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昨夏、携帯電話会社を変えた際、うっかりPWを忘れてしまいまして・・。久しぶりのログインとなりました。みなさまごきげんいかがでしょうか。娘が亡くなって早四年が経ちました。年月のみが過ぎていく中で、夫婦でつつがなく過ごしています。まあ、とりあえず元気です。
2015年04月22日
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オレンジの会社から黄色と黒と白の会社に引越完了〓メアドを知ってる方は@以下の変更をお願いします~
2014年07月20日
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2005年3月に拾った福猫らっきは本日、なくなりました。 推定13歳。 冥福を祈ります。 らっきありがとう! 写真は4月下旬に帰省したときのもの。
2014年05月12日
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バタバタと年度末が過ぎ行く中、娘のお誕生日をお祝いしました。 今年は3月3日は仕事で忙しく割愛し、 まとめてお祝いです。 書くとしんみりしてしまうし、かといって書かないと可哀想な気がして…。 今年は娘の誕生日の3月28日に桜の開花宣言。 その桜が今朝、満開に近づいているのに後押しされて更新します。 パンダ雛人形は母から教わったうずらの卵の顔をめんどくさがった私のアレンジ。 娘用に小さめです。 卵焼きは薄焼きにして片面焼きで、 表と裏で質感が違うのが意外にかわいい(^w^) ちなみに、ケーキは夫作。 スポンジを焼くところからこだわったものの、 途中までは膨らんだけど、最後にしぼんだという定番の落ち。 テレビで見たスノーマウンテンに切り替えたそう。 相変わらずのスゴワザを見せるパパ。 シュークリームよりスポンジの方が難しいようです。
2014年03月28日
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三回忌になります。 転院した病院は食べ物に関しては緩かったので、 娘は悔いなく大好きな生バナナやいちごを移植からまもない時期でも食べることができました。 ただ、住環境に関しては厳しくて、娘のベッドの中で添い寝はできませんでした。 まだ2歳になったばかりで病院に入院して、完全看護だからと、 14時から19時の間だけしか会えず、夫に寂しかった~と言っていたそうです。 看護師さんや先生達に可愛がられまくって、私以上に看護師さんの名前を覚えていた娘。 いつでも笑顔で歌を歌って、しろくまちゃんのホットケーキやはらぺこあおむしを暗誦して、 寂しさを紛らわせていたのかもしれません。 転院先の住環境で残念なところは付き添いは一人だけと決まっていて、 親子三人で過ごせたのは2ヶ月の入院生活の中で最初と最期の日だけでした。 そんな中で、亡くなる3日前に病院の横のファミリーハウスで 七段のお雛様を飾り、私の母がケーキの土台を焼き、 娘と一緒に飾りつけをして、身内が全員集まったとき、 本当に楽しそうでした。 すでに肺に転移があり肺に水がたまって、酸素マスクをしていましたが、 帰るときまで笑顔でした。 泣いたのは一回だけ。 「ここでねんねする~!」といって帰るコールをしたのに駄々をこねました。 病気になってから半年以上も会えなかったおじいちゃん、おばあちゃんず、おじさん、おばさんずに会えて、 本当に楽しかったんだろうと思います。 家のように過ごしながら治療が受けられたらいいなを実現してくれる チャイルド・ケモ・ハウスを応援するのはそれがきっかけです。
2014年01月31日
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決勝の再試合で準優勝となった時からずっとさりげに見守ってきた田中将大投手。 リーグ戦無敗の大記録と共に、 最弱と呼ばれた楽天の日本一。 素晴らしいですo(^-^)o 両チーム共に本来ではありえないような守備ミスも見られたのですが、 投げるも打つも守るも走るも良しな、 素人目にもいい試合だったと思いました。 11月2日の試合では残念ながら黒星でしたが、 翌11月3日の最終回を三振で締めくくり文字通り有終の美を飾りました。 球団の引き留めは必至と思われますが、 田中投手のメジャーへの挑戦と 上原投手のような飛躍を願ってやみません。 雨の降る中のスタジアムと周辺で観戦したファンの皆様、巨人を含む選手の皆様、お疲れさまでした!
2013年11月04日
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今日は不思議なほど縁がある日でした。 朝、実家に帰省して私鉄電車の中で結婚前に上司だった方に会い、 詳しくお伝えしてなかった娘が小児がんで亡くなったことを伝えました。 その後、目的地に着き、一仕事終えた後、初めて会うのに初めてでないような子を亡くして間もない方に会い、握手をして別れました。 夫が楽しみにしていたイベントで酒をたしなみ、普通電車で帰宅するために移動していると、 いつも仲良くしてくれている九州のマンションのときからのお友達とお子さんが同じ電車の隣り合う車両にいるという不思議な巡り合わせ。 先ほどまで一緒に食事をして遊んでいました。こんな日もあるんですね。 上司には知らせたことで悲しい思いをさせてしまったけど、 新しく知り合った人とは互いに悲しみを分かち合う思いができました。 そして、いつも困ったときに勇気づけてくれる友人とお子さん達が悲しみを和らげてくれました。 昔から私はひどく困難で辛いことがあっても必ずそこから救いのように人から優しくしてもらえる幸せ者であることを今日は思い出させてくれるほどいい日でした。 感謝
2013年06月01日
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3月28日は娘の誕生日でした。 私が出かけている間に夫が娘の好物のピザとケーキを手作りしてくれました。 ケーキはスポンジから作成(??????@) バターまで買ってかなり本格的に作ったようです。 生まれてきてくれてありがとうと二人でお祝いしました。
2013年03月28日
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小児がんの治療の中の私の日常は、昼にシャワーを浴びる。 車で病院に向かい14時から19時まで滞在。 帰りにすいてるスーパーで買い物をして、帰宅時にシャワーを浴びる。 洗濯物は外に干さず乾燥機を夜のうちにすませる。 といった形で外の菌を持ち込まないようにきをつかってました。 娘は最初の病院で毎日看護師さんと仲良くしてもらい、 はたからみたら楽しく過ごしているようでした。 大好きなチョコレートを食べたいということは病院では一切なく、 私達が帰るときも『看護師さんとねんねする』といってました。 けれど、転院先の病院に行ったとたん、『チョコレート~食べたい~!』と夜中に泣き叫び(大声…しかも四人の大部屋) 24時間付き添いになたたとたん、『ママ、外いっちゃダメ』とワガママ放題。 大変な反面、私達はずいぶん娘に我慢させてしまったのだなと思いました。 転院してからは2時間以内で加熱調理したものなら食べさせていいとのことで、 ピザやホットケーキを作って食べさせてました。 それだけでも私達には夢のようでしたが、この春から 家族が一緒に住みながら、患児は治療を受けることができる夢の家が神戸で始まります。 チャイルド・ケモ・ハウス www.kemohouse.jp/ 規定の病院ではできないことが多く、寄付で成り立つことを目標としています。 小児がん以外にも病気が稀少すぎて、小児慢性特定疾患と認定されない人もいる中で、 ワガママいっていいのかなと思うこともあります。 東日本大震災で関西に避難し小児がん治療を受けたというお母さんに会ったことを思い出し、 被災により治療や看病が困難になった人にも必要なのかもしれないと思えるようになりました。 よかったらホームページをご覧ください。 娘の一周忌の翌日、チャイルド・ケモ・ハウスのでき具合を見に行った際に取材を受け、 関西のテレビに少し娘の姿が放映されました。
2013年02月15日
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早いもので今日は娘の一周忌です。 京都のお寺に納骨したので私達夫婦と私の両親と妹達とで行きます。 小児がんの神経芽腫が2才になったとたんの一昨年の4月にわかって、 抗がん剤治療を頑張っていたのに、投薬中に転移が発覚し、 治療法がなくなり、藁にすがる思いで親子間移植もしました。 その際には一時、悪性腫瘍マーカーの値が今までになく下がり、光明が見えた直後に、 リンパ節が腫れ、新たな転移がわかり、望みがなくなってから10日で娘は旅立ってしまいました。 幸いにというべきかわからないけど、元気に病気になって、 ママ、ママと大きな声で呼んでくれてから私の腕の中で息を引き取りました。 亡くなったときに娘がどんな服を着ていたのか夫も私も思い出せません。 母や妹達がくれた服を着せて病院で化粧をしてもらったときからの様子は思い出せるのに。 亡くなる3日前に家族みんなで集まり、2か月早いお雛祭とお誕生日をして 一緒にケーキを作り、イチゴをぱくつき、本当に元気な姿を見せてくれた直後でした。 入院中もいつも笑顔で歌ってた娘、絵本を読むと暗誦してしまって先を急かした娘を誇らしく思います。 だから、私も普段は笑ってます。娘を見習って。今日はかなり頑張らないと難しいみたい。 週末まで関西にいる予定です。
2013年01月31日
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長らくブログをお留守にしてました。 ふさぎこんでいたわけではなく、書くほどまとめる気力がない感じ。 3月 順天堂大学病院の小児がん講座(東京) 娘の四十九日(大阪) 大阪の友達と遊ぶ 4月 夫の祖母の四十九日(九州) 九州の友達と遊ぶ 夫の誕生日&甲子園観戦(関西) 私の誕生日(関西) 娘の納骨(関西) 大阪の友達と遊ぶ 5月 旭山動物園&札幌 ビールとカニ食い道楽(北海道) 高校1年の同窓会(東京) 皆既日食 山中県の友達とランチ 6月 母の自宅訪問&大掃除 小児がんの講座 がんの子どもを守る会の年次総会 山中県の友達と遊ぶ 関西の実家に帰省中 忙しいとはいえないけどまた住所不定な生活です。 携帯ゲームをしたり、テレビドラマを見たりインドアライフすぎるかも。 ようやく私のなしうることも定まり、動き出してるとこです。 娘の神経芽腫の治療の総まとめを夏から始めていこうかなと考えてます。
2012年06月24日
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6日の夜は前に住んでいたマンションの近所の焼鳥屋さんで夕食。 おいしかった~。 夜食に駅前の屋台のとんこつラーメン。これははずれかな。 駅前のホテルに泊まり、翌朝食はホテルのごはん。 昼は地元でもおいしいと評判の回転寿司だけどほぼ目の前で握って出してくれるとこ。 酢飯の量が少なめで幸せ。 その後、新幹線で夫の実家へ。 食道楽三昧でした。
2012年04月09日
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このお花をくれたママ友さん達のうち、今、おうちにいて、 実家帰省中や旅行中でないお二人に会うことができました。 娘と誕生日が近い女の子ママMさんの新居にお邪魔しました。 最寄り私鉄駅までお迎えに来てもらい周辺の変わったとこなど教えてもらいながら、素敵なお宅に到着。 ほぼ同時に一度お出かけ先から自宅で二人目くんにミルクをあげた妊娠中からのママ友Tさんが到着。 みんなで新しいおうちにお邪魔しました。 Tさんのお土産のイチゴ、Mさんのおもてなしのロールケーキ。 私の東京土産のスカイツリーキットカットオレンジ味。 10か月の二番目くんがにこにこでだっこさせてくれるから 大人三人に子ども三人でちょうど釣り合いました。 3歳児二人をTさんがみながら、Mさんがお茶の支度をして、 私が赤ちゃん担当でワイワイして楽しく過ごせました。
2012年04月07日
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桜と菜の花が満開の懐かしの地に戻ってきました。 結婚して初めて住んだマンションのお友達に送迎をお願いして とんこつラーメンを食べに連れていってもらい、 大好きだったケーキ屋さんにホールケーキを配達してもらい、 娘の写真をみながら話をしたり私の思い出話をしてたら、 あっというまに時間が経ってしまいました。 今、九州のママ友達がいる地へ向かっています。
2012年04月06日
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大学の後輩から届きました。 彼女のお子さんは娘と同じ出産予定日でしたが、2ヶ月も早く生まれ、 先天的に欠損していたところがある中で乗り越え、手術も終えた頑張り屋さんでした。 ただ、現在の医療の限界で最善を尽くしても天に還ってしまいました。 そんな後だったのに娘のことをすごくかわいがってくれた二人。 二人が笑顔でだっこしてる娘の写真があります。 私が比較的落ち着いていられるのも彼女達が頑張ってる姿を知ってるから。 今、彼女の腕の中には乳飲み子がいます。 また早く生まれたと聞き心配してましたが、元気に発育中。 彼女が後輩で先輩なのにはこんなわけがあったのでした。 今頃は天で私達の娘同士が仲良く遊んでいるかもしれません。
2012年04月04日
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妊娠前からのブログ仲間の方からいただきました。 彼女も身内を亡くして間がないのに私を心配してくれて。 元気な男の子二人のいつも元気をくれる人です。 また会いに行きます。
2012年04月04日
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カラーボックスの二段目くらいまで高さのある花が届きました。 すごく花持ちがよく今もまだ一部きれいに咲いてます。 ありがとうございます。 なんと七人のママ達からです。 妊娠前からのお隣さんが一人。 妊娠中からのお友達二人。 産後仲良くなったお友達が四人。うち娘とお誕生日が近いお友達が二人。 そんなことを思いだしてたら物思いに耽ってしまいました。 週末、九州に里帰り予定。 とんこつラーメンを食べて、以前住んでいたとこに行って、焼き豚足食べて、ぱわわっぷしてきます。
2012年04月04日
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幼稚園にはお誕生日祝いにしてもらいました。 幼稚園の園服姿はほとんど残してないので貴重です。 かわいいお花の他に文旦ももらいました。
2012年03月28日
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高校の友人からです。 木の皮の花は石鹸みたいな香りがあります。 いろいろかわいいものがいっぱいです。
2012年03月28日
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バタバタとでかけたため紹介が遅れた熊さん。 プリザーブドフラワーなのでずっと楽しめます。 ピンクの熊ちゃん たぶんぎゅっとするはず。
2012年03月28日
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娘と同じ神経芽腫の子が寛解(腫瘍が抑えられ正常範囲内にはいること)になって 退院して早くも1か月以上が経つ。 幹細胞移植の中でも特別な機械を外国から取り寄せて NK細胞だけを移植する場合、移植による拒絶反応が低く、効果が高いという。 副作用も軽く、再発した骨転移などもきれいに消えたそう。 これは移植だけの効果ではないかもしれないけど、 通常、神経芽腫の再発となると打つ手がほんとに限られてくる。 専門用語でいうと3座不一致、ハプロ移植という。 骨髄移植は一致していても大変というイメージがあった。 それは90年代までの免疫抑制剤や副作用を抑える支援薬がない時代のもので 今とは違うと聞かされても始まる前は信じがたかった。 骨髄移植はなんでもないとまでは言わないけれど、 少しだけどホットケーキにはまって毎日カリカリに焼くよう言われたり、 ペロペロキャンディをガリガリ何本も食べるのにはまったり、 キリンの無糖の紅茶でないと泣いたり、 ピザや焼きそばのUFOのソースなしばかり食べたり およそ世間の小児がんや移植のイメージを覆すほど食べたい意欲が旺盛でした。 食べる量はもちろんほんの少しだったけど。 亡くなる10日前に白血球数が増加して生物も一部解禁になり バナナを一本ばくばく食べたり、イチゴのショートケーキを食べたがるくせに ワンピースではだめでホールならイチゴだけ食べるという 食いしん坊の娘の誕生日はもうすぐです。 再発した神経芽腫の治療の一つとして幹細胞移植が有効だと証明されるまでに後5年はかかります。 娘と仲良く遊んでくれた子の神経芽腫が治ると信じています。
2012年03月27日
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そこは雪国でした。 次にトンネルを抜けると ただの冬から春への田園風景。 さらに目的地に近づくと 霰が窓を鳴らし 目的地に着いたら晴れ間が見えました。 今日は祖母のお見舞いで福井県にいます。
2012年03月25日
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長いような早いような不思議な時は過ぎ、春になろうとしています お寺で1日早く法事をしました。 娘の出産予定日だったし、日曜日だったしということで。 ななつまでは神のうち 小さい子どもを亡くした家族の気持ちを和らげる考えにしたがって あまり悲しみすぎずに進むことにします。 たくさんの花に囲まれて。 左は赤ちゃん講座のお友達二人から、真ん中の黄色は私の実家から、右は母の友人から。 お菓子は実家のお隣さん、果物は実家の前のマンションのご近所さんから。 たくさんの人にたくさんの気持ちをいただいた娘は果報者です。 ありがとうございます。
2012年03月19日
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ブログ仲間から花便りが届いてるのでそれも一緒に。 暖かい南国ではメイフラワーがもう咲いているそう。 彼女も身内を亡くし、悲しみの中にある中で私を気遣ってくれました。感謝。 早いもので一か月半経ちました。 月曜は高校の友人と前職場の年下の同僚が御焼香に来てくれました。 なぜか三人とも三姉妹の長女で初対面なのにわりと話ができました。 たくさん話をしたり聞いてもらったりしてここ数週間の寂しさもすっかり解消。 7つまでは神のうち あまり長く悲しんで、私達が娘の妨げにならないように 少しずつだけど友人達の力を借りて元気になっていきます。
2012年03月12日
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山中県に来てから初めてできたママ友さん二人を ようやく片付いた我が家にお招きすることができました。 花屋さんで働いていた女の子ママは二人目妊娠中で私と同い年。 花は彼女の見立て。 手土産は焼きドーナツ これは男の子二人のママの見立てとみた 御焼香をしてもらうためにろうそくをつけたらすごくゆらめいて 今までにないくらい溶けたろうが暴れてました きっと娘ちゃんが来て喜んでるんだね~とみんなで話をしました その後、近所でランチして近況を聞いたり話したりしてるうちに あっというまに3時間経ってました。 来週は来客強化月間になります
2012年03月09日
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娘と誕生日が1日違い、正確には数時間違い?のマタニティー友からいただきました 超正確には妹の友達で、私とは入れ違いの職場仲間でもある不思議なご縁です カランコエとトピアリーモスのかわいらしい花便り まだ寒いなでおうちにいてもらいます 二人目の赤ちゃんとイヤイヤ児の子育てで大変な中ありがとうございます
2012年03月09日
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早くも五七日になりました 今日は夫も緒手続のために休みを取り二人でお経のCDをかけて お寺でしてもらってる時間に供養しました。 作るのも食べるのも本を読むのもすきだったホットケーキと 大好きな緑のブドウと赤いイチゴもお供えしました やっとキッチンとリビングダイニングは人を呼べる状態になり 和室と2つの洋室もおくべきとこに置くべきものが置かれた感じです。 部屋の片付けも一つ一つ済ませながら、気持ちも一つ、また一つと収まることもあれば、 おさまらないこともあるという感じ 亡くしたばかりにはわき起こる余裕すらなくて、 逆に今の方がなくしたことの大きさを感じる気がします
2012年03月05日
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トラッキーとラッキーの雛人形の服は私のお手製 お手玉雛はばあば作 卯雛は私が買ったのと整体の先生からのお供えの絵蝋燭 ミッキーとミニーは予備校時代の友達から 紙雛は乳児の頃に出歩いたいろんな教室のものなどなど 箸置きのお殿様二人は娘が来るよと教えてくれた子のチョイス 10組ありました 娘用にお雛様を買おうと思ったけど大きさも顔も気に入るものがなく また娘も実家の私達のお雛様を自分のものとして気に入ってたので 他はいらないといってたからこれでよしとします 今日は室内模様替えで力尽きたのでひなまつりのごはんは明日
2012年03月03日
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早いものでもう4週間になります 関西の友人からお花が届きました ピンクを基調にかわいい花籠 自分でも少し桃の花を買って飾ったところ 先日の帰省では学会の市民講座の他に夫は京都のお寺さんに 私は前にいた病院に行き、書類をもらい、闘病仲間に会い、 夕方にがんの子供を守る会にて遺族カウンセリングを受けました 帰ってきたばかりのよなのかはバタバタしてしまいました 先月の28日はまだ酸素マスクを取っても90%台の濃度で いちごやバナナをばくばく食べたり歌ったりだだをこねたりしてたのに…と思うと涙腺がゆるみまくる お雛様をようやく飾れるほどに家の中も落ち着いてきました 月命日は悲しすぎるので月誕生日にお祈りしようと思います 来月に四十九日。早いなぁ。
2012年02月28日
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娘のした異色な移植の三つ目 ○骨髄非破壊的移植(通称ミニ移植、専門用語RIST) 娘がお世話になった大阪府立母子保健総合医療センターは 以前は放射線+骨髄破壊的移植をしており日本で最もきつい移植をすると言われていたそう それが転換期を迎えたのは病気は治ったものの、晩期障害に苦しみ、二次がんを発症したお子さん死からだそう。 骨髄非破壊的移植は完全に血液を空にするわけではないため 体への負担が比較的少ない移植です。このために移植年齢を引き上げることができたそう。 実際にわかりやすい例として挙げれば、骨髄破壊的移植をした15人のうち1人が月経が再開したのに対して、 骨髄非破壊的移植は11人中8人というのは画期的だと私は思いました。 他にも骨髄非破壊的移植は低身長事例は現時点ではなし 夫が一番心配していた移植後のQOLの点ではこの方法も最善であるけれど まだ少数派。 前の病院も白血病や固形腫瘍の再発防止として取り入れてるだけでも主流とは異なっているのが現状です。 そして、今、どの治療がいいのかを比較する客観的な情報の蓄積がどこにもないのが課題だと思いました。
2012年02月28日
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娘のした異色な移植の二つ目 ○親子間造血幹細胞移植 骨髄の型の完全一致が必要と私も思っていましたが、 腫瘍や白血病などでは骨髄の型をあえて1つ、 さい帯血ならば2つまで外しても可能というのが主となりつつあります。 それは前の病院でも同じでした。 ハプロ移植(骨髄の型の半合致)による移植は兵庫医科大学で主に行われています。 発表の中で先生が移植による望ましくない拒絶反応(GVHD)が日本人は民族的に少ないと言ってらしたのが印象的です。 西洋人では40%発生するGVHDが日本人では20% もう一つ、その中で印象に残ったのが『待てない移植』 骨髄移植の現状として骨髄やさい帯血バンクの整備とドナー登録の増加で 移植を必要とする人の95%が一致するも現実に移植できるのはそのうちの60% 60%の人は一度寛解(がんの勢いが弱まり安定した状態)に入るなどして『待てる移植』 それに対して、娘のように薬が効かないなど他に方法がない『待てない移植』とのこと 移植が必要なのにできない、できなかった人が4割いるという現状から考えると 親子間移植が安全かつ安心して受けられることが全国に普及すれば 移植できるのが5人に3人弱という現状を大きく変えるだろうと思えました
2012年02月28日
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娘の入院中に資料が目に止まり、もともと私か夫が行く予定にしてました。 娘のした移植はどれも異色です。 ○無菌室ではない移植 前の病院では無菌室が一つしかなく、仮に親子間骨髄移植をすると決めた場合でもここがハードルになってできないと言われてましたた 現時点では、諸外国はじめ日本でもこの基準は軽減されてます 日本でも移植数が多い病院の先生が死に至る菌は外にだけあるのではなく体の中に多くある と言われ、無菌室でない移植に不安を抱えながらも無事にできたことはよかったと思います。 そのスタンスのおかげで娘は個包装のチョコレートや飴、 私が焼いたホットケーキやピザを食べることができ、病院が大好きでした 前の病院だったら我慢させるだけで何もできずさらに私の後悔は深かったかもしれません
2012年02月28日
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2月17日(金) NHK総合 19時30分~19時58分 ■番組情報(NHKネットクラブより抜粋引用) [S] [字] 特報首都圏 シリーズ がんを生きる(2)「こども」 病気で亡くなる子どもの原因の1位「がん」。 しかし子どものがん対策は遅れている。 がん経験者の鳥越俊太郎さん、増田有華さん(AKB48)をゲストに小児がんを考える。 患者数が少ないがんの場合、専門医に巡り会えず、 適切な医療を受けられないケースも少なくない。 また、治療後の長い人生をどう安心して生きていけるのか、サポート体制も整っていない。 【ゲスト】鳥越俊太郎,増田有華,【キャスター】中野純一 2月15日は国際小児がんの日ということでかどうかはわかりませんが、 娘と関わりの深いこの病気に携わることは大切なことに思えます。 ということで、勇気を持って、関西、九州、地元のママ友さん達に 娘が天に還ったことと神経芽腫という尿検査でわかる小児がんのことと表題の番組のことをメールで伝えました。 正直、私もこれを伝えるべきか悩みました ただ、やはり怖くて…私が何も言わないことで次に誰か知ってる子が同じ目にあったらと思ったら怖かった 私達の気持ちを押し付けてしまう形になるかとも思ったけど、 深く優しく受け止めてくださる返信があり救われる思いがします 娘の頑張りをねぎらい、私達を気遣ってくださるみなさんへ、私からの感謝が伝わりますように。
2012年02月17日
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早いもので娘が亡くなって二週間になります。 完全看護で面会に行っていたため離れてる時間が長かったこともあり 未だに家の前になった前の病院に行けば娘がいるような気がするねと夫と話すこともあります。 ふと思い立って、娘と行った温泉に行き、ついでに『ダイヤモンド富士』をみてきました。 日によって頂上から見られる場所は違うけど、10月中旬から2月22日まで見られるよう。 神経芽腫が尿検査でわかること これを知らなかったことが悔しいしそれで娘を失うことになったのが悲しい 根本的に『小児がん』は知名度が低いしメディアで取り上げられることも少ない。 2月17日(金) NHK総合 19時30分~19時58分 ■番組情報(NHKネットクラブより抜粋引用) [S] [字] 特報首都圏 シリーズ がんを生きる(2)「こども」 病気で亡くなる子どもの原因の1位「がん」。 しかし子どものがん対策は遅れている。 がん経験者の鳥越俊太郎さん、増田有華さん(AKB48)をゲストに小児がんを考える。 患者数が少ないがんの場合、専門医に巡り会えず、 適切な医療を受けられないケースも少なくない。 また、治療後の長い人生をどう安心して生きていけるのか、サポート体制も整っていない。 【ゲスト】鳥越俊太郎,増田有華,【キャスター】中野純一 AKBの増田有華さんが小児がんの何だったかは現時点ではわからないけど、 転移があったとのことなので固形腫瘍だったんじゃないかなと思います。
2012年02月13日
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ピンクを基調にかわいらしいお花が届きました。 結婚したときに住んだ分譲マンションで出会って娘が生まれる前から励ましてくれた優しい人達です。 なぜかみんな男の子ママ。 私が結婚したときには小学生だった子がもう高校生になってたり、 お腹の中にいた子は小学生になっちゃうくらいだったり、 娘が生まれる前にたくさん練習させてもらいました。 三兄弟×2に囲まれてかわいがられまくってる写真や 娘が産まれてくると預言したお兄ちゃんと弟くんに囲まれた笑顔の写真を見ると 懐かしくそして自然に涙がこぼれます。 愛されまくりの娘は幸せもんです。 お花だけでなく私が見るブログで言葉で娘を送ってくれたり、 娘を妊娠してるときに出会った仲間からいたわりのメールやコメントが届いたり、 娘が産まれてからのいろんなイベントで出会って仲良くなれたこと忘れずにいてくれたり、 なんだか胸がいっぱいになります。
2012年02月07日
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昨日、無事に帰宅し、とりあえず風呂に入り、野菜だけの鍋を食べて一息つきました。 まだ、自宅は引越真っ只中のまんま。 写真は実家のもの。 親しくしている近所の花屋さんで両親と妹達が作ってくれた花籠や お菓子、ぬいぐるみ、おもちゃに囲まれて楽しそう。 新しい家の床は明るい色なのでさすがにたまらずにお掃除開始。 ランドリー部屋、キッチン、リビング、廊下と玄関が一段落しました。 リサイクルゴミなどあまり溜まってないものの出してみたら半畳分くらいありました。 まだ開かずの間が2つと和室が… 法要は形式的には終わってますが、明日の初七日に向け、少しでも片付けていきます。 幸いお天気がよく洗濯物もよく乾きます。 やらねばならぬことがあるうちは気がまぎれていいかも。
2012年02月05日
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娘のお気に入りおもちゃのひとつ プラレールの新幹線や特急 白いかもめの目が長~いと喜び 黄色いドクターイエローがかわいいとキスしてました 新幹線が特にお気に入りだったので東京回りで帰ります
2012年02月04日
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娘は今、天を昇っています。 市販の靴ははかせられないとのことで急遽、ミシンで縫いました。 あわてて作ったから柄がうまく出てないけど足にはぴったりでした。 晴れてるのに粉雪が風で横に舞う不思議な天気の中、娘は昇っています。
2012年02月02日
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1月31日 朝 娘は神経芽腫の転移に伴う肺周辺に溜まった水(血や腫瘍細胞の塊)により呼吸が浅く速くなり、 本当にあっけなく私達のもとから旅立ってしまいました。 写真は先週の木曜日に胸に水がたまっているとわかった後に プレイルームに遊びに行くと言ったときのもの。 土曜日には私の両親や妹達、妹婿、義母と私達で 病院付設の宿泊施設で七段飾りの雛人形の前で雛祭をしてました。 私の母が焼いたスポンジに生クリームを塗ってもらい、 イチゴを並べたり、蝋燭を差したり、デコペンで飾ったりして作った イチゴショートケーキのホールから5つもイチゴを取って食べました。 まだ早いけど数えで三歳のお祝いでハッピーバースデーを娘も歌いました。 娘はすごく楽しかったみたいでここで寝る~と駄々をこねたくらい。 楽しく過ごせる時間があったことに感謝してみなさまにご報告いたします。 私も夫もまだなんの心構えもできてなくて、対応できないのでほんとに身内だけで娘を送ります。 ご心配をかけたままでごめんなさい。 そして心からの応援ありがとうございます。
2012年01月31日
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19日に無事に白血球が上昇を開始し、1万を超える勢いに。 それにともないアイソレーター(屋根付巨大空気清浄機)が取れ、 生もの禁止も解除され大好きなバナナも食べれるようになりました。 これから拒絶反応を抑えているステロイドとプレドニンを段階的に減らそうとしていた矢先、 年末年始になりをひそめていた神経芽腫の腫瘍マーカーの一つのNSEが9→17→45と上がってきました。 オムツを替えていて足のむくみが片方だけ著しいことに気づき、 看護師さんと共に観察したところ右鼠径部のリンパ節が盛り上がってました。 急遽、医師を呼び、CTをしたところ神経芽腫の転移がかなり進行してることがわかりました。 頭から足の先までのCTは今回が初めてです。 大学病院では何度頼んでもしてもらえなかった膝の様子も今回初めて見れました。 転移先は肺全体、肝臓の一部、左副腎の上の原発腫瘍の大きさは変わらず、 その付近の落ち着いていたはずの脊椎内の腫瘍は広がり、 放射線を当てたお尻近くの脊椎内もあまり小さくなっておらず、。 11月には右尻の骨と筋肉の間にへばりついていた腫瘍が骨をサンドイッチするように増加し、 両膝の腫瘍は前から居座っていたのか膝の骨に食いついてました。 それに加え、リンパ節の盛り上がりも腫瘍でした。 まさに満身創痍。 無菌室ではない普通の病室での親子間骨髄移植は無事に成功してますが、 神経芽腫として三種混合といえる状態に対抗しうるのかには挑戦できずという状況です。 家族でこれから娘の緩和ケアに入ります。 後日のシンチ(神経芽腫だけに吸収される放射性物質による画像投影検査)でも やはり肺も神経芽腫の転移が著しいとわかるかわからないかのうちに 胸の周りに水が溜まり呼吸が苦しくなって酸素マスクを着けてます。 おとといはそんな中でもバナナやUFO(ソースなし)を食べ、 プレイルームで遊び、深夜までしまじろうで遊びと超元気。 けど、昨日は食欲はなくミルクのみ飲み、遊ぼうともしない。 今日を楽しく過ごせるかどうかも賭けだけど娘はすごく頑張ってます。
2012年01月28日
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はたときづけば松のうちが終わってしまう~ 本年もよろしくお願いします♪ 正月サンガニチのうちに先生からお年玉(いい検査結果)を2つもいただきました。 一つは娘の血液が無事に私の遺伝子に変わったこと。 もう一つは神経芽腫の腫瘍を表す数値NSEが初めて一桁の正常範囲内になったこと。 骨髄移植の前処置で使われたアルケランが奏効したようです。 ただ、白血球が横ばいのままの年越しとなり、急遽、末梢血による幹細胞移植を追加します。 この場合はアルケランのような骨髄非破壊的とはいえ、白血球を破壊する薬は使われず、 拒絶反応(GVHD)を抑える薬が使われます。 末梢血による幹細胞移植も含めまだまだたくさんの山を越えていかねばならないのですが、一山越えた感じがします。 年賀状もようやく昨日、夫から届けてもらいました。 旧住所からの転送手続きが有効なので今年は大丈夫です♪ 来年からは新住所にお送りいただけるよう住所の更新をお願いします~。 私もしとかなきゃ…。 娘の食欲は油濃いものに向かってます。 写真で口に入れてるのはフライドポテト。 病院食以外にも食べさせられることができるので、 ついついちょこっとしか食べないのに、ホットケーキやピザを作っます。
2012年01月07日
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娘2才9か月は新しい病院でウィンク付ニコを会得しました。 神経芽腫という固形腫瘍の治療に骨髄移植というのも 骨髄の型が半分しか一致してない親子間移植というのも 異色すぎてなかなかブログに書くことができませんでした。 まだ移植の第一段階である『生着~せいちゃく~』をクリアしつつある状態ですが 娘もドナーである私も元気です。 神経芽腫の治療法の中に『自家移植』と『同種移植』というものがありますが、 いずれも『造血幹細胞』を移植するもので、それが自分のなら『自家』、他人のなら『同種』となります。 『造血幹細胞』の移植は抗腫瘍効果のあるNK細胞の増加を期待するものです。 『造血幹細胞』は下記三種。私の知る限り。 さい帯血…採取は出産の時のみ。どこの産院でもできるものではない。 ドナーへの身体的負担はほぼない。ただ、量が限られているし、生着も不安定。 拒絶反応が比較的少ないと言われるが慢性拒絶反応が起こりうるとのこと。 末梢血…採取は比較的容易。ただ、薬剤投与など事前準備が必要。 特に、拒絶反応は少なく、抗腫瘍効果が高いNK細胞だけを抽出するには ドイツからキットの取り寄せが必要なので時間も費用も要する。(数週間と70万) ドナーの負担は成分献血状態が5時間なので身動きが取れず大変。 骨髄…幹細胞の数は安定しており必要量がすぐ取れる。生着もよい。ただ、拒絶反応も強い。 体重11kgの娘の場合、600mlの骨髄で十二分と言われる。 2mm径の針で1回刺すと20~50ml採取できるので十数回以上は必要。 全身麻酔による手術のため数日の入院が必要。 神経芽腫などの固形腫瘍の主流はまだ『自家』の二回法で、 私達がお世話になっていた病院は一回の『自家』に加え『同種』も再発予防のためにしてました。 今までの病院も『同種』でさい帯血移植(骨髄の型をあえて一つか二つ外す)を行いますが、 新しい病院ではさらに発展的な考えで、骨髄の型が半分だけ一致する親子間の幹細胞『同種』移植をします。 『安全性が確立されてない』と今までの病院でも及び腰になるほど。 転院するまではほんとにこれでいいのか悩みましたが、 来てみればびっくりするほど半分一致の同種移植がおこなわれてました。 拒絶反応(GVHD)を抑える薬や手法が増えた今の移植と 1990年代の移植とでは大きく違うという確信の下に 私から娘への骨髄移植はおこなわれたのでした。 ちなみに、この病院では骨髄移植当日ですら無菌室に入りません。 今までの病院では移植前後は無菌室で接触を極力避け、約2ヶ月はそこで過ごしているのとは大違いです。
2011年12月30日
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福猫はピチピチになりつつも今年も元気なサンタ猫になってます~
2011年12月25日
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ご心配をおかけしてすみません。 結論からいえば、娘は抗腫瘍効果を期待してあえて骨髄の型を合わせずに骨髄移植をしました。 骨髄の提供者は私で、娘も私も元気です♪ 時系列でざっくり経緯を書くと下記のとおり。 11月2日 再々転移を聞かされ、緩和も視野に入れてと言われる。 11月3日 病院近くに転居物件を即決 11月中旬 新居に入居&大掃除開始。 その3日後 大阪の病院にセカンドオピニオン(この時点では転院せず症例数の多いこちらの知恵を拝借するつもりで) 11月下旬の平日 引越業者による大物引越&旧居の大掃除開始。 数日に渡る300kgの粗大や資源ゴミと20袋以上の燃えるゴミ出しと旧居大掃除が一段落。 一息つく間もなく14時の面会時間のときに明後日に急遽転院するよう伝えられる。 その日の夕方に住民票を転出し、翌朝、新住所に転入し、 保健所の小児慢性特定疾患の病院追加の手続を先付で作成。 退院準備と転院準備(住み込みなので私の荷造も含) わやわやのうちに転院を告げられた二日目の朝7時に病院を出発して大阪に向かったのでした。 セカンドオピニオンから転院までが二週間、引越業者による引越しから一週間というスケジュールです。 転院後、10日も経たないうちに骨髄移植完了~という怒涛の流れがようやく穏やかになったところです。 嵐の前の静けさを覚悟しつつ、今は家族でホリデーしてます。
2011年12月24日
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遠隔転移ありのstage4かつ予後不良のNmic遺伝子ありに加え、現在7クール目にもかかわらず 転移腫瘍三種混合状態の娘のセカンドオピニオンをお願いしました。 現在、確立されている治療方法は全くない中で、 ギャンブル的な治療方法を四つ紹介してもらいました。 1つめは親子間の同種移植(幹細胞を抽出して免疫を高める) 2つめはさらにその中でも副作用が少ないNK細胞だけを抽出して戻す方法 3つめはMIBGの放射性物質を利用した方法 4つめはワクチンによるもの、ただ、これは娘の型はまだ国内では実施されたことがないとのこと すべて実施しようとすると転院に次ぐ転院になるけど、 幸いなことにどちらにも友人がいるから大丈夫な気がする♪ 無菌室の考え方も病院によってあまりにも違っててびっくりです。 まだざくっと聞いただけなのでこれから検索して勉強します。 明るい兆しが見えてきた。
2011年11月17日
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セカンドオピニオン先の病院では骨髄の同種移植の免疫の力で治すことを考えています。 さい帯血は他人のものであっても本人の体を攻撃する力がやや弱いのに対し、 骨髄は身内であっても型が違えばその攻撃力は強いため、 その治療により生命が危険にさらされることもありうるそう。 ただ、これは母子間移植だと軽減される可能性があるとのこと。 これは今の主治医に聞いた話。 娘の場合、阪大でされているワクチンの対象となる骨髄の型をもっていて、(そんだけでもラッキー。) 今後完治や治験に参加するうえでもそれはメリットとなる。 そして、その骨髄の型は私由来なので、移植するならば私から娘にできるはず。 子宮動脈との癒着胎盤のときも医療の限界、アメリカにも例がないと言われたけど、 抗がん剤治療と自然剥離で出血なしのミラクルを起こした私。 娘にもその強運っぷりが遺伝してるんじゃないかと思います。 昼間はすきじゃないメニューがでて一切たべず心配されたけど、 朝と夕は主食と肉類完食。大根やブロッコリーなどすきな野菜もニコニコ食べました。 ただ、昨夜は痛みで眠れず泣き叫び、薬を使用。 腫瘍マーカーはわずかに30下がったもののまだまだ三桁。 今日は寝る前に私にはらぺこあおむしを読んでくれました。 9割くらい暗誦してるかな。 圧巻なのはどようびにあおむしが食べたものを 絵本を見ずに10個全部順番通りに言えたこと!私は絵本で確認して間違えてないことを知った…。 すごすぎる~ ページをめくる前に「すごい~って言って」と言うのが一番すごい! コメントいただきっぱなしでごめんなさい。 けど、カキコしてもらえるとやはりうれしいし励まされます♪
2011年11月14日
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入籍記念日に病院近くのマンションに引っ越すことに決めました。 家賃は今より負担が増えるけど、夫の職場にも病院にも近くなり、ガソリン代と通院時間が軽減されます。 そして何より今の貸家の寒さが娘の外泊時にあまりよいとは思えないから。 私の車を運転しなくてはいけないプレッシャーも減ります。 心機一転を図るのはひとえに娘の病状が非常に厳しいものになったこともあります。 第2の薬の効果はなく、新たに腫瘍が脊椎内を圧迫しつつあり、 急遽放射線治療と新しい薬を使用します。 放射線治療は根治のためというより下半身麻痺を回避するためのもので、 転移が収まらない今、陽子線治療は全く使えません。 放射線治療による生育への影響も考えてる余裕がない事態です。 幸い定位放射という他方向から放射線を当て、交差した部分以外への負担を減らす治療が可能なのでひどい下痢は今のところありません。 ただ、過酷な現実の中、娘は食欲が若干落ちたものの歌ったり踊ったり世話を焼いたりと元気なのもまた事実。 今月は治療優先で外泊ではなく外出のみ。 そんななかでアンパンマンのチョコを一箱、ペロペロ飴を5個、葡萄を10粒ぺろりとたいらげる娘を見て、 病院内でもすきなお菓子を週に一回でも食べられるよう働きかけようと思うのでした。 プレセカンドオピニオンをした話はまた後日。 まだ諦めてはいけない。治る可能性はあると言われただけで かなり勇気づけられました。
2011年11月07日
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お世話になってる整体&名付け講座の先生からおもちゃが届きました! 「おしゃべりピーちゃん」 入院してから今までで一番の大ウケかも。かなりの長文もマネする優れもの。 この前日には血小板によると思われる頭痛が発生して頭が痛いと泣き叫んだとは思えないくらい。 食欲、遊ぶ意欲共に旺盛。 来月頭に検査をしてセカンドオピニオンする予定です。 現在の状況に手術なのか、大量化学療法なのか、骨髄移植なのか、放射線治療なのか、 決めかねているというのが現実。 とはいえ娘が笑えるくらい元気なのも真実。 セカンドオピニオンに行くにも田舎暮らしだと大変だな~と思うのでした。
2011年10月26日
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新しい抗がん剤(カルボプラチンとイホマイド、ラステッド)は 効果があったようで昨日ようやく腫瘍マーカーは半減しました。 娘の痛がることや不安がることも半減して笑顔と憎まれ口が倍増。 食欲は白ごはんが食べにくいときがあるようで昼だけ麺類にしたところほぼ完食。 新たな転移なのかもともと併存していたものが動きだしたのかについてはまだ推測段階。 来週、検査でわかってくると思います。 娘が握りしめているのは妊娠中に作ったオーガニックコットンのぬいぐるみの【猫】です。 チワワやねずみやくまと言われますが、【猫】です。 首を握りつぶすように持ちますがお気に入り。 今日は昼間からハイテンションで、しまじろうの英語、お絵かき、 ピアノ(ドレミファソラシドを歌うのがお気に入り)、小麦粉ねんどで遊びました。 小学舘の幼稚園の今月号のねんど遊び用グッズに母子共にどはまり中。
2011年10月22日
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先週予定されていた手術の前に行った検査で娘の右側のお尻のところ(2センチ位)と 仙骨部分(あるっぽいくらい)と肝臓の一部(ここはまだミリ単位で疑いレベル)に転移が見つかりました。 副腎上の原発腫瘍とその近くの脊椎内にあった腫瘍は 最初の抗がん剤のシスプラチン他の組み合わせが効き、 4クールでほとんど問題ない大きさになっていた矢先です。 今は次の薬に入っていて痛みを時折激しく訴えますが、 食欲も遊ぶ意欲もしっかりあり、見た目はほんとに元気です。 入院して昨日で半年。 娘が痛みに泣きながらも笑ったり歌ったり遊んだり怒ったり すごくパワフルに生きてる中で徐々に闘う勇気を持ち直してきたところです。 今、また免疫が低下し、天蓋付送風機(アイソレータ)の中にいますが、 娘は点滴とこのアイソレータがすきだそう。 毎日頑張ってる娘の姿に引っ張られるようにして頑張ってる今日この頃です。
2011年10月17日
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