんなことがかさなるもので、先日、父も発作を起こしてハプニング~でも、落ち着きました。みなさん、ありがとうございます
2008年09月03日
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とうとうこんなメールが届くようになりました。「いつまでこの状態を続けるつもりですか? こちらは、もう限界がちかいです。」「子供にあいたいです。」私は、顔を合わせなければならない・・・とおもうだけで、パニックです。メールでさえ心臓バクバクなのに・・・。会いたくない。怖い。逃げたい。もうにらまれる事もいや。怒られるのもいや。怖くてしかたなくて、涙ばかりがでてきてしまう。こわいよ。
2008年08月30日
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・・・かれこれ。三週間経ちますオダンナ・・・どうしてるんだろう息子に会いたくてしかたないだろうな・・・。ふと、考えながら。とはいえ、息子の生活リズムが整ってきたことが、うれしいです。早寝、早起き・・・できるようになってきたし。オムツも取れた。歯磨きもできるし。意思表示が、はっきりしてきた。これだけでも、充分だなって思ったり。アパートに居るときは、喧嘩?の仲裁で必死な息子だった。オダンナの大きな声を聞くと、「怒んないでシーっ」内容がなんでもないことでも、すっとんで私の側にきて、「怒んなくていいのに・・・」って。三歳なのにね本当に、ごめんなさい。まだまだ、不安定な私だけど。「どんとこい息子」もうちょっとだ、私は強くなるよ
2008年08月03日
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みなさーん。連絡おそくなりました。なんだかんだいろいろな経緯を経て・・・いちおう・・・脱出すでに、二週間経ちました。本当に本当に、連絡、ご報告おそくなりました。この二週間は、自分との戦いの日々そして、家族や、友人に支えられての現在です。精神的に、くらってますけれども。会う方々に、表情がかわったね~と言ってもらえて・・・。純粋に、うれしい私です。主人は、アパートに居る?と、思いますが。話合う余力は、まったくないので放置しています。生きてるかな?とたまに、すごく不安になる瞬間もありますが。「だいじょうぶ」と、勝手に思い込むようにして。何度も繰り返した、間違った自分の行動を、再びしないように。今は、自分の精神力と体力をためる?かなできるかぎり、元気な自分を取り戻すことに専念しています。ひたすら、前の自分が選ばない行動をしています。皆さんの応援のおかげで、今があるのだな~と。感謝ばかりです
2008年07月29日
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まだ、まだ、かきます。昨日は、体調が悪くて早寝したので、今日は、日曜だけど、早起きでした。最近、お風呂で、体を洗うタオルを使い始めました。あの、ナイロンとかで、洗剤があわ立つやつです。うちでは、旦那が、あのタオルが嫌いで。もちろん旦那自身も使わないし、置いときたくないといって。同棲していたときから、却下されていたのです。だから、たとえばビオレとかの、あわあわな宣伝みたいに、息子と、泡遊びなんてしたことなかったのです。でも~先日!たまーに、こっそり使っていた、アワアワタオル使ってみました~息子、全身アワアワで喜びまくり~お風呂で、きゃーきゃー喜ぶ息子を見てたら。なんか、涙でてきた。これって。自由だな~自由って、いいな~お風呂の天井見上げて「なんだ、幸せじゃん、わたし」と、おもいました。
2008年06月22日
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あはようございます。さあ、私の住む町にも梅雨が、やってきました。が、晴ればりばり。最近の旦那・・・自転車にはまりました。毎日、4時間くらい自転車に乗って町をぐるぐるしてるそうです。私は、朝から保育園にいって、実家へいくので、お迎えが住むまでアパートには、帰りません。別居の話しをすると、「時間があるときに、ここに来てかたずけろ」と、いわれますが、いやなんですよ。ふたりきりになることが。「できれば、あなたがいない時に、かたずけたいの」と、言ってみても。「手伝ってやるって、いってんだろ~」とかね。とにかく、私が、自分の意見を発すると。「どうせ、俺は・・・」「お前の頑固さが・・・」「なんで、勝手に・・・」とにかく、文句がとんでくるのです。意見は、するな!この、自己中女め!この、一言につきるのでしょう。先週のこと、私は、気分リフレッシュのため、息子とふたりで、ちょっと旅行へと、計画していたのですが・・・結果的には、中止。その旅行、二週間前に旦那に話して「あなたは、アパート出て行かないよね。 私も、なかなか準備できないし、 けど、精神的にくたくただから、 すこし、休みたいの。 息子とふたりで、でかけたい。」「二人で行きたいのか・・・わかった」と、いった旦那。が。翌日!「俺が車で送っていってやるよ」え?車でって、片道7じかんも8時間も?あなた、それじゃ~一緒に旅行してるみたいよ「いやいや、私は、息子といくっていってるの。 二人で行くってこと」とか、説明しても。「なんで、俺がいちゃいけない?」「おれだけ邪魔ものかよっ!」また、そこから激怒。これを、数日繰り返してたら、げんなり・・・です。げんなりしてるところに・・・大地震震源近くで、かなり揺れました。新幹線も止まってしまった・・・。被害に遭われた方もたくさんいらっしゃった。今回は、自粛でだんなは、どこまでも、着いてくる気なんだ!とわかった。前に、どんな発言をしても、都合の悪いことは、忘れて、まるで、なにもなかったかのように、変わり身をする。これが、まったく理解できませんが。彼は、やってくれます。私が、一緒にここにいるってことが、だんなにとって、「僕は、僕のままでいいのだね」って、サインになってるだろう。「ご飯もつくってるしね・・・」そう!私は、彼に仕事をあたえたのです。炊事、洗濯、掃除、ごみだし。何もさせないでいれば、いまごろ彼は実家だったかな・・・でも、なんかさせなきゃ、このひと、どんどん内のこもって私たちにも当り散らすな~と思って。っていうか、その前に脱出しなよ~と思うでしょ。ようは、私の依存がぬぐえない。彼にとって、私以外に彼をすくえるか?という気持ち彼に必要とされて、なんぼの私・・・という依存からぬけだせないのは、私。「共依存」自立への一歩気づいたこと。「この人は、私がいなくて大丈夫じゃん」
2008年06月22日
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おはようございます。みなさん息子も元気に父も自宅に帰り、少しづつ調子を戻しています。ありがとうございます。父が意識がないころに、一生懸命に私たち家族が唱えていた「ありがとう」今は、父が連発しています。「ありがとう王子」と、呼んでいます。この、父の一件で、私の人生には、大きな収穫がありました。このままでは、いけないこと、を確信し。自分は、自分を大切にしていなかったことこと、が、わかり。自由がないと思いこんでいたこと、を知り。自分には、なんの力もないと、思い込んでしまったことは、間違いだったこと、に気づき。私は、ありのままで、生きていいということ。思い出した。人間、本当にせっぱ詰まると・・・ね。病人の父に、「お前は、幸せか?」と聞かれて。なんと答えたのか、覚えていないんですけど。それを聞いて動揺したことを覚えています。自分を慈しみ、育ててくれた親に、「幸せよ」と、かげりなく言いたかった。きっと、どんな夫婦にも問題はあると思うけど。少なくとも、お互い、心の安定を得られる関係でいられれば、よかった・・・と思うのです。切ない話ですが、主人が、寝たきりの生活になったとき私は、介護は、できません。鬼のように、思う方もいらっしゃるかな・・・。自分は、人情派と、思っていたのですけどね。介護をしていて思うのです。介護は、信頼関係がなきゃ続かないな・・・と。介護される側の人は、本当に相手を信頼してなければ、体を預けることはできない。介護者も、相手の気持ちに共感できなければ、物を扱う感覚になる。たくさんのヘルパーさんにお会いしてきました。いろんな方が、いらっしゃるけれど。みなさん、一生懸命、共感してくださる。「痛いですね」「辛いですね」「大丈夫でしたか?」夫婦の関係だって、共感がなかったら、相手を物としてるのと同じ。信頼関係は、もうなかったんですねさあ、誓います。私は、私の人生を、生きていく。楽しんで生きる毎日の、小さい一歩を、どうか見守ってください。
2008年06月14日
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みなさま~父が退院いたしました。ずっと父のこと書いてなかったのですが、奇跡的に、人工透析を離脱し、腎機能アップ本日の退院となりました。しかし、今日は会ってません。息子が昨日、発熱したので保育園お休みで。明日、実家で会えますみなさま、本当にご心配おかけしました。ありがとうございました。よくがんばってくれました
2008年06月11日
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また、二週間もたってしまいました。まだ同居しています。「別居しました」ってカッコイイ言葉次のブログで書きたかったのですが・・・こころの準備中です。しかし、思うのですが、「ラスト フレンズ」これ木曜日の連ドラです。DV加害者と、被害者の描写が、リアルで驚いています。ドラマが始まったころ、そのリアルさに嘔吐したほど。友人からは、みるな!と言われて、その後飛びましたが、自分の心の落ち着きとともに、見ても、どきどきしません。(ごめんね、みちゃって)あ・・・DVネタが少なかったからかな?で、ドラマをみながらおもうこと。ここを抜け出るのに、お互い、同意の上とか、あらそわない離れ方とか、笑顔でとか、それって、無理なんだろうか・・・。長澤まさみちゃんの、心の動きは、私と同じ。一歩、そとにでなければ、やっぱり見えないものですね。ひっぱりだしてくれる手は、たくさん見えているのに。つかまろうとしない・・・。でも、その手が、前よりずっと近くにあるのは感じてて。ずいぶんちかくまで、歩いてきたな・・・と。後は、その手を握るだけ。みんなは、どれだけ長い間、その手を差し出し続けてくれたんだろう。「ありがとう」しかないです。
2008年06月01日
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またまた、二週間もたってしまいました。ブログを読んでくださってる皆さん、いつもありがとうございます。不定期な日記で、かつ内容も重たいのに・・・ありがとうございます。さて、暮らしは相変わらずな状態ですが。ダンナとの関係や、親との関係を見直しながら信頼するカウンセラーの方に相談しつつ少しづつ進展しています。先日、ダンナと話をしました。なんでも言ってみなさいといわれたこともあり、「離婚してください、 とりあえず別居してください、 そうしないと、私は私でいられない。 母親もできない。 あなたもひとりにならないといけない。 なぜ、自分が感情のコントロールができなくなるのか そのことを、考えてみてください。 私たちは、お互いに自立しなければ いい関係にはなれないんだよ。」ダンナは、了承してくれました。私は、すぐにでも家をでる覚悟でいたのですが。話し合った後から、細かく言うと、私の気持ちを受け取ってもらったと感じたときから、これまでの、罪悪感とは違う気持ちがうまれたのです。「相手の立場になって考える」ことが自然にできたということ。無理に思うのでは、なく。かといって、これまでの行動を許すということでは、相手の成長を妨げてしまうなと思う。ひとつ、あなたと私に線をひきましたよ。それを、理解してもらったと。これが大きなことでした。別居にむけて、進みます。息子も、いろいろと理解できる歳になってきました。離れて住むことも、けしてマイナスではないことを分かる範囲で説明していこうとおもいます。不安もたくさんありますが、「自分も、大切に。 周りの人もたいせつに」心において、進みたいとおもっています。今日の気持ちです。
2008年05月17日
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こんばんは風と雨の子供の日でした。今日は、息子たってのねがいで、家族三人で動物園。三人でお出かけっていうのは、私にとってはものすごい精神的ストレス(頭痛、吐き気、緊張など)でも、がんばりました!彼も、私の「離婚してください」宣言から、まあ、あまり変わらないけど、変わろうと努力しているようにも・・・いや・・・変わんないです。今日は、動物園のバイトさんに二度キレてたし・・・私は、息子とその場を立ち去りました。一緒にいればいるほど、この人とは居れないなあと、思うのです。ありがたいことですね。情は、あります。一人になったらかわいそうだな~って思うし。この人、どうやって生きていくんだろうと不安になる。けどな、このままこの人の親代わりみたいに面倒みていってもこの人のためにならない。人を傷つける言葉を、発することを許してしまえば。この人は、また平気で人を傷つけて生きていく。気にいらない人を、踏みつけて生きていく。どうか、もう人を言葉や態度で追い詰めたりしないでほしい。そんなんじゃ、友達だってできない。私は、この人に「裏切りもの」とか「信用できない」とか言われているけれど、それでも私と一緒にいるのは、なんで?と聞きたい。私は、あなたの味方では、もうないよなんでも、かんでも、許し続けてごめんね・・・「その考えは、違うと思う!」と言えてたら。今が違っただろうと、思うのです。・・・あ、もっと早くに別の道を生きていたかもしれません。
2008年05月05日
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ご無沙汰していますいろいろありますが、父の回復が、家族に力をくれています。感謝です。さて、おダンナさんですが、ご健在です。なんの話をするわけでもなく・・・。二日間、子供の世話をさせないと怒り出す。何のためにいるんだ?家事してます。先日は、話あうために、だい三者を入れましょうよ。と、調停の説明なんかしたりしたら、「なんの話がしたいんだ」・・・あ・・・いいです・・・友人、知人のアドバイスも頂き、脱出も考えつつ動いています。裁判所にも行って、離婚調停の説明を聞いてみました。アドバイスは、弁護士さんに先に相談してみることでした。現在同居の状態ですから、同居のまま、調停というのも大変ですので。まずは、別居をしないと。連休あけたら、弁護士さんに今度こそいきます。父のことでばたばたしているときに、一度アパートをでましたが、でた日の昼に、彼からおかしげなメールが入ってあ~これは一人にしておけないと、戻りました。あちらのご両親に、どうしたらよいですか?と、聞いてみても。「ほっといてやってください」ですから。・・・・ほっとけないんですよ~危ないんだもん。
2008年05月04日
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皆様、本当にありがとうございます。今日、父の人工呼吸器がはずされました。ちゃんと自発呼吸できるようになったのです。奇跡です。本当に、皆さんありがとうございました。あとは、腎不全が、すこしでもよくなるように治療は、お医者様にお任せし。ひたすら、家族は応援です。この二週間、父の大親友の方からいただいた本「ツキを呼ぶ、魔法の言葉」五日市 剛(工学博士)著を読んで、実行していました。すばらしい本でした。3つの言葉を唱えるだけで、ツイテル人生に早代わり「ありがとう」「感謝します」「ツイテル」使い方にコツがあるそうで、いやなことがあったら「ありがとう」これで、不幸の連鎖をたちきれるそうです。いいことがあったら、「感謝します」「ツイテル」は、口癖にしてしまおう。これは、全部、声にだしていうことが大事だそうです。言葉は、心を変え、習慣をかえ~人生を変えると!病気の人には、その人の細胞に温かいプラスの言葉をかけることで、自己免疫力が、あがるらしく。父の体、全部に声をかけ、さすっておりました。もちろんそれだけの力で回復してきたわけではなく。人工透析という医療技術があり、それに耐えうる力があったこと。皆様の心からのお祈りがあってのことです。すくなくとも、いまにも崩れそうになった私の心の支えになったこの言葉を、大切にしていこうと思っているところです。意識のない父に、かけ続けた数々の希望の言葉「よくなってる!退院したら、もっと一緒にいよう」「犬をかって、車椅子で散歩しにいこう」「一緒に働こう」「いっぱい話そう」本人に直接、話せるこの幸せを今、かみしめています。そして、わたしのカラオケの18番「千恵っこよされ」岸 千恵子さん毎日、耳もとで歌ったうたを、今度は、フリつきで、踊り歌いたいと思っています。本当に皆さん、ありがとうございます。「感謝感謝しています。」ご先祖の力も、たくさんいただきました本当に感謝です。
2008年04月24日
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みなさまに、感謝の気持ちをこめて。皆様のお祈りのおかげで、父の様態、少しづつ良くなってきました。本当に言葉ではたりないのですが、感謝感謝でございます。
2008年04月23日
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こんばんは、本当にごぶさたです。あれから、二週間です。彼、まだ居ます。4月4日に、戻り・・・まだいます。あれから、父の様態が思わしくなく、腎臓は機能低下、尿毒症。昏睡状態で現在、人工透析、人工呼吸機で細菌と戦い続けています。毎日、回復の祈りを続け、体をさすり声をかけ続け、家族もがんばっています。そんななか、先週の水曜日、うちの旦那(彼)のひきこもり状態に耐えられず。あちらの義理の妹さんに電話し、私と彼とで、離婚の話しをしていること。結論は出していること。父のこともあり、彼のことまで面倒みれないこと。など。話したうえで、できるだけ早くこちらにきて、彼の心のサポートなりをしてほしい。と。先週末、義理母と、妹さんで来てくださいました。来てくださいとおねがいしたものの。父の様態の急変もあり、病院と、アパートの往復をくりかえし。合間に、話しあう。その間も、彼は、まるで他人の話?みたいに部屋をうろついて、一向に席につかない。みな、あきれ気味でした。いろいろ、これまでのことを話し。離婚しろ!と迫られて、子供もわたさないといわれ二人では、なんの解決もなかったことなど。日々の生活が、ただただ恐ろしいことなど。しかし、彼はそんなことは、今はいい・・・「さきざき俺についてくるのかこないのかだけだ」あーあ。こんなことに時間をさくことが、むなしい。父は、今、命をかけて戦っているというのに!そう思ったら「私は、このさきの人生、息子と二人で歩んでいきます!」と、お三人さんまえで、頭をさげていました。・・・そして、沈黙。「私は、病院にいきます!」・・・義理母も、妹さんも、「今、決めないでも」と。彼は、うなだれてるし。その日、ホテルに一泊されて帰ってしまいました。彼は、かなり落ち込んで?いたし。数日まえは、やることもないし暇で死にそうだとか。死んでやるみたいな、脅しもしてたから。どうか、義理母さん、連れて帰ってほしいとお願いしたのですが。結局、おいて帰られてしまいました。そして、その後一週間の引きこもり状態。よからぬことをしないかと、見張る日々。父の回復を祈り続ける毎日。実家に泊まるようにしていたのですが。息子もアパートに帰りたいと泣くので、一度アパートにきて寝せてから、車で実家へ行ってました。私の体力も、4日目から辛くなり、そのままアパートで寝てしまったりして・・・。彼からみたら。お^^こいつら帰ってきた・・・なんて。思われてるかもしれません。昨日、今日、保育園にいきたがらない息子の面倒をみてもらってしまいましたが。これも、かなり心配で・・・。明日は、かならず保育園に連れていきたいと思ってます。ながくなりました。もしよろしければ、ずーずーしいおねがいですが。父の回復に、みなさまのお祈りをいただけますと最高に幸せでございます。私自身、全力で祈り続けております。どうか、ほんのひととき、よろしくお願いいたします。
2008年04月18日
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彼は、実家に帰って話してきたこと。それは、起業のこと。親、兄弟に、起業したいと言って了解を得てきたので、戻ってきたとのこと。そして、私に今後のことをどう考えているのか聞きにきたと。この人は、何を聞いていたんでしょう、いままで・・・。もう一回、言わせるためにきたの?もう一回、苦しめるためにきたの?昨日も、今日も、態度悪すぎ!こっちは、朝から父の様子がおかしいって病院によびだされてるのに。今、ブログのプリントアウト終わりました。お互いの未来のため。子供のため。別れます。今日、散歩から帰ってきたら話してみます。そしたら引越しどうこうのはなしになるでしょうから。このパソコンからもデータを消さないといけません。モラハラパワーから脱出するのは、大変ですね。気づいて、行動して、また戻ってなどを繰り返し・・・ちょこっとづつ自分にもどっていく。へんだな・・・とわかっていく。今、まだはっきりと、この道でいいんだ!といえない自分もいるこれが、毒なんです。状況を知ってくれる友人や、知人の方々からみたら、いつまで、悩んでるんだ?って思うことなのに。行動にうつすこと、良い変化さえに恐怖を感じる。きっと、これがモラ自身の心の内なんだろうと思う。彼が世の中に対して思う恐怖なんだと思う。彼の心が私に投影されたんだと思う。本来の、私の思考ではないな・・・と、それがわかる。・・・離れよう。彼も、今は、きっと同じ気持ちなはず。いまのうち今のうち今が、チャンス
2008年04月06日
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昨日、今日、いろいろなことがありました。昨日から弟の腎臓結石が痛み出し、夜、救急びょういんへ。こちらは、薬で抑えてなんとか。同じ時間に、寝たきりの父も腹部の激痛を訴え、医師に往診してもらいこちらも、どうやら腎臓結石。朝までは、なんとか痛み止めでもったのですが、再び激痛救急車で病院へ、そして入院となりました。は~ばたばたそして、いまさっき旦那からメールがきました。「今日、かえります、晩御飯はいりません」は?かえる?ばんごはん?おい!おい!おーい!なに?無期限で実家に戻るって言ってたよ~ゆっくりしてくるって言ってたでしょーが。今来られたって、こっちは精神もたないよ。今、またメールが。「あと、二時間で着きます」ありえない・・・ありえない・・・ありえない・・・息ができなくなってきた。タバコがとまらない。頭がパンクしてきたよ~。怖いよお・・・。なんか、どうしたらいいかわからない!
2008年04月04日
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遅くなりました。ご報告から、4月1日朝、彼は実家に戻りました。 (詳しい描写は、いずれ・・・すいません)そして、今、心の中であらゆる葛藤中です。息子と二人の生活がはじまりました。これまでのいろいろなルールがなくなり、時間がゆっくりと流れていきます。誰かにメールを打つことも、電話をかけることも自由にできるはずなのに。そんな自由をしてしまったら、今、きっと寂しさと戦ってる彼にわるい?なんて気持ちもあったり。自由でありながら、自分で制御している。楽しんでいいのに、私だけ楽しんではいけない?とか。息子と遊んでて、笑えば笑うほど、、罪悪感がこみ上げてくる。思った以上に、私の精神状態はよくないのか?やりました!別居です!・・・なんてハツラツ報告ができると思っていたんですけどね~彼からのメールは、ありません。妹さんからのメールで状況は、聞けますけど。明日から、息子は新しいクラスです。先生も、お友達も、お部屋も変わるから、きっと息子も、びっくりどっきりでしょう。少しなれてきたら、二人でどこかに旅行しようと、思っています。私のカウンセリングも早めがよさそうですね。報告が遅くなりましたが。ひとまず、一歩踏み出しました。ご心配、励まし、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。今度は、心から笑える自分を目指して、いざ
2008年04月03日
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今日、無事に、彼が仕事を終了しました。荷物も運び出し。挨拶も済み。明日、実家へ戻ると言ったそうです。午後から二人で、話しあい。穏やか?がっくり?声はか細く・・・。「俺は、これからどうしたらいいんだ・・・?」と。なんでしょう?いままでの罵倒とか、私が傷ついてることなんかには、おかまいなしか?「俺は、かわいそうだよね」「俺だけしか、がんばってないよね」涙が止まらない私。同情の涙じゃない。私のことは?どんな気持ちですごしてきたかには、ちょっとも言葉がないのか・・・。勝手に我慢してたのは私かもしれないけど。一緒にいても、寂しかった。もちろん怖かった。これまでの人生で、一番不安な時期をせめて、怒らず当たらずいてくれたら。私は、あなたについていったかもしれないのに。いや、わからない。「俺は、どうしたらいい?」という問いに、言えたことは。「どうぞ、心も体も休めてください、 自分を受け止めてくれる人がいるところなら、 お義母さんと、妹さんなら きっと、あなたが何もしゃべらなくても 察して、休ませてくれるから。 ほかのところでは、あなたは、休まらないよ。 心がみたされれば、体もついてくる。 体がうごきだせば、心はもっと元気になるよ。 元気になれば、いろんな考えがでてくるから。 次にこれをしようとか、意欲がでてくるから。 まずは、自分のしたいことをするのがいい。 いっぱい寝る、おいしいものを食べる。 本を読む、映画をみる。 会いたい人に会う。 それを、することを、許してくれるところで。 思う存分してみるといいよ。 それをできるのは、あなたの生まれたところだと思うから。」その説明は、聞いてくれた。彼は、「じゃあ、やすむよ。」とだけ言った。確かに、あなたは、よく働いてくれた。感謝もしている。伝わってないんだろうなと思うと、悲しいですね。明日、出るのかな・・・。とても、複雑私の涙も、なぜだか、止まらないし。
2008年03月31日
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コメントいただいたみなさん、ありがとうございました。この日記にてお返事とさせてください。昨日、彼に再び、「離婚してくれ」と言われました。そして、「はい」と答えることができました。彼は、予想以外だったのか?はいと聞けてほっとしたのか?あれから、離婚について話を出しません。昨日は、「明日にでもハンコ押してくれ」って言ってたけど。今日は日曜日だし・・・。親権、決めないと。私はこれだけは譲りません。親権、子の姓を私の旧姓へ、いろんなこと、交渉しなくちゃいけませんね。これから。冷静でありながら。この冷静さが怖い・・・。悪魔になっちゃった・・・?感情に素直になったのか?しかし、心の奥から聞こえる声は、自分を信じなさい、行動しなさいばかり。だから、不思議と不安はない。それが、怖い。
2008年03月30日
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今朝、息子を起こすと称して息子が泣き泣きになるほど無表情で、体を揺さぶり続ける奴を見て。本当に、もういい・・・とおもった。お前こそ、どんなことがあっても、一人で苦労しろ。いや、苦労するべきだと。自分のこと以上に、他人を思いやることができるように、自力でなってください。もう、私は、いや。もしもにそなえて、手持ちのバックにいろいろ入れてます。ブログは、プリントアウトして削除するかもしれません。突然、読めなくなったらごめんなさいです。かならずカムバックしますので。同じタイトルで!大きめの大事なものは、実家に運びます。生活必需品は、そろえて車にいれて。いざとなったら、本当に必要なものって生身の体だけなんですよね。ま、でも、いちおう準備保育園には、事情をやんわり、私以外のお迎えはありませんからよろしくおねがいします。というつもりです。実家に、にげるんでは、父も母も弟も、踏み込まれても太刀打ちもできる体力が残ってないので、一時的に遠くへ家をでます・・・と書置きくらいしてったほうがいいでしょうか?今、すんごい泣いてるけど、もう、泣いてる暇なんかないでていかないんだったら。こっちが、でていけばいいだけの話し。あとは、法律、家裁で聞いてきます。
2008年03月26日
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毎週末の、話し合いは、ほぼ毎日になっています。ちょっと記憶がはっきりしないのですが。あの、備品の件は、家族に話し、「なんでも、好きなだけ持っていって役立てもらいましょう」と、なり、「どうぞ」と。まあ、ありがとうもないうえ。返事が遅いからと文句をいう始末・・・。それから、会社の仕事関係の集まりがあり、私が、会社代表でいくことになり、そのことでも、文句炸裂。行くっていわなきゃよかったけれど、まえまえから、ヤツも行きたいって言ってたから、ここは、仕事のうちだとおもって一緒にでかけました。車に一緒に乗るのなんて、どんだけぶりか?私は、あまりのヤツの不満げな態度に耐え切れず。実家の車を借りています。現在も、非難用にと。その集まりの帰り道。どっからそういう話しになったのか?コンビニの駐車場で、大爆発の旦那です。車のなか、密室、どえらい大声に、怒り狂う・・・。硬直です。「実家についてこないんだったら、 俺は、自分と一緒に苦労してくれる家族をつくるよ。 こないんだったら、離れている間に、新しい家族ができて、 お前がきたいっていったって、もう居場所はねえぞ。 どうすんだよ。 時間がねーんだよ。 離婚するって言え! 今すぐ言え! 今から、役所にいくからはんこおせ!」これ、全部、怒鳴りです。勢い?ほんね?どっちでもいいから、ハイっていわなくちゃ心の中で、今はんこ押していいのか?親権どっちにとか、記載しなきゃなんないのに。親権のこと、話し合ってないよ。私、親権だけは、わたさないけど。こんな、脅迫な感じで、いっちゃっていいのか~?と思ってるだけで、かたまって いるうちに息子お迎えの時間になって。じゃあ、続きは、帰ってから・・・。と旦那は、ぷりっぷりで帰宅。私は、お迎え。帰ってから、その続き?というよりは、いかに、私が妻としてできそこないかってことを説教・・・。俺の、言うことを理解できない、理解する努力をしない。お前とは、会話が続かない。もっと、合うやつはほかにいるはずだ。どうだ。これだけ言われたら、俺をいやになっただろう・・・。俺には、したいことがある。おれのために、がんばらないヤツに、金なんかやんない。お前は、自分で生きていけば?まあ、ようするに、離婚してくれるようです。私が、ハイを言えれば。弁護士さんに相談しないと~。私は、親権もらってはんこしようと思ってます。親権でもめたら、調停です。仕事は三月末で、エンドですが。自分の実家に戻ること、実家に言ってないらしく。「なんにもきまってねーよ。 お前のわがままのせいでな」怒ってます、ひたすら。こりゃいすわる?もう、限界だ。ハイって言わないと。ハイって言ったら、旦那どうなる?やっぱり、二人じゃあぶない気がする。仕事が終了したら、脱出の案は、どうでしょう?
2008年03月26日
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じゃんじゃん書いてます。最近、先に備えて弁護士さんに相談に行こうと、思っていました。親戚のかたが、心配くださり紹介してくださったのです。ちょうど、弁護士さんを探していましたので、ありがたく、連絡させていただこうと思ってます。・・・この、緊迫感の三月末時間がとれるか・・・?私。でも、専門的見解をもらわないと、太刀打ちできないので、なんとか、相談にいければとおもいます。そして、自分自身の心の回復のために、以前から行きたかったカウンセリングに行きたい・・・。この、依存関係をどうにか、健康な関係にもどせるものか?心では、無理だと、感じているけれども。彼の生きにくさを、なんとかしてあげることはできないかと。・・・あ。私は、旦那のことを彼と書けるようになったのか。と今思った。私と、彼の間に、一人の人間同士というラインをひけるようになった。いままでは、ラインがひけなかった。同化していた。彼自身の、責任まで勝手に背負い、自立を促さなかったのは、私。それが、夫婦なもんかとも思っていたし。彼が、生きていくことが、楽になればいいと思ってきた。不機嫌であれば、それを良くするのが私の仕事、う~ん、彼が社会でうまくやっていくための人間関係は私が作ってやればいいとか。思ってた。実際、できなかったけど。私がやることでもないことが、わかった。「共依存」自分をもっと知らなければならないと思っています。
2008年03月17日
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はい、日曜日の出来事です。朝起きたのは、昼近くでしたが、朝食けん昼食の、食卓から、話しあいスタート。備品の件は、2日間猶予をもらいました・・・ってか、昨日、そんなに意固地になるんだったらいらねーよ。どんなに、もっていっていいよって言われても、もう、もらってやんねーよ。って、いったのに、今日、備品の件どうなった?だって。しかも、明日までに、なんとかしろと。は?明日、実家の家族に話しますけどね。今日は、二日連続の怒鳴りなどに疲れた息子をねぎらいたくて、保育園をやすませました。かえってきた旦那は、なんでやすませた?お前の忙しさは、シラネーが、時間つくって俺を手伝ってくれればいいだろ。チンピラかな?で。ごめんなさい、話しを戻し。日曜日の朝は、「俺は、実家に帰ります。お前はどうする?」「私は、ここに残らせていただきます。」「俺を手伝う気はないのか?」「同じ場所で、あなたと働くつもりはありません、 同じ仕事をしたら、家庭は崩壊します。 だから、私は、お勤めで仕事をしたいです」「一緒に苦労するつもりはないんだな? 俺を支える気持ちはないんだな? だったら、お前はいらない・・・」「いらないよ」これは、私が待っていた言葉なのか?離婚しよう、と思っていた私が、欲しかったことば?「でていってくれ」これも、欲しかった言葉?いざとなったら、放心状態になった。「お前は、表にでたいんだろ? 支えるのは、いやなんだろ?」なんだか、私の心は、動揺してました。言葉が、でてこなかった。うんとも、すんとも。そうだとも、ちがうとも。「お互い、違う人生あゆめばいいだろ」勢いでいってるのか?本心か?かまをかけてる?自分が、物のように、いらないと言われた気がしたからかな。それは、それで、ショックであったり。自分の気持ちは、決まっていると思っていたのに、言葉がでないことにも、ショックでした。昨日は、そんなこんなで、放心状態でした。
2008年03月17日
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こんばんは・・・モラ旦那。あの手この手の毎日です。以前三月末で、仕事を辞めます!宣言をしました。そして、いそいそと、仕事場の片付けは始めてました。それが、明日にも完了するらしいです。おとといの土曜の夕飯から、長ーィ話しあいが始まりました。はじめは、うちの実家で使っていない備品をもったいないから、ください・・・ってことから。それは、私の一存では決められないです。の答えに。俺は、どんだけ苦労してやってきたか。 どんだけ安い給料で我慢してきたか。 この、苦痛に対して、気持ちはないのか?と、 感謝の言葉なんていらない。形で表せと。有給休暇は、六ヶ月働けばもらえるものだ!と資料をもってきた。備品の値段、必要な数などの資料も持ってきた。買えば、俺たちの借金になるんだぞ、俺たちが払えなくなったら、子供にふっかかり、お互いの両親にも迷惑がかかるんだぞ。これ、脅し?備品だって、こんなに数あったって死蔵だぞ。など。私は、数の問題ではなく、先代から代々受け継がれてきたものだし。使わないにせよ、そのものを使っていた先代が触れたものだというなにか、感慨深いものがあるので、個人的には、持っていってほしくないと、はなしたのですが。いいですよ、という言葉がでるまで、話しを聞かせるぞと、延々、6時間も。最後まで、うんとは言いませんでした。私。だって、本当に私の一存じゃきめられないのだから。いや~でも、やつの根性?はすごい。誰のせいで、金がたまらなかったんだよ、誰のために、いやいや働いたんだよ、この苦労を、みんな知ってんのかよ。俺は、この年で、家もない、金もない、誰のせいだ?私のせいです。と、あやまると。だったら、備品くれ!この繰り返し。そして、翌日へもちこすのです。
2008年03月17日
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こんばんは、私、復活いたしました。ご心配いただいてありがとうございます、すみません。ほぼ、みなさんへのお手紙みたいになってますね。こんなに間が、あいちゃってごめんなさいさあてモラ旦那さん、あいかわらずです。私、心療内科に行って薬を飲んでることももちろん言えなかったのですが、(俺のせいだって言いたいのか~と がつがつキレまくられるのは、想像ついてましたので)薬を飲んでいたはじめの一週間私は、そりゃあもう眠いは、気持ち悪いはでグデグデだったのですが。家事は、しっかりしないと!で、必死でも、うちの決まりごとは山のようにあるぐでぐででは、完璧なんて無理なんです・・・ま・いつも無理ですが。どっかんどっかんお風呂で、カランとシャワーの切り替えをカランに直し忘れた。それで、お風呂で、冷たいシャワーを浴びたぞ!!今日で、今週3回目だあ。二回は我慢して言わなかったのか・・・ともおもいましたが。すごかった。あの形相薬飲んでてよかった・・・その瞬間は思いました。ぼーっとしてたおかげで、真に受けずに済んだじゃ口の、切り替えが、カランになってないとモラ旦那は、自分が意地悪をされていると感じるんだそうです。「悪いけど、私も注意していても忘れてしまうの、 けして、意地悪をしたいからとやってるのではないのよ。 私だけのチェックだと、また水をかぶってしまうかもしれないから 本当に悪いけど、あなたも、使う前にいちど確認してもらえると ありがたいわ」と、言ってみたら。「お前。俺に、毎回チェックさせるのか? そんな手間をかけさせるのか? 私は気にならないから 気になるてめえで管理しろだと?」これ、すごい近くで、しかも大声で。息子も泣くって話ですよ。「申し訳ありませんでした・・・」土下座しちゃいました。さらに、翌日、私・・・またやっちゃって。「今日さ、蛇口みたよ・・・ またシャワーになってたよ・・・ 頭、どうなってんの・・・」これ、呪文みたいに5回くらい言うの。私が、ごめんなさいって言う言葉をさえぎるように何度も繰り返す様・・・「申し訳ございませんでした」土下座ですよ。私息子のウンチは、旦那がいない場所だとできることがわかりました。居たら、睨まれて、責められてでるものもでなかったんだね・・・。
2008年03月14日
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みなさーんおひさしぶりでした。なんとも、鬱の薬でぱったりめまいだ、吐き気だ、眠気だ、食欲減退だ・・・と薬の調整をしていただいたもののばったり・・・二週間続けた薬、やめちゃいました。先生ごめんなさいです。やめてみて、一週間、だいぶ戻ってきた感じです。先生も、これは、原因排除が、第一ですからね~とは言ってましたからね・・・すいません。ブログ書こうにも、目がちかちかしちゃって酔ってしまうのでなかなか向かえませんでした。まだ、本調子ではないので、これくらいでやめときます。モラ旦那は、モラ継続中・・・もっと、書きたいことあるんですが、もう少し休んでから書きマース。
2008年03月09日
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眠いんですけど、もう一本書いてみます。日記を書けずにいる間は、なんとかうちの連れ合いとうまくやる方法はないのか?なども考えておりました。同情もしたし、感謝もした。いろんなことがあったけど、過去におこってしまったことは、いまさら変えることはできないから。思い切って全部忘れてしまえば、許してしまえばやっていけるんだろうか、とか。忘れてしまえば・・・ね。うーん。過去のことを忘れたとしても。連れ合いの態度が変わっていったとしても。おんなじ部屋で寝ることはできないな。心の中を全部さらけだすことはできないな。三人で出かけることが、できないな。今の自分は・・・。そして、自分のこと。なんで、彼と結婚したんだろう。付き合いだすとき、付き合いだしてからと。順をおって考えてみた。そして、自分の生い立ちと、彼の生い立ちを考えた。私も、彼も、アダルトチルドレンであると、いきついた。そして、この夫婦関係は明らかに「共依存」なるほど、納得、そして、落胆してました。かみあっちゃったんです。私ら夫婦この関係を、もしそれぞれがちゃんと向き合えたら、健全な関係を築けるのか。どうなのか。アダルトチルドレン・・・彼が彼自身と向き合うことは、かなり大変な作業、自覚ないし、言ったら恐ろしいことになりそう。はい、今日は寝ますね~
2008年02月22日
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こんばんは。行ってきました心療内科に。行くまでの間、なんて説明したらいいのだろう?あなたは、なんでもないですよ・・・とかいわれたらどうしようとか。落ち着かなくて、挙動不審そのもの。待合室の、私をみたら、きっと普通じゃないってだれでも思うくらいの感じだったろうと、今なら思うのですけどね。先生、ちゃんと話を聞いてくれました。なにから話したのかよく覚えてないけど。三言目くらいから、ぼろぼろ泣き出してしまったので。質問と答えが、あわないことしばしば。自分の身長、体重をきかれてるのに、必死に、息子の身長を思い出そうとしてたり。あわあわでした。あちらの部屋で簡単なテストをしますとのことで、移動した部屋でも、涙ぼろぼろで。この人、大丈夫?って感じだったでしょう診断結果は、やっぱり?よかった。鬱です~先生は、暴言だけだって、立派なDVですよ。警察にいってもいいのです。今の状態では、二人でいてもどんな話し合いをしても物事が解決しませんから。専門の機関にすぐ~相談してください。と、なんだか、必死に言ってくださった。電話番号がたくさん書いてある紙をわたしながら。あとは、ちょこっと薬を出してくださいました。まだ飲んでませんけども。どばっと、話して、気が楽になって、よかったです。病名ついて、ほっとしたんです。なんででしょ・・・不思なものです。今日のモラが、すくないこともあるかな?ちょっと気持ちが落ち着いています。行ってよかったです
2008年02月22日
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もう、こんなに日が経ってる。なかなかブログを書くにもパワー不足でした。モラパワー加速?その加速を止めるためにと、極力、連れ合いのお怒りにふれないようになんだか、がんばっています。ま、どんなに気をつけていても、完璧にいくはずもなく。どっかんどっかん爆発します。さすがに、一時期は、よくなったかな?と思った私自身の体調にも、再び反応がでてきました。振るえちゃうんです。挙動不審連れ合いのそばにいなければ、大丈夫なんですが。原因を除去すれば、直るだろうとオモッってます。それまでの日々なんとか体さん、がんばって心さんも、どうか壊れないでで、ちょっと心療内科にいってみることにしました。ご報告いたしますね。
2008年02月21日
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今月の初めに、私が実家に泊まっているあいだに。連れ合いもなにかしらかんがえたのか?むしろ、流れですね。不便な生活と、孤独にさいなまれたのでしょう。いつもは、イライラをアパートで私が受け止めていたわけですから。その、サンドバックがない・・・職場でハジケタ。そして、自ら辞めることを宣言しました。これは、撤回はないと思います。さて、それからですが。連れ合いは、自分の実家へ帰ることとなります。とりあえず、単身で。ここから、私は、ものすごい罪悪感におそわれるようになりました。動悸がとまらない。人と目を合わせられない。座れない。落ち着かない。人の話を聞けない。不安と、連れ合いに対する罪悪感。私自身が、つらかったと思った事柄を思い出したくなくなり。連れ合いが、あのような悪態をとったのも、すべて私が、そうさせてしまったからだ。私がとってきた行動は、そのとき私ができる精一杯であったはずなのに。もっと、ちゃんと説明できていれば。もっと、連れ合いに優しくできていれば。もっと、がんばれれば。そうやって、自分を自分で追い詰めている。今思えば、連れ合いがでていくチャンスはたくさんあった。私が、うなずけば、そこで終われる瞬間は何度かあった。でも、そうしなかったのは、なにかのせいにして、私が、この連れ合いにしがみついていたからだと思う。依存心だと思う。一人で生きていくことへの不安。その不安、恐れ。それから逃れるためだったら、この態度にさえ我慢すればいいのではないか?と。子供に当たられても。自分らしさを、否定されても。私の親、兄弟を侮辱されて、どんなに悔しくても。ひとりで、生きていくよりいい・・・なんて。ばかげたこと。そこまでして、しがみついていたのは、私なんだ。エゴだ。これから、前に進むために、認めなければならないこと。
2008年02月10日
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おひさしぶりです。なんだかすっかり、滅入ってしまってブログにもむかえず今日になってしまいました。四日ぶり、というタイトル実は、四日ぶりにお風呂に入った・・・ということ。汚い、だらしない話しでごめんなさいしかも、服まで脱がずに、睡眠着替えては、いましたけども。あ、実は、前のブログの数日後にアパートに戻ってきました。なぜか?やっぱり、正直言うと、怖かったからです。「今日も帰ってこねーのか!」という言葉に負けちゃったんです。連れ合いのイライラが、バシバシ伝わってきた。そのイライラが、火の粉のように職場でも爆発して。これは、いけない。私、がんばんなきゃだで、戻りました。で、アパートに帰ってからですが。やはり数日は、結構きつかった。息子の便秘も、解消しなくて、病院で浣腸してもらっても出なかったり。毎日、浣腸してくださいって言われてて。でも、息子は嫌で泣き逃げ回る。連れ合いは、「いつまでやってんだ、めんどくせー、さっさとしろよ」と、睨み、部屋にこもる。三歳とはいえ、すごい力で振り切っていくのだから、毎回一人で、浣腸するのも、大変なんです。「できねーなら、医者にいけ」奮闘する私に、ちょこちょこと部屋からでてきて一言いって行く。毎回、泣く息子を前に、私にも涙が湧いてくる。情けない親子ですね。これから二人でやっていこうって親子がこんなんじゃね。だいぶ、疲れてるようです。私も。書きたいことは、いろいろあるのですが。まずは、養生します。寝ますね
2008年02月07日
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こんにちは、みなさんとのツナガリのおかげで、今日もがんばって、立っていられますありがとうございます~ほんとに。息子ですが、前日記の翌日から、高熱でもちろん保育園もお休みし、病院に通っています。ストレスもありますよね。まったく、すまない・・・息子夜も、咳が止まらず眠れなくてかわいそう・・・朝、連れ合いに息子の熱のことを話すと、「どうせ、うんちをさせねーから、熱でたんだろ」あちゃ、いうんじゃなかった?今の、この人には、何言ってもだめだな。ちゃんと、看病したいそう、強く思って。荷物まとめて、息子のおもちゃ山ほどもって。実家に帰ってきました。これは、私に帰れ~という暗示?この前日、私がもしこのアパートをでたら、もうここで寝ることはないような気がしていました。まだ、わからないのですけどね。そして、五日たち、息子の風邪もよくなってきた今。昨日の仕事終わりの、六時半連れ合いに、今日も実家に泊まります、と話にいったところ。そこから、夜中の11時半まで。とくとくと・・・説教です。離婚の話まで、出せなくても。別居の話までは、しなくちゃと思い。今の私の気持ちを正直にいうぞ1.価値観の違いが辛かった。2.実家の仕事を手伝ってくれたことへの感謝3・別居をしてほしい。これは、伝えました。が。伝わってるか?連れ合いは、自分は何も悪いことをしていない。ただ、実家のために?がんばっているのに。なんで、この給料?なんで、飼い殺しになってんの?ひたすら、これです。5時間中、四時間は、連れ合いがしゃべってました。今後の話でもなく。自分の反省はない。たぶん今日も、帰りません
2008年01月26日
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みなさん~前の日記のお返事コメントの前にすみません。父の介護でもばったばた連れ合いの精神状態も、かなり波がありもちろん大バトル連日、息子の前で、やってしまい息子の体調(胃腸関係ですね・・・便秘です)が良くなくて。一ヶ月ほど、続いてます。そして、息子の便秘は、お前のミスだと、目の前で、新聞紙を引き裂きながらどなる連れ合い。思わず、涙ミスってなんだ?そばで、「ママ、どうして毎日泣くの?」と息子ごめんね。野菜をもっと食べられる工夫しなくちゃね。牛乳もね。そして、もっと一緒に走り回ってあそびたいね。なにより、怒鳴りあってるパパとママの仲裁ばっかりさせて本当に、ごめんなさい。泣いてばかりで、ごめんなさい。ちょっとづつ、前より強くなってきたんだよ。もう少しだけ、時間をちょうだいね。みなさん、お返事もう少しお時間ください。
2008年01月19日
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