鳥 籠 と 青 葡 萄
夫が物置から古い鳥籠を出してきました。
先代の文鳥が長く出入りしていたものです。
金網はさびかかっていましたが、目がきれいにそろっていて危険な
ところはありません。底のプラスチック部分に、わずかにヒビが
走っていました。それも実用には差し支えなかったのですが、念の
ため荷造りテープを絆創膏よろしく貼り付けました。「少しかっこ悪いけど、これで我慢してもらおう」「すぐ放すんだもんね」
母鳥は、近くの枝に来て、私たちのすることを監視しながら、
「コドモヲカエシテ。ハヤクカエシテ」
と、あいかわらず鳴きつづけています。「おまえの赤ちゃんは、とっても安全な保育器にいれられたのよ。
ちゃんと飛べるようになったら、すぐ返してやるからね」
といったところで、ヒヨドリに人間のことばが通じるわけがありません。
声がつぶれそうに鳴いている母鳥の気持ちをおもうと、こちらま
で切なくなってくるのでした。雛たちは籠に入れられた瞬間からずっと、二段ある止まり木の上段で、
まるで磁石の両極のようにピタリと体を寄せ合っています。
「ドンナコトガアッテモ、イッショニイヨウネ」
「オカアサンノトコロニモドレルマデ、ズットイッショダヨ」
そんな風に、誓い合っているかのようでした。二羽は並んでみると、大きさがだいぶちがっていました。
それは、だんだんわかってくるのですが、オス・メスの違いだけでなく、
体力、成長の違いなどをしめすものでした。
この違いが後に、このきょうだい鳥の運命をまったく別のものに
してしまうのです。そんなことを知るよしもない私たちは、どうせすぐ親に返すのだか
らと、二羽にいとも簡単な呼び名つけたのでした。
大きいほうを ダイちゃん 、小さいほうを チーちゃん 。やがて、私たちはあることに気づきました。母鳥は、自分の子どもを
返してほしいという悲痛な叫びのあいまに、まったく別の鳴きかたを
していたのです。それは遠くまで響いていく甲高い声で、語尾を長くひきます。彼女が
その声を発するたびに、どこからか、同じような鳴き声が返ってくるではありませんか。ときには、その逆に、むこうから先に鳴き声がと
どき、母鳥がそれにこたえることもあります。どうやら父鳥は、無事だったようです。夫婦で、互いの場所を確かめ合ってでもいるかのようでした。
それにしても、台風が来るまで、四羽の雛にあんなに一生懸命餌を運
んでいた父鳥が、いまなぜ母鳥と一緒にわが子を助けようとしないの
だろうか、と不思議でした。声だけで、姿を見せないのです。夫は巣のある白樺の太い枝に、 チーちゃん と ダイちゃん の入っている
鳥籠を下げました。私たちが家の中に隠れると、とたんに、母鳥がそ
の上に飛び乗りました。彼女は美しい緑色の玉をくわえています。
「葡萄だわ」
近所に葡萄棚を作って日よけにしている家があります。おそらく、
手っ取り早くそこから失敬してきたのでしょう。
「雛があんなに若い実を食べるのかな?」
ほんとに硬くてすっぱそうな青葡萄でした。母鳥はそれを雛に与えよう
とけんめいです。
悲しいことに、葡萄の粒は鳥籠の金網の間隔より大き過ぎて、雛が
大きく口あけても下に落ちません。母鳥はあきらめず、新しい青葡萄をとりにいっては、何度も同じことを
試みるのでした。しかし、粒の大小を選別する能力がないのでしょうか、それとも無我夢中で手当たり次第にとってくるのでしょうか、運んでく
る青い実はみんな大きすぎて、金網の目を通過しないのです。夫は、母鳥のいないすきを狙って、すばやく鳥籠の天井の金網を、一か所押し広げてきました。
しかし、青葡萄をくわえてもどってきた母鳥は、ちっともそれに気づきま
せん。チーちゃんもダイちゃんもあいかわらず上を向いて、甘え声とともに
羽をふるわせ、口を大きくあけるだけでした。背伸びすらしないのです。「このままでは二羽とも弱ってしまう。何とかしなければ...」夫は、ヒヨ
ドリ一家を不幸にした全責任が自分にあるかのように、真剣な口調で言い
だしました。そして「ひと走りして、スーパーに行ってくるから、猫に
とびつかれないようによく見てて」
といいのこして、自転車に飛び乗り、あたふたと出かけていきました。
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つれりんさん