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2013.08.20
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カテゴリ: カテゴリ未分類
そんな私を見て、父は「おばさん」と別れて札幌に出ると決めた。
その時に父の言った言葉は「お前の為に彼女と別れる事になった」と
言ったのである。
その時の私は、母の亡くなった土地から去る事の悲しさと、
可愛がってくれた祖母に申し訳ない気持ちもあったが、
自分の中に生きている母を大切に思う気持ちから、
「おばさん」と暮らす事は、嫌であったので複雑な気持であった。
父は母の位牌を祖母に預けて、夕張の地を離れた。
その頃の夕張は石炭の最盛期も終わり近づいていた。

家計の足しになればと思い、朝夕刊の配達や勧誘を行った。
だが、それも短期間であった。
またもや別な女性が家に入って来た。
それも私との歳の差があまりない人であった。
私は中学生に成っていたので、父兄会に、その女性が来ると
周りの生徒たちが、「お前の姉さんか?」と言う位の年代であった。
私は返答に困って、何も答えなかった。
その頃でも私の中には亡き母の面影しかないし、その女性を
母とは呼べなかった。(弟妹たちは「かあさん」と呼んでいたが
私は「おばさん」としか呼ばなかった)
その女性は悪い人ではなかったし、私達兄妹に尽くしてくれたが

そして父に対して反抗を繰り返すようになって行った。
家出を繰り返し、食べる為に盗みもした。
ある時は函館まで行って、本州に渡ろうとして青函連絡船で
捕まった事があり、札幌までの護送中に急行列車の便所の窓から
逃走しようとして飛び降りた。

私は飛び降りた途端に風速で気を失い、後の事は覚えていなかった。
気が付いた時は病室に居たのである。
その時の傷が今でも頭にある。
頭を30針縫うほどであり、前歯も欠けてしまっていた。
誰もが列車に、よく巻き込まれなかったと言っていたくらいであったし
新聞にも載るほどであったので、助かったのは
奇跡的だったのかも知れない。
だが私は抜糸もしないで、病院から抜け出していた。
それは父の暴力が怖かったからなのである。
家に戻ったたら、自分でも死ぬのでは無いかと思う位の折檻が
待っている恐怖が先に立ち、逃げ出していたのである。
だが、それも長くは続かなかった。
警察に捕まり、家に戻されたが、父からの折檻はなかったが
私は反抗して、またもや家出を行い警察に捕まり、家に帰されたが
そこには死に近い折檻が待っていた。
バットで殴られ自分は死ぬのではないかと思う位の状態で
父に警察に連れて行かれた。
その時に警察官が言った「良く死ななかった」と言う
言葉が私に注がれた。
私は父から離れられた安堵感と、暴力の恐怖心から解放された
気持ちになっていた。





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Last updated  2013.08.20 13:23:27
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