星の街仙台★伊達政宗が隠した六芒星

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カテゴリ: 富谷宿


-一般に「支倉常長」と称されるが、同時代に彼の諱を「常長」と記述した例はない。自筆史料の署名も「六右衛門」「六右衛門長経」とされており、自身が「常長」を称したことはなかったと推定される。
「常長」という諱が登場するのは、彼の死後、支倉家が一時断絶して再興した後に編纂された支倉家の系図である。後世の子孫が、先祖がキリシタンであったことを隠すため、「長経」の使用を忌避し、「常長」と偽って記録した可能性がある。-



常さんは、42歳の時に渡航し49歳で帰国、51歳で病死したことになっている。

常さん帰国から20年後、息子の常頼の召使がキリシタンであったことから
責任を問われて処刑され、支倉家は一度断絶した。

しかし、政宗公は常さんの偉業をたたえ仙台藩にかくまわれながら
80歳過ぎまで生を全うしたともいわれている。

となれば、支倉家が断絶したとき常さんは69歳でまだまだ元気でいた。

綱元さんが70をすぎてから子供を作ってることを思えば
常さんだってきっと、、、可能性は十分ありすぎる。


仙台真田家同様、その血は途絶えていなかった。



会おうと思えばすぐにでも、という方が何名かいらっしゃいますが

「時期」が訪れるまで楽しみに待たせていただきたいと思います。





いなべの晴明による六芒星の発見から、イタコの埋蔵金伝説に至るまでの書き下ろしはコチラです。
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Last updated  2012.01.16 19:22:07
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