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あの大地震から2週間が過ぎました。
電気、水道、物資と、次々と復旧し、残すはガソリン不足のみとなりました。ようやく、家族も落ち着いてきました。
水道が出て大喜びで、久しぶりにゆっくり入浴でき、湯船で本など読む余裕も出てきたちょうどその頃です。余震とはいえないほどの大きな地震が来ました。
震度は5弱で、またもや棚からものが落ちてきて、茶だんすが斜めに移動し、みんなで外に避難しました。
それ以来、余震が恐ろしくて、またあのときの大地震がくるのではないかと、不安が私を支配するようになってしまいました。
とにかく、茨城は余震が多いのです。
余震のたびに、夜中でも飛び起きて、本棚を押さえたり、電気のコードを全部抜いたり・・・
心臓の鼓動が異様に大きく速く、このままではノイローゼになってしまうのではないかと、真剣に悩みました。
そんなある朝。新聞に、石巻のある小学校で100人ほどの生徒のうち、生存している子が30人しかいず、その小学校跡地で、わが子が遺した作文を読みながら号泣しているお母さんの写真が掲載されていました。
読んでいて、引き裂かれるような思いとはこういうことを言うんだと思うほど、悲しく、辛すぎる記事でした。涙が出て止まりませんでした。
そして、ちょうどその夜、石巻にうちと同じ震度5弱の余震が来たと、地震速報で知りました。
辛く悲しみに包まれた石巻の方たちまた大きい余震が襲ったのです。あの、泣いていたお母さんも怖かったんだろうな、でも、怖いなんて気持ちなど吹き飛んでしまってるかもしれないな、とか考えているうち、自分の弱さに気が付きました。
こんなに生活が安定してきたのに、余震だけに右往左往している場合じゃない、と目が覚めるような思いがしました。
心身ともにもっともっと過酷で辛い人たちが何十万といる。自分にとって、やらなければいけないことがあるんじゃないか。と、ようやくようやく思えるようになったのです。
今回、いろいろな方から励ましの電話をもらい、元気付けられました。
その恩返しに、被害のひどかった方への訪問、電話等、私のできるところからやっていこうと思いました。
小さなことしかできないけれど、被災地の一日も早い復興、そして、皆さんが早く元気になれるよう祈りつつ、がんばろうと決めました。
我が家に全国キャンプ場ガイドという本があります。それを見てキャンプ場を決めるものです。
その本が目に止まり、東北にもたくさんあるんだろうなと思いながらめくってみたら、岩手の陸前高田市の海沿いに、きちんと整備された緑のすばらしいキャンプ場が見つかりました。
ほんとにきれいなんです・・・・お客さんに快適なキャンプ生活をおくってもらおうという気持ちが、写真を見ているだけでわかりました。それを見てまたまた涙が出てきました。
三陸の大自然が早く元通りになって、また、優しい人たちが元気になって、すてきなキャンプ場や、漁港などが営めるようになることを強く強く念願する思いです。