ラストホープ 健康・美容かけ込み寺

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2026年05月29日
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カテゴリ: 健康・ダイエット

『「人間は暴力的にできている」のか?』

国会で静かに悪事を進行させるために、巨人の阿部監督の家庭内暴力が意図的にマスコミに大きく取り上げられました。「人間はしょせん暴力的な動物だ」。この手の言葉は、いかにも 深い真実 のように聞こえます。ニュースで、エプやトランプの行動や事件を見れば納得しやすいですし、歴史を振り返っても戦争や虐殺の記録は山ほどあります。

ですが、ここで一度立ち止まって考えたいと思います。本当に暴力が「本性」なら、私たちはもっと日常的に、もっと一直線に、破滅へ向かっているはずではないでしょうか。少しの口論がすぐ殺し合いに変わり、軽いいら立ちはそのまま致命的な攻撃へ雪崩れ込むはずです(これを権力者たちは「万人の万人に対する闘争」と呼んで笑っています)。ところが、現実はそこまで単純ではありません。



2026 年の興味深い論文では、 100 種の霊長類を比較した結果、軽い攻撃性と致死的な暴力は、同じレールの上を走る現象ではないことが示されました [1]

つまり、「ふだん小競り合いが多い種ほど、命を奪う暴力も多い」とは言えなかったのです。これはかなり重要です。暴力を、蛇口をひねれば水が出るような「単純な本能の延長」とみなす見方に、かなり大きな穴が開いたからです。日常のいざこざと、命を奪うレベルの暴力は、まったく異なるものということです。

この話をもっと分かりやすく言うなら、怒りは「火種」にはなっても、それだけで山火事にはなりません。火種のまわりに、乾いた枯れ草があり、強い風が吹き、逃げ場がなく、燃え広がる条件がそろって、はじめて大火になります。

暴力もそれに似ています。人間や動物の中に、競争や防衛や威嚇のための攻撃性があるのは確かでしょう。ですが、それが致死的暴力にまで育つかどうかは、関係性、資源の奪い合い、育った環境、社会のルール、ストレスの強さといった「外側の条件」に大きく左右されるのです。

2000 年の論文でも、霊長類の攻撃性は、昔ながらに言われてきたような単純な「反社会的本能」ではなく、競争や交渉のための道具として理解すべきだと論じられています [2] 。しかも面白いのは、霊長類の世界では、争いのあとに和解や修復の行動がしばしば見られることです。

関係を壊せない相手とは、ただ殴って終わりにはならないわけです。これはかなり示唆的です。攻撃性は「破壊の衝動」だけではなく、社会関係の中でブレーキや調整を受ける性質を持っているということだからです。言いかえれば、暴力を止める装置もまた、生き物の側に組み込まれているのです。

さらに、攻撃的行動に関連する環境要因として、児童虐待、貧困、幼少期のネグレクト、犯罪や反社会的行動にさらされる状況などが挙げられています [3] 。ここで見えてくるのは、暴力が「その人の中に最初から完成品として入っている」のではなく、環境によって増幅され、ゆがめられ、ときに固定化されるという構図です。

種の性質だけを見て「この生き物は暴力的だ」と断定するのは、種だけ見て森の火事を説明しようとするようなものです。本当に見るべきなのは、気温であり、湿度であり、風向きであり、周囲に何が積み上がっていたかです。

人間についても、同じことが言えます。移動型の狩猟採集民社会における致死的攻撃の多くは、戦争というより、個人的対立や家族間の争い、偶発的衝突として起きていたと報告されました [4] 。つまり、「人類は最初から戦争機械だった」というのは牽強付会(権力者の押し付け)に過ぎません。

さらに、人間の致死的暴力には進化的背景がありうる一方で、その水準は歴史の中で社会政治的な組織の変化とともに大きく変動してきたとされています [5] 。これは重要です。もし暴力が完全な宿命なら、時代によって大きく増減する説明がつきにくいからです。逆にいえば、社会のつくり方が変われば、暴力の出方も変わるのです。

チンパンジー属の致死的攻撃は、人間による攪乱だけでなく、資源や群れ同士の条件といった適応的な要因でよく説明されると報告されました [6] 。ここでも結論は同じです。暴力とは、単独の「悪い本能」の暴走ではありません。



どんな相手がいて、どれだけ資源が乏しく、どんな群れ構造があり、どれほど追い詰められているかという環境によって、表に出る行動が変わってくるのです。ナイフは台所では道具ですが、極限状態では凶器になります。問題は刃そのものだけではなく、それを握る「状況」のほうなのです。

ここまで見ると、「人間や動物は本質的に暴力的だ」という見方は、あまりに雑であり、誘導的です。実際、このような見方がて中世のヨーロッパで広められ、現在の人類社会を広く覆っています。現代の世界中で発生している暴力は、また新たらな暴力を生産させるだけです。



わたしたちは、 ヒトを暴力に追い込む環境である 幼少期の虐待を減らすことも、貧困を和らげることも、社会的孤立を減らすことも、資源をめぐる過剰な競争を抑えることも、ルールと信頼を整えることもできます。これを阻止することで意図的に「地獄絵」を作っているのは人工操作です。まさに現在の権力者たちは、自然の原理に逆らって自ら破滅する道を突き進んでいるのです。

参考文献

  1. Origins of violence: evolutionary decoupling between mild and lethal conspecific aggression in primates. Evolution Letters 2026, qrag002
  2. Primates–a natural heritage of conflict resolution. Science 2000, 289(5479), 586-590
  3. Study review of biological, social and environmental factors associated with aggressive behavior. Rev Bras Psiquiatr 2009, 31(Suppl 2), S77-S85
  4. Lethal aggression in mobile forager bands and implications for the origins of war. Science 2013, 341(6143), 270-273
  5. The phylogenetic roots of human lethal violence. Nature 2016, 538(7624), 233-237
  6. Lethal aggression in Pan is better explained by adaptive strategies than human impacts. Nature 2014, 513(7518), 414-417





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最終更新日  2026年05月29日 12時50分08秒コメント(0) | コメントを書く


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