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第2巻 『経営計画・資金運用』-1-



1.企業の未来を設計する

(中略)
私の尊敬する経営者の一人、S精密の専務S氏の考え方を紹介しよう。
S氏は専務とはいえ、実質的には社長なのである。

S精密には 10年の長期計画 がある。
そして 10年後のバランス・シート ができているのである。

計画のまず第一は、10年間の各年度の経常利益目標を設定する。
それは、常に2割配当を可能にするというものである。
次に、10年間の各年度の人件費と経費を見積り、これと経常利益との
合計が、各年度の目標付加価値となる。
次に、予測される付加価値を計算する。その予測付加価値は、
目標付加価値よりどれだけ不足するかをつかむ。この不足分こそ、
新しい事業によって手に入れなければならない付加価値である。
その不足分は、3年後くらいから始まり、年を追うに従って拡大してゆく。
そのために、
3年後から「これこれの収益をあげる新事業X1」を、
5年後から「これこれの収益をあげる新事業X2」を、そして
8年後からは更に「これこれの収益をあげる新事業X3」を
開発しなければならない、というのである。その新事業とはどんなものか
と質問してみると、『僕にも分からない。しかし、まだ3年の
時間がある。その間に見つけます』という返事である。
その時になってあわててもダメだ、今から出発する、ということなので
ある。

私は愚問を発してみた。『計画通りいきますか』と。
S氏の答えは明快であった。
『その通りいくことはありません。しかし、私どもでは長期計画にした
がって前々から手を打ってあるので、その差は僅かです。だから、その
つど僅かの手を打てばよいのです。我社は、長期計画をたてるように
なってから、非常に楽になりました』というのである。
名経営者の面目躍如たるものがある。

S氏は、10年後にも及ぶ数字をつかみ、将来不足する収益を現在にお
いてとらえ、不足収益を補う手を考え、着実に手を打っているのである。

当然のこととして、まれに見る高収益を長期にわたって着実にあげてい
るのである。何しろ、私が見学に訪れた時には、過去20年間に、只1
期の例外もなく2割配当を行っていたのである。払込資本金は常に月商
と同額以上という増資に次ぐ増資を行った上にである。

以上のように考えてくると、前向きの数字は意味がないどころか、事業
経営にとって、なくてはならないものだということが、分かってくるの
である。
      (「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」P19~P21)

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「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」その2

1.企業の未来を設計する

(中略)
Z社長は、実に緻密な頭脳と几帳面な性格をもっている。我社の数字に
ついては、実によく目を通し、事態の把握と分析を怠ったことはなかっ
た。しかし、そのような懸命な努力も、思うような業績となって表れな
かった。これは、何かが欠けているとしか思われないが、その何かが分
からずに悩んでいた。

ある時、私のセミナーに参加されて感ずるところがあったのだろう。私
に手伝いを依頼されてきたのである。私はイエスという返事を差し上げ
た。と、間髪を入れずZ社の財務資料を私の自宅まで常務にもたせてよ
こしたのである。これを拝見した私は『前向きの数字が全くありません
ね』と常務に一言感想を述べた。

その私の感想を常務から聞いたときに、Z社長は全く虚をつかれた感じ
だったと、後に私に述懐された。

Z社に対する私の経営計画のお手伝いは快調だった。数字のことなど、
くどくどした説明など全然いらなかった。一口説明すればわかっていた
だけたのである。分からぬところは、すぐにポイントをついた質問になっ
て跳ね返ってきた。私の設問や勧告にも素早く反応したのである。やが
て、Z社の体質とその強み、弱みなどが、明確に浮かび上がってきた。
それに伴って、社長の態度も変わっていったのである。

Z社にお伺いする時は、いつも社長の自宅に泊めていただいて、夜遅く
まで社長と話をする。Z社長いわく、『一倉さんをホテルなどに泊まっ
ていただくのは損だ。私の家に泊まっていただければ、夜まで話
がきける。同じ報酬ならば、こうしなければウソだ』
と、おっしゃるのである。
ガメツイ社長である。私はこういう社長が好きだ。

ある日、Z社長の奥さんが話しに加わった時に、奥さんが『この頃主人
は細かいことを言わなくなって、ホントに助かっています。これも一倉
さんのお蔭です』とお礼をいわれた。

社長は、『そうかなあ、僕は少しも変わらないつもりでいるんだが』と
いわれる。自分で気がつかなかったのである。

これは、経営計画によって、“我社の事業”を、いつも前向きに考える
ようになったために、細かい事など考えているヒマがなくなったのであ
る。Z社長が自分で気づいている変化もある。それは、釣好きで
以前は毎日曜日に釣にでかけたが、最近はバッタリと止めてしまった
ことである。 居間に貼ってあった魚拓もはがしてしまったという。

Y社の社長F氏いわく、『経営計画の樹立は、まったく大変なことだっ
た。計画ができたら、次はこの目標を達成するためにベラ棒に忙しい。
以前には、事業が思うようにいかないアセリと悩みに、夜はしょっちゅ
う酒を呑みに街へ出た。ところが最近は仕事が忙しすぎて呑みに出ら
れない。 全く品行方正ですよ。お蔭で、女房と娘にえらく点数が
上がりました。そして娘にひやかされるのですよ。「パパ、近頃悪友
たちはどうしているの」と。お蔭で家庭円満ですよ』と。そして、会社の
業績は急上昇なのである。
      (「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」P28~P30)

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「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」その3

1.企業の未来を設計する

(中略)
第3の、社員の処遇であるが、一番先に決めなければならないのは
「賃金水準」である。これについての考え方の一般的なものは、同地区
の「モデル賃金」を物差しにするのがよい。
私は、「同地区のモデル賃金の10%高を狙う」
ということを提唱している。

賃金は、世間相場よりも低いのは論外として、高ければよい、という
ものではないことを知らなければならない。高すぎると弊害が出るのであ
る。会社というものは、玉石混こうの人間集団である。石だ瓦だといって、
それらを見捨てないで、うまくリードするのも大切なことである。賃金が
高すぎると、この石や瓦に問題が起きる。拙著「人間社長学」に実例を
あげてあるので参照していただくとして、勤労意欲が衰えたり、欠勤が
多くなったり、酒やギャンブルにおぼれてしまうということになっては、
かえって本人のためにならないのである。だからこそ私の考えている適正
基準が、前記の、「同地区のモデル賃金の10%高」となるのは、このよ
うな理由によるのだ。

賃金の次には「勤務」である。この主なものは、労働時間である。「週休
2日制をいつまでに実現する」というようなことである。これを実現する
過程を年度目標として設定する。第1年度は月1回の週休2日、第2年
度は月2回・・・・・・、というようにすれば分かりやすい。

C社長は『週休2日制移行のスケジュールを発表したら、現在、同地区の
大会社より休日が少ないための不満があったものが、ピタリと止みまし
たよ』と私に語ってくれた。人間とはこういうものである。将来の楽しみが
ハッキリしていれば、現在は少しのところは我慢する、というのだ。

3番目には「福利厚生」である。これは、いくらやっても際限がない、
ということを心得ておかなければならない。これも、拙著「社長学」や
「人間社長学」に実例をあげているので、それにゆずるが、枝葉末節の
小手先のテクニックなどは、時間と金のムダだけではなく、社員の我儘を
助長させるのが落ちなのである。

福利厚生は、本当の意味で社員の幸福を増進するものでなくてはならな
いのはいうまでもない。その本旨にそって行われるべきものなのである。

そのためには、枝葉末節のテクニックではなく、もっと次元の高いもので
なくてはならない。「人間社長学」にのせたS精密の持ち家制度などこの
好例である。

私にいわせれば、福利厚生は、最小限にとどめ、事業
経営に精魂を傾けるべきである。
そして、在職中の社員の福利厚生などより、
停年退職後の「第2の人生」について配慮する
ことこそ本当である。
このような会社こそ、社員にとって最も幸福で、最も大きな望みだからだ。
      (「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」P34~P37)

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その4「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」

1.企業の未来を設計する

U工業にお手伝いに上がったのは、昭和46年の夏のことであった。

当時は従業員100名程度であったが、業績のほうは思わしくなく、
ここ数年来低業績の連続であった。

経営熱心のU社長は、新技術や新商品の開発を次々と試みるけれども、
どれもこれといった成果は生まなかった。販売法もいろいろ試みた。
問屋を通じての間接販売ではあきたらないとして、小売店への直売も試
みたが、不成功に終わり、再び間接販売に戻っていた。

社長の話をきいていて感じたことは、一貫した方針がなく、全くの思い
つきと手さぐりであり、迷いとアセリが、ありありと見えるのである。
私は社長に直言した。
『事業経営というものは、社長自らの明確な方針と目標をもたなけれ
ばダメだ。社長に今必要なことは、自らの事業をよく分析し、会社の
方向付けをすることである。それを行えば、必ず道が開けてくる』
という意味であった。

私の言に、社長は思い当たることが合った。「経営計画がありますか」
という私の質問がその直言の前にあったからかも知れない。

早速、経営計画をたてたいという。こうして、経営計画の設定に入った。

まず、昭和47年度の利益計画である。その利益計画に、U社長はいきなり
「経常利益目標を1億円にしたい」
といいだしたのである。
過去において、まだ500万円以上の経常利益をだしたことはなく、ここ数年
は赤字にならないという程度の業績の会社が、何ともスサマジイことである。

無論、いきなりこんなことなどできるはずがない。しかし社長は大まじめ
なのである。私はこれを批判することをやめることにした。

水をかけて冷やすよりも、燃え上がった社長の意欲を、うまく誘導する
方が効果的であるからだ。私は、『社長、1億円の経常利益を出すこと
が、どれだけ難しいことかは過去の経験から分かっていますね。その難
事に、あえて挑戦するからには、社長としての不退転の決意があるはず
でしょう。どんな苦しいことにも耐えなければダメですよ。私のお手伝
いも、遠慮は一切抜きにして、ハッパをかけるから承知して下さい』
ということになった。

私も必死だった。ある時などは、社長があまり分からないことをいうの
で、『こんな社長の相手など、馬鹿らしくてやってられない。今日限り
縁切りだ』といって、書類をバタンと閉じて帰りかけたことがあった。
U社長に引き止められて、私の主張を実行することを約束して席に戻った
のである。その主張とは、「社長は外に出て、市場と顧客の要求を、自
分の眼でたしかめてきなさい」ということである。こんなことさえ、喧
嘩のような騒ぎをしたのである。もっとも、これはU社長のみではない
のだが・・・・・・。社長というのは何故こんなにも外に出ることがきらいな
のだろうかと、いつも思うのである。

U社長は、社長自ら決めた経常利益目標を達成するために、私の勧告を
ききながら必死に取り組んだ。その姿は見ていて頭の下がる思いがした
のである。

結果は・・・・・・3000万円の経常利益だった。達成率何とタッタの30%
である。しかし、絶対学は会社始まって以来の、それも飛び離れた超高額
だったのである。U社長の常識的な経常利益目標は、どう高く見てもせ
いぜい1000万円どまりである。もしも、この常識に従っていたなら
ば、1000万円も難しかったに違いない。何故かというと、目標利益が
1000万円ならば、それだけの手しか打たれなかったからである。

それを、1億円というのだから、社長の気構えも全く違うし、私も猛烈な
ハッパをかけたからである。

ここのところである。大切なのは“達成率”ではなくて、達成された絶対額
である。ここのところを忘れて、世の中には“達成率病”が充満してい
る。達成率をよくするために、目標から実績が離れてくると、実績に合
わせて目標を修正するという誤りをおかしている。そして、その誤りに
全く気がついていないのだからどうにもならないのである。

実績に合わせて目標を修正したところで、実績の絶対額は変わらない。
達成率がよくなるだけである。そこのところに気づかず、達成率がよい
ことをもって安心しているのだから、こういう人は長生きをするだろう。

目標の変更については、後にもう一度ふれるとして、話をU社にもどそう。

U社の昭和48年度の経常利益目標は、前年度のこともあり、やや内輪で
8000万円であった。ところが、これを見事に達成してしまったので
ある。前年度に必死になって打った手が効果をあらわしてきたからである。
2年続けての大躍進である。

U社の体質は全く変わってしまった。高い目標というよりは、昭和47
年のごときは、むしろムチャともいえるものではあったが、これが社長
自身の考え方を大きく変えたからである。ここに、目標の持つ不思議な
力があるのだ。目標は人間を意欲的にするのだ。

昭和49年度の経常利益目標は何と2億円余りという、これまたベラ棒
なものだった。

しかし、いくら体質が変わったからといって、客観情勢にはかなわない。
石油ショックによる不況で、業績は目標より遥かに下廻った。が、それ
でも6000万円をあげたのである。達成率こそ低いけれど、この年も
社長はますます意欲を燃やして、次々と革新策をうち出している。その
中核は新商品である。この革新策は将来のU社の業績に大きく寄与する
ことであろう。

このように、目標とは社長を変えてしまう。U社以外の例は、拙著「社
長学」や「人間社長学」にも紹介してあるので参照していただきたい。

くどいようだが目標とは、このように全く不思議な力をもっている。特に
経営計画の場合には、単なる目標だけでなく、その目標をどうやって達
成するか、を考え抜かなければならない仕組みになっているから、なお
さらである。

どうなるか分からないから、といって目標を設定していない時には、
社長自身が将来に対する、全くつかみどころのない不安をもち、事ある
時にどうしたらいいか分からぬ迷いが生ずるのである。

それが、いったん目標が設定されると、そのような不安や迷いは消えて
しまう。そのかわり、思ってもみなかった事態の重大さがハッキリして
くる。それと同時に、何をどうしなければいけないか、何が最も困難か、
というようなことが、具体的な形をとってあらわれてくるのである。

果然、危機感が強まり、闘志が高まるのである。そして、「やらなけれ
ばならない。やり抜くぞ」という決意が生れる。

もはや、わけの分からぬ不安や悩みなどにとらわれて、「困った、困った」
などといっているヒマなどなくなるのである。社長の頭はフル回転である。
これが社長の考え方と行動を変えてしまうのである。

以上のような変化は、経営計画に真剣に取組んだ社長に例外なしに起こ
ることなのである。
      (「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」P22~P27)

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その5「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」ほか

1.企業の未来を設計する

経営計画は、いうまでもなく“明文化”しなければならない。
明文化しないものは経営計画ではない。

社長の意図を誤りなく社員に伝えることは、口で言っただけでは不可能
である。只1回口でいっただけで社長の意図を理解させることなど、でき
るはずがない。だから、何回も同じことを言うことになる。ところが、その
つど多少とも表現が違うし、その時の状況も違う。同じことを
何回も言っているうちに、言い方がうまくなる、というふうになる。
これを聞いた社員は、そのつど違った印象を受け、
社長の言うことは恐ろしく一貫性に欠ける、という感じを
もつのである。

次に、社長から口頭で聞いたことは、恐らくは口頭で下部に伝わってゆく。
そのたびに少しずつ変形し、時には逆の意味となって伝えられてゆく。
これが混乱を引き起こすのである。

だから、意思伝達を正しく行うためには、
必ず文書で行われなければならないのである。

ましてや、企業経営にとって、基本となる経営計画を明文化しないという
手はない。

社長は自らの考えを、自らの筆に託して明文化し、自ら社員によくよく説
明して納得させ、協力を求めるべきである。これでこそ、会社は社長の意
図にそって活動するのである。

ところが、現実の問題として、
これを明文化することは容易なことではない。
その第一は、社長自身の“表現力”の不足である。K社長は『私の頭の中
には、いろいろ社員に言いたいことがいっぱい詰まっているのに、いざ話そ
うとすると、その100分の1も話せない』と私に述懐されたが、
大方の社長がこんなものである。
たくさんの社長に接している私は、
社長族というのは、何と表現力の乏しい人種だろう、
といつも思う。自分の考えを社員に伝えることができずに、どうやって社員
を自分の意図通りに動かそうというのか、誠に不思議である。
それを残念とも思わずに、「僕は口が下手だから」とすましているのだから、
困ったものである。

口下手を直すことは、努力次第で決して不可能なこと
ではない。
それは“能弁”という意味ではなく、自分の意思を他人に理解させること
ができるようになる、という意味においてである。

その方法は、「自分の思っていることを書き表す」ことである。それを、
経営計画の“方針書”でやるのである。
“書く”ということは自分の考えをまとめることだからである。

とはいえ、ただ書けば言いという物ではない。ただ漫然と書くと、それは
人を動かす力のないものになってしまう。世の多くの経営計画書を見ると、
その殆どが「抽象論とスローガン」になっているのを見れば分かる。

そこには、自ら“書き方”というものがある。何を、どのような順序で、どのよ
うに、ということである。それは、後に“方針書”のところでふれることにする。

第二には、事業経営全体についての活動とその目標を示すための、経営計
画書そのものを知らなければならない、ということである。これを知っている
社長は殆どないといえる。殆どの経営計画書は、「全くなっていない」としか
言いようがない程、お粗末なものばかりである。

以上の2つは、いずれも経営計画の樹立に関することである。苦労して経営
計画をつくりあげれば、これ自体が立派な社長の意思表示である。面白いこ
とに、この経営計画の発表会においては、どんな社長でも、最低1時間は
熱弁をふるうのである。それまでは、10分か15分も話をすればネタ切れに
なってしまった社長がである。
      (「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」P41~P44)

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まえがき

企業の成果は販売によって得られる。

当然のこととして、企業のすべての活動は販売に集約されなければならない。

とするならば、企業の最高責任者である社長は、販売について何をしなけれ
ばならないかということになる。この点に焦点を合わせて、幾多の実例を通
じて考えてみたのが本書である。

まず、何をおいても、お客様の要求をつかまなくてはならない。最良の方法
は、社長自らお客様のところを回ることである。社長以外の人が回るのと、
その差は天と地ほど違う。

お客様の要求を満たすことは、販売部門の活動だけでは、どうにもならない
ことがよく分かる。どうしても社長の指揮による全社的な活動が必要である。

お客様の要求を満たすことは、面倒臭く、能率が悪く、経費がかかる。この
ことを肝に銘じ、我社の事情はいっさい無視し、ただひたすらお客様に奉仕
する会社が勝利をおさめるのである。

正しい奉仕をし、正しい報酬をいただく、これが事業である。これを可能に
するかどうかは、社長次第であり、しかもこれが可能であることを私は幾多
の実例から知っている。社長の指導のもとに、全社の総力をあげてのお客様
サービスがそれを可能にするのである。この意味で、会社というのは“サー
ビス集団”なのである。

しかし、お客様の要求を満たそうとしているのは、自分の会社だけではない。
必ず競争相手がいる。しかも、その敵は必ずしも同業とは限らない。他業界
からの参入もあれば、時には巨大な場合もあり、更に海外からの進出もある。

それらの敵と競り合って勝たなければならない。もはや営業部門だけの努力
に頼っておられる時代ではない。全社をあげての一糸乱れぬ行動が必要であ
る。この意味では、会社は“戦闘集団”でなければならない。

サービス集団と戦闘集団という二つの特性をもつ集団を指導して競争に勝ち
残り、繁栄を達成しなければならない社長諸賢のために、本書が少しでも役
立つことを念願して本書を刊行する次第である。

本書が刊行できたのは、産能大学出版部粕谷正利編集長をはじめスタッフの
皆様のご好意とご援助によるものである。紙上で御礼申し上げる次第である。

平成3年9月
一倉 定
    (「社長の販売学 一倉 定 著/産能大学出版部刊」P1~P3)

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その6「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」ほか

2.目標の設定

だだひとつの目標設定ではダメ

L社にお伺いした時のことである。L社の悩みは、売上高ばかり伸びても、
その反面利益は低下してゆくことであった。

L社の目標は売上高だけであった。そして、売上目標を上廻った分に対す
る報奨制度がもうけられていた。

このような制度のもとで、社員の関心は報奨金だけに向いてしまった。
売上高さえあげればよいのだから事は簡単である。営業員はジャカスカ
値引きをして注文をとる。製造部門では、仕事の増えた分は外注に廻して
しまったのである。これでは利益が低下しないほうがおかしい。

L社の誤りは、売上高だけを目標としていたところにある。社員は経営に
対する責任を負ってはいない。考えるのは自分の利益である。だから、他
のことは考えずに、ひたすら売上増大を図っただけのことなのである。
こんな馬鹿なことなんかあるものか、といわれるかも知れないが、観光旅
館のB社でも、車両の重整備工場のS社でも、家具メーカーのT社でも、一
度はこの方針をとり、一様に失敗して、
『売上高だけを追ってもダメですね』
と私に語っているのである。U電機では、社員は高額商品だけしか売らなく
なった。そのために、低額商品の売上が激減して、工場が遊んでしまい、
何のための売上げ増大か分からなくなってしまったのである。

このように、ただ一つの目標は、社員の関心をそれだけに向けてしまい、
他の要因を考えなかったり、軽視したりするようになってしまうのである。

事業経営というものは、様々な要因と、そのための様々な活動が、お互い
に因となり果となり、相互に影響し合いながら運営されてゆくものであるの
は論をまたない。

だから、事業経営に必要な、すべての活動についての目標を設定し、その
目標を達成するための方針を樹立しなければならないのである。

それらの目標や方針は、個々に立てられるのではなくて、あくまでも会社
全体の立場から立てられなければならない。

当然のこととして、個々の目標や方針相互の活動を効果的に果すための、
有機的なつながりを必要とし、相互のバランスが重視されなければならな
いのである。

人、物、金、時間という4つの資源を、どのように組合わせて
ゆくか、を十分に考慮しなければならない。

特に、バランスについては、よく考えないと逆効果をもたらすのだ。

石油販売業のS社長は『うちの計理士は、僕がSS(サービス・ステーショ
ン・・・ガソリンスタンドのこと)を新しく建てるたびに、「社長、固定比率が
高くなりすぎて危険ですよ」の一点張りだ。個々のSSの売上高には限度が
ある。だから、売上げ増大を図るにはSSの数を増やすよりほかないのだ。
また、固定比率が高いというけれども、いままでそのために会社がピンチ
に立ったことはない。これを、どう考えたらいいのか』という質問である。

バランス・シートを調べてみると、優れた業績をあげているためではある
けれど、SS新設時の固定比率はたしかに高くなっているが、次の期には
低くなっている、という繰り返しなのである。何も心配はいらないのである。
私は『社長、心配ありませんよ。成程、一時的にはたしかに高くなってい
るが、すぐに低くなっていますからね。長期的に見れば安定しているので
すよ』と返答した。

バランスを重視することは大切であるが、しかし、短期的なバランスばかり
を考えたら何もできない。大切なことは、長期的なバランスなのである。
長期的なバランスを見て、心配なければ、短期的なアンバランスは、あまり
重視しなくともよいのだ。・・・・・・ただ一つ、“資金”を除いてである。

また、重点主義、集中主義をとっている限り、そのためのアンバランスが
生ずることもある。非重点部門が手薄になるというようなことだ。そのよう
なアンバランスを承知の上で、手を打たなければならない時さえあるのだ。
この場合にも、そのアンバランスを、計画的にバランスさせることを考えて
いる限り、一向に差し支えないのである。

困るのは、むしろ社長の不得手の分野や、実態の認識不足によるための
関心の低さによる重点活動への投入資源の不足であり、社長の得意の分
野とか、一人よがりからくる投入資源過剰なのである。

社長に意見する人は少ない。
そのために、知らずに誤りをおかすことになりやすい。社長は、よくよくこの
ようになる危険のあることを知った上で、経営計画をたてなければならない
のである。
       (「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」P47~P51)

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1 倒産の危機を乗り越える

はじめて札幌で、“社長ゼミ”(筆者が20年あまり定期的に開催している
社長だけを対象としているゼミで、年8回8つのテーマで1テーマ2日間、
開催地は、東京・大阪・福岡・札幌、うち札幌だけは年4回となっている。
主催は日本経営合理化協会)を開催した時のことである。

S社長の会社は漁網の専門メーカで、主製品は“はえ縄用ロープ”である。

数年前、不況に見舞われた時のことであるが、極度の売上不振のために
会社は大ピンチに陥り、懸命の努力も効果がなく、先行きの見通しも全く
立たず、S社長はやむを得ず会社を解散することを決意した。

失意の中での悶々の日を送っていたある日、当てもなくフラリと札幌に出か
けた。

何気なく入った書店で、私の著書『社長の姿勢』(産能大学出版部刊)という
本が目にとまった。手にとってパラパラと頁を繰って拾い読みをしたところ
“これは・・・・・・”と感ずるものがあった。さっそく買い求めて夢中で読んだ。

S社長の心を強く打ったのは、「社長はお客様のところへ行け」という私の
主張だった。今まで、お客様のところへ行ったことなどなかったからである。

S社長は「お客様のところを回ってみよう」と決心し、夢中になってお客様
訪問を行ったという。

お客様のところでお伺いすることの一つひとつが、今まで全く考えてもみな
かったことばかりであった。お客様の苦情、お客様の要望は、何一つとして
胸にこたえないものはなかったのである。

それらお客様のお言葉を、一生懸命に実行に移した。やることは、あとから
あとから、いくらでもあったのである。お客様は喜び、S社長を高く評価
するようになった。

夢中でこれを続けたところ、いつの間にか赤字は消えてしまっていた。さら
に努力を続けた。気がついてみたら、好業績会社に変わっていたのである。

社長も会社も、全く生まれ変わってしまった。この間、高収益の新製品が
3つ生れた。それらはすべてお客様の意見に従っただけだった。

現在は、事業経営に関する不安など全くなくなっただけでなく、将来に対す
る大きな希望を持てるようになったという。

S社長いわく。

「はえ縄は、すでに斜陽だといわれているが、私は平気だ。斜陽だろうと
不況だろうと、お客様のところさえ回っていれば大丈夫です。斜陽だからと
いったって、製品が消えてしまうわけではない。斜陽だというのなら、その中
で占有率を高めればよい。そうすれば会社は成長することさえできます」と。

それは、確信に満ちたものだった。

はえ縄の市場は、季節変動なんてものではない。年度変動とでもいう、
2~3年の周期をもった大きな波で、まことに始末が悪く、対応が難しい
製品である。

むろん、はえ縄用ロープだけでなく、何種類もの他の製品を組み合わせて
いるのだが、それにしても立派なものである。それらの製品についても、
お客様の意見を次々に取り入れているのはいうまでもないのだが。

お客様の意見を十分に聞き、それを実現することの強さを教えてくれるS社
である。

S社のご繁栄を祈念する気持ちで一杯である。

     (「社長の販売学 一倉 定 著/産能大学出版部刊」P2~P4)

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その7「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」ほか

2.目標の設定

目標の設定

目標は、事業の経営に必要な様々な活動について設定されなければなら
ない、というのであれば、それはどのようなものであろうか。私は、主なも
のとして、少なくとも次の8つを挙げることにしている。

 1.市場の地位 

 2.利益 

 3.革新 

 4.生産性 

 5.人的資源 

 6.物的資源 

 7.資金 

 8.社員の処遇 

である。以下、これらについて、若干の説明を加えよう。

まず第一に、“市場の地位”である。これは、占有率またはランクのことであ
る。これを目標のまず第一にもってきたのは、重要な意味がある。経営戦
略篇で述べた通り、占有率の確保こそ企業存続の絶対条件だからである。

売上高が年々順調に伸びているからといって安心しているわけにはいかな
いのである。もしも他社がそれ以上伸びていれば、市場の地位は下がるか
らである。

社長の関心は、常に「他社との比較でどうか」ということでなければならな
いのである。業界の伸び率よりも我社の伸び率が低ければ、市場の地位
は低下しているのだ。このことをわきまえていないと、知らぬ間に占有率が
落ちてゆく、という危険があるのだ。

だから、
売上目標は占有率を維持するのを最低限としなければならず、
意欲的に占有率の向上を目標としなければならないのである。

ただし、高すぎる占有率にならないように気をつける、ということである。
占有率は高すぎても危険だからである。

占有率の目標は、まず長期的なものが必要である。「5年後の占有率をい
くらにする」という具合である。この長期目標から、毎年どれだけとか、来
期はいくらの占有率を狙う、というようにするのだ。

ところで、占有率の対象となる市場はどう見ればよいかということになる。
それは、「国内占有率70%で、世界占有率20%」というように、対象は一
つではなく、また一つに限定しないほうがよい。

事業の推進に必要な戦略を、どの市場に対して遂行するか、という観点か
ら占有率を考えればよいのである。「当県の占有率はいくら、それは当地
方の占有率ならいくらに当る、そして、東日本でいくらになる」というような
見方をするのである。例えば、「我社の当面の占有率目標は、県内で3年
後に30%を確保し、5年後に当地方で20%にもってゆく」「当社の全国占
有率は3年後に10%以上を目標とする。ただし、この時点で主要商品Aは
30%、Bは20%以上を確保しなければならない」。

というように、明確な戦略目標を設定することが大切である。このようにす
ることによって、社長は自らの意図を誤りなく社員に示すことができるので
ある。

しかし、占有率を知るためには、業界の大きさ……つまり売上総額が分か
らなければならないことになる。これは、大変難しいようでいて、案外やさし
いものである。何も正確な数字は分からなくとも、「大よその見当」でいいの
だから、公式のデータがなくとも、流通業者の主なところを当ったり、同業
者の調査を興信所を通じて行うくらいのことはやるべきである。この程度の
ことで、ほぼ見当がつくものなのだ。これくらいのことができないようでは話
にならないのである。

(「1.市場の地位」以上 次回「2.利益」)

       (「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」P52~P55)

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2 製品戦略の誤りを思い知らされる

D社は木製家具の問屋であった。

オイルショックまでは順調な成長をしてきたが、オイルショックは家具の
売上を30%も落としてしまった。

D社長は、必死の努力を払ったが、効果は思わしくなく、「長年続けた家具
問屋だが、どう経営したらよいか全く分からなくなってしまった」と、私のとこ
ろに相談が持ち込まれたのであった。

D社長にお伺いして、決算書にザッと目を通して----私は決算書の分析は
特にやらない。サッと5分ほど2期連続の比較を頭の中でやるだけである。


というのは、過去をいくら研究しても意味はない。過去は変えられないから
である。私は過去は“確認“するだけである。それは、会社の“現在の位置”
を知る必要があるからで、現在の位置がスタートで、「それからどうする
か」である。決算書をいくら研究しても、過去は変えられないし、同じことは
2度と起こらないのだから、過去から将来の道を探り出すことは不可能で
ある、というのが私の考え方である。

さっそく社長にお伺いしたのは、

「お客様のところを回っておりますか」ということだった。どの社長に対して
も、私が行う最初の質問はこれである。

いくら社長の悩みを聞いても、これに対する回答は会社の決算書にはない。
それはお客様のところにあるのだ。

ちょっと脱線するが、ゼネラル・モーターズ中興の祖といわれている大経営
者アルフレッド・スローンは、ヨタヨタの会社を立て直すのに社内の過去の
資料には頼らなかった。

再建のポイントは、当時アメリカ市場の60%の占有率を占めているフォー
ドのT型車を駆逐することにあった。そのためには、どうしても全国のディー
ラーの意見を聞かなければならない。スローンは全米のディーラーを訪問
したのである。

ディーラーの意見というのは、次のようなことだった。

圧倒的な占有率を誇るフォードのT型は、全くモデルチェンジをしなかった
ために、消費者から「T型にはあきた。目先の変わった新型車が欲しい」と
いう希望が多いということだったのである。

消費者の声に基づいたスローンのT型車駆逐戦略は、

 1.ニューモデルを次々に出してT型車を心理的に陳腐化させる
 2.そのために中古車市場の活性化を行う

というものだった。

この戦略によって、
数年でフォードを抜き去ってしまったのである。

話をもとに戻そう。

D社長は、私の勧めよってお客様訪問を始めた。そこには、社長が今まで
考えてもみなかったさまざまな事が起こっていたのである。

まず第一の驚きは、セールスマンは社長が回ってもらいたいと思っている
大型店や店格の高い店にはあまり回らず、小型店や零細店に多く回るとい
うことだった。

その他、ベテランはお客様の訪問回数が少なく、喫茶店にたむろしている
ことが多いとか、あるセールスマンは学校の同級生の勤めている店に毎日
行って時間をつぶしている、というようなこともあった。

しかし、社長が大ショックを受けたのは、ある大型店の仕入担当者の言だっ
た。それは次のようなことだった。

その店では仕入れ業務の合理化を行うために「なるべく少数の問屋から総
ての仕入れをするという方針だった。D社は取り扱い品種が少ないために、
会社の方針からすれば仕入れはできないのだが、D社の団地サイズの応
接セットが非常によく売れるので、それを仕入れていた。だが、これは方針
違反ということで、上層部から仕入れ中止命令がいつ出るか分からない、
という言であった。

D社長の驚きは大きかった。他の店にもこのことを聞いてみると、みな口を
そろえて扱い商品が少なすぎるという意見だった。お客様の要求とD社長
の考えがズレていたのである。

D社長は好んで少品種主義をとっていたわけではなかった。その理由とい
うのは、オイルショックによって家具メーカーの販売方針が小売店への直
販を取り入れてきた、ということへの対策だったのである。

社長の状況判断は、「メーカーが直販に変わってしまえば問屋は浮き上がっ
てしまう。だから、問屋の生きる道はメーカーが直販できない食卓セットに
力を入れることである」というものであった。食卓セットは安価でかさ張
るので直販はできにくいからである。

お客様訪問を全くせず、セールスマンの報告や業界紙の記事からだけで
判断するから、こうしたトンチンカンな結論が出てしまうのである。

もしも、社長が自らお客様のところを回っていれば、そうしたメーカー直販
はごく一部にはあるが、決して流通の主役にはならないということが分かっ
てきたはずである。

メーカーが問屋の頭越しに直販するといっても、それは自社で製造してい
るものだけである。それがすべて売れ筋商品とは限らない。小売店の立場
からすれば、たしかに問屋より安価で仕入れができるかも知れないが、売
れるか売れないか分からない商品を、「安価だ」という理由だけで仕入れて
も、売れなければ何にもならない。当然、仕入れは消極的になる。

それと反対に、問屋はたくさんのメーカーの品物を扱っているから、売れ筋
と死に筋の品物をよく知っている。だから、問屋から売れ筋情報を聞いて、
これを仕入れるほうが有利なのである。

以上のような私の説明を聞かれたD社長は、自らお客様を訪問しただけに、
直ちに納得されて商品構成を元のように直したのである。

業績が向上しだしたのはいうまでもない。

ここで、一言ふれておきたいのは、問屋という業種は情報産業のかくれた
重要な一員だということである。詳しくは、後章でふれるが、それは問屋の
販売戦略の中でなくてはならないものなのである。

     (「社長の販売学 一倉 定 著/産能大学出版部刊」P5~P9)

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その8「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」ほか

2.目標の設定

目標の設定

目標は、事業の経営に必要な様々な活動について設定されなければなら
ない、というのであれば、それはどのようなものであろうか。私は、主なも
のとして、少なくとも次の8つを挙げることにしている。

 1.市場の地位 

 2.利益 

 3.革新 

 4.生産性 

 5.人的資源 

 6.物的資源 

 7.資金 

 8.社員の処遇 

である。以下、これらについて、若干の説明を加えよう。
(目標の設定 2/8)
次には“利益”目標である。

会社は、どんな事があっても絶対につぶしてはならない。それは、会社を
つぶすことによって、多くの人々に迷惑をかける、ということだけでは
なくて、会社の負っている「社会的責任」を果たすためである。

その社会的責任とは、一つには、「社会に富を貢献する」ということであり、
もう一つは、「社員の生活を保証する」ということである。この社会的責任
は重かつ大である。この責任を考えれば、社長たるもの、安易な経営態度
など絶対に許されるはずがない。

「会社の存続」という至上命令を果たすために、絶対に必要なものが利益な
のである。

事業を継続してゆくことは容易なことではない。いろいろな危険が、あと
からあとからと襲ってくるからである。過当競争、不況、陳腐化、資源不足、
天災地変などなど……。

それらの危険に直面した時に、もしも利益がなかったなら、たちまちのうちに
赤字転落から倒産の道を辿らなければならないのである。利益あってこそ、
これらの危険に耐え、時をかせいで、事業の再整備が可能になるのだ。

こう考えてくると、会社にとって、最早、“儲け”なるものは存在しない
のである。利益というのは、明らかに事業を破綻から救う保険の役割をはたす
ものである。この意味で、利益の本質は明らかに“事業存続費”である。

経済学上の利潤や、会計学上の利益があることは事実である。しかし、こと
事業経営についていえば、“利益”なるものはない、ということなのである。

利益というものが、事業存続費であるならば、多いに越したことはないこと
はいうまでもない。けれども現実の問題として考える時には、「最小限、
ギリギリのところ、いくらの利益がなくてはならないか」ということになる。
これは、例えば火災保険というものは、万一火災に遇った時の備えである
から、多いに越したことはないけれども、「最小限、いくらの保険が必要か」
と考えるのと全く同じなのである。

社長の関心のまず第一は、事業を存続させるために必要な”最小限利益”で
なければならない。「事業は利益が最大になるように行動する」という経済
学の理論は、あくまでも経済学のことであって、経営学の理論ではないので
ある。

というのは、理論伝々ではなく、現実の経営に最大限利益という考え方を
導入することは明らかに間違いなのである。何故かというと、企業のあげ
られる最大限利益は、企業が必要とする最小限利益よりも遙かに少ない、
というのが厳しい現実のすがただからである。「できるだけ利益をあげる
ように頑張ってみたが、これしか利益が出なかった」では済まないことを
心得ていなければならないのである。これは、「できるだけ頑張ったけれ
ど、会社はつぶれてしまった」では済まないことを考えてみたら、お分か
りいただけると思う。

では、その最小限利益とはいくらくらいなのだろうか。これは、理論とし
てではなくて、実際問題として考えてみよう。

考え方としては、「従業員一人当り税引前利益」をいくらにしたらいいか、
というようにみたら分かり易い。(税引前利益は経常利益とごく僅かしか
違わないから、経常利益におきかえても差し支えはない)

今、一人当り30万円の税引前利益を考えてみよう。これから法人税約4
0%、地方税15%を納めたとすると、これの合計が16万5千円となり、
税引利益は13万5千円となる。これから、配当金2万円、役員賞与1万
円の計3万円を扱うと、残り……つまり内部留保は10万5千円となって
しまう。もしも、利益の源泉である付加価値(流通業者の場合は粗利益)
が翌年も同じであるならば……そして、このようなことが起こる可能性は
常にある………人件費の上昇分さえ賄えずに、たちまち赤字転落してしま
う、という危険がある。

たった1年の業績停滞で赤字転落するようでは、安定経営はとても望めな
い。少なくとも1年くらいは業績が低迷しても赤字にならないだけの利益
をあげる必要がある。それには、第1表の計算式に見るように、100万
円という数字が出る。この100万円でさえ、インフレによって、年を追
うごとに、高く修正しなければならないのである。

一人当り100万円の経常利益が必要だといっても、現在一人当り10万
円か20万円しかあげていない場合は、いきなり100万円というわけに
もいかない。3年~5年後にこの目標に達する、というように考えて、中
間目標として、40万円を設定するというようにするのが実際的である。


(「2.利益」以上 次回「3.革新」)

       (「一倉 定の社長学/経営計画・資金運用」P55~P59)

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3 安いのにコロッケが売れない

Y社は冷凍コロッケのメーカーだった。

私が初めてお伺いした時には、過去2年間赤字で、今期はさらに赤字が増
大することは目に見えていた。

社長は、必死になってコストの低減と生産性向上に取り組んでいたのだが、
それがサッパリ効を奏していなかった。納入先の商社からの定期的な値下
げ要求にこたえて値下げをしなければならなかったからである。

Y社長は、このうえ何をしたらよいのかがわからなかったのである。

私は、Y社長に、「小売店を回ったことがありますか」と質問したところ、
「全然ない」とのことだった。

小売店の実態を知らずに、何のコストダウンか。とにかく小売店の店頭に
立って、そこで何が起こっているかを知らないで、事業も何もあったもの
ではないのだ。

私は、社長に小売店訪問を勧めた。納入先の商社の担当者など何も知らな
い人種であるからだ。

1ヶ月ほどたってから再度Y社にお伺いした時には、社長の考えは全く変
わっていたのである

社長は「とにかく小売店の店頭に立ってみよう」と決心し、白衣を着て店
先に立ってみたのである。そして、たった1週間で自分の考えが間違って
いたことを思い知らされたのである

その店は“フードセンター”にあり、同じ売場の中にもう1軒コロッケを
売っている店があった。そこで不思議な現象を見せつけられたのである。

ライバル店のコロッケは、Y社より高値でありながらよく売れていた。こ
れはY社長にとってショッキングなことだった。いままでは“安く”しな
ければ売れないと頭から信じていたからである。

さらに、店の前を通るお客様を見ていると、Y社のコロッケを置いている
店など見向きもせずにライバル店に行ってコロッケを買い、またY社のコ
ロッケを置いている店の前を通って帰って行くのである。

ある日、そのようなお客様の一人に声をかけて、自らの身分を明かし、
「なぜうちのコロッケを買って下さらないのでしょうか」と恥をしのんで
お伺いしたのである。

そのお客様の返答はただ一言、「おいしくないからだわよ」というので
あった。

Y社長は納入先の商社に事情を話して諒解をとり、旨いコロッケを作るこ
とにしたのである。挽き肉を多くし、生クリームを使って、である。

これを売り出したところ、売上は上がり出し、やがて会社は黒字転換した
のである。

   (「社長の販売学 一倉 定 著/産能大学出版部刊」P10~P12)

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