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samsam7727

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samsam7727 @ Re:おきばりやす^^*/(10/15) べんてん2951さん >順調そうで何よりで…
べんてん2951 @ おきばりやす^^*/ 順調そうで何よりですね。 次は年末か年…
samsam7727 @ Re:フッフッフ^^(07/25) べんてん2951さん >>いっそのこと、二…

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久しぶりに帰ったその町は、僕が知ってるその町そのままだった。祖父母の住んでいた長屋。そう、長屋と呼ぶにふさわしいたたずまい。トイレは汲み取り。もしかすると水洗化されていたかもしれないが、そこまで確認する事は不可能。奥に井戸があり、ポンプが付いている。そのポンプで水を汲み、洗濯をする事もあった。家にもちろん水道はあったが、そのポンプは現役だった。ネズミ捕りに引っかかったネズミを成仏させるのも、その水を使った。

長屋に風呂はなく、子供や老人の足でも5分とかからない位置にあった銭湯も、昔のまま。私が今住んでいる地域では、銭湯はどんどんなくなる。家に風呂がある時代、銭湯は流行らない。この十年で知る限り二軒が店をたたんだ。でも、その町の銭湯はそのまま。相変わらず、風呂なしの家が多いのか?

人々が話す言葉はとてつもなく汚い。柄が悪い。海辺の町であるからという理由もあるのだが、老若男女、汚い。そして、大阪府の一部であるというのに、純粋な浪速っ子である僕にとっても理解不能な言葉なのである。

その町は、父が育った町であり、かつ、私にとっても本籍地。私の父は、その町を嫌い、中学を出ると、姉のいる東京に行った。アルバイトをしながら高校を出て、大学にも行った。家出同然で東京に行ったのだから、仕送りなどない。姉夫婦に頼る訳にもいかない。いつもお金がない状態だったらしい。父の口癖は「俺は修学旅行に行った事がない」だった。別にそれをひがんでいるわけではなかったが、それほど貧乏だったという事みたいだ。

大学はお金が続かず、中退したそうだ。ただ、父曰く、「その大学は卒業している奴より中退している奴の方が偉い」と言っていた。確かに、父の年代でその大学に学んだ有名人は何故か中退が多い。唯一中退が通じる学校かもしれない。

恐らく、大学でちんたら勉強しているどころではなく、働いて食うのが精一杯だったのだろう。

東京で就職した父は、様々な企業に勤めたそうだ。勤めた会社のいくつかについては、話を聞いた事がある。一時は羽振りが良かった企業が、あっという間に倒産してしまった話とか、可愛がってくれた社長が工場の事故で亡くなってしまった話とかが記憶に残っている。

その間、まったく異なる仕事をしながらも一級建築士の資格を取り、私が生まれた頃は、建築設計事務所の社長だった。従業員は母一人。土曜も日曜も働き、子供の頃は休日にゆっくり話をした記憶がない。休日に一緒に過ごす場合は、私を建築現場に連れて行く時だった。大人用の黄色いヘルメットをかぶせられた私の写真が何枚もある。そう、父の車にはいつもその黄色いヘルメットがあった。

タバコと車が唯一といっていいほどの趣味だった。結婚して初めて買った車は中古のブルーバード・ステーションワゴンで1300CCだったそうだ。それが、最後にはクラウンの最高グレードを買った。2600CCだった。父が40歳過ぎだった。エンジンが最初の車から倍になったと、感慨深げに話していた。



毎日、車で仕事に出掛け、ヘビースモーカー。いやがうえにも彼の肺は蝕まれた。

私が小学校の五年生の時、発病。肺癌だった。一時は薬が効き、退院した。社会復帰もした。しかし、再発した。三回の入院。三度目の入院では退院することは出来なかった。

26年前の1月8日。これは父が亡くなった日。始業式を終え、病院へ。それから、母の仕事の関係でやることが出来、母は父に付き添うため、私と父の姉が二人で外出した。片道2時間程度だったか。目的地に着くと父の容態急変を告げるメッセージが。帰りはタクシーで病院へ急行した。病院の父がいるはずのフロアに到着した瞬間、すべてを察知した。アルコールのにおいがする。その数年前に父の両親の死の際に経験した匂い。父は既に亡くなっていた。外出の際、父は最期を察したのか、弱々しく手を差し伸べた。握手した。それが父と私の最後の接触となった。

姉は臨終に間に合ったそうだ。父は兵庫県の病院に入院していた。私の学校は同じ兵庫県、姉の学校は京都だった。姉が入室し、父の手を握ったほんの数秒後、父の顔から血が引き、口から泡を吹いたらしい。

この時期になると父の死を思い出す。同時に、最近では自分の年齢も意識する。父の亡くなった年齢まで、あと7年。順調に行けば、長男は大学生、次男は中学生である。やっぱり死にたくない。自分が比較的早く結婚し、比較的早く子供をもうけたのも、父の死という体験と無関係ではない。タバコを吸わないのも父の死が影響している。

父と私の年齢差は、そのまま、私と次男との年齢差である。健康には留意しなければと気持ちを新たにする、父の命日。





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Last updated  2005.01.08 13:41:50
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