Tequila's  Bar

Tequila's Bar

2005.12.20
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このところ、久し振りに過呼吸がある。

辛いとき、いつも思い出す。

母になったときのこと・・・・・長男出産のときのこと。

分娩台に2泊2日横になっていて、破水し、子供のいのちを優先させるか、母体のいのちを優先させるか、という事態になったとき、隣の手術台にオペの支度をする金属音がうるさくなってきたとき、生まれて始めて私は私の命を投げ出しても構わない、と思った。
生まれるべくして、私の胎内で育ってきた子に、この世の光・空気を吸わせてください、と。
私はもう十分に生きたから、命をつなぐことが出来たから、もういいから、と。

神様に祈った。

そのとき、骨盤が見えない手に持ち上げられるような感覚になって、
「先生、生まれそう・・・・」

「先生、生まれます!!!」
と。
そんな中で、生まれたのが長男・・・・・。

私は十分に生きたから・・・・・そのとき思ったことは本当・・・・・。
その瞬間に、何故私に子供が恵まれたのかが、胸にしっくり落ちてきたように思えた。
人類の一人としての役割を果たすことが出来た、という安らぎ・・・・・。

それまでは、生きていくことに懸命で、それの辿り着く先まで見通していたか、というのは分からなかった。
現実は、世の中は、不安定だった。
でも、私は子供のお蔭で母になれた。
それは、ただただ有り難かった。
よくも私の子供として、私を母親にしてくれた、という感謝しかなかった。


ずっと、ずっと幸せだった。
いつもいつも、子供に
「幸せね、幸せにしてくれて有難う」と、言ってきた。
子供が最初に、「ママ」の次に、単語として口にした言葉、
「し・あ・わ・せ」


その後、私は酷いパニック発作に悩まされ、十数年を周りに迷惑をかけつづけて過ごすのだけれど・・・・・。

私がこの世に生れ落ちて、育まれて、育てていただいたお蔭を、女の役割として、いのちを繋げるものの使命を果たせて、シミジミ有り難かったこと、全てに感謝できる自分を見つけることが出来た喜びを、子供に教えてもらった。

いま、私は体がチト辛いけど、このことを思い出すと幸せになる。
だから、大丈夫。
辛いことは、有り難さを教えてくれる。
元気だったときに、もっと感謝できるようになっていればなあ、と、小さな反省も持ちながら、今日も幸せである。

アリガトヨーヨー(*≧∇≦)/--------((礼))≧□≦)~☆グハッ〃 ̄∇)ゞアリガトォ





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Last updated  2005.12.20 14:07:57
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