つれづれ日記☆家族と一ハム☆
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前記事へ頂いたコメントへのお返事もせず申し訳ありませんでした。 なんとなくPCに向かう余裕もなく、娘のことと関西へ行ったり来たり。 一度目の抗がん剤治療は検査の結果、特に異常もなく元気に退院し、自宅に戻ってからは精神的に落ち着いたようで、いつもの明るい母でいてくれました。暮れは受験もあり帰省せず、春にと思っていました。1月5日から二度目の抗がん剤治療が始まり、前回のようにはいかず、少し副作用が出ていたようで、食事もあまり進まないようでした。11日にはじめて嘔吐し、抗がん剤を一度飲まずにいたようで、そのお陰かその翌日は気分良く、朝食、昼食と食べ、そして午後、大量に戻し、顔色が悪くなり救急車で病院へ。妹が主治医の先生に連絡したところ、救急外来に伝えておいて、すぐに対応して下さるとのことだったそうです。そして病院へ。先生はすぐにCTを取り、その結果、嘔吐により胃が破れたとのことでした。癌によって胃壁が硬くなっているところが破れたようで、縫合は無理とのことでした。貧血に対する輸血もこういう場合はもうしないのですが、とのことでしたが、兄・妹の希望で一度だけお願いしました。翌日病院に向かったのですが、聞いた話しは「あと一日、二日・・・」とのこと。顔を見ると笑顔で迎えてくれて、しっかりしているのに・・・。「会わせてあげたい方には会わせてあげて下さい」とのことでした。娘は翌々日がセンター試験で無理です。理系なのでやっぱり二日とも無理。親戚はその日からいろんな方が会いに来て下さいました。当初それでも母は、少し我慢して胃が塞がればまた元気になると信じていたようで、それがとても辛かったです。ただ、これだけいろんな方が会いに来て下さるとわかってしまうのかな・・・とも思いました。翌14日金曜日はとても元気でお見舞いに来て下さった方と話しもしていたようですが、その夜中から胃が破れたところからくるものなのですが、痛みを訴えるようになり、その都度モルヒネ入れてもらうようになりました。そして徐々に徐々に、その回数が増えて行きました。常時モルヒネを入れるようにもしてもらいました。少しは楽になったようで、痛みを訴える時以外は通常の量で過ごしていました。16日主人が会いに行ってくれた時には、帰る間際に笑顔も見せてくれたと言って帰ってきていました。 18日は娘と行こうと約束し、取りあえず17日、まず一人で行きました。その朝、泊まりこんでいた妹からメールがあり、「夜中に3度程、痛みを訴えて、モルヒネを増やしてもらったと。意識があるのかないのかちょっと不安。」とのことでした。 その日は行く予定だったので予定通り準備し出発。大雪で85分も遅れて、11時頃付く予定が12時半ごろになり、病室に入ると、「早く、お母さんのところに行ってあげて」と言われ、慌てて駆け寄ると、口を開け、呼吸をして眼を瞑って寝ている母。一生懸命話しかけたけど、返事はなく、それでも声をかけていると、「午前中って言われててん」と妹。でもまだ居てくれました。 それから2時間程状態は落ち着いているようで、もう少し、明日娘が来るまでと思っていた矢先、看護師の方が入ってきて、「心電図がほとんど振れていないので、そばにいてあげて下さい。」と。それから10分くらいして母は最期に呼吸ではない口の動かし方をし、何か一生懸命言っているようでした。そして、涙を一粒流して、心臓が動きを止めました。1月17日午後3時8分。それが母が眠りについた時間でした。 受験が終わったらおばあちゃんに会いに行くと、一番楽しみにしていた娘。予備校から帰ってきた娘に話す時が一番辛かった。ここ一年あまり会いに行けてなくて、そして大好きだったおばあちゃん。しばらく私の胸で泣き続けました。一番可哀想なことをしてしまいました。 18日お通夜19日告別式息子は期末試験を一つ追試にしてくれて、母と一緒に会館に泊まってくれ、みんな揃ってお見送りが出来ました。きっとみんな揃って見送って欲しかったんだなと、思いました。 帰ってきて、今日初めて一人になりました。寂しいなとあらためて。留守電に母の元気な声が残っていて、今は聞けそうにないけれど、何時か振り返れる時がくるんでしょうね。 母から来ていたメール、娘がすぐにすべて保護していました。私は今日、保護しながら読んでまた涙。 母に遅くなったけど、生んでくれてありがとう。と伝えたいと思います。 大阪に行っている間、ふうは、いつも声掛けてくれる友人が預かってくれていました。お陰様で心おきなく母を見送れました。 いろんな事、人に感謝でいっぱいです。 読んでくださって、ありがとうございました。
2011年01月21日
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