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November 19, 2005
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テーマ: 洋楽(3625)
先週、テレビで音楽特集ということで毎晩音楽関係の番組をやっていた。昨日まで、ご紹介したBest Gig 20もその中の1つであったが、もう1つ印象に残ったものが“Who Killed The Rolling Stone?”という番組だ。


これは、初期ローリング・ストーンズのリーダーだったブライアン・ジョーンズの物語だ。ブライアンは当初バンドのリーダー的位置づけで音楽的な主導権を握っていたが、ミック・ジャガーとキース・リチャ―ズの2人にバンド運営のそれを奪われて、バンドからの脱退に追い込まれ、その直後にプールで変死してしまった。そして、その直後に行われたハイドパーク・コンサートは、急遽ブライアン追悼コンサートとなってしまった。


ブライアンがバンドの主導権を握られてしまったのは、彼に作曲能力がなかったからだ(と言われている)。デビュー当時、ストーンズはリズム・アンド・ブルースのカバーを中心に演奏しており、この種の音楽に精通していたブライアンは音楽的主導権を握っていた。しかし、ストーンズのマネージャーであったアンドリュー・ルーグ・オールダムは、ストーンズをビートルズのライバルに仕立てあげようと考えており、既に自分たちで作詞作曲をしていたビートルズに追いつくためには、バンドで作詞作曲を行わなくてはならないと考えた。そして、ミックとキースにそれをやらせた。ブライアンにはこの面での才能がなかったからである。ブライアン名義のアルバムは私の知る限りモロッコで彼が録音してきた音楽をレコード化したジャジューカだけであり、これはこれで素晴らしいが、彼自身の音楽ではない(個人的にはこのCD大好きです)。


確かにミックとキースはその後サティスファクションを初めとしてヒット作を連発して、オールダムの選択の正しさを証明したわけであるが、ブライアンはバンド内に居場所がなくなってきて、どんどんドラッグにはまり込んでいった。アルバムジャケットではDecember’s Childrenではブライアンが1人だけ座って孤立している形となっており、Flowersではブライアンの茎だけ葉っぱがない。


つづく





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Last updated  November 20, 2005 10:59:57 AM
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