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皆さん考えてみました?なぞなぞみたいいですが、大切なことなのです。例題1 ヨーロッパの英雄ナポレオンは、ベルトではなく何時もサスペンダーをしていました、どうしてだと思います。A=「ズボンがおちるから」人は色々考えてしまいます。英雄だろうと、有名でも無名でも思考はどうのとと考えるなのではなく、クライアントとして来るときは、どんな時でもニュートラルに、事実だけをみとめる事、色んな理由を付け加えるのは、あなたの先入観で思い込みです。相手が話したこと、伝えたこと、全て、そのまま受け入れるのが良いセラピストだと思います。例題2 凄い地味な服を着た人が診察室に入ってきます。そして、静かにゆっくり話し始めました。この時あなたは、どうセラピストとして大切なことはどんなことだと思います?そしてどう思うとセラピストとして正しく相手を理解出来ないと思いますか?A=「この例題自体がセラピストとしては失格です」凄い地味な服=これはセラピストの主観ですね。もの事を素直にとらえる、弁護士と一緒です。依頼者の言うことは絶対です。そのとき目の前にいる方が全てで、その人の言ったこと、伝えていることが全てであなたの主観をいれてはいけません。そして想像も先入観を作り事実を受け止めるときの邪魔になります。うそを言っているとか、間違っているという意識もセラピストとしもうすでに相手を受け入れていません。先日も、私が体調の悪いときに、先生は何時も元気そうという方がいます。それは、あなたから見た私で、私ではありません。クライアントをみるということ、プロ=職人=愛=そのまま受け入れる事から始めます。「愛」から全てが始まります。そして次は「共感」をして、その前提でセラピストの考えの掲示や主観を持つこと、セラピーを進めていきます。その前提がなければ何も始めまりません。サンクチュアリは内閣府承認NPO法人ワールドホリスティックアソシエーションの共催事業です。
2006年06月30日
クライアントさんを診るときに大切なことを書きたいと思います。これは、私たちにとっては、とても大切なことです。また人間関係においてもセラピスト座標を作るうえで大切だと思います。例題1 ヨーロッパの英雄ナポレオンは、ベルトではなく何時もサスペンダーをしていました、どうしてだと思います。例題2 凄い地味な服を着た人が診察室に入ってきます。そして、静かにゆっくり話し始めました。この時あなたは、どうセラピストとして大切なことはどんなことだと思います?そしてどう思うとセラピストとして正しく相手を理解出来ないと思いますか?考えてみませんか?サンクチュアリは内閣府承認NPO法人ワールドホリスティックアソシエーションの共催事業です。
2006年06月30日
さて昨日の続きです。大丈夫だよ、私が守るからね、安心してなさい・・・でも、ウサギは子供をくわえながらなので、早く走ることが出来ません。熊は、小熊の為にと力を振り絞り追いかけていきます。ウサギも子ウサギを放せば逃げれるのですが、必死に逃げます。その時です...ここまで話をして、その先は、みんなで作っていきます。「あなたは、どんな続きか考えましたか?」ほかに、幾つかあるのですが、話をした子供たちは、泣き出す子もいたり・・うさぎを飼っている子は、熊を敵としてみたり様々な想いがあります。・・・今でもなつかしそうに話をしてくれます。良い話をしてくれる人は沢山います。でも、考えていくこと、そして、色んな感情を若いときに持てるように私はしていきたいと思っています。それぞれの視点、子供たちの価値観、時代性、生育歴、考え、現実と悲しみ、生きることの「ありがたさ」ものを食うということの意味と「いただきます」という手を合わす意味、みんなで考えて幾つもの続く話を作ってきました。子供たちの考える話は毎回目からウロコです。そして、人生の物語は自分で作れるということ、どう生きるかの選択は自分が決めて出来るということを伝えていきたい、そんな意図から産まれたワークです。これは、もう少ししたら今まで出会った子供たちと共著で絵本を出そうと思っています。最後がみんな違うので、まさにホリスティック絵本です。毎年、年賀状が沢山きますが、子供たちからのものが多く、成長を楽しみにしています。十歳で出会って、今、十八歳の方が、あの話はちよっとよつ衝撃的だったけど物の価値観が変わった瞬間、「宝物」と話してくれる方がいます。誰かいないかなー、沢山の人に読んでもらいたくて、絵本にしてくれる人、私の名前は出さなくていいし、印税も寄付でいいし、出版社の人みてたらいいのに・・・・。くまの親子とウサギの親子 ― 生きとしいけるものたちへ捧ぐ 著者「一緒に木をうえている子供たち」 なんてね内閣府承認NPO法人ワールドホリスティックアソシエーション
2006年06月29日
あんまりテレビをみない私ですが、昨日、アテーションプリーズという番組の一シーンが飛び込んできました。問題児だって訓練生が試験に受かりキャビンアテンダントになるというものなのですが、そのとき、彼女に教官に「たくさん叱ってくれてありがとうございました、教官がいたから私が今ここにいます。どんなマニュアルよりも、あなたの存在が一番の教えでした・・・」こんな全ての事はメッセージなんだね。そして、回想シーンで頑張っているところ、苦しいところで自然と涙がでます。これが私が伝えていくということだと思います。その場だけの良い事なんて何も相手に伝えられません。 私が過去に書いて出版された本の中にも、幾つか、昔話を入れてあるのですが、私は医療と同じものだと思っています。では、朝、書いた子供たちにいつも話してお話です。「山の中で、熊の親子が仲良く住んでいました。毎日、毎日小熊は野山をかけめぐり元気に過ごしていました。そんなある時、沢に入ってしまい動けなくなった小熊を助けようと、お母さん熊は危険としりながら足元の悪い沢に入っていいきました。そして、子供助け、帰ろうとしたとき、ドーン、ガラガラ、上からおちてきた岩がお母さんを目掛けて落ちてきました。お母さん大丈夫、大丈夫・・・・なんてと、動けるので、住家に戻り、休んでいると事にしました。何日も何日も・・・小熊は、お腹すいたよーお腹すいたーとお腹をぐるぐる鳴らしながらいました。でも、お母さんは動けません・・・次の日、お腹をすかして死にそうになっている子供をみて、お母さんは痛い足を引きずりながら歩いていきました。木の上にはおいしそうな、赤い木の実がなっています。これは、あの子が好きな木の実だわ。何度も、何度も木に登ろうとしましたが、足が痛くて登れません・・・。あきらめて川に行きました・・・魚は沢山いるのですが、水に足をいれると痛くて動けません。お母さんは途方にくれました。そんな時、川の脇で二匹の可愛いウサギがいました。子ウサギが、怪我をして動けなくなっています。そばで母ウサギは心配そうに、ぺろぺろと傷ついた足をなぜています。そして、熊に気がついた母うさぎは、子供をくわえて走り出しました。「おっと時間です。続きは明日に」
2006年06月28日
ゆーみんの歌に「やさしさに包まれたなら」というのがあります。小さい頃は神様がいて、不思議に夢をかなえてくれた、優しい気持ちで目覚めた朝は、大人になっても奇跡は起こるカーテンを開いて 静かな木漏れ陽ののやさしさに包まれたならきっと 目にうつる全ての事は メッセージ・・・あなたの目に見えているものを信じてみてくださいね。想像しないで、創造していれば毎日は奇跡はおこります。毎日、生活していて大変でも、疲れていても、そうしていれる、パソコンの前にいれることがどんなに幸せか、そして、だれかがいるから、そのなにげない当たり前の生活が出来ることを、ありがたいという素直な気持ち・・・。その感謝の前提があって、座標軸を作ります。これがなければエゴの座標軸です。ホリスティックを考えていくとき、様々な視点で座標軸をつくらなければなりません。環境、遺伝、生活習慣、食生活、人間関係、ストレス、社会性考え方、霊性(宗教観)、運動、仕事、愛、お金、このことについて意識しながら書いています。東洋医学では、鶴と亀を陰陽のたとえとして東洋医学を表すときに良く用いています。ホリスティックを考えるときにも使います。まず鶴の視点、そして亀の視点、飛ぶことの出来る鶴、水にもぐり、地を這う亀、自分を守る甲羅を持った亀、食べているもの思考も違います。卵で生まれるもの・・・何故、鶴は千年で亀は十倍の万年なのか・・・生きとしいける立場や、視点、食うこと、考えてみると沢山の言葉がわかります。これも自作の昔話にしてあるのですが、今度紹介しますね。夕方、私のメディカルチェックなので少し時間がとれるので、私が施設や保育園、小学校で話している、お話を書いてみます。子供たちには、こうしてホリスティックを伝えています。
2006年06月28日
先ほど「安全な子育て環境」の公開講座が、横浜で「乳幼児突然死症候(SIDS)群国際会議が開かれました。その中で、若いママさんたちにSIDSの悲劇にあってほしくないので情報として書きます。危険度として寝かせ方は、あおむけ1とすると、うつぶせは3倍、栄養を母乳を1とすると、人工乳は4.8倍の危険率があります。両親の喫煙している人たちは、吸わない人の4.7倍の発生率です。SIDSは両親の目を離したときにおこる。生後一ヶ月では母乳の場合一日12回から15回、総授乳時間は六時間から七時間・・・凄いね、ママたちは。一日の四分の一・・・、人工乳は、一日7回からは8回、総授乳時間は3時間から4時間と半分になる。この大変だけと、接する時間が長いというのも大切なことのようですね。赤ちゃんが睡眠中に血液中の酸素が低下し、二酸化炭素が増えると通常覚醒反応によって目覚めるが、覚醒反応が低下しているとSIDSは血気の脳の覚醒反応が関係する可能性があるといいます。ストレスが多いから吸う方もいるかも知れませんが、赤ちゃんにタバコの煙をさらさないなど、注意してくださいね。大切な命です。
2006年06月27日
心の座標軸 昨日は、夜、先日なくなられた患者さんの所にお参りにいってきた。鍼灸、整骨院、整体をまわり、中々痛みがとれずに月曜日に予約をいれてきた方だ、 急患は受付から私に電話がまわる。電話で少し話したが、声の調子、痛みの部位、愁訴とも内科系の疑いが強いので総合病院を受診をすすめる。 そして木曜日、息子さんから入院したとの連絡、母が、お礼と入院の知らせ。 土曜日、朝、彼女の死亡記事を読んだ。 何で、解らなかったのだろう。誰も、病院に行けとも伝えていない、整体院では、病院なんて言ってもね、と伝えている。 故人とは電話だけ話た間、霊前は、初めてみる写真、家族の泣きはらした目、ぶつけ様のない怒りと悲しみがそこにはある。 海外なら損害賠償ものです。二年ほど前には、整骨院で、重大疾患とわからず治療をしていたケースは648件、医療基礎知識を得てもこの数字、医師でも世間ではよく聞く話。後悔できないことが世の中には沢山ある。お金は稼げはなんとかなる。でも、時間と命と未来は何をしても帰ってこない。現実がそこにある。 代替医療は補完医療、あくまでも補助的なもの、自分の力量をしっかり把握して客観的にみれないむ人には、人に触って欲しくない、そして最低限度の医療知識は、相手に対しての優しさとおもいやり、研究や勉強するのは当然のことです。学びのない、いいわけは通用しない。現実をともなわない理想は、座標軸のバランスを崩す、技術は二の次です。 こんな辛い悔しい思いを何度もしている。毎日、毎日、勉強して研究してまとめ、寝たきりの方々の訪問、セミナーも三百回を超え伝えている。でも、くる人は問題ない、こない人、意識をもたない人がいること、そこにどう届けるかジレンマを感じながら何度も挫けそうになるが、し続けている。 この悲しみや怒りをエネルギーに変えていく・・・ただそれだけ。 ホリスティック医療に携り、臨床を始めてもう十七年に毎日二十人以上八万人をこえている。その合間に教員、養護教員の指導をはじめ様々な環境への改革、制度の改革にも取り組み答えがみえてきている。 そして、ジレンマとともに、言葉一つ一つの使い方も大切に思える。叱ると怒るの違い、世の中はよい所という人たちが沢山いる。連れ去り事件をはじめ、自殺していく子供、残された方々の心理サポートを実際にする事もある。子供時代に性的虐待をうけた大人と接することも多い。そのとき、憤りと共に体に感情がはいってくる。みんな人を信じる素直なよい子たち・・・。そしてパンドラの箱は何百人もの人のものを空けてきている、でも、それは精神疾患でないこと、うつなどの場合は、心よりも、脳内ホルモンが安定してから、ある一定の条件と伴って初めて許されるもの。アメリカでは、性的虐待をうけた人のセッションの場合、髪を触ったり、肩に手をかけたりすることなどの注意規定が沢山ある。海外で暮らすと日本のよさがよくわかるが、日本は温室育ちの野菜のよう。でも、それも大事「めでたし、めでだたし」で終わる話も大切、私は施設で沢山のワークをしてきた、親に捨てられた子供たち、病気の子供暴力をうけた子供、よく自作の絵本で話をしていた。子供たちが座標を作れるように・・・。 価値観は皆違うし、伝えたいものがあるから、それぞれの人がそれぞれの立場ですればいい。子育てなんてなおさら・・・・。 皆が自分の信じている事をすればいい。自由と規律を学びながらね。「怒る」は、怒りなどの感情をただひたすら相手にぶつけること「叱る」は、事の善悪を相手にしっかりと教えること 色んな人がいていい、だからこそ、面白い。それがホリスティックです。
2006年06月27日
人生には様々サインやサダメがくるという、心の座標軸として、『言葉の力、生きる力』柳田邦男はこう言っている。 「《愛する者の死がもたらすものは、ネガティブなものだけではない。物凄くポジティブなものももたらしてくれるのだ。》私はそんなふうに思うようになっていた。 人はしばしば、喪失体験を不幸という言葉と同義にとらえる。だが、私の場合、振り返ってみると、少年時代に父を喪って貧困に陥った時でも、学生時代に失恋した時でも、やがて家庭を持ち息子を喪った時でも、自分の境遇を不幸だと思ったことは一度もなかった。幸福とか不幸という言葉を使ったら、現実が急に空々しくなるように思えて厭だった。 少年時代には、そういう心の動きを言語化することはできなかったが、人生後半に入っている今は、自分の心の座標軸を次のように明確に語ることができる。 《私の心には自分の境遇を幸福か不幸かという次元で色分けする観念も意識もない。あるのは、内面の成熟か未熟かという意識だ。そして、内面において様々な未成熟な部分があっても、あせることなく、人生の終点に到達する頃に、少しでも成熟度を増していればよしとしよう》こう書いてある、彼の「賢い患者学」の本も、現実的な心の持ちようが書いてある。老いに関しての捉え方も彼なりのやさしさと現実と儚さがうまく書かれている。人になにかを伝えるのには、死というのは、素晴らしいメッセージになる。そして、そのときに知らせるべき時、人、環境がそこにある。その方たちがキズイタ時に時限爆弾のスイッチは止まると感じることがよくある。命をかけたミッションなのだろう。私の治療は末期がんと、不妊が全体の七割を占める。そして、死にたいと来る精神疾患・・・答えは統計でも大学病院の研究対象にもなるほどの実績と、自分の治療を疑い冷静にみる客観的な意識ががある。ただ、対した事をしているわけではない、患者さんと素直に作った座標軸がそこにはきちんとあるから怖さはあるが迷いはない。生きることと、死ぬことを扱うのだが、これが理論的に同じ治療となる。宮崎駿の「もののけ姫」で、しし神が命を作り、命を吸い取るという表現があるが、これは同じ事、死ぬことは生きること、生きることは死を目指して確実にすすむもの、魂年齢があるなら、三百歳・・・。テレビの孫悟空の老子のお茶羅家のように、生きることがわかるとヘラヘラしないとやっていけない時もある。吹き抜ける時期が来ている風のように・・・時期が終わる知れない・・。治すということは、「なった原因があり、なった理由がある」、そこをみて初めて、対処療法ではない、治す意味、治ることにつながる。生きること、死ぬことを扱うには、ここがポイント=座標になる。病気でやむこと、苦しいことがある、悲しみがある。それは、本当に自分の道知るべ=座標を決める良い機会が来ている証拠。
2006年06月26日
昨日の1、2の中で書いたものの中で愛の語源の一つに、プロフェショナル好きの語源の一つに、アマチュアと書きました。自分の座標軸を決めるときに、生育歴が本当に関与します。ただ、豊かに育てられたがよくて、幼年期の大変だったか悪いとか良いとは言っていません。実体験がないと確かに、前出の犬養さんのいうように、実感として差が出ていまうのは確かです。でも煩悩を考えた釈迦は裕福な暖かい家庭で子供時代をを育ちました。だからこそ108つの煩悩がわかったのです。彼は沢山の知識や学問があり、様々な選択肢をもっていたことにより、光を知っていたからこそ、光と影、陰と陽を学ぶ事ができたのでしょう。そして行脚する中、様々な人の話を聞いて、学び、謙虚に瞑想したと言います。瞑想は自分と向き合う事です。職人さん=プロ=愛を理解するとき「だって、しかし、でも」を使っているとどんな職人になると思います。人を褒めてそだてる、その考えかたが欧米から入って日本の子供、教育現場はどうなったと思います?社会にはどんな人たちがあふれています?そして、自己責任レベルの意識が希薄な私たちの国では、欧米よりも心理的な歪を多く作りました。心理学をアメリカと日本を比べると実践していくと矛盾が多く出てきます。自分の中に人生経験の少ない未熟な人は、正しい答えはない場合が多いです。履き違えて、自分の中にルールを作り、人を殺すこと、傷つけることを正当化してしまいます。それは、銃を持つアメリカは「自由と規律」をよく理解しています。日本では「自由」と「わがまま」をはき違いています。自分の思うようにならないと、怒ったり、すねたり・・・私の実父の親は酒造りの杜氏だったといいます。山の中で普段は農家として生活をしていて、冬は正月三が日以外は春まで酒作りにいきます。出稼ぎが多かった新潟では、当たり前の光景でったでしょう。週休二日で、子供と接する、ゆとりが出ているはずなのに、離れていても誰かの為に働くことを喜び、離れた気持ちを思いやれていた時代より、今のほうが幸せを感じないのは何故でしょう。多くの宗教は善と悪のように世界を捉え、物事を悪い方向へ導く「悪」は外在する存在(実体化して悪魔とされることも多い)であるが、他人ではなく、仏教の「煩悩」とは自らの心の問題である。そんなとき、座標軸を決めるときに、素直に、謙虚になること、それはあなたが、ご飯を食べ、部屋で寝れ、トイレでウンコ出来て、好きなことを出来るのは生かされているのです。そして、生かしてくれている人がいるから出来ることなのです。それは、本当に感謝しなければならないことです。だから、共感から愛=プロ=職人になるために、出来るだけ自分の事を叱り、教えてくれる人を大切にしてください。今から思うと私の記憶に残るのは、厳しかったゲンコツくれた恩師たちで、優しかった先生は思い出せずにいます。この方たちは、私の先を意識して育てくれた、職人=愛=プロなんですよね。恵まれていまたしたね。感謝です。
2006年06月26日
今日は、一月から半年続いた健康コラムの新聞の連載が、読者の希望でもう半年延びたので半年分仕上げています。頭安めに少し書いてみます。「1」で書いた犬養道子さんが「こころの座標軸」(婦人之友社)の中でこんなことが書かれていました。「例えば体が我慢出来ないくらい痛い、そんなときはイヤでもめんどうでも雨でも風でも病院へ出かけていくのです。そして、それが「自分を愛すること」だというのですね。つまり、痛い部分を治そうとすることによって(自分を愛することによって)ドラマが始まっていくのではないでしょうか?逆に痛い経験の少ない人は陳腐なドラマしか演じられず、感情表現豊かな俳優にはなれないのでしょうね。」「相手にも難民キャンプで聞いてはいけないこと、それは、どこを通ってきたきたかということ」難民キャンプにこれたということは、戦禍をかいくぐり、友や親、仲間を死や沢山の思い出したくないものをみてきた証拠、これは、私たち臨床や心理療法、代替医療をやる人間も気をつけないといけません。「聞かない、思いやり」思い出は嫌なことの方が残っています。そして、幼年期に辛い思いをした人は、思い出を残すことをしなくなります。逆に幸せな幼年期を過ごしてきた人は、思い出を大切に取っておこうとします。でも、トラブルのは、愛で育てられた子供時代を過ごした場合、家庭とは、父とは母とは休みの日は、と自分の過ごした生育歴の価値観を基準に話しますから、同じうなずく事が共感ではありませんし、相手を傷つける言葉を何気にく使つてしまいます。「富士山は高いですね」と言われて、「そうですね」は同感です。あたなの気持ちを入れてはいけません。うちの姑は怖いのです。「そうですね」あなたに、クライアントさんの辛い気持ち、怖い気持ちはどこまで解ってますか?クライアントさんが、そう思っているだけを受け止めてください。治療者側の姑の基準を入れてはだめです。心療系の医師や、心理セラピスト、カウンセラーも心の問題が自分であるからその職種を選んでいる可能性がありますから、本当に注意して欲しいと思います。これは、職業選択を始め意識の確立でも、病気の人でも、どんな人間関係でもそうです。過去があるから今がある。やさしい人は、あなたが優しいと思うなら、その人はあなた異常に辛い思いをして「今」を生きています。仏陀の言葉に[釈迦の目覚めた真実]「この世のことはすべて負ばかりということは決してない。負を正に転じる知慧こそが大切なのである」という言葉があります。 (マイナス[病気、老い、死、失敗、不幸、自分にとって嫌なこと]をプラスに転じていく知慧こそが大切なのである)人を傷つけるのに、刃物は要りません。相手がいわない過去の言葉や過去を聴いたとき、そして過去と比べたときに、あなたの言葉の方が深く強く相手の一切の記憶を蘇らしてしまいます。そこから過去にこだわりを持つ人も多いものです。パンドラの箱はあけないことも医療では必要ですし、やさしさです。体の声を聞く人は、聞いてよいか「意識」「体」と「心」に確認を忘れないでください。相手を信じること、それはあなたの、心に座標軸がしっかりないと共感と愛は生まれません。
2006年06月25日
今日はチャリテイーセミナーをしてきました。定員でお断りをした方ごめんなさい。参加者の皆様ありがとうございました。今日集めた参加費に私の参加費も入れて、明日送金します。ワクチンなら1308人分、栄養剤なら五千人になります。ボランティアでも何でも夢やら、想いがあるのは当然なのですが、それだけでは、お腹も膨れませんし、栄養失調の子供のミルクにもなりません。でも、栄養失調で亡くなる子供は年間250万人。一日6849人一時間で286人、一分で二人です。歌手の人は歌で、シェフは料理で、農家は野菜を作ることで人に何かを伝えてお金を集めるのかも知れません。私は話をすること、想いをお金に変えて継続的に届け続けています。愛の語源はプロフェショナルと言う意味もあります。好きの語源にはアマチュアという意味もあります。好きは趣味の領域です。私は彼が好きだから、私は料理が好きだから・・・愛は継続です。好きだけの理想では成り立ちません。愛と恋を勘違いしている人たちも多いです。共感から愛は生まれますが、恋からは、嫉妬や争いも生まれます。職人=プロフェショナルは、大工でも花でも愛していますから相手によって、気分によって変わる事はありません。難民活動で有名な、犬養道子さんが「こころの座標軸」(婦人之友社)の中で面白い事を書かれていました。「そしてボランティアは、善意だけではだめ。難民支援で使えるのは、大学で福祉をならってきた人より、渋谷や原宿でたむろしている少女の方が素晴らしい活動をする。」これき本当です。倫理観のある、豊かな経験をした人より、つらい経験をした人たちのほうが動けます。そして、社会の理想に巻き込まれず、自分の座標がしっかりしてくるのです。様々なボランテアをして現実的に活動をしていくときに、頭で考えている人は現場では使えないのです。そして、ボランティアや人と関わるのが好きでは、パンもかえません。特に理想を話す人はたちは、現場の騒然とした所では、何の意味を持ちません。「共感」と「愛」が必要です。病気でも、何でも、動いて自分の生活を変えることが大切ですね。それがあなたの「心の座標軸」になります。苦しみ悲しみは経験して、行動を起こし、そんな自分に思いをめぐらす。それが現実のドラマなのでしょうか。喜びについても同じでしょうね。参加者の方の中で色んな講演会に行っている方が、こんなセミナーは生まれて初めてうけた、今、心地よい風が体を流れていますといってくれました。もっと届けるからね、待っててね。「私は八年後までに、戦禍で逃げ惑う子供たちにも、自分の望む医療が選べるように、人生を選択することが出来るように会の中で動いています」
2006年06月25日

今日は、不妊学会に出ていました。プライバシーの保護という面で様々な個人情報を推測されるような発表についてを異常に意識されていましたね。なので概略だけ。例えば、病院などが調査のために使うアンケートについても、扱いが難しく、体外受精などの、長期凍結保存胚についての取り扱いでも様々な慎重な言葉使いを始め、現場では大変なようです。内容は、卵巣脳腫、腫瘍などの外科的な対処法や治療法の臨床研究が多く癒着などについても興味を引きました。個人的には、喫煙習慣が卵質、妊娠率におよぼす影響について、両親ともが喫煙者であったり、近くで吸う方がいると卵質には変わりはないけど、着床率が悪いと言うデーターが発表されていました。私は以前に喫煙との関係をアメリカの論文で読んだことがあるのですが、研究費が多い国、悪い可能性のあるものは排除、日本は疑わしいと思えば罰せずですの意識。また今回私たちは国の予算が使えましたが、臨床者が個人レベルで研究をしているために今ひとつ、調査対象が限られていると感じてきました。後は、ホリスティックという言葉を聞いた方は殆どいなかったように思われます。目の前の病気に病名をつけて、病状の改善について意識はあるのは、当然なのですが、どうして、そうなったのか、何故そうなったのかの対応について意識が薄いですよね。これだと、医師が増えて、治療技術が上がっても患者は減らないと思います。これは、体質改善でも同じこと、体調が悪くてだるいといってきた人がいて、栄養はよく、考え方もしっかりしている、でも運動不足で体力がなければ、何も変わらない単純なことなのです。でも、これで病院や治療に来れば、薬が出たり、病名をつけたりしなければなりません。患者さんの意識をもっと高くもったもらうこと。そうなる為にも、もっと具体的な調査をしていきたいと思いました。また、治療技術だけでなく、患者さんの心に意識を入れて行くための、アプローチをしていきたいと思います。でも、沢山の人が人を救うために研究や研鑽を積んでいます。後は、病気になったのは誰でもない自分なのです。気持ちを理解したうえで大変だと思います。でもあえて、自分を見つめることが大切だと思います。
2006年06月24日

時間があると、こんなの作ってます。ヴィレッジには、流木で作ったものが幾つかあります。これはけ来て見てください。小川も実はビーチコーミングのガラスが反射して綺麗です。左脇の施設の紹介のところを見てみてください。お風呂や、回廊、台所、余り木で作った割には、良い感じで仕上がりました。丁寧でないけど、何とか形になると、スタッフにも褒められています???巣箱がヴィレッジには七つありますが、これは、その中のひとつです。 白樺で作ったものです。キリンと言った方がいますが、これは「トナカイ親子です」首も足も動きます。 これも犬と言った方がいますが、これは「う・さ・ぎ」です。芸術は人にはわかり難いものなのですね。
2006年06月23日

ホント私は何でも仕事が速いのです。でも、自分の中では、沢山時間が流れています。文庫本も五分で読んでしまいます。ブログも三分で書くから誤字脱字だらけ、ごめんなさい。これは、子供の頃からの仕事のお陰、お客様や、お金に対しても凄い価値観がきちんとあります。食うなら自分の分を働いてから文句いえ、たつときは何かを持っていけ、休むときは、何かを持って来い、家業だと、朝部屋を出て部屋に戻るまでが仕事です。そして、預けられていた義理の祖母は人間は仕事でも何でも、素直が一番、相手から言われた言葉を文句と思えば、何も学べない。イヤミと思うのは、それは、おまえが出来るのにしてないから・・だから、仕事や優先順位をつけるのが旨いようです。以前に私の院で仕事をしていた体自慢の男の子が、三日いただけで疲れ果てていました。だから、私の周りは大変でしょうね。仕事している年季が違います。昼間、大工の棟梁が、先日の話のとき、大工の神器の事を話して私がみたいと言ったら写真を持ってきてくれました。曲尺=サシガネ手斧=チョウナ墨壺=スミツボこれにミズサシを加えて、水の形にして、正月の神飾りの代わりに職人はしていたとの事。 ミズ(水)ロク(陸)=水平タツ =垂直カネ =直角物事を作り出すには、真っ直ぐに、バランスよく、上に作れる、当たり前の事をするんだよな・・・重い言葉。正月の写真が出てきと言いながら、写真の日付は14日、ほんとにもう。粋な男だね。ありがとうございます。そして知らないフリフリ、頑張っている所をみせないで何もなかったようにカンバル、それが職人なんだね。さて、私も学会の準備、徹夜なんて三日もしてません、してません。大学病院の方々が私の患者さんインタビューして客観的に数字とデータをしてくれています。そして、感想は、不妊治療なのに、出来ても出来なくても、大切にものを大事にしているから先生の患者さんは、みんな幸せそうと言ってくれた。医師たちに、患者を病人としてみるのではなく、全部を見ていくことを伝えたい、それが願い、そして、医療界に問題提起をしたい・・・この思いがあるから頑張れますね。そして、この考えは患者さんと創ったもの・・。まだまだなー頑張ってるのがわかちゃうわね。やっと、今、大学側の原稿が来ました。この人たちも職人だね。患者さんを、きちんと人としてみているね。良い方々に囲まれて、生きた教科書です。夜十一時半、これから私の仕事だね。職人=プロなんだね。ありがとうございます。明日は新潟、金曜日は大学、土曜日は群馬で日本不妊学会、日曜日はジャワ地震のチャリティーセミナー、動いているのではないよね。動かされているね。感謝、感謝。急がなきゃ、朝になっちゃうわ。
2006年06月21日

こんなに忙しい日々もないですね。今日は朝六時から電話がなり、急性腰痛との電話で始まりました。夜、痛かったのでしょうね。我慢してくれいたのですね。私の所は患者さんは私のダイヤルインの電話を知っているので朝六時から夜十一時までは、相談の電話は良いことになっているのです。ここ数日、季節の変わり目、湿度、温度など体調の維持が難しい時期です。微妙な暑さの変化に加え、外での仕事も増えましたが、体が夏のモードになってないので水分の摂取も怠りがちです。こんなときこそ、アルコール、コーヒーなどの利尿作用の多いものを控え、ビタミンの多い季節な野菜を食べてくださいね。治療はどんなにしても対処療法、ここ数日毎日数十人の方に診てほしいとの予約の電話をお断りしています。そうすると、いやみや、苦情も多いですが、下手な治療をするなら意味がありません。私が普段いる柏崎ではウエイティングは二週間前後まちますから常時三百人ぐらの人がお待ちです。毎日、毎日休まず朝から夜までやっても限界があります。でも、きちんと私に頼らず、痛みを自分のもとしてとらえ、生活を注意をしてくれていれば本当に早く良く直ります。それが治ったですよね。自律神経も乱れやすい時期ですから、注意して過ごしてくださいね。トムソンベットという骨格矯正を始め様々なチェックを行うベットです。五分以内で治療が終わりますから、これがあるねお陰で急患に対応できます。治療はあくまで対処療法ですから、痛みがとれてから全てが始まります。 柏崎の窓際の花たちです。
2006年06月21日

今年から学校給食で地場農産物を八品目に増やすことになりました。多いか少ないかは別として、今までは本当に使われてなかったのです。2003年に「食べる教科書」として、子供たちに地域食材に根ざした料理を提供しょうという動きからうまれた活動なのですが、当初は、馬鈴薯、にんじん、大根、キャベツ、ねぎ、を取り入れ、 4年にタマネギ、5年にサトイモ、6年にハクサイを追加してやっと八品目になりました。こんな田舎で地場ものを食べることがどんなに大変かと思います。魚介の豊富な新潟でも一度築地に行ってからくるものもあり、おもしろいですよね。学校給食関係者には聞くと、八品目を地場ものでそろえるのは大変、指導では一日三十品目を食べさせようというものもあり、限られた予算で食材をそろえることが大変どうしても安価な海外ものや、大量生産されたものを扱うようにしないと、学校給食という制度自体が継続できなくなるかもしれないとのこと、スローフードと言われながら、何か変ですよね。でも、これが理想と現実なんですよね。そして、給食を残す子供も多く、廃棄も多いとのこと、これも、変、小学校から学校給食費をサザエ取りのアルバイト、高学年から高校まで新聞配達で払っていた私には信じられない気持ちです。今日は朝から犬の散歩のとき、菖蒲をもらって玄関に飾れました。感謝、感謝。 昨日は、朝から座ることかできなかったぐらい忙しい一日でした、今日は今のところ三十分の余裕があるから少しだけ楽しみ、楽しみ。菖蒲の花が咲きました。
2006年06月20日

昨日は、スクールの日、パソコンが壊れて作ったものが無くなってしまったので前日に作り直しでなんとか間に合いました。薬理学を話していく中で、薬や西洋医学的批判が多い人が代替医療にくるケースが多いので、正しい認識をしていく必要があると思っています。昨日の東洋医学で生薬を二種類以上あわせると漢方薬になること病気に出すのではなく、患者、その人に対して投薬するのが基本そして、365種類の組み合わせによる薬の方剤知れば知るほどおもしろいのです。陽とは、太陽、昼、明、動的、プラス、男、夏、表、左、上、背部、外陰とは、月、夜、暗、静的、マイナス、女、冬、裏、右、下、腹部、内明るいがなければ、暗いがないわけです。裏がなければ表がないわけです。陰と陽には違いがあります。例で言えば男女の中で考えると、時間医学の基礎的考えの陰陽理論では生理学的に、時間認識の違いがあります。大脳生理学的では過去と未来の中に現在がある男性と今だけ気分で生きる女性という認識があるといわれています。このことは、料理を例えるとわかりやすいです。一流のシェフは男が多いですね。お店に来た人は、毎回同じ味を期待してきます。主婦は女が多いですね。家庭で毎回同じ傾向な味なら飽きていしまいます。毎日微妙に違うところが良いようです。以前に、テレビで世界一になったパテシェが、一番のコツは手順、分量、気持ちを変えずに作る事と言っていました。今を変えるには、女性の指導者が出てきます。そして、過去から考え未来を変えるのは男性が得意です。そして、漢方で時間的概念をいれると、女性の場合は生理でリセットが出来るといわれています。生物が波の中にいたように人は高潮期と低潮期にわかれています。余談ですが以前に話した大脳生理学者がこの波を自然災害と言っていたのを思い出しました。血の関係で考えると、女性の人は血の濃度が薄いので、常に食べたいという欲求が強く、それを生理という形で大量の血として捨てているのです。話がそれていきますから、脳科学の男女の違いは今度にして・・。チベット医学では医師は僧の資格も必要です。漢方理論を考えるとき、助けになるのは、仏教の経典の中ヒントもあります。「迷いも悟りもこの世界、どちらを生きるのも私次第」迷えば、すなわち濁悪の処、悟ればすなわち清浄のところ。陰も陽も自分次第、悪も善も、病気も健康も自分次第・・・こんなことを全部を考えながら、薬や漢方を楽しくこれから学んでほしいです。きっかけとヒントを伝えただけです。スクールでの勉強は昨日終わったのでなく、始まったのです。忘れないでください。昨日の佐潟 ハーブランドのハーブも素敵です。
2006年06月19日
今日はサッカーはクロアチア戦ですね。前回のクロアチアはベースを新潟においていたので、私も医療面でサポートさせて直に選手たちと触れ合う事が出来ました。サッカーに興味のない私は選手から頂いたものを仲間の子供に上げてみんなにもったいないと言われたものです。私が興味があったのは選手と言うより、その人そのものでした。内戦が長期に続いて、幾つかの国が寄せ集まったクロアチアは選手は4種類の言語を使いますから、私も少しでもコミュニケーションが出来るような言葉を覚えるのが必死でした。前回の時は様々な国の事情から次の世代の引きつぎがうまくいかなかったために、ほかの諸外国からみたら年齢が高い選手たちでした、その分戦火や紛争をみてきた彼らはやさしく、紳士で、強く、そして少しだけ悲しい目をしていました。日本という国はありがたい国です。食べ物も豊富にあり、医療でも好きな病院に好きなときにいけるフリーアクセスという制度があります。また、代替医療にも制度がありません。言葉は適切でないかも知れませんが、登校拒否もひきこもりも、ニートも自分の意思で出来ます。アフリカでは、現時点でも250万人の子供が栄養失調でなくなり、四割の子供は学校にも行けません。そして、世界では子供たちの児童労働が多く、仕事などは選択肢もありません。行き過ぎたものは、壊れます。後で私たちのシッペ返しは必ず私たちの子孫に来るはずです。スマップの歌の中にトライアングルというものがあります。今、この一瞬で銃を向けられている人がいること、忘れて行動はしてほしくありません。そして、この当たり前の幸せを感じてほしいのです。私の活動は、もう十年ここに継続的にしています。そして私のビジョンは狂うことなく十年先もココに向いています。今日のクロアチア対日本戦、どちらもがんばれです。怪我なく、子供たちにに夢を与えてくださいね。
2006年06月18日
昨日の患者さんから、たくさんのもらいものを頂いた。毎日二十人前後の人をみるが、ほとんどは市外の方が多い当院朝一番の奈良から人からはお漬物、富山から来た方はマスすし市内の方からは水菜、トウ菜、ほうれん草、赤大根、銀杏、大手饅頭、焼き芋、お花、そして三人の人から別々に笹団子、毎日食べれないほど野菜が届く。でも、夕方には、みんな分けて自分の手元に残るのは食べれる量になる。世の中はうまく出来ている。豊かだから与えるのではない、与えるから豊かになるとはよく言ったもの 去年は一日で七個のスイカが届いたこともある。 二年程前、隣町の施設の定期セミナーの時、私が穴あきツギハギ、だらけのひざの白衣を着ていて、ヴイレッジのビジョンを伝えて仕事を整理しているから通えなくなることを伝えた最終日その施設の方々が私に真っ白な白衣をプレゼントしてくれた。 ひざの汚れは、私がきちんと患者さんの視点で話をしているから私の勲章。毎日、沢山、患者さんに触れる手、院内を走り回る足、話を聞く耳、話をする口、患者さんの状態を嗅ぐ鼻、心、気、当たり前を続けていく、夕方の疲れは、きちんと仕事をした証拠。自由診療だから、すべてが自分の評価。 ただより高いものはない、ホントそうなのです。診療費以外に頂く気持ち、物は期待と私に対しての想い、それを、みーんな受け取る事の責任。白衣を着るにも覚悟がある。 最近は昔のように、寝たきりの方々にハッパをかけに行く時間がない。でも、みんな私が次に行くステップを応援してくれて・・・何もいわず、お送りだしてくれた、そんな大切な時間を使ってヴイレッジを作ったり、診療したり、次に続く方々のスクール資料を作ったり、これから始まる佐潟プロジェクト、こんな時間も、この人たちから許してもらえた贈り物。私が自分の事を一番に考え始めたら、私は多分仕事をやめる日なんだろうな。 夜九時に朝から初めて座って、初めてのご飯を食べてホントありがたい気持ちになった。そして町の人にも恩返し。私は同時進行で多くの企画を抱えています。今年三月より、柏崎をホリスティック推進市にしょうという、働きかけを市長にしました。ただ市では、様々な課がからむから区分わけがホリスティックでは難しいようです。今月もチャリティーセミナーを企画していますが、これからも様々なことをモデル地区になるようにやっていきます。記念講演会講師 養老孟司 先生平成18年7月17日月曜日 1時半から三時半参加費 無料会場 柏崎市産業文化会館柏崎市民限定二百人養老先生は、第五十一回、私は四十回 おもしろいつながりがあります。http://www.obusession.com/guest/index.htm明日はホリスティックスクール、みんな真剣に一月過ごしたでしてくれていると思います。言葉と現実、やったかやらないか現実がすべてです。自分を好きになること、好きな自分を人は好きになります。嫌いな自分を好きになってなんて・・・与えるから豊かになる。好きになるには好きになってからですね。
2006年06月17日

去年のオープニングのイベントの時は、様々なアロマセラピストキネシオロジー、ホメオパシー、ブッシュフラワー、歯科医セミナー助産師さんによるベビーマッサージによるセミナーを行い沢山の方々に来ていただきました。その他にも歯科検診、看護士さんによる血圧測定、東洋医学検査、他にメディカル相談などを行いました。また、夜にはパーティやシタール奏者による演奏会などを行いました。沢山の方々とかかわりながら出来ていると感謝をしています。あれから、一年、ヴィレッジには七十本の木や様々の植物が植えられています。自然に育つ木は夏の暑さや冬の寒さを超え沢山の日々をみながらきちんと成長をてくれています。これが本来の生きとしいけるものの姿です。写真はヴイレッジの木々とカウンセリングルームです。 それに引き換え人間は同じ時間を過ごすのに、ああだこうだと理由をつけます。それも人、これも人なのですが、病気の中に健康があり、健康の中に症状がサインとしてやってきます。波は自分で起こすもの、それに波を立てるのも、立て返す波も自分から出ているものです。エゴは相手から出ているものでなく、自分から出ているものです。だからこそ、自分の中に波が起こるのです。そして、その波が自分は関係ないと思っても周りにも波を立ててしまいます。これは、言葉にするよりも想いのほうが大きな波を起こしてしまいます。それなら良い波を私は立てていきたいと思います。もうすぐ佐潟プロジェクトも始まります。地域の方や、私が今まで関係してきたナショナルトラストや様々係わってきた活動など、どんな波が帰ってくるか問われる季節がやってきます。 春にはお花見できる桜のテラスから本ログの屋根まで上れます。夜には一杯の星がみられます。佐潟も、ヴィレッジも地球という大きな屋根に出来た一つです。さて、夢のために仕事して、恩返しです。プログ初心者の私は、今日はじめて写真を自分で入れられたのでありました・・・。感謝、感謝。これから、私から見える景色を一緒に眺めてくださいね。
2006年06月16日
先日プログを書いた後に、パソコンのハードデイクが完全に壊れ修理をしょうとしたのですが、もはや全部交換とのことで急遽新しいものを買い換えました。そして、なんとか復旧、毎日のメールや処理の多さでギブアップしたようです。電気屋さんいわく、機械は必ず壊れますから・・・パソコンは五年で時代と対応できないようになっているから、五年以内で交換して言った方がよいとのこと・・・でも、まる一日、パソコンが動かないと仕事もとまるんだとびっくり、十年前はなかったのに、だいぶ依存しているんですよね。機械は無理させても壊れないという理由なき思い込み・・人間もそうですよね。私も今日はメディカルチェック、ホント、交換、修理、代わりがないですから気をつけてすごしたいです。うーでも学会の資料と研究、メディカルスクールの資料も消えてしまった・・・今週メドがたたないと学会は延期かも、壊れたパソコンは修理と旅立ってしまいしまた。私も気をつけないと・・・。
2006年06月14日
昨日は色んな大工さんが集まって楽しい時間を過ごしてきました。道具のこと、建築、道具、も材料の移り変わり。今回のイベントでは、昔使っていた道具や建築の壁の裏表なども展示して様々な面で考えるところから伝えて行く意図が良く伝わったようです。昨日は、病院関係者の婦人部のセミナーに呼ばれて車座セミナーをしてきました。 題材は漫画を映画化した「always三丁目の夕日」の映しながら始めていきました。昭和三十四年何もなかったけど夢が一杯持てた時代、食べ物は粗末だっけど、心は豊かだった時代。皆さんも覚えてますか?家の冷蔵庫が氷で冷やすものから、電気に変わった日、テレビが届いた日。みんな夢をもって働いていました。子供は鼻水をたらし、おさがりの洋服を着て、友達と暗くなるまであそび、休みは家の手伝いをする。今のように、週休二日でゆとり教育、家庭サービスなんてない時代です。先日の子供の意識調査で、お父さんは優しい、口うるさいという意識で、怖い、威厳がある、尊敬できると意見が無くなってきています。そんな中、食事、環境、考え、夢、ビジョン、動くことの大切さなどを、映画を通して一時間半話をしてきました。この映画の中に、こんなシーンがあります。古くなったシュークリームを、女の子が食べてお腹を壊します。スクーターにのって医師が来て何でそんなもの食べたと聞くと「始めてみたシュークリームを食べてみたかった」といいます。それが冷蔵庫を買うキッカケになるのですが、ホント簡単に甘いものだって手に入らない時代、医師不足の時代知識がなくても健康だった時代、薬や検査機材がなくて心や医師に技術があった時代。 涙と笑いの一時間半でした。参加者の方が「たった今から私たち変わります。伝えていきます」という言葉が印象的な会でした。 伝えて行くという事は大変かも知れません。でも、大切なものは伝えていかなければなりませんね。ちなみにこの大工の棟梁の建てた家は中越地震でも一軒も倒れていません。でも、全て一軒一軒震災後、修理、補強を始めチェツクをしたそうです。自分の仕事、責任を持つとは、こんなことなんてしょうね。続けるというのは、こんなことなんでしょうね。そして久しぶりに男同士の酒は、こうも旨いものなんですね。
2006年06月12日
今日は仕事が終わったら、以前紹介した大工の棟梁と企画した完成前住宅内覧会、完成した住宅の内覧会はよくある話ですが今回は、壁をつける前の完成前の内覧会、これは大工が技術の面で自信がないと出来ないもの、この人のこだわりを、みんなに観てもらおうと企画、初日の昨日私は私はセミナーで行けなかったのですが、沢山の同業者が来たといいます。 みんな、その技に唸った様子、偽装や構造計算偽装など、許せないという言葉から、見えない所のこだわり、安価仕上げ、工期短縮などの時代の風潮を、次の世代につなげるものとして提案をしたい願いから、新聞等でも取り上げてもらった。 案内にはこう書いてある。 手間を惜しまず手作業をする私たちの工事は時間がかかるかも知れません。しかし、ご家族にとってみれば「生涯生活をする家」です。完成してからでは、みることの出来ない基礎、部材、枠組みの見え隠れする部分や職人の技を十分にご覧ください。また同業者の方も是非みに来ていただきたいと思います。本当に医療でも、建築でも、五年後、十年後の状態を想定してその人の未来にそった指導をしていく、今の病気、症状から未病を防ぐ・・・自分の仕事に責任を持つ、棟梁とは話がよく合う。口ばかりの人は世の中多いが私の周りには本当に、こうゆう本物の師と呼べる人が沢山いて生き様をみせてくれる。 今日は、屋根で一杯やる約束。彼の苦虫をかんだような笑わない頑固な顔の中の誇りある目が浮かぶ。 楽しみでならない。その為にも、今日、私も納得のいく仕事をして屋根に上りたい。
2006年06月11日

春真っ盛りのヴイレッジです。タイムのジュウタンをとおり、この間まで黄色いチューリップで一杯だった庭はカモミールで埋め尽くされています。治療室にからまるハニーサークルも見事ですよ。是非、遊びに来てくださいね。ヴイレッジは病気や症状を治しにくる所を目指していません。花をみにきた、お茶の飲みにきた、ついでに病気や症状そして、これからの夢のことを話せる場所であって欲しいと思っています。
2006年06月10日
「きょうはいかのおすし」これ、何だと思います。きょ・・・きょりをとるう・・・・うしろにちゅういは・・・・はやめにきたくいか・・・ついていかないの・・・・のらないお・・・・おおごえでさけぶす・・・・すぐにげるし・・・・しらせる 子供の連れ去り事件は、全国で多発しています。その為の標語なのです。連れ去り事件は(未遂も含む)実に90%以上の確率で「一人で居る時」に起きているそうです。環境で子供達を守る事もとても大切ですが、一番重要なのは「子供達に危険回避を自覚して貰う事」です。 先日のクリンデーでゴミを68トン回収過去最高と喜んでいたら、同じ新聞記事で、市内で高校生が不審者に襲われたそうです。かぎを書けないこの町で、こんな事を教えていかなければいけないのは・・・動物も、あまり捕食者がいないと危険回避を忘れて人間によってきます。シャチなどの頭のいい動物は、人を襲う地域もあれば全く興味をしめさない地域もあるといいます。今の環境がどう人との接し方を子供たちに示していくのか・・・考えさせられますね。
2006年06月07日
みなさん豊かですか?この豊かというのは、お金だけにとどまらずバランスよく豊かかどうかです。ホリスティックヘルス的に豊かどうか?十段階でチェツクしてみてください。 不満足 普通 満足 環境 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10遺伝 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10生活習慣 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10食生活 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 人間関係 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10ストレス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10社会性 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10考え方 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10霊性(宗教観) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10運動 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10仕事 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10愛 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10お金 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10全てがバランスよく豊かだと病気になりにくいと言われています。また、例え病気であっても治りも早くクオリッティーも高い状態だと言われています。点数が低いところは自分を見ないようにしているところ、見えない所かもしれません。日々人に向けて成長している私たち人間は生き方と死に方も決められるのです。お金がなくても、睡眠時間などの生活習慣が少なくても、自分が満足していれば、大丈夫ですよね。だれかでなく、あなたが判断基準です。
2006年06月06日
初夏の海に行ってゴミがないの何でか知ってます。地域の人のボランティアで掃除をしています。道端の草、みちぶしんと言って年一回草刈をします。自然と見えている景色も自然と人の手が入って管理をされています。その他に、どぶさらい、町のゴミ広い、消防団・・・都会では、サービスをしてくれている人がいるからわからないでしょうが、田舎では、みんなが自然と助け合っています。私も十二年前にいた東京では、自分から働きかけなければ、知り合いになることはなかったですが、子供会や父母会、運動会、商工会、諸々・・・つながりの多いこと・・まだ、私たちの町では、鍵をかけて出る人が少ないですが、この周りのつながりのお陰です。良い面、悪い面はあるでしょうが、この都会の方たちがすることのない、仕事、特に新潟は雪が多いですから、普段の生活のほかに、避けては通れない仕事があります。生きていることは、人と係わって行くこと、人があって、自分、助け合いなんですよね。これは、良い機会びなんだなと思っています。
2006年06月05日
人はどうして、こんなにもキラキラと輝いて見えるのだろう。彼らに最初にあったのは、4月の初旬、大学の研究室で、ホリスティックの事をはじめ、佐潟、自然、環境、夢、チームの事など話をさせていただいた。この出会いは、あまりにも自然に、偶然というには必然すぎるぐらいに一人の大学教授から始まった。それから二ヶ月もたたない昨日、学園祭で「佐潟自然共生プロジェクト」のコンペ、各学生数名がチームとなり、様々な提案を頂いた。彼らの作品を通して、身体から心から、口から出る言葉や想い・・建築だけに限らず、植物の特性を調べて、環境を調べ、実際に私たちの知らない人たちまで様々な人にアプローチをかけての素晴らしい提案だった。彼らの口から出てくる言葉たち・診療ではなく心療・自然の中で私たちは生きる・人の手をいれるという事・人間が動物に戻るとき・視線の変化、動物の視線、植物の視線を体験してもらいたい・人を包み込みたい・歩く道はあっても立ち止まる、座り込むという事の提案・ホリスティックな視点・木の音、風の音、臭いを感じてもらいたい・五年後、十年後への提案・異風洞道・自然の中に線と直角をつくることであえて、自然の素晴らしさを提案する。・朽ちる事、も錆びることも成長・鳥の視線、木の視線、人の視線、土の視線徹夜あけの、赤い目からの彼らのプレゼンは、彼らの身体、心を通して、私の心に流れて暖かい想いで満たされた。コンペだから選ぶという作業をしながら、これほどまでも切ない事はなかったし、意味のない作業とも思えた。それほど彼らの視線は、まさにホリスティックだった。でも、この十五作品から七作品を選び、7月の本選まで、みんなで考えながら精度をあげて行くという。良いものを作り出したいは、みんなの想い、自然な気持ち、共感、言葉が見つからない。だから選び、選ばれないものはサポートにまわる。この想いは、私が伝えたのではない、彼らの心の中にもとからあるピュアな気持ちたち・・自分の意見をいい、相談し選び、みんなで良いものを作って行く。私たちの会でも、先日、みんなの想いを聞くことが出来た様々な想い・・・世の中は一つの想いを大切にすることも必要でも、多くの人の想いを、自分と違っていても、そこに焦点を当てていく事も大切だと感じる出来事があったばかりでシンクロだった・・・。自分の想いだけはエゴだよね。人の想い、それも一番良いと思った考えに賛同していく素直な気持ち・・・。そして、何よりも地域が何代と受け継いできた気持ちと守ってきた現実。そして、今日は私の市でやる、「クリーンデー」というイベント、朝から、ごみを集め、草をかり、どぶ掃除をしながら動きまわり、汗を拭きながら見渡す顔、ただちよっと微笑みかえす。これも私のホリスティック・・・。もう私だけの夢でなくなった。これからこの想いを実現していく為に、行政、地域、制度ラムサール条約、資金、私は夢を形にしていくお手伝いをしていく。試されているのでしょうね。みんなの想いは、私の宝物です。ありがとう。ゆっくり布団と枕の上で寝てね。それから、また話を聞かせてね。
2006年06月04日
ホリスティック医療って何と聞かれると「受けてみて」というしかないのです。ホリスティックって何って聞かれると「感じてみて」というしかないのです。人それぞれが、別々の価値観や美意識、選択肢をもっているから、その人たちが望むみのが全てでありホロスであるから簡単に言葉に出来ないのです。そして言葉すると可能性がなくなるので「もったいない」のです。例えば、腰痛の人が来て、重いものを持ったから腰痛になるなら、みんながなっていないと駄目ですよね。なる人とならない人がいる、それには幾つかの条件が重なって初め痛みがでる。腰痛だけを治療するのは、対処療法・・・ホリスティックは「どうしてなったかと考える?」それは、その人自身の物語を創るように考えて行く。いつ、何処で、何を、どうして、どのように・・と現状をまず見つめる。腰痛などの時、だめな食べ物といえばビタミンやミネラルを消費する、甘いものや果物があるが、それをやめさせた方が早く良く治り、再発をしないのは臨床ではよくある。でも、これをやめさせるのは、食事療法ホリスティックでは、どうしてそんなに甘いものを食べたのだろうと考える。「やめたら、どんな気持ちになる?」と聞いてみる。つらくなる、哀しくなる、イライラする・・・その感情が食べさせている理由の場合が多い、そしたらその方の、つらい時に食べている気持ちを大事にしたい。どうして?つらいのか?何時から辛いのか?先日も、五十台の主婦の方が来て、家事をするとき腰が痛いといって来院された、その方の物語を聞いてみた、ストレスからの暴飲暴食、出来ない体操、わかっているの出来ない事・・・・辛い気持ちに焦点を当てた「姑のご飯を作るときがつらいようだ」必ず作った後に文句を言うらしい。彼女は、今は腰痛はない、治療はあくまでも対処療法、知識は、その方との物語を作る時のキッカケにしか過ぎない、対人間どうしが作り上げるドラマ。腰痛や症状は、ただのシチュエーション、まだ登場人物も設定も犯人もいない、その人のドラマは作れない。そして、未来に続くドラマを作る、そこで始まる体操、食事、思考、環境の改善やアドバイスなどの予防医学、そこまで一緒に考えていく事、これが出来る事はアメニティー(相互幸福)に他ならない、そして、それも受け継ぐ物語。西洋の直線的な時間軸で話をつくる場合もあれば、東洋のように廻る輪廻のように話を作る場合がある。それも人それぞれ、何もなった理由をしないで痛みがとれ、前に進むのも、その人の物語、何一つ間違っていない。私の仕事、ミッションって使命だから、使命感をもってやるものそれは、時として大変なのかもしれない、でも、東洋医学の五行説のように、喜びや愛から、共感が生まれ、共感から、後悔、悲しみがうまれ、悲しみから、恐怖や不安がうまれ、恐怖や不安から、怒りや恨みが生まれ、怒りや恨みから、愛が生まれる、廻る感情。恐怖と戦いながら獲物をとらえ、しとめ、笑い声と喜び、みんなで分かち合い、捕らえた命への共感、感謝から後悔や悲しみ、また空腹感から、獲物に向かう・・・生きるという感情・・・進化の歴史の中で何万年と受け継がれてきた感情の流れ、病気や症状は最終的に素晴らしい完全な状態に向かっていく為に一つのサインや出来事にすぎないようにという意図する法則の下で企てられていると考える方が素敵だ。なら・・・痛みや症状はチャンスがきたのかもしれない。劇的な治癒や臨床例をみて、エビデンスを示せて行くのは患者さんからの結果のおかげによってなりたついる私の物語・・・主人公は自分以外の誰でもないオリジナル。私の物語は私が作る。今日3日は、学園祭に呼ばれて、佐潟プロジェクトのコンペです。http://www.niit.ac.jp/info/festival/2006/festival_2006.html10日は福祉会館 病院婦人部のセミナー24日には、高崎で日本不妊学会もあります。http://med.wind.ne.jp/gunmasaog/abst/h18/060624funinngakkaikanntoutihoukai.html25日は急遽、ジャワ島中部地震へのチャリティーセミナーを新潟柏崎で開催します。参加希望の方は私書箱まで。
2006年06月03日
私は、ほとんど毎日朝七時から夜七時までお昼もなく、診療しているのですが、昨日、お昼に時間が空いて近くのコンビにまで久しぶりに散歩をしていて、ふとこれが幸せの時なんだな・・と思えました。東洋医学では、陰と陽で象徴されるように、バランスがフト整っている所、それは、ほんの一瞬なのでしょう。喜び愛から、不安や恐怖が産まれてくる・・感情が浮かべばそこから波が生まれてきます。笑い、泣き、怒る、悲しむ、そのバランスがニュートラルになった時一瞬だけ本当の幸せを感じるのでしょうね。それは、当たり前の、上も下も、右も左も、前も後ろも、何もない当たり前の瞬間なのでしょね。今日の出生率で人口で初めての自然減というニュースが出ています。明治三十二年から統計をとりはじめ100年以上の歴史の中で始めての事です。人口が災害やら戦争、病気をのぎ人類が縮小しくいくのは自然淘汰という言葉がありますが、日本人がこの答えを選択したのかも知れません。拡大ではなく縮小、これは本当に意味のあることです。幸せは、大きくしたり、物を沢山ものを持つものでなく、自分が自分でいられるバランスの所が良いのでしょう。そして、大きな営みの中に私たちが、存在しているのでなく存在させられているのですよね。元気で走り回る、お金を沢山持つ、病気をしない、・・・こんなことは幸せでないのかも知れない。負を経験しないと、何気ない幸せを見落としてしまうはずです。ご飯が食べれること、屋根があり布団で寝れること、仕事が出来る事、屋根のあるところ天気が良いこと、何気にない営みが大切なのでしょうね。ジョンレノンのletitbe、なずかままに、大丈夫、心配しないでホントそれが幸せにのでしょうね。
2006年06月02日
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