「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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第十二章 家紋の定め
第12章 家紋の定め
「おお春日丸、心配しておったぞ。こちへ来よ」
手招きされたキジは、砂浜から一緒に帰って来た男の肩の上でたじろいだ。
「来いと言っているのが分からぬのか、春日丸!」
急に荒げた声にビクッとしたキジは男の肩を離れ、きらびやかな羽織をまとった主人の手元にある肘置きの上に降り立った。
「よしよし、一体どこへ行っていた。山か?それとも海か?」
今度は優しい声色だ。大きな手で力任せに頭を撫でられたキジは、首をすくめながらチラリと主人の顔を見た。この重厚な面持ちをした壮年の男が、ここら沿岸部一帯の領地を治めている大名である。
「私が見つけた時は、海の方から飛んで参りましたが」先ほどの男が答えた。
「そうか。お前は力が弱いから、そんな遠くまで飛んだら疲れたであろう。島の様子でも見てきたのか?どうであった、春日丸。わしに申してみよ」
問われたキジはギクリと体を強張らせた。
「この天下の大名、松方嘉昭の言うことが聞けぬのか?」
右頬を上げてニヤリと薄笑いを浮かべる主人に顔を近付けられ、キジは冷や汗が羽の下で流れているのを感じた。
「・・・お館様、それは無理かと存じ上げまする」再び男が答えた。
「枝川、冗談じゃ。そちは相変わらず堅物じゃのう」
松方は軽く鼻で笑いながらクシャクシャとキジの羽を触り、枝川という名の男はかしこまって頭を下げた。
すると襖の外から声がかかり、一人の男が入ってきた。
「お館様、ご報告つかまつる。おや、枝川殿もおいでであったか」
枝川は一礼し、座をはずそうと腰を上げかけたが、松方に制止された。
「おぬしも聞いておけ。それで堀田、島は落としたか」
「海賊島は、もはやお館様の懐にあるも同然で御座います。しかし、肝心の首領らを捕り逃がしまして、現在は船で沖の方へ向かっているかと」
「金蔵はどうした」
「ウメという幼い娘を人質に捕って、島に留まっているようであります」
「首領に娘がいたのか!?」松方は身を乗り出した。
「いえ、与助という八百屋をしている男の娘でして・・・」
「なんじゃ。あの男も、威勢良く寝返って来たわりに大して役に立たんのう、ガハハハ」
堀田は、笑う松方に合わせて苦笑いをしながら隣を見た。枝川は固い表情のままである。続けて松方は口を開いた。
「まぁ良い。島さえこちらのものになれば、首領を仕留めるのも後は時間の問題であろう。いくら向こうは海戦に慣れた海賊だといっても、所詮は船の上じゃ。いずれ兵糧も尽きる。陸に引き寄せれば、我らの優勢は間違いない。春日丸、そうであろう?」
突然ふられたキジはビクッと体を揺らし、急いでコクコクと首を縦に振った。
「そうかそうか、春日丸もそう思うか!」
松方は気を良くして、再びキジの頭を力任せに撫でまくる。
「そうじゃ。しばらく経ったら、島に桃の苗木でもたんと植えようかのう。わしは、あの桃の味が忘れられん」
「お館様、枝川殿の前でそんな・・・」堀田が口を濁しながら言ったが、松方は気にせず続けて言った。
「百子の作る桃は美味かった。それに、美しいおなごじゃった。早くに亡くなってしもうて不憫じゃのお。なあ、枝川」
キジは首をかしげながら枝川の方を見た。枝川は表情を変えていないものの、膝の上には固くこぶしが握られている。
その時、枝川の腰に差している刀がキジの目に映った。
「ウケッ!」
「春日丸、突然変な声を出してどうしたのじゃ」
キジは目を丸くしたまま固まっていたが、急にハッとして視線を逸らし、もう一度こわごわ目をやった。枝川の刀の柄に付いている紋所に、桃の印が描かれているのがはっきりと見えた。
目を覚ました桃太郎は、一人船頭に立った。三日月が見えるが、空は白ばんできている。もうすぐ日の出だ。見張り役の者以外はまだ皆眠っている。昨日の疲れが溜まっているのだろう。桃太郎は、昨日のことを思い出した。たった一日の間に、本当に色々なことがあった。まず、両親に見送られて家を出た。犬にきびだんごをやったら喋りだした。謎の女、ランと再会した。猿にきびだんごを食べられた。海賊島を出て、鬼ヶ島へ行った。猿を盗んだキジにきびだんごをやった。鬼ヶ島の長に会った。海賊島の危機を知って、鬼ヶ島から逃げ出した。そして、海賊島からも。
自分たちの置かれた状況を考えればまだ安心するのは早いということは十分承知なのだが、今の自分に安堵した気持ちが全く無いといえば嘘になる。桃太郎はそう思った。昨日別れたはずの親父が、同じ船の上で大きないびきをかいて眠っている。刀も持てないくせに、風貌ばかり強剛な親父だ。しかし、いるのといないのとではやっぱり違う。もう勝手に一人前のつもりで、昨日一日がむしゃらに動きまくったけれど、14歳の自分はまだまだ子供だ。今、こうして親父と一緒にいられることは、実はとても幸せなことなのかもしれない。しかし、こんな時が長くは続かないという嫌な予感もする。ふと、親父の作ってくれたきびだんごをまだ自分が食べていないことに桃太郎は気が付いた。腰につけた袋を上から手で触れる。まだまだ中身はあるようだ。出発した時、これが一番重たい荷物だったのだからそれも当然だろう。一つ、自分も試しに食べてみようかなと桃太郎は、桃の印が表に施された袋の中に手を入れた。
「おい。きびだんごは大事にしろよ」ふりかえると首領が立っていた。
「起きたのかよ」
「きびだんごを甘く見るな」
「分かってる」
「父さんなんかは、そのきびだんごのおかげで」
「だからぁ~その話は何べんも聞いたって!それより、これからどこに行くつもりなんだよ。ここは確かに今のところ安全だけど、ずっと沖に船を浮かせてても仕方ないだろ」
「そうだなぁ。じゃあ、鬼ヶ島に行くか。」
「はああ!?俺、今そこから逃げて来たんだぞ!?」
「お前が逃げるのがいけないんだろうが」
ため息をついて桃太郎は座り込んだ。その時――――
ピューーッッ!!!
耳をつんざく甲高い音が海に鳴り響いた。桃太郎は驚いて立ち上がり、辺りを見回した。船に乗っている他の者も皆それぞれ目を覚まし、どよめいている。
「!?」桃太郎はあんぐりと口を開けたまま、海賊島の方角へと目を凝らした。赤く細い狼煙が立ち上っているのが微かに見える。
「鏑矢だ。もう、陸へ向かうしかない」隣にいた首領が、覚悟を決めたかのようにつぶやいた。
「どういうことだよ、それ!?」桃太郎は、心なしか青ざめている首領の顔を見つめた。
第12章 完
第十三章へつづく
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