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2021年08月14日
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カテゴリ: ワンコとの暮らし
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​愛犬の咲也が亡くなりました​ ​​

一緒に暮らしだして数年、ソファに飛び乗ろうとして「キャン!!」と悲鳴を上げ、後ろ足が立たなくなりました。
すぐにかかりつけの獣医さんに連れて行ったところ脊椎ヘルニアと診断され、専門医を紹介してもらって連れて行きました。
そこで投薬治療をして、経過が良くなければ手術と言われましたが、その時は1か月程の通院治療で持ち直しました。
レントゲンを見ながら先生は「2か所危ない場所があるから、おそらく今後再発して手術することになると思う」とおっしゃっていましたが、段差に気を付け思い切りは走らせない生活をするように心がけ、再発することはありませんでした。

ダックスの宿命とも言える脊椎ヘルニア。
そのことを知っていたので、自分で犬種を選んで飼うとしたら、ダックスを選ぶことはなかったと思います。

でも、咲也は道の駅に置き去りにされていたのを保護したので、最初はガリガリで状態も悪く、はっきりなんの犬種かわかって暮らしだしたわけではありませんでした。

身体を丸めた状態でしか眠れない狭さの場所に閉じ込められているとそうなります。
外にお散歩にも連れて行ってもらっていなかったのか、足のパッドがツルツルでした。
太陽の光がまぶしいのか涙がポロポロ出ました。薄暗い部屋に閉じ込められていたようでした。
あばら骨が浮き出ていて、背骨がゴツゴツとしていました。
地肌が見えるほど短くバリカンで丸刈りにされていましたが、フケだらけでした。
公衆トイレの柵にリードで繋がれ、寒さに震えながら、必死に飼い主を探してキョロキョロしていました。
私が道の駅に行ったのは夕方近い時間でしたが、午前中からずっと繋がれたままだったと露店の方が言いました。
私がしゃがんで「うちの子になる??」と声をかけたら、オドオドとしながらも尻尾を振って近寄って来たので、一緒に暮らすことになったんです。

すぐに獣医さんに連れて行きました。
致命的な病気はないけれども、成長時に育った環境が悪いからあんまり長生きはできないかもと言われました。
歯の状態から推定2-3歳とのことでした。


可能性があると言われたことで、毎年、同じヘルニア専門の先生に健康診断をしてもらっていました。
数年後、今度は心臓に雑音があると言われました。
まだ、軽度の状態なのですぐに投薬治療を始めるかどうかはオーナーさん次第ですとのこと。
投薬治療は始めたら亡くなるまで続けなければならないこともうかがいました。
私は状態を見ながら来年の健康診断まで様子を見て、悪化が早いようなら投薬をお願いしたいとお返事しました。


悪化の目安として、お散歩ですぐ疲れて歩くのを嫌がる、眠っている時にぜーぜーする、ご飯を食べている時にむせる、などの状態になったらすぐに連れてくるようにと言われました。

そして、今年に入って少しして、眠っている時にいびきをかくようになり、気になっていたのでかかりつけの先生に予防接種の時、心臓をチェックしてもらいました。
雑音がひどいけれども、犬自体を見た感じ、全然苦しそうではないので、普段の生活状態はどうかと聞かれ、眠っている時にたまにいびきをかくようになった以外は変わりがないことを伝えると、投薬するかどうかはやはりオーナーさん次第ということでした。

道の駅で保護してから9年が経っていました。
保護当時2歳なら11歳、3歳なら12歳です。
心臓のお薬は飲ませ出したら、嫌がっても毎日続けなければなりません。
押さえつけてでも飲ませないとダメなんです。
そして、それで治るわけではなく、悪化を遅らせられるだけです。
咲也が全然苦しそうではないのにそういう毎日の投薬は咲也にとって嬉しいはずがありません。
Mダックスの平均寿命が12~15歳。
過酷な成長期で長生きできないかも?と言われた咲也。
ヘルニアも乗り越えて、心臓病をかかえここまで頑張ってきました。

同じように慢性病を患った猫の時、少しでも長生きして欲しくて毎日投薬する日々を送ったことがあります。
おやつや投薬用のおやつカプセルに入れたり、毎日騙し騙し薬を飲ませ続けましたが、だんだんと薬だけ上手に吐き出すようになり、最後の方は食欲自体が無くなって大好物のおやつさえ受け付けないのに、薬を飲ませるのは本当にお互いにとって苦痛な作業でした。
その上、闘病生活が長かったせいで、亡くなった時の状態は痩せ細って無残な姿でした。

私は咲也にそんな思いはさせたくないと思いました。
咲也が苦しそうなら、その症状を抑える投薬だけにして、なるべく今のまま暮らすことにしました。

結局、咲也は最後の3日間ほどあまり食欲がないぐらいで、おやつはしっかり食べ、お外へもお散歩に行き、このまま持ち直すのでは?と思っていたほど元気でした。
6月10日の朝、急に痙攣を起こし、私の腕の中で私の顔を見たまま呼吸が止まりました。
身体が冷たくなるまで、逝ってしまったことが信じられないような眠ったようなきれいな亡き骸でした。

私は悲しいというより、ただただ、咲也が居なくなってしまった寂しさで一杯でした。
咲也とはたくさんの思い出があります。
たくさん、色々な場所に一緒に行きました。
秩父に桜を日光に紅葉を群馬でリンゴ狩りしたり、今でも車の窓から嬉しそうに耳を風になびかせている様子、お散歩で他の犬の匂いチェックに夢中になっている様子、ペット可のカフェやレストランで自分のメニューを食べている様子が目に浮かびます。
9年間、どこに行くにも一緒でした。
毎日、トイレやお風呂までついてきてドアの前で待っているぐらい私とべったりの生活でした。
今でも、どうして急に私と離れ離れになったのか解からなくて、保護した時のように私を探してキョロキョロしているのでは?と心配でした。

PCに向かっていても咲也の気配を感じて何度もいつも私がPCを使っている間、咲也が居た場所に目がいってました。


8月12日、私はこれ以上、咲也の居ない生活に耐えられないと思いました。
そして8月13日、縁あって新しいワンコを迎えました。
ワンコと家に帰ってから、ワンコの保険の登録のために、ワンコの書類を見ました。
私はハッとしました。
その子の 生年月日が咲也の亡くなった6月10日 と記載されていました。
書類を見るまで私はその子の生年月日を知らなかったんです。

今、その子は咲也の居た場所に当然のように寝そべって、PCに向かう私を見ています。

姿かたちは変わっても、咲也が帰って来てくれたと思うのは間違いでしょうか?
甲斐犬の女の子です。
甲斐犬は日本固有の犬で日本の気候風土に適応していて、総じて外来犬より平均寿命が長く、病気になりにくい犬種だそうです。
鹿やカモシカ狩り用の猟犬で崖などの段差をものともしない運動性能で、中型犬ながら2メートルのフェンスも乗り越えることがあるそうです。
キャンプやハイキングなど長時間のお散歩が大好きだそうです。

階段の昇り降りも禁止で抱っこ移動していた咲也。
公園などの広い場所でもキャンターと言われる背中を丸めて全速力で走ることが禁止だった咲也。
心臓が悪くなってからは長時間のお散歩も禁止になった咲也。
今度は自分ができないことを思い切りでき、ずっと一緒にいられる長寿の犬種を選んだのでしょうか?
子犬の時から一緒に暮らしたいと願っていたのでしょうか?
他の日本犬より繁殖数が少なく、飼っている人も少ない甲斐犬。
9年間各地に出かけましたがめったに見かけることがありませんでした。
それなのに、突然この子と出会ったんです。

咲也が亡くなってから、同じように保護が必要なワンコを引き取ろうと里親募集している子を探して何度も色々なワンコのオーナーさんと連絡を取りましたが、ご縁が無かったようで断られ続けました。(条件は悪くないはずなのに・・・)
咲也が邪魔をしていたのでしょうか?

里親募集の子をあきらめて、ブリーダーサイトをネットサーフィンしました。
自分の希望犬種だったわけでもないのに、この子が気になり8月12日に決心し、13日に会いに行きました。
そしてそのまま、とんとん拍子に話がまとまり一緒に家に帰りました。
家についてもオドオドした様子もなく、平然と咲也がよく座っていた場所に陣取り、子犬なので咲也の首輪がぴったりでした。

猫じゃないから、長生きしても尻尾が二股に分かれたりはしないだろうけど、どうかそれぐらい元気で長生きして欲しいです。

今後はこの子との暮らしがメインのブログになると思います。
あずき

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Last updated  2021年08月15日 10時13分40秒
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