【東寺五重塔の勉強】
・国宝。
東寺の他の建物の国宝は、
金堂~慶長8年(1603年)、豊臣秀頼の寄進、奉行は片桐且元。
大師堂(御影堂)~1300年代の再建
蓮花門~鎌倉時代再建の八脚門
観智院客殿 - 慶長11年(1606年)の建立。
重要文化財の建造物は
講堂・慶賀門・東大門・南大門・北大門・北総門・宝蔵・灌頂院、同北門、同東門・五重小塔
・空海が嵯峨天皇から東寺を勅賜されたとき、塔はまだ建ってなかった。
・天長3年(826)空海が創建着手したが、御神木事件などで竣工は遅れた。
御神木事件とは、時の天皇・淳和天皇が病に臥したのは、
東寺造営用の木材を稲荷山から神木を伐り出したことによる祟りとされた。
このため稲荷大明神に位を授け、東寺と伏見稲荷大社の間に御旅所が造られた。
ようやく元慶7年(883)に竣工。
天喜3年(1055)焼亡。応徳3年(1086)再建
文永7年(1270)焼亡。永仁元年(1293)再建
永禄6年(1563)焼亡。文禄3年(1594)再建
寛永12年(1653)焼亡、寛永12年(1644)再建。
徳川家光が寄進。五代目。3年の歳月をかけて再建。棟梁は近江蒲生郡の
大工頭「高木作右衛門」
・高さ55メートル。現存五重塔で高さ日本一。2位は奈良興福寺(50.8m)、
3位法観寺(八坂の塔)(38.8m)
最古は法隆寺(34m)、最美は醍醐寺(38m)
京都タワー131m、京都ホテル60m、京都駅ビル59.5m。
相輪は15m。下から、露盤、伏鉢(ふくはち)、受花、九輪、水煙、竜舎、宝珠。
相輪(写真は東寺の五重塔ではない)。「受花」が「請花」となっている。
出典~http://blogs.yahoo.co.jp/kassy1946/52927953.html
・塔とは、古代インドのサンスクリット語のストウバが語源。
中国に伝わり、ソトバ、トウバになり、日本に伝わって「塔」になった。
・本来は釈迦如来の遺骨、仏舎利をおさめるためのもの。すなわちお墓。遠くから拝めるよう、
高くしたもの。
・中心の一本の四角い柱は「心柱」という。大黒柱ではなく、内部の構造とは独立。
従って柱を抜いても倒れることはない。塔の上の相輪を支える目的のもの。
各層が乾燥で収縮するが、独立した心柱はあまり収縮しない。
そのズレを直すため、元禄5年(1692)に一尺五寸(約50センチ)ほど心柱を切り下げたため、
須弥壇下の心柱の彩色が少しずれている。
・地震では倒壊したことがない。一体構造に見えるが、一層の建物を五段に積み木のように
積み上げ。
柱は各層で分かれていて、地震のときに各層ごと互い違いに揺れ動き、倒れる力より、
元に戻る力のほうが強く働く構造。いわゆる「柔構造」

・心柱を大日如来に見立て、その周囲の須弥壇上に4つの如来(下記)。合わせて五智如来。
阿シュク如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来。
(シュクは門ガマエに人3つ)
・四隅の柱の脇に、八大菩薩
普賢、文殊、観音、地蔵、弥勒、虚空蔵、金剛蔵、除蓋障
・現在は剥落しているが、須弥壇の回りの四天柱には金剛界曼荼羅諸尊が描かれている。
・壁面に「真言八祖像」
龍猛菩薩、龍智菩薩、金剛智三蔵、不空三蔵、善無畏、一行禅師、恵果阿闍梨、弘法大師
・その下段には蓮池が描かれている。
・四方の扉の内面に護法八方天が描かれている。
扉の左右の柱には仏法を守る、八体の「龍神」が描かれている。
護法八方天
帝釈天(東)、火天(東南)、焔摩天(南)、羅刹天(西南)
水天(西)、風天(西北)、毘沙門天(北)伊舎那天(東北)
・天井は折上小組格天井。
・長押等にも全面にわたって極彩色の文様装飾。
初層内部
出典~http://www.asahi.com/and_M/information/OSK201310010032.html
・外側一層めの屋根廂柱間の四隅の「邪鬼」は天邪鬼(あまのじゃく)。
人の言うことの反対をする、人に反発するという性質を利用し、邪鬼の反発する力で初層の
屋根を支える。
当時の匠の洒落かもしれないと伝わる。
邪鬼
出典~http://members.jcom.home.ne.jp/okamoto.n/kotou/kinki/kyoto/toji/toji2.html

(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)
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