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2016.06.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今年も母の命日月が来たので、毎年の恒例である
私の生まれ故郷の函館に行く。

幾度も書いているが、私は母を愛していたし、尊敬していた。
だから母との思い出深い、函館に命日月に毎年帰る。

毎年貧乏旅行であるが、母との思い出を求めているのであろう。
私が小学6年の始めに、夕張で母は亡くなったが、
何故か、母が生まれ育った函館での、母との思い出が残っている。

私は、函館で生まれて4歳位までしか居なかったが、
私が幼児洗礼を受けた、函館カトリック教会や、

教会の日曜学校での出来事を忘れる事が出来ない。

幼児洗礼は、生まれたばかりに受けているが、
口に含まれた洗礼水を吐き出した事や、母が日曜日に教会に行く時に
私が教会の日曜学校で遊んだ事や、
母が添い寝して雷が鳴り、それを脅かしで私に言った言葉等を
今でも鮮明に覚えている。

まだ1~2歳の頃の事であるが、それが母との思い出として
残り続けているのである。

母から、人に対する労わりや優しさを学んだ部分が大きい。
母は馬鹿が付くほど、お人好しであったが、
それは母の育った環境も良かった部分もあるが

私達兄妹には食べさせてくれたし、家は貧しかったが
他人を思いやる気持ちを持ち続ける人であった。

また、父が病弱であり、私達家族の為に母は働き、
それを苦にせず、頑張って居る母であり、
何処から、あの様な力が湧きでるのか


母の育ちは裕福な家庭であり、カトリック系の女学校を出て
カトリック信者に成り、母の三姉妹も同じ道を歩んだ。

私はそんな母を尊敬していたのであり、私は早く大人になり
母を助けたいと思っていた。

今の私は、母の亡くなった年齢の倍に成ってしまったが
それでも母との思い出を大切にしたいと思って
毎年、函館に行き、洗礼を受けた教会に行く。

函館から帰って来たら、また新たな自分を作ろうと思う。





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Last updated  2016.06.01 06:34:57
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