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この詩集を、詩を志す札幌市立大学デザイン学部○木真○様はじめ学生のみなさんへ贈ブログ引越しました。応援してね!「 夕 涼み 」別れるのが辛いなら出逢いさえ悲しいよ月の縁側ぼんやりと濡れた髪を梳かせた生きたことを照らしては生きることもかんがえる別れがせまりからんでも今宵の月はいとゆかしつげの櫛はしなやかに梳かしながした夕涼み梳かす:とかす永久(とわ)の白雪永久に住む愛しきひとよ舞う雪に魅とれていたよ湧く風にこごえていたよもういちど逢いたいともう二度と逢えないと僕を待つ愛しき人よ悠久を信じているよこの雪に夢をのせて貴方の場所に降る雪も僕のこころに降る雪も水になるのは同じこと流れゆくのは同じ場所いつか大地を湿らせるいつか大きな海となるこの真実はかわらないこの世界はうごかないああ僕の愛するひとよ目を閉じて永久にいて愛に微笑みたたずんで2009・01・07 :松尾多聞ブログ引越しました。応援してね!「石狩の海」太陽にあこがれてこの恋を決めたのに砂を照る想い出は私の心を焼き尽くすさよならの夕立が私の心を冷ますけど絡みつく砂のよう私の恋はかわらない打ちつけて打ちつけて石狩の浜に消えようと潮騒はわたしのために生きる意味をくり返す濡れそぼる人たちを陽はきっと照らすから太陽にあこがれた私の願いは叶うからブログ引越しました。応援してね!「たったのひとつ 」ただ寂しさに微笑む人よ傾げた首を戻してごらん顔を上げれば世界が見える刹那に君を迎えてくれるよ願いは夢に祈りは時に心の色を変えてくれるあの星も海もこの大地も両手広げて待っているよそれを信じるだけでいいその寂しさに微笑む人よ本当の笑顔が輝く場所へ両手広げて君をいだいて繋がる空へ連れてゆくよこの世界に微笑んだなら君も僕もたったのひとつ詩作:松尾多聞世界はきっと、君のためにある。何度でもなんどでも、やり直して遅いなんてことはない。そして、君がこだわっているのは幻なんだよ。ブログ引越しました。応援してね!「月光の人」月が光とあつまって走る私を追ってくるつまずいても息が切れてもついてくるよ私はそれを知りたくて月にむかい走っていた手を伸ばして掴もうとして届きはしないいつか別れた優しい心遠い想い出に浮かぶ光今でも私を見つめ続ける忘れ得ない貴方だった愛が光とあつまって走る私をだきしめるつまずいても息が切れても微笑みながら私は愛を抱きたくて静かにときを貫いて手を伸ばして掴もうとしてなみだを流すいつか別れた優しい心遠い想い出に浮かぶ命永遠の約束を交わした忘れ得ない貴方だった貴方が愛に包まれて走る私を待っているつまづいても息が切れても必ず辿り着く私は貴方を抱きしめる2009/02/10自由詩人・松尾多聞「守ってあげる」ふっとそこに目覚めればそこが何処だか判らない僕はここでなんのために生まれ迷い泣いているの そっと視線をあずければそこで誰かも泣いていた君はここでどうしてなのそんなに寂しく悲しいの労わりの風にみちびかれどこか手を取り歩みだすきっと二人出会うために愛を忘れて生まれてきたやっと見つけた人だから何度この身を焼かれても君のためならどんな時もきっと僕が守っていこう2009・03・03自由詩人・松尾多聞ブログ引越しました。応援してね!君の詩(うた) その か細く白い腕に投げ出される液体のダイヤ君の吐息がこうして広がって夜空を覆う星座になったよう僕の言葉は風のよう君を通りすぎては消えていくもうすぐ新しい朝が来るね遠く丸い水平線に太陽が昇るよ今ぼくの胸は君でいっぱいで壊れそうなんだ だからその肩を抱くため気持ちを温もりに託して君の詩をうたってあげるそんなことしか出来ないけれどなにも出来ない僕なのだけどブログ引越しました。応援してね!「帰郷の空へ」たったひとつのものそのはずなのにいつも探し続け傷ついて人は旅を終わらないいつもここにある空そのはずなのにいつも他に求め嘆いては人は心を引きずってもう求めないでそう比べないで要求と対比の中に幸福は生まれないたったひとりのひとそのはずなのにいつも追われ何かに憧れて無明の旅は続いたねいつもいつも僕は貴方を見つめ離れないきっとこの自然のよう貴方と共に生きているもう大丈夫だよそう変わりはしないどんなにくじけても貴方の旅は終焉するたったひとりのひとそのはずだからいつか裸身の心でもう一度貴方の勇気を魅せていつもいつも僕は貴方を信じここにいる旅を終えた旅人を腕枕で迎えてあげるたったひとりの貴方の心を抱いて溶けてゆく2009/02/18自由詩人・松尾多聞ブログ引越しました。応援してね!「夏の終わりに」八月に別れを告げる風夏の終わりに思い出す憧れは丘の上に置いたまま細い坂をゆっくり上りながら語り合った貴方との大切な時野の花は活きているね一生懸命だね素敵だね真っ直ぐにときめいているよ僕達も見渡す生き方をやめよう素直にがんばろうよ貴方の面影は風が来るたび薄れて貴方の臭いも今の僕には届かないなんども何度も風は過ぎていったでも今日は貴方の誕生日だね忘れないで生きることだけは起きあがることの大切さを愛する人の大切さを忘れないでもう触れてはいけない貴方がいるでも僕は憧れを語りたいんだまるで僕は故郷を忘却した伝道師伝える意味も帰る場所も解らない灯台があって港があって迎える人達がいる本当の幸福をそれを大切にいてください君が最後まで君でいてくれるようになにもない僕の夏が過ぎていくブログ引越しました。応援してね!「夢 想 花」 愛しているの言葉ならもう何度でも聞いている行き違いの出来事なら心を濡らし忘れているさやか雲は知っている私はここに生きている愛しているの言葉だけいつもいつも聞いていよう貴方の涙が枯れ果てていつか立ちあがるまで遠い運命は知っている私は貴方と生きていこう渡る風に季節を感じて想いを結ぶ花でいようブログ引越しました。応援してね!「 心 月 の 夜 」 白い吐息を丸め浮かべたきっと雲は晴れるから月が隠れて寂しい夜に白抜きの言葉を放つ人思いは光を丸くして人の心に染まり浮かぶいつも通う雲だけれど必ず晴れるそのあいだ私が小さな月になる見上げる人が笑うよう寂しい君を照らすようブログ引越しました。応援してね!「つ な が り」野を駈ける馬でさえ ふるさとをかえりみる 立ち止まることを知る あなたの瞳の向こう側 そこにある悲しみに 辿りつきたいと思う 流れる川と満天の光り 焚きつける温もりに 君よいま立ち止まって なにも欲しがらない人 愛と悲しみを背負う肩 その身をいとわないで 愛はこの川のように流れ いまここにある悲しみは 遠く未来へ辿りつく あなたの頬をこの胸へ 瞳の向こうの悲しみを 僕の身体に流しこんで 森よ 川よ 炎よ ここに命を与えて 静かにしずかに 立ち止まるつながりへ ブログ引越しました。応援してね!「美 し が 丘」 言葉でも心でもなく生きてゆきたいなぁ誰もいない道を吹き流れていく風に乗り葉を散らし虫を転がせて野に咲く花をなでながらそんなふうにいたいと思う恋をした丘のうえでは何度も回って微笑んで新たな風に溶け込んで命になってゆくように大きな自然になりたいないつまでも優しい世界に私はそんなふうになりたいよ自由詩人・松尾多聞
2009.04.28
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音楽BGM←クリック「月光の人」月が光とあつまって走る私を追ってくるつまずいても息が切れてもついてくるよ私はそれを知りたくて月にむかい走っていた手を伸ばして掴もうとして届きはしないいつか別れた優しい心遠い想い出に浮かぶ光今でも私を見つめ続ける忘れ得ない貴方だった愛が光とあつまって走る私をだきしめるつまずいても息が切れても微笑みながら私は愛を抱きたくて静かにときを貫いて手を伸ばして掴もうとしてなみだを流すいつか別れた優しい心遠い想い出に浮かぶ命永遠の約束を交わした忘れ得ない貴方だった貴方が愛に包まれて走る私を待っているつまづいても息が切れても必ず辿り着く私は貴方を抱きしめる2009/02/10自由詩人・松尾多聞
2009.02.13
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脳幹出血で入院している母を見舞い、病院の薄暗い廊下を出て駐車場に向かった。札幌の夜は寒く、マイナスの空からしんしんと雪が舞い降りている。すると、来たときには灯っていなかっら駐車場のスポットライトが僕の車を照らし出していた。見上げると数えることの出来ない美しい雪の舞い。僕はその場に立ち尽くして、この白雪に見とれていた。そして僕は地を這う寒風に震えながら感動していた。僕を生んでくれた母は生きている。生きてここで待っていてくれる。この美しい雪は今年も降っている。そして僕はここに生きている。とまってしまった時間の中で僕は生きる事の意味や、この美しく清らかな白雪に目覚めていくのがうれしかった。つながっている世界に生きているのがうれしかった。そしてすべてが恋しく感謝でいっぱいになっていた。僕は広く静まりかえる駐車場で独り、震えながら泣いていたよ。人であると感動して。この幸いに愕然としながら。 音楽BGM ←クリック「永久(とわ)の白雪」永久に住む愛しきひとよ舞う雪に魅とれていたよ湧く風にこごえていたよもういちど逢いたいともう二度と逢えないと僕を待つ愛しき人よ悠久を信じているよこの雪に夢をのせて貴方の場所に降る雪も僕のこころに降る雪も水になるのは同じこと流れゆくのは同じ場所いつか大地を湿らせるいつか大きな海となるこの真実はかわらないこの世界はうごかないああ僕の愛するひとよ目を閉じて永久にいて愛に微笑みたたずんで2009・01・07 :松尾多聞
2009.01.12
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僕のことを「友」と呼んでくれる素敵なダンディズムがいる。振り返ると今年の9月に図らずも同時にブログを始めた同年代である。面白くスマートであり、彼の魅力に惹かれていった私だが、最近まで。。。彼が社長であり、有名なプロデューサーだとは知らなかった。涙彼は(株)シーアイエー代表取締役社長 高橋紀成という。夕食を買いにいったスーパーのお惣菜売り場で、通り掛の主婦に逆ナンをかまされたという伝説の持ち主だ。とっても素敵な男性の彼が「この芸術家と知り合いになってくれ。」と急にプチメールをくれた。それは彼がプロデュースする美人クリエーターの更科あかねさんだった。僕はまず、若い彼女の美術作品を見て驚いた。一見シュールなのだが心が描かれているように見えてくる。私が創作している「詩」の世界もそうだが、芸術とは自分を鏡に映すことに似ている。普段は気がつかない自分を映し出し、凝視し、そしてどこまでも掘り下げ「感動」という普遍の世界を発掘するものだ。僕には彼女の姿を絵の中に見ることができた。本人はまだ気がついていないであろう彼女の素晴らしい潜在意識。それをすでに彼女は映し出し無意識に描いているのだ。「高橋さん!彼女は世界の芸術家になるよ!」僕は高橋さんに言った。そして彼女が描き出す作品を心待ちにするようにもなった。才能である。心である。そしてひたむきな創作姿勢である。そんなものが僕には伝わってきたように思った。今日は高橋社長のバックアップをいただいて更科あかね画伯とのコラボレーション。空想画家「更科あかね」自由詩人「松尾多聞」夢のコラボレーションが実現!絵と詩が織り成す幻想の真実をごらんください。「情熱のルレイル」~空想画家~更科あかね作品をクリックすると大きく閲覧できます。音楽BGM←クリック『情熱のルレイル』実体無きものそれを感じる者がいた実体あるもの見えるものこそ空虚だと人は光に目を細めるされど人は光を知らず人は胸痛め祈るされど人は祈りを知らず嗚呼 過去のルレイルよ君は光の温もりを信じ探すことをあきらめない現象と感覚と表象と意思と知恵と見えないものに憧れた感じることに全て捧げて実体無きもの変化を繰り返す生命実体あるもの崩壊とカオスの中で人は愛を求め流離うされど人は愛を知らず人は光に手を伸べるされど人は温もりを知らず嗚呼いまのルレイルよ君は見えない愛を信じ愛になることを決めた感情と存在と表現と創造と哀愁とただ情熱の中にいて愛に染まることを決めたブログを引越しました。 こちらから遊びにきてくださいね。自由詩人!多聞のぐうたらブログ
2008.11.26
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良い詩と普通の詩。そんなことは自分で考えるしかないけれど、その差はほとんどないんだね。でも、自分のために書くんだったら良い詩ではないよ。僕も自分のために書いていた。決して悪いことではないけれど、人に読ませては、とっても失礼なことだね。見たくない友人の家族のビデオをみせられるようだよ。詩はね魅せるもの。詩はね考えを魅せるもの。あるいはね詩はね心を探す姿なんだ。僕は、詩を書いていた。でも詩ではなかったよ。はじめて人のために詩を書いたことを思い出します。詩はね心を見つけることなんだ。それは愛を見つけることなんだ。いいかい、「私はここにいる」ってね、手を胸に当ててごらん。そこには本当の君が居てね、君のことを本当に心配してる。いいかい、愛は君ではなく、愛は君の中の存在なんだよ。いいかい、愛が無ければ自然は無いんだ。反対にゆうよ。この自然はなんて完璧なの?いいかい、今度ね、詳しく話すからね。その間、愛をね、考えていてね。愛しい人へ僕は泣いていた。やっと詩人になれたって。それで泣たさ。ねえ、みんな君って何になりたいの?君は誰なの?僕はどうしようもない人だった。でもわかったことがあった。でもでもまだまだだなぁ。でもね詩人だよ。そしてみんな信じていいよ。僕はね世界一の詩人なんだよ。「愛しい人へ」 君よ愛しき人よ魂を取り戻し給へ深き暗黒に紡がれる想い出の糸を断ち切り給へあの人が貴方を愛したように違う誰かを愛しているならば君は速やかに救われるよ星よ瞬く星たちよ貴方の輝きを君に与え給へその透き通る悠久なる命一瞬の生命を君が心に注ぎ給へその両手からこぼれ失ったいくつかの夢という宝石達僕が拾い集めていくよ炎よ潔い父性よ君が魂を照らし給へその温厚なかげろう温もりをもって君を包み給へ貴方が落とした雨のような涙僕が織り成す希望の綿布でいつかきっと吸い取るよ海よ広大な母性よ君が未来を語り給へ閉ざされし夕夜を受け入れ希望の朝に微笑み給へくじけた心を抱きあげてあげよう一緒に少し前を指して見よう君の顔が輝くようになるよ明日も逢えるね迎えにいくよ扉を少しだけ開けておいて僕は何度でもノックするから松尾多聞ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.09.05
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ここは日本海オロロンライン。北海道日本海側石狩市から天塩郡天塩町までの国道231号・国道232号の愛称であり、夕陽の道ともトンネル街道とも呼ばれている。風が強く、大きな樹木がなかなか育たない過酷な海岸線。そしてそこで生きる海鳥の都でもある。羽幌のオロロン鳥(海カラス)や苫枚町の風力発電。増毛の地酒に留萌のニシンなど、興味が尽きないシーラインでもある。そして北海道は温泉王国。このオロロンラインにも多数の温泉が存在する。ドライブの楽しみでもある。北海道は夏の終わり。浜茄子がオロロンラインに群生して赤い実を結んでいた。浜茄子はその手を結びあい、浜辺の砂を集め砂丘を造る。そしてその砂丘はやがて海に伸びてゆく。夏の終わり。僕はそんな浜茄子にあこがれていた。音楽BGMつきは題名をクリックしてね。「夏の終わりに」八月に別れを告げる風夏の終わりに思い出す憧れは丘の上に置いたまま細い坂をゆっくり上りながら語り合った貴方との大切な時野の花は活きているね一生懸命だね素敵だね真っ直ぐにときめいているよ僕達も見渡す生き方をやめよう素直にがんばろうよ貴方の面影は風が来るたび薄れて貴方の臭いも今の僕には届かないなんども何度も風は過ぎていったでも今日は貴方の誕生日だね忘れないで生きることだけは起きあがることの大切さを愛する人の大切さを忘れないでもう触れてはいけない貴方がいるでも僕は憧れを語りたいんだまるで僕は故郷を忘却した伝道師伝える意味も帰る場所も解らない灯台があって港があって迎える人達がいる本当の幸福をそれを大切にいてください君が最後まで君でいてくれるようになにもない僕の夏が過ぎていく松尾多聞ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.09.02
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ただ感じるのだ。それだけの感覚。僕は呼ばれることがある。空間に招待されることがある。 先週、札幌は西区のジャスコで買い物を楽しんでいた。すると何故か無性にコーヒーを飲みたくなった。 それも2Fにあるスターバックスでなければならないとおもう。 大好きなアイスコーヒーを受け取って奥のボックスへ行く。もう、僕が座るであろう座席が焦点が合うように目だって招いている。 まるで予想されていたかのよう。僕は傍らの灰皿を手に、その席についた。 「なぜ?僕はここに来たのだだろう?」タバコに火を灯して吐息を吐いた瞬間のこどだ。 「失恋」と言う文字がタバコの煙にくゆって消えた。 隣のボックスには24、5歳の女性が座っていた。 もう、どれくらいいるのだろうか?灰皿のタバコ殻は山になっていたよ。黒いパンツで茶色の素敵なシャツ。薄化粧で栗色の長い髪が美しかった。 でも、下を向き携帯の画像に見入っていた。 「この人は失恋したんだ。きっと兄弟二人のおねえさんで、病院に勤めている。とっても優しい人だ。」 そんな言葉浮かんできた。 僕は子供のころから変わっていた。 まず最初は、地震がが来る事。人が死ぬこと。それを予感できた。でも、怖くって言えなかった。 見えない物も見えたし、聴けない声も聞こえた。 だから植物がとっても好きで、誰もいなくても一人で遊ぶことができる幼児だった。それがあたりまえの事だとも感じていたし、普通の子供が僕からは普通には見えなかった。 小学生になっても皆が熱狂することは、僕にとっては「あたりまえ」のことになっていたし、すでに自然たちと共有していた感動だった。 そして、5年生になったある日。それは起きた。 ラジオのチューニングが合っていないような雑音が頭から離れなくなり、壁に頭をぶつけたり、振り回すのだが取れない。 僕は心配になり母に相談しよう!決めた瞬間だった。 いきなりチューニングが合い、静寂が訪れた刹那、耳元で声が聞こえた。僕の名前を何度も。 低くしっかりした声。聴いたこともないような立派な声だった。「力をあげる。人のために使いなさい。」と。 それで僕はわかった。いままで苦しんでいた「違い」がわかったんだ。それは神でもなければ魔物でもないことがわかる。人だった。 5年生の僕は、生かされている事にすでに気がついていた。 きっと、栗色の髪が美しい彼女は優しい人だ。 人を大切にして、病院でも頼りにされている。でも、今は悲しい。 信頼し、愛していた彼に二股をかけられたんだと思う。 そして彼女の夢が伝わってくる。 大きな大きな夢が伝わってくる。マザーテレサの顔が浮かんできた。彼女の、美しい彼女の望みが浮かんでくる。 背の高い、イケメンの彼も浮かんできた。 「女性に依存して生きている男は、一生その癖は治らないよ。」 「君は君の大きな夢を追ってください。君にはできる。必ず。」 「よかったね、そんな男の人と決別できてね。」 僕はいつものように右手を握っては開き、彼女に力を与えようと思う。名まえも知らない素敵な未来ある人に。 彼女は助けを必要としていないことは知っている。でも彼女の素晴らしく聡明な潜在意識は「来て!」と僕を呼んだと思う。 時間を超越すること。過去も現在も未来も普遍化して大自然が、星と川と炎が僕を包みこんだ。空間が生まれた。 彼女は僕の2メートル横にいる。 僕は彼女の魂を「ハグ」してあげることに成功したんだ。 「未来は、君の未来は素晴らしいと思う。君の人生観も素晴らしいよ。でもね、我慢しないで。泣きなよ。」 僕は彼女の悲しみをハグした。とっても強くハグしていた。抱きしめたかった。 きっと彼女は、そのときまで、携帯の思い出の写真を何度も見ていた。 そして、スピリチュアルハグ。彼女は携帯を机の上に投げ出して、、、 肩を大きく前後させては泣き出した。声を殺して手を噛みながら泣いてくれた。 時間はとまっていた。どれだけたっただろうか。僕はハグしながら彼女の夢を織り込んでいった。 彼女は涙を拭いていた。 何度も深呼吸をした瞬間だった。急に立ち上がり長い髪をたくし上げるようにして、一度だけ手櫛で髪を梳かしたよ。 もう大丈夫。彼女は「つげ」のように固い意思と夢に生きることを決めたことがわかった。そんなことを決めて手櫛で髪を梳かした。 そして、彼女は去るときに、ほんの少し僕を振り向いた。 僕は下を向いてしまった。 飲まなかったコーヒーを、今はのもう。僕はしばらくして店を出て、欲しかった本を買いにいった。 レジに並ぶとまた、彼女がいた。 買っていた本に目がいってしまった。 「ケアマネージャー基礎講座」だった。安心した。 ************* 今日のポエム ************* urlクリックして音楽と読んでくださいね。バイバイ。 「つ な が り」 野を駈ける馬でさえ ふるさとをかえりみる 立ち止まることを知る あなたの瞳の向こう側 そこにある悲しみに 辿りつきたいと思う 流れる川と満天の光り 焚きつける温もりに 君よいま立ち止まって なにも欲しがらない人 愛と悲しみを背負う肩 その身をいとわないで 愛はこの川のように流れ いまここにある悲しみは 遠く未来へ辿りつく あなたの頬をこの胸へ 瞳の向こうの悲しみを 僕の身体に流しこんで 森よ 川よ 炎よ ここに命を与えて 静かにしずかに 立ち止まるつながりへ カムイ あけみさんにあいたくってかいたの。
2008.08.22
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北海道の冬を代表する魚、それは魚に雪と書いて鱈(タラ)である。その中でも「タチ(白子」は絶品とされ、価値が高い。タラには一般にマダラとスケソウダラがあり、生食にはマダラタチが良いとされる。その料理の種類はたくさんあるが、タチポンや天婦羅の旨さに舌を巻いてしまう多聞ですな。タチは鮮度が命。大柄で透明度が高いものを選びシャブシャブして氷で〆る。これにぽんずをかけるだけで、口の中に日本海が広がるではないか。また、天婦羅は下地の小麦粉をまぶし、固めの衣をまとわせて高温で30秒!衣に火が通れば出来上がり。これは岩塩でいただくが、その食感たるや号泣に値する。しかし、マダラのタチは目が飛び出るほど高い!そこで今日は一般で良く見かけるスケソウダラのタチで汁をつくって見る。材料には私の思いいれがある。タチはもちろんなのだが、それは白菜だ。この時期の白菜は、これまた絶品。野菜の甘みとコクが汁の出しになり、タチとの愛称が抜群!白菜の栄養素はビタミンC、カリウム、カルシウム、 食物繊維の宝庫。この時期に食べないと損ですわ。じゃがいも・にんじん・大根・豆腐などを入れる人もいるが、私の具はこれだけなのだ。いや、これだけが一番美味しい。写真をご覧あれ。白菜だけです。1、白菜を少し細かく刻み火の通りを良くする。2、出しが取れたら(イリコ)白菜を投入3、白菜に火が通る直前にまな板でぶつ切りにしたタチを投入 (タチは熱で1/3まで縮むので手早くアクをとる。)4、アクを取ったら火を止め好みの味噌で味付け。出来上がりである。これは相当美味しい。シンプルだからこそ味わえる一品である。他にも北海道ならでわのタチ料理がある。これは地元しか知られていないのでは?それは岩内町の名産「タチカマ」である。これの材料はタチと塩だけだ。フワフワのマシュマロかまぼこ。地元ではスーパーに普通に売っている。これも汁に入れると最高だ!小林水産タチカマは例年11月~3月ごろ、スケトウダラの漁がある時のみ製造。申し込みはファクス(0135・63・2757)で受け付け。1袋3玉入り時価(タチの仕入れで料金は変わるが、750円前後)。積丹半島はカムイ岬沖にはカムチャッカ根という素晴らしい漁礁が存在する。深度は100から150メートル。岸から高速で30分の場所だ。500グラムの「シャクリ」と呼ばれる仕掛けを垂らし、ホッケに邪魔されず、メバルやソイを通過して、根まで仕掛けが届けば10キロ級!一メートルのマダラがヒットする。巻きあげモーターを唸らせ、筋肉と格闘すること30分。素晴らしい獲物に出会えるのである。今年もいざやチャレンジである!付録:釣り好きにはたまりません!カレイの王様!網走沖で畳サイズのオヒョーが釣れた!ビデオでどぞ。■今日のお別れポエム■泡沫(うたかた)の舞 暗く沈む雪の防波堤耳に刺さる風は鳴る塩辛き飛沫をおくる泡沫(うたかた)は舞い踊る光りに踊る走馬灯に似て幾度も寄せては離れるよシベリアへ向かう船霧笛を残すまま遠く輪郭の思い出となる暗く沈む吐息を吐いて悲しき自由をもてあそぶ心は海へ落ちていくようたかたの恋は消ゆ儚き人の世に輝いて流れいった願い星よ僕はどうして生きていこう貴方を想うまま焦がれ貴方の形をしまっておこうランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.12
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「嗚呼、愛しき君なれば」嗚呼かぐわしく愛しき君なればいつか私が心を開き支えようか君おらずなら息も出来ない我を省み嘆くひとときが悲しいのだ何も求めぬ心溢ふるる君がある我がことをのみに奔走する人々君は涙に暮れながら哀れみ給う生の成る意味を忘れた人々達を嗚呼なによりも愛を知る貴方よ愚かわたしを見捨てずにいてよいつか我は自然の意味を見定めいつか私は貴方を支えていよう君よ大いなる地球よ愛の皇帝よ何よりも愛を与えて止まぬ心よその生命を私は辿って生きるよその真実を求めて呼吸をするよ2008・02 松尾多聞**********宗教も科学も哲学も、全ての学問は大儀で「真実」を求めています。それを未だ説明できないから数々の論議があり、それは素晴らしいことでもあり、より進化しなければならない人類には明らかに重要なことです。しかし、この自然を見てください。一瞬の刹那に億功の変化を伴いながら生態系を完璧に維持しています。その営みのほんの一握りも理解できない人間が、その無限の恩恵によって生きていることを私は思うのです。こんな「真実」があるでしょうか?こんな営みが他には考えられるでしょうか?人はその恩恵と真実を忘れ「破壊者」としてしか生られないのでしょうか?地球は明らかに生きています。その土地に人類がいることは、あるいは限りない生命があることは地球が決めたことでもあります。だからこそ、この世界には生命が繁栄するからこその地球なのです。僕は、その真実を知りたいのです。そのことを、その生命の哲学を求めたいのです。なぜならその限りない恩恵に感謝して、いつか支えていける「真実」に近づきたいのです。大自然の中で、呼吸を繰り返す。いいや、呼吸をさせていただく。今年も僕のアウトドアがね、もうすぐ始まります。積丹は命の土地。僕の大好きなワッカの岬に今年もいこう。春には、美しく豊潤な海へと走ろう。日本一のブルー。積丹の色に染まりながら、岩に張り付くように走る国道を渡ろう。自然を守り、この自然を次の世代に伝えようと命をかける人たちに再び会おう。北海道の大地。その血流を分けてもらうんだ。この地に生きた証にこの土地で山菜を食べよう。今年もあの場所で命を分けてもらおう。神威岬の夕日は人間の営みを語る。日本海最大の難所といわれた岬こそ美しく光る。潮騒の音は伝説の嘆きにも似て、私の心を奪って止まない。キャラバンの仲間達がいる。気のいいやつら。そして誰よりも水と食料の恩恵を学んで大切にした人たち。彼らと会いたい。今年も言葉をかわしたい。5月には函館に走ろう。雲のようなサクラに浮かぶ歴史ある土地。人々の優しさと海の幸に出会いたい。心が営みになり、全てが優しく人を迎えてくれる命のふるさとだ。函館から30分。大沼公園のキャンプは素晴らしい!大自然とその景観に酔っていたい。春はここからやってくるようだ。そこそこに温泉がある。北海道は温泉王国!かけ流し。加水などしない。そんな温泉の成分につかろう。地球の温度に触れていたい。夏の海が好きだ!その情景と風が人生を感じさせてくれる。海とつながりたい。だから僕は釣り糸を垂れる。大きな収穫と感動が待っている。友達が船でやってくる。「たべれ!」って海の幸をくれる。それもまた交流の楽しみである。生きるもの。それを大切にしよう。だから料理はアウトドアであっても真剣だ。それこそが地球を知る入り口でもある。もちろん!北海道の食材をいただく!どうしても、なにをしても美味しいが、僕は常に研究を重ねる。より多くの人たちにこの自然な食物を知っていただきたいからだ。矢のように秋の国道を移動する。鹿やキツネ、そして家畜が飛ぶように走る。北海道のドライブは大自然の動物園。素晴らしい景色とともに感動がついてくる。秘境にも行く。本州からのライダーが「自分」を探しにやってくる。僕は彼らに北海道と自然を語る。彼らは北海道をダイスキになってくれる。そして飲む!仲間とこの自然にカンパイする!毎年まっていてくれる仲間が嬉しい!ヘロヘロになり、北海道を語り合う。北海道と言えば寿司だ!全国の、いいや世界が唸る寿司。僕はこの技と食材を全国にも広めたい。この土地があるから美味しい寿司。安く高級な素材を今年も堪能する。誰もいない温泉。そんな温泉がたくさんある。今年も回る。100円とか無料が多いのだ。いいや値段ではない。地元が利害抜きで町で管理してくれる心の温もりなのだ。さぁ!みなさん!北海道においで!あそびにおいで!北海道にはね、この地球の愛がふんだんに残されています。北海道には真実が生きています。そして、北海道にはね、忘れられた人の心が未だ灯っていますよ。今年の僕のアウトドアは地球を探してみたい。その真実に歩みよりたいな。じゃね。また。バイバイ。■今日のお別れポエム■嗚呼、僕は緑輝く大樹になりたい赤い屋根のホテル秋の日に母と別れた寒い吹雪の夜友達が死んだと聞いた学校の帰り道水仙のそばで子犬を拾ったまぶしく輝く虹の朝祖母から贈り物が届いたたった一人の旅の空流れ行く星を見つめてたひらひらと風に触れて僕の木の葉になったこと達心の枝が揺れていた可愛い少女に出会った僕は心から愛する喜びを知った誠実にわかりあえる友がいた一人ではない事を教えてくれたひらひらと触れて揺れ動いていた僕にも時の嵐は訪れていく何もかも包み込み奪う息吹振り出しに戻そうとする力ひらひらと木の葉だけが残ったもしも君達が戻らなくてもいいもしも僕のことを忘れてもいいもし何かに迷っているならば淋しいならば僕はたくさんの木の葉を抱きここに立つ大樹になってみようと思う過ぎてしまった時間は決して決して僕だけのものではなかったからすべてが幹へと流れていたから君達がいつか休める木陰を作ろう君達が糧とできる豊かな実を作ろう君達の木の葉で安らぎを作ってみよういまこの大地に僕は立っていたいと思うこのままいつまでもいようと思うひらひらとひらひらと揺れながらランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.11
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買いすぎた本が本棚に入らなくなった。そうだ!本棚を買わなければ。ふふふ。しかも舶来の無垢木で出来上がった高級家具が欲しい!ってことで私は本日、札幌市生涯学習センター「ちえりあ」へお邪魔したのです。「ちえりあ」は、市民の生涯学習を推進する「生涯学習センター」。若者が集う「青少年センター」。教職員の研修や教育相談を行う「教育センター」。リサイクルへの理解啓発を進める「リサイクルプラザ」の4つの複合公共施設からなる。誰でもが利用できる大型で美しい施設である。その中で、私の今日の目的はここ「リサイクルプラザ」である。まぁ、この施設の中身を説明しますので、地元の方はビックリと喜びに涙を流してくださいね。リサイクルプラザはゴミの減量や再利用、環境教育等、様々な啓蒙活動をしている環境学習センターでもあり、出張授業なども積極的に行っている。そして、今日はその中の展示場を訪れたのである。奥の方にリサイクル家具が陳列されているのがわかる。しかしだ!この家具は中古であって中古ではない!それは、発寒のNPOが運営するリサイクル工場に運ばれた大型廃棄家具が、熟練の技術者によりリメイクされてから展示されるのだ。そう、「作り直す」ほどの手間をかけられて出来上がるリメイク家具。本当に新品そのものなのだ。さぁ。展示場の入り口に鎮座まします、イタリーは無垢の素材を使った高級ソファー4点セット。美しく気品があり、私では新品には手が届かない値段であることでしょう。。これは驚きの9000円なり。さて、入学シーズン目前!やはり勉強机は頑丈で確かな素材で出来上がった一生物が欲しくなります。高級木材をふんだんに使ったこの机達。そこらのバーゲンではお目にかかれないような重厚なつくりと安定感だ。もってけ!泥棒!4500円なり。さて、目的の本棚だが、おう!立派すぎて私の書斎にはもったいない!ベニアにはない艶と書斎を選ぶ上品さが漂っているではないか!むぅ。目移りしてしまいそうだ。反対に視線を移すと!おお!素晴らしいサイドボードがたたずんでいる。この作りですわなぁ。新品ですわなぁ。3000円でいいのか?驚きである。よっしゃ!引き出しもたくさんあって、立派です!今日はこの本棚を申し込むことにしました。これで部屋が納まりますねぇ。生理整頓です。その他にも、ダニングセット。とかね、各種収納家具激安家具なども多彩に展示されています。申し込み方法は、家具についているナンバーを申込書に書いて受付に提出。申し込み資格は札幌市民であること。同じ家具に他の申し込みが無い場合は自動的に家具はあなたのもの。複数の人が申し込んだ家具は抽選です。ちなみに僕は今まで4回申し込んだ(ソファー、ベットなど)けど、二回当たりましたよ。抽選は月の中ごろ。当選しましたら自分で取りにいくか、専属の赤帽さんが届けてくれるシステムです。他にもリサイクル自転車コーナー。オモチャの病院コナー。リサイクル関連グッツコナー大人気なんですよ!帰りがけ、たくさんの展示にも目を運び。内需型社会の形成のためにも、地球化環境保全のためにも、ひとりひとりが目覚めるほどの意識改革をしなければ。。。と、真剣に考えさせられた一日でした。【施設概要】札幌市生涯学習総合センター ちえりあ〒063-0051 札幌市西区宮の沢1条1丁目1-10 札幌市生涯学習センター開館時間/8:45~22:00 休館日/毎月第2月曜・年末年始TEL:011-671-2200(代表) FAX:011-671-2233 青少年センター、教育センター、リサイクルプラザは、施設によって開館時間、休館日が異なります。詳しくは、各施設へお問い合せください。 青少年センター TEL 011-671-4111 教育センター TEL 011-671-3410 リサイクルプラザ TEL 011-671-4153 ■今日のお別れポエム■白い風に乗って いま白い風が駆抜けていく大きなその瞳を細めながら君は背を押されるように朝陽に目覚めた空を飛ぶつかむことの出来ないもの柔らかな雲を見送りながら笑顔で手を振れるんだねこの空間にはなにもなかったただ貴方がそこに生まれたからこの空はどこまでも続いてるただ貴方の夢がとても大きいから苦しみにあっても困難にあってもただもらった羽毛を繋ぎ合わせ君はいつまでも信じていたね心から弾け出て生まれた世界いま風をうけた翼は舞い上がる愛という名の雲を目指し飛ぶよ幼いときかなえられなかったこと手を伸ばしても届かなかったもの両手がいっぱいになっていくただ貴方が白い風に乗れたからいま白い風が駆抜けていく大きなその瞳を細めながら君はしなやかに羽ばたいて希望に目覚めたこの空をゆくランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.10
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真夏の海で【男】が寝ている。彼は海が大好きで毎週のように僕のキャンプ地に遊びに来る後輩だ。しかも、熟睡している。仕事が極めて真面目な男で、思考の柔軟性も際立っており、何よりもみんなの人気者である。僕もそうなのだが、海に向かうときは裸で向かう。ワクワクして肌を焼きたくて、裸で暮らす。もちろん彼も裸でやってきた。男!には鎧がある。社会にもまれ人に認められなければならない。出来るだけ多数にその存在と意義を知らしめて、自己の実現へと向かうのである。(現代の女性もそうだね。)そのために、着替えるのだ。あるときは灼熱の太陽に光る小麦色の肌であり、あるときは作業服であり、またあるときはネクタイでもあろう。そう!【男】は、その時々に数々の顔をもっていなければ魅力に欠けてしまう。そして彼は次の日、この姿にシャツを着ただけのスタイルで出勤してくる。職場には作業服があるので、出勤にはさしつかえはない。そして冬。こんなスタイルで出勤する男もいる。僕だ。頭をかしげてしまう人もいるかも知れないが、この物語には大きな意味と過去の闘いが生きているのだ。先ほども書いたが、僕達の職場にはユニホームがある。全員が真面目に清楚に着こなして真剣に仕事をしている。入社するには凄い倍率の試験をパスしなければならない職場。大分まえに、運良く僕はそこへ入社した。海外の友達も多い僕は彼らのカジュアルスタイルな生き方に憧れていた。公私にけじめをつけた上で個性を隠さない生きかたに憧れていた。だから、スーツやスラックスで出勤してくる先輩がかたぐるしく見えていた。「いいや!個性だもの。」僕はジーンズで出社したのだが、大変な指導をいただいていた。それでもあきらめずスタイルを半年貫いた。すると、年の近い人たちはジーンズで出勤してくれるようになり、数が増えると誰も文句は言わなくなったのだ。次の年、僕は暑かったのでタンパンとアロハで、足にはサンダルで出社してみた。これは僕が私生活で一番気に入っていたスタイル!大騒ぎになった。「たるんどる!」って。でも、そのときにはジーンズ派の若者達が「OKっすよ!」と擁護してくれる。勿論!ジーンズ派のなかでも「ギリっすねぇ。」という心配派もいた。そんなある日、新聞に大きな記事が踊った。某役場の受付男性。髭を伸ばすこと認められる!記事の詳細はこうだった。どこかの役場の40代の男性職員は髭と頭髪を伸ばしていた。たしか、彼はミュージシャンでもあり、そのスタイルが個性であり自分には必用であると感じていた。しかし、上司はいつも注意を促し、最後には懲戒に順ずる給与削減などの処置を下した。彼は提訴した。仕事も真面目に行っているし、少なくともこのキャラで住民には人気があり、ヒッパリダコだったのだ。判決は下った。役場の全面敗訴だった。髭や髪は、個性であり仕事や同僚に迷惑を及ぼさないものであれば、使用者はそれを尊重しなければならない。と。今ではオジサン達までカジュアルなスタイルで出勤してくる僕の会社。金髪でロックンローラーなスタイルで出勤してくる若者に「オッス!」といわれて、僕は「帽子深くかぶれよ!」っていいながらニマニマしています。先輩だものね。僕だって背広きますよ!好きではないけど。どうしてもしかたないときは、マオネックだったりしますが、違和感のない時代になりました。もっと肩の力を抜けるときには抜いたほうがいいですね。それも鎧なのだから。でもね、僕が若いとき勘違いしていたことがあります。ここを読んでいる若い人たちに聴いてほしいな。人には時と場所があります。それは極めて社会的な生き物だからです。社会がないと生きてはいけないのです。だからこそ、自分に自信があったとしても、会う人。会っていただける人を「戸惑わせる」ことをしてはいけません。相手は少なくとも時と場所を考えて服を選びます。それがマナーですね。個性とマナーは違うのです。それをわきまえて公私のチャンネルをもてたなら、みんなもっと自由になれますよ。●今日の最後に。お父さん達へ。●-------------------------------------------男!には鎧がある。社会にもまれ人に認められなければならない。出来るだけ多数にその存在と意義を知らしめて、自己の実現へと向かうのである。-------------------------------------------と書きましたが、家庭にいる女性は家事を完璧にこなし、創造や想像を家族に巡らせて心配しても、誰も認めてはくれないことがあります。主婦は本当にかわいそうな時があるのです。男性はより多くの社会や人に認めて貰いたいけれど、女性は違う側面ももっています。それは「愛する人に認めてもらいたい。」そんな大切なものかもしれませんね。男には鎧がありますが、それを脱がして洗濯しくれる人が誰よりも大切であり、信ずるに足りる愛であることを思い返して、たまには「ありがとう!」っていいなさいな。女性とは素晴らしい人たちです。■今日のお別れポエム■北 極 星 遠くかすかな北極星故郷よりも低く見て僕は涙で夜を明かす空を飛べたらいいのになぁ月明かり達が涙を風船に変えてたくさんの風船に揺られ飛ぶよ冬将軍に風を頼んで飛んでくよそう君の部屋の窓めがけて大きな雪だまをぶつけるよ君はどんな顔をするだろね遠くの遠くそのまた遠い君窓から僕をめがけて飛べるかなそれとも夢を見たように驚くの君も涙で舞いあがれるといいな空を飛べると素敵だよ君におしえてあげられる流れる涙は僕の宝物だよかけがえのない人に言うかすれいく記憶の中に住む人高く輝く北極星のもと涙は今も光っているよ空から心を探してるよいつでも空を飛べるんだ僕は新しい時代のために君と僕を探し続けている遠くの遠くそのまた遠くまで空を飛べると本当に素敵だよ今夜の月は特別綺麗です笑顔の君を思い出したよ松尾多聞ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.08
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今時期はやはり春が待ちどうしい。もうすぐアウトドアシーズンの北海道だ。でも、花見は5月にずれ込むことも。写真は仲間と札幌は十五島公園で花を見ながらバーベQを楽しむ私。(背中の青い花柄シャツが多聞)ノンベばかりで、結局はバスを借りたり、設営したりも僕の仕事。でも、この仲間たち。。。とんでもないイタズラ好きが揃っている!みんな立派な社会人。多忙なため「秘湯弾丸ツアー」なるものを一泊で行うこともあるんだが、車販社の課長がいなくなったと思ったら、いきなり現れて、はろーーー!なんと!下をはいていないでは無いか!そしてTシャツの前面を玉結びにして踊りだす。踊りは「マムシの舞い」だそうだ。それにつられたのか?脱ぎ出す商社の支店長。その蛇系のものを皆が見ている前でグラスに浸して「ハブ酒!」と叫び、体にいいから飲め!と皆に勧める!後ろで何か気配がしたと思うと、小児科医が僕の頭に怪しげな部分を載せて「チョンマゲ!」。。。女性もこれでいいのか?笑い転げているではないか!手の込んだドッキリやら、、、、すごい。そんな破天荒なやつらを相手にしている僕は疲れる。ヘトヘト(ベロベロ)で寝てしまうのだが、女性たちは、その愚かなイベントにストレスが溜まるらしく、寝た私をオモチャにする。寝化粧だ。眉までそられていた。起き上がって泣いたのは云うまでもない。あまりにも自分が可愛そうである。。笑。。これではたただの変態ではないか!そんなアウトドアがはじまる。嬉しいようなコワイような。化粧の僕は忘れてね。同じころ写した写真が↓です。これがモノホンの僕ですからねぇーーー!たまには作品集も覗いてくださいね。写真をクリックだよん。注意書き:僕は脱ぎません!マジックや小話だけでもっています。下ネタもやりますが、かわいいものです。これでええんかい?(宴会?)では、今日はこのへんで。バイバイ。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.07
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私の友人にライフルを持っている野郎が4人いる。超望遠スコープを装備したゴルゴ達だ。その銃を所持し、管理し、使用することは大変な苦労と留意が必要であり、お金も相当にかかる。しかし、友達が言うには「やめられない!」というのだ。その理由はひとつ!単純に北海道の鹿肉が最高に美味しい!ということ。札幌から道東まで寝ずに車を飛ばし。ガタガタの冬の林道を苦労して踏破し。そこに車を停めて雪の森に身を潜め。とても機敏な鹿を見つけては逃げられ。それでも諦めずに追いかけては撃つ。しとめたとしても、解体がまっていて。解体しても、それを背負って何キロもの森を何往復もする。私には出来ないし、凍死してしまいそうである。彼らハンターは、きっと人間の域を超えた異なった生物にも私は見えてしまうのだ。鹿肉の中でも大型のエゾシカの肉は際立って美味しい。色々な料理法があるだろうが、私はタタキしか食べない。それが何より美味しいと思うからだ。彼らもそれが最高であると断言する。鹿は農作物を荒らす。しかも近年には、その数が激増した。それは昔いたエゾオオカミもいないし、ヒグマも絶滅に近い。天敵がいないのだ。天然記念物の植物も鹿により打撃を深刻なまでに受けている。そこで、駆除の許可が下りるわけだ。私は北海道を旅すると、イヌやネコやキツネを見るよりも鹿に会う。禁猟区域の鹿はそれを知っていて逃げない。可愛いのだが数が多いことが分かる。たまに本州へ遊びに行く事がある。私は必ず写真の肉を冷凍で持参して食べてもらう。「泣く!」みんな泣く!おいしーーー!と。タタキのルイベでいただくが、癖がなく、生姜とニンニクがマッチして口の中でとろける。ヘルシーであり、鉄分やミネラルビタミンを多く含む人には「くすり」のような食物なのだ。うまい!どんな刺身よりうまい!もちろんだが、何よりも安全である。それは大自然が創ったぐるめ。オオカミやヒグマに替わって私が食べるのである。この肉のロースとフィレはどんな宝物にまさる私のマテリアでもあり、食べた次の日には体調がすこぶるいいのだ。今日の昼飯に食べたのが冒頭の写真でありました。■今日のポエム■今日は僕の朗読でお別れです。マイナス20度のなか、食を求めて森を貫くハンターの友へ。美味しさの感謝を込めて。(リンクを右クリックして「新しいウインドウで開く」で聴いてくださいね。)「雪原の陽炎」 朗読スタート雪 原 の 陽 炎 吹雪に目覚めても身体がしばれても温もりを想うからわたしはほどかれる息づける木々たちは季節の通う道にある氷に枝を折られても蒼き若葉の春を知る幾度も目覚めてもわたしは流されてそれでも泣きながらあなたにほどかれる縛られた恋たちもいつか命を放たれる儚き夢を削がれてもこの永遠を思い知る吹雪に目覚めても身体がしばれてもあなたを想うからわたしは生きられるあなたと生きたからわたしはむくわれる ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.06
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お待たせしました。本日から国際フェスティバル「さっぽろ雪まつり」が始動しました。200万人の人々が世界から集い、雪と寒さを楽しみます。僕は以前に海外からの観光の人が、大雪像の前にたたずんで感極まり泣いている姿を見た事があります。それはあまりにも壮大で美しく。雪であるからこそのものだと感じています。しかし、札幌のこのまつりは、どうしてはじまったのか?知る人は少ないでしょう。そもそも、「祭り」とは「奉る」と同意義であり、「献上する。さしあげる」とか、「物を届けたり、贈ったりする」ことでもありました。嬉しいことがあると物を贈る。収穫があるとその一部を神に献上する。そのような意義が含まれていました。本州では古くから収穫祭としての「祭り」は盛んで、例えば収穫を終えた村人は大麻を刈り取り集め、広場で燃やし、その明かりと煙の周りを踊り、幻想的な祭りを行いました。それが今の盆踊りの発祥とも言われています。奉る物は「喜び」であり、「幸福」であり、「収穫」であり、「共同」でありました。それは人生の、あるいは生活の「くぎり」でもあり、その燃え上がるような躍動に「生まれ変わる」あるいは「未来を迎える」願いが込められていたに違いないと僕は感じるのです。終戦を迎えた昭和20年代。中央からほど遠い札幌の人々は飢えと寒さに苦しんでいました。何もないのです。ほぼ自給自足の生活は、ボロをまとい、バラックに住み、生きることさえも危ぶまれる状態だったでしょう。収穫も奉るほど無く。喜びも遠く。人々にすがるものがあるとすれば、それはきっと、「希望」や「夢」ばかりだったと感じます。しかし、さっぽっろの人々は夢を拾いました。憎い雪。収穫を奪い、命さえも脅かすその「雪」を奉ったのです。予算なんかありませんでした。雪像を創ったのは若者たちでした。「この雪が札幌なんだ。」「この雪と生活しよう。」「雪を手に生まれ変わろう!」昭和25年。若者たちが作ったささやかな奉りごとに、当時では考えることのできない「5万人」の人々が徒歩や馬橇で駆けつけました。「北海道で生きて行こう!」「この地で幸福になろう!」「雪を克服していこうよ!」あまりのことに、主催者は一部のイベントを中止するほどの盛況を見せていました。まつり。奉る。生まれ変わる。未来を見つめる。当時、札幌の未だみすぼらしい人々は雪に目覚め「雪」を奉りました。それは遠い未来を決定してくれる「限りない夢」だったのです。今日も僕はオーストラリアから来た人々に声をかけられました。「貴方たちは素晴らしい街に住んでいますね。ここは人間の街ですね。そのパワーは神聖で私達を魅了するのです。」と。そして、僕には何度聴いても涙が流れる歌があります。札幌の心を詠い、そして「生まれ変わる」素晴らしい心が込められています。詩としても何よりも素晴らしく、札幌の情景と心が手にとるように浮かんできます。人は刹那に生まれ変わります。この人生にも何度でも。人が街に住むのなら、街は人により栄え、人は街により再び栄えます。札幌を見てください!生まれ変わることにのみ発展を繰り返す心の街です。そして世界がいま、札幌に憧れる時代が到来しました。今日はその歌の動画と詩でお別れします。札幌は世界一の心の街。素晴らしい雪の街。トワ・エ・モワの「虹と雪のバラード」でお別れします。下の画像をクリックしてくださいね。虹と雪のバラード作詞:河邨文一郎 作曲:村井邦彦 歌:トワ・エ・モワ 虹の地平をあゆみ出て影たちが近づく手をとりあって町ができる美しい町があふれる旗、叫び、そして唄ぼくらは呼ぶあふれる夢にあの星たちのあいだに眠っている北の空にきみの名を呼ぶオリンピックと雪の炎にゆらめいて影たちが飛び去るナイフのように空がのこる まっ青な空があれは夢 力 それとも恋ぼくらは書くいのちのかぎりいま太陽の真下に生まれかわるサッポロの地にきみの名を書くオリンピックと生まれかわるサッポロの地にきみの名を書くオリンピックと■僕のふるさと札幌雪祭りの様子。ライブカメラで。○大通会場・大通2丁目会場 環境―自然との共生・知床の森と仲間たち (道新 氷の広場 )協力:北海道新聞社 ・大通5丁目会場 がんばれ!コンサドーレ札幌 (道新 雪の広場)協力:北海道新聞社 ・大通7丁目会場 エジプトの遺跡協力:HBC 北海道放送 ・大通10丁目会場 あっマンモスだ!~チビナックスの北極探検隊~ (STV広場)今日もゆきかきしてます。疲れた。でも!来週から「札幌豪雪救援隊」の活動がはじまります。がんばって健康でイキイキとしなくては。元気をたくさんの人に分けてあげる自分にならなくては。先人が命をかけ、創った街。みすぼらしくも心から愛した街。そこで生まれ育った自分を、僕は本当に誇りに思っています。だから元気でいないとね。元気でいなくっちゃね。じゃね!みんなも元気で!元気こそが幸福の原点であることを忘れないでくださいね。ばいばい。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.05
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私は焚火が大好きである。なんせ「焚火道開祖」でもあるのだ。マッチを片手に海辺を散策しながら、遠い外洋から運ばれたであろうロマン溢れる材料に想いを馳せながら集めては焚火する。アウトドアでは火を起こせば何かやりたくなる。そうだ、煮るなり焼くなり、温まるなりをしたくなるのが人情であり、人間の普通の衝動なのかもしれない。それにぴったりなものがある。それはパーコレーターと云うコーヒーメーカーなのである。これを焚火に放り込み、火にあたりながら香ばしい香りを楽しむ時間が素晴らしい。火に何度も放り込んだ私のパーコレーターは黒くくすんでいるが、それがワイルダーの誉でもあるのだ。いいや、このパーコで入れたコーヒーは味わいが深く、豆の油分までも楽しませてくれる。冷めても美味しく、これでリカーや焼酎を割ろうものなら、そこらのオジさんたちが寄ってきて涙ながらに「旨い!」とのたまうのである。(やめられない)キッチン(私の抱雪庵)では、朝に熱いコーヒーを。昼に氷でリカー割りを。夜は焚火でストロングを。料理にはヤカンがわりにも。2000円程度のこの魔法のポットは素晴らしいアウトドアを演出してくれる。いいや、これに病みつきになった輩は家庭でも手放しはしないだろう。※パーコレーターの仕組みあと、70日で私のアウトドアが今年も始まる。積丹半島での山菜採りからのスタートだ。雪の残る山道や海岸線を闊歩したあとは、このパーコレーターが今年も活躍してくれるだろう。もう、10年のポット。最近はダンダンと味が深くなったような気がしてならない。みなさん!どうぞ、この深い味わいを屋外でも、家庭でも試してみてください。■今日のポエム■画像をクリックすると音楽が流れてきます。追 憶 ためらうような口づけは彩られたあなたの面影オホーツクの流氷はいつもきしみながら悲鳴をあげている岸に辿りつきたくて風に押し戻されながら全てを白紙に戻そうと押し戻した君の手はいつも涙に濡れながら僕の胸に祈っていたねお願い私を引き止めて始めの二人に戻させていつも私のそばにいて樺太から渡る風に乗り寂しがりのハクチョウは遠く遥かに飛んでった多聞 ■宣伝のコメントを拒否しましょう!■♪いいこと考えたぁ~♪以前まで宣伝のコメント(エロ系ばかり)でマイっていましたが、激退する方法を見つけました。宣伝のコメントは(掲示板含)自分のサイトへの誘導が目的ですね。そこでこれを排除します。管理画面→ページ設定【日記】→禁止ワード設定(覧)ここに「http://]と書き込みましょう!掲示板でもコメントでも、宣伝を書くことが出来なくなり、書く意味もなくなりますね。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.04
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絵はこの作品のために自然回帰さまが創作してくれました。音楽つきの作品はこちらから。とても心が揺れていた。嫌いな人ではない。しかし、愛と自分の葛藤の狭間に生きて、その寒さに囚われて、心にも無いことを口にしてしまった。ただ、愛することを忘れて自分から逃げ出していたんだ。見上げると僕の心を覆うように粉雪が舞っていた。まるで時間が止まって見えた。嗚呼、粉雪よ愚かな僕に降り注いでください。そして、傷ついた彼女を静かに眠らせてください。札幌の夜。あの日の粉雪が、今夜も降りだした。ごめんなさい。そんな言葉が闇に溶けていった。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.03
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「太陽の瞳」歩み寄る貴方の瞳に遠い夕日が映ってる貴方はその瞳で笑う遠くはなれた故郷の浜茄子揺れた海岸の綺麗な空が笑ってた 松尾多聞さぁ!今年もやりますよぉーーー!↓毎年行われてきた雪中デモ行進は障がい者、高齢者が当たり前に生きることのできるノーマライゼーションを訴えてきましたが、駅のエレベーター設置や歩道のロードヒーティングなど、たくさんの成果を生み出しています。詳しくは画像をクリックしてくださいね。今年もがんばろう!応援してくれる方は、僕の作ったこのバナーを持ち帰ってくれると嬉しいです。ああ、釣りしたい。雪よ早く解けてくれぇー!今日は憧れの海を思い浮かべて詩作をしてみました。写真↑は石狩の海。写真↓は釣れなかった。。。積丹の海です。海!好きだぁなぁ。僕が海で必ず口ずさむ歌。Procol Harum - 「A Whiter Shade Of Pale」(青い影)動画でお別れです。素敵な夜を!バイバイ。 ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.02.03
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札幌といえばラーメンである。「ラーメン屋」と調べると700の店舗が専門店であるが、喫茶や居酒屋等を含めると1000店以上が「ラーメン」を提供する都市である。こんな街が他にあるだろうか?イッセンテンである。凄いラーメンの街なのだ。札幌のヒトは「ラーメンはこのみである」という。そうなのだ、ラーメン哲学を有していて評論できるほど食べつくしている。肌が白く艶のある顔で云う。札幌はラーメンでしょう!と。函館の塩。旭川の醤油。そして札幌の味噌が有名である。札幌のラーメンは何故?ここまで有名になり、たくさんの人を唸らせ、美味しいのか?今日はその秘密を公開してみせましょう!I love Sapporo Ramen heartily.今日は用事を済ませて「未確認ラーメン」へと足を運んだ。そう、札幌ラーメンとはこのようであるのだ。それは、札幌の寒冷な風土や大自然が育んだ味。濃厚で味が深く、まろやかで適度な油がここちよく、シャキシャキのモヤシがトッピングされる。サッパリ!スッキリ!サラサラ!のものは札幌ラーメンではない!それを求めるならば全国にあるではないか。そこでこのラーメンの他では真似できない秘密を書いてみる。■それは水なのである。■私は全国を渡り歩いた経験がある。いささか閉口してしまった問題は「水」であった。特に関東、関西、中部の水は飲めなかった。札幌の私は腹をこわすからだ。札幌市の水道局がボトルドウォーター「さっぽろの水」を売り出した。これは札幌市民が水道で飲んでいる水だが、本州では飛ぶように売れてしまった。売り切れなのだ。そう、札幌の水道水は母なる川、豊平川上流定山渓渓流が水源。そこは緑豊かな支笏洞爺国立公園や国有林野内にあり、また、冬のあいだに降り積もった雪が天然のダムとなって初夏まで蓄えられるなど、恵まれた環境にある「雪の水」なのである。いいかえれば大自然が育んだ本当のミネラルウォーター。札幌の家庭では蛇口をひねると、この水が噴出する。この水でつくるのと、他の都心水で作るスープの味は、残念ながら一目瞭然!丸みと味が断然ちがってくるのだ。■甘みとコクの正体を見たり!■札幌ラーメンはコクと甘みが自然で特筆すべきもがある。スープなのにフルーティーな味わいが生きているのだ。札幌の特産に「さらら」というタマネギがある。これも私が本州で驚いたことだが、本州のタマネギはボワァっとしていて味が薄く、痛みやすく芽がでる。この札幌さららは味が濃く透明度があり、石のように硬く栄養も味の深みも本州のそれとは比べ物にはならない。半分以下でも味がでるし、深みは真似るここが不可能であると感じる。そして、春になっても「芽が」でずに、そのままの味が低下しないのだ。この素材を皮のままに寸胴に放り込み、一日かけて旨さを引き出したスープは軽く深く、清新でいて素晴らしい味がする。そう、札幌が元祖のスープカリーの命も「さらら」なのだ。これだけは真似ることは不可能だ。私は秋に20キロ1200円で農家からいただくが、深みが違う。「さらら」を昔からふんだんに煮込んだスープが札幌ラーメンの血液なのだろう。■再会への道しるべ■慕情への憧れ10分のドラマ再会までの余韻札幌ラーメンにはドラマが生きている。それは憧れと余韻による表裏一体の物語なのだ。これも本州で生活して感じたことだが、北海道(札幌)の人たちは本州の平均よりも極端に加工食品を食べない。それは、新鮮で美味しく、しかも安価な食材が揃っているからだろう。素材を活かすのが食の王道であるなら、この点は北海道は恵まれている。だから、加工食品をいただく機会が減るのは当然でもある。新鮮で安く、相当に美味しいカニがあるのに、誰が添加物タップリの「かにかま」を買うだろうか?身もとろけるような美味しい「男爵芋」がそこらに転がっているのに、誰が加工を極めた外国のマッシュポテトを好むだろう。そうなのだ、北海道の人は添加物をあまり食べない結果となり、人工調味料に敏感になり得るのだ。だからラーメンも同じ。リン酸塩(味をつける粉等)が多く混入されたスープはスグに飽きるし、その店は長続きしない。天然自然の出しが効いたスープは優しく、いつまでも後味がここちよく、人々に「慕情」をあたえるのだ。札幌ラーメンは風土と自然と人の営みが作りだした真似出来ない味。チャーン店で食べても札幌の本店が美味しい理由がここにありますね。正統派!札幌ラーメンの王道!多聞のオススメ。「未確認ラーメン」住所:札幌市北区屯田4条3丁目2-2電話:011-772-7347営業時間:11:00~20:00定休日:毎週火曜・第3月曜駐車場ありあーあぁ。あと二ヵ月は雪に覆われる札幌。札幌は寒いから、身体が油分を求めるのですね。冬の夜ラーメンが食べたくなるゆえんなんでしょうか。秋から冬にかけてラーメンはその売り上げを倍増させますね。北海道の生活食でもあるんですね。じゃ、またラーメンかきますね。バイバイ。■今日のお別れポエム■喝 采 の 道 遥か北を目指す鉄の道に揺られいまさら置き去ったもの達を想うこだまする汽笛ふるさとへの道色あせたシネマの思い出が招く儚く崩れたつかの間の青春物語繰り返し贈ったカーテンコール二度と幕は開くことがないのに車窓に吹雪いた結晶はあてた手の形に解けて激しい日本海を映し出す身体にそそいだ振動は僕の心を揺り起こして激しい慕情を掻き立てるカーテンコールが聞えてくるランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.31
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■川を見つめて■川の流れは穏やかになり、激流ともなり、落ち跳ねては大海を目指す。その水面は人生の場面を思わせるように数々の表情を現し、全ての生命と共存しながら流れるからこそ、無数の環境と自らを浄化して、その生命を謳歌する。人はこの営みを見つめて美しいと感じる。しかし川が川である意味と、この世界に川がどれだけ必要なものであり、地形や生態系にどのような幸をもたらし、どこまでの能力を秘めているのかほとんど知る由もない。その偉大な働きは近年になり「重要」であることが知られてはいるものの、そのほんの一部でさえも解明はされていないように思う。人の心も穏やかになり、激流ともなり、落ち跳ねては大志を目指す。そして人の行動は人生の場面を思わせるように数々の表情を現し、全ての生命と共存しながら生きるからこそ、無数の繋がりと自らを昇華して、その生命を謳歌する。私はこの営みを見つめて美しいと感じる。しかし人が人である意味と、この世界に自分がどれだけ必要なものであり、地球や人々にどのような幸をもたらし、どこまでの能力を秘めているのかほとんど知る由もない。人心の偉大な働きは近年になり注目され研究はされて来ているものの、そのほんの一部でさえも解明されていないように思う。■知っているのに知らないこと■第一、私たちには知らないことが多すぎる。いいや、知っているのに分からないことが多すぎるのだ。鳴りそうだと思った電話が鳴りだす。逢いたいと願った人が突然現れる。同じ言葉を考え一緒に云ってしまう。不安にかられた日に、それが事実となる。これは、日本古来より「虫の知らせ」として私たちが知っている現象の一部である。しかし、どうしてかは説明できないし知らない。そもそもこの「虫の知らせ」とは「第六感」といわれるものだ。これは人が持つ知覚能力の内、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、以外の、一般常識としては存在しないと信じられている感知能力のことである。それらの能力は現代まで「テレパシー」とか「霊能力」などと呼ばれてきたが、そんな特別なものだろうか?もし、「虫の知らせ」が「テレパシー」とか「霊能力」だとしたら、これは特別なものになってしまう。何故かといえば「いかがわしく」なるからだ。■川の流れのように■川の流れを見つめるように人を見つめ解明しようとした人がいる。それは自分を知ることが「不明を明らかにする」ことを知り、探し求めた人々だ。1500年前の天台は「八識・九識」といい。20世紀のフロイトは「集団的無意識」といい。現代のシェルトレイクは「形態場」といった。それは、人が持つ意識は偉大であり、素晴らしい営みを内在していて、意識の深いところでは全ての心が「繋がっている」と明言している。これは現代になってやっと実験証明されてきたが、その一部しか知る由もない。しかし、わからないが解ること。「虫の知らせ」を解明している。そう、人はテレパシーでもなく霊能力でもなく、自分のもっている無限の力量(つながり)を知ることで本来の自分を見つけることができるのだ。捜し求めているものはこの心の奥底にひっそりとたたづむ垣間見た者は涙するだろうただ喜びに 静かに人は自分を知るために生まれて来た。それは実験でもあり挑戦でもあるが、とても長い道のりなのだと感じる。現代の科学は証明でできないものを「無いもの」としてきたが、それでは中世の科学者を痛めつけた「魔女狩りの教会」となんらかわらない所業ではないだろうか?知っているのに知らないもの。それは川であり人であり、全てである。そんな懐がいまこそ大切な時代になってきた。■スピリチュアルという言葉■21世紀は心の時代といわれる。なぜなら、いままで人々は物質に支配されてきた。その反省と後悔がこの言葉を作り出したかにも見えてくる。川の流れが激しく、自分に見合っていないのならば川を掘り、流れを変える。そのデメリットも知らないままに。自分が気に食わなければ、人の心に土足で上がり込み、命さえも奪ってしまう。そんな人間の「業」に皆があきあきしてきたのだろうか。スピリチュアルという言葉がある。これはスピリチュアリティ(Spirituality)の略でもあるが、この国では「霊性」といかがわしい訳をする。ちがうのだ。「意識論的、あるいは精神論的生き方」だと私は理解している。とってつけたようにスピリチュアルな先生がテレビやメディアに登場して「生き方」を説明するが、彼らは決して意識や心を説明しない。それはまるで、飛行機には乗せるが飛行機の飛ぶ論理を説明していないことに等しい。不安である。知りたいが解らない。とても不安である。だからこそ商売にもなるのだ。これはとても罪なことであり、人間の一番の崇高な部分を商売にしていることが許せないのである。この混沌として、何でもありえるであろう現代に意識を深めつながりを求めることは、私のスピリチュアルにはとても大切だと感じるが、それは自分でしか知ることの出来ない、自分の孤高な能力だ。知ってはじめて「つながり」を理解し、人生を転換できるものだとおもう。無限の力にたどりつけるのはメディアでも雑誌でもなく孤高の自我の確立であり、しかも、それは見渡すことにより、どこにでも営まれている自然のことわりの中に生きているのだ。■わからないのに効果があるもの■チャネリング(channeling)という言葉もある。これは常識的な通信手段では情報をやりとりできないような相手(何か高次の存在・神・霊界人・未来人・宇宙人など)から、特別な能力によって情報を交信することだとされるが。私は深層意識に潜り込みつながりを自覚する行為に他ならないと感じる。それほど人のスピリチュアルは優れていると感じるからだ。入り口が違うのだ。このままでは宗教に埋没してしまい、苦しむ人々もいるだろう。本当の人間の能力とは開放されるものであり、それだから発達し駆使できる時代が訪れるはずだ。宗教というひとくぐりに束縛されるほど、本来の人間性は愚かではないと感じる。そこで「開放」という言葉を考えて見る。セラピスト(therapist)という言葉もある。人を癒し、病気や怪我や社会環境から人々を救い、社会復帰させようとする素晴らしい療法士のことだ。その手段はたくさんある。イルカ。イヌ。ヒト。香り。運動。物語。声。音楽。。。。それらに随時に人々を触れさせて幸福と癒しと復活を促す人々のことをいう。しかし、説明はできないことが多い。このような実績がある。との経験論でのことも多いのだが「結果」がついてくるから素晴らしい療法なのだと感じる。触れさせること。「つながる」こと。それはやはり自分を自覚し知る過程でもある。その自分は自分でもわからない大きな川。いまこそ、精神の世紀が訪れた。だからこそ、本当のスピリチュアリティを探す時代になったこと。それが少しのことでも、私は喜んでいる。*** 今日のお別れポエム ***海 を 渡 る 風 数珠繋ぎのテトラポットを登りいつも地平線のありかを探したカモメは空で首をかしげながら背伸びする僕に不思議そうだね心は遠く海を渡ってゆくけれど身体は海を歩んでいけないんだ優しい家族がいた彼女の元へは波よテトラポットを濡らしてよ僕の絆を湿らせて強く滑らかに数珠繋ぎの想い出をいだくままもっと大きく背伸びをしてみたランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.28
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ついに火星人発見か!?火星人が弓で狩をしている!?写真提供:NASA/JPL-Caltech/Cornell University 火星探査車Spiritから送られてきたパノラマ写真の一部に興味深い画像が写っていた。これがその画像だ。撮影されたのは米国時間2007年11月6日から9日にまでの間だという。僕が見る限りこのように思う。この被写体は人間に見える。しかも口にはショールのようなものを巻き、足元まであるスカートのような物をまとっている。?明らかに豊かな乳房が確認でき、肉付きからも女性に見える。こちらの動きに驚いたように、中途半端な姿勢にも見えるが、こちらは丘の上から遠くを眺める小さな探索車。数キロも離れた場所からの撮影なので「この人」はコチラに気がついていない可能性がほとんどだと思われる。右手は動きを見せるように撮影されているではないか?なにかの作業中なのだろうか?よく見ると(これが人間なら)手には50cmくらいの棒状の道具をかざし何かを念じているようにも見える。そしてこの棒状の先は太くなっている。両手で握っているのが分かるし、顔もその道具の先端を見つめているようだ。真剣に仕事をこなすようにも。誰がこれを火星にある岩や自然の造形物だと思うだろうか。いいや、あくまでも写真でしかないので、本当は自然現象の一部かもしれない。でも、僕は人であると思うんだ。きっと火星に住む僕たちの仲間だろうと。あなたならどんな解釈でこの映像を見ますか?これは火星人ですか?なんだか、とっても面白くなってきました。この写真をネガ処理してみたんですが、明らかに周りの岩とは光の反射が一線を隔していて、その影は美術でいう曲線のグラデーションを描いて見える。広大なパノラマ写真の左下がこの映像らしいが、丘に囲まれたくぼ地なので、生活に関係する「水」を探しているのかな??日差しが強く、寒暖の差が激しいので地下に住居をもっているのか?この棒状のものを持つのに手をまくりあげているので、スピリチュアルで高度な技を?まてまて、もう少しこの人?の目線を追ってみよう。おお!驚いた!この写真は狩をしているのではないだろうか?これが人間(A)だとすれば30メートル先(B)には四足の動物(C)が見える!するとなにか?左の片膝をついて、踏ん張るように見える構えは、戦国時代の武将が矢を弓で射る姿勢にも見えてくるではないか!!これは僕が見つけた推測ですが、そう見えて仕方がなくなったのです。興味は尽きず、物語まで浮かんできました。火星人だと面白いのにね。こういうの大好きな人、トラバってくださいね。ところで、ミッシェルさんの炊飯器で作る!りんごケーキがあんまり美味しそうだったので真似しました。ベージングパウダーが少し足りなかったけど、とっても美味しかったよ。火星の表面みたくなっちゃった。笑しかし、炊飯器で作る料理のたくさんあること!オススメはこちらだよ。■関連記事■※国際時事新聞: NASAが公開した写真に“火星人の骨”?※nasaのアニメで火星探索の旅を楽しんでください。※宇宙や科学に興味があれば「横浜こども科学館」のページが理解しやすいよ。■今日のお別れポエム■情 熱 私って幸福になれないよそんな弱音を口にする人追えば追うほど・・・恋の女神は逃げていく手を伸ばすとそこには誰も数えきれない昔のこと遠い世界の息吹に吹かれ熱と熱がぶつかり合った君はそこで生まれたそして忘れているんだね君は時さえ操れる君は大地を見とおせる思い出してごらん忘れかけた情熱を備わった本当の力を明日になったらね君は倒れた場所に立ち上がるランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.26
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中国「秦」の始皇帝(しこうてい、紀元前259年1月 - 紀元前210年7月)は、若返りと不老不死の妙薬を求め膨大な苦労と財産を使い果たした。しかし、その甲斐なく、詐欺にあい騙されて憔悴して亡くなった。今日ね、みなさんに始皇帝が求めていた妙薬を(それに近い?)教えましょうね。◇動物達が選んだ若返りの食材◇私が子供の頃、我が家では採卵用にニワトリを育てていた。そして、その世話をするのは子供の仕事。私はニワトリと友達だった。そして驚いたのは砂や石、貝殻や石炭まで食べるニワトリに驚いた。(石炭を食べさせたら卵の殻が黒くなった。。。)「美味しいのかな?」私も口にしたが、とても食べられるしろものではなかった。するとオヤジが教えてくれた。「動物にはそれぞれ特徴や身体の機能があって、美味しくなくとも必要なものを本能が選んで食べようとする。」と。では、草食動物はどうだろうか?動物園の飼育係りの人に聞いたことがある。ウサギ。ロバ。ラクダ。馬。鹿。重労働を余儀なくされたり、獰猛な肉食獣から駿敏に逃れなければならない動物たちの前に何種類ものフルーツや野菜を並べて見る。するとどうだろう、有無を言わさず、それらの動物が真っ先に喰いつく食材があるのだそうだ。飼育係りの人が言うには、きっと彼らは「好み」というより、本能が求めて食べているように見えるという。私のニワトリの貝殻と同じく、身体が求めていうと云うのだ。その食材とは「人参」だ。草食動物の本能が選ぶ食材なのだ。草食動物にとって「老い」や「病気」は即座に「死」を意味してしまう。だからこそ、彼らはいつまでも若くハツラツとしなければならないのだ。何たることだろう!?人間とは自分が必要とするミネラルやビタミンを忘れ去り、愚かな飽食のみに走るハクチになってしまった。身体と心が別々になり、大切な本能さえも気がつかないわだかまりに生きてゆかなけえばならない環境を作ってしまったよ。心と身体は一つのもの。それを自ら隔ててしまった現代人は、環境や自然の恩恵を無視して生きているんだ。病気になるに決まっている。一番心配なのは心。心こそ大切なんだ。それが食べ物や思想で壊れてきた。その集大成が地球の破壊や温暖化であることを考えていきたいな。◇人参の効能について◇肉食動物と違い、人間は体内でビタミンCを生成することが出来ない。なぜなら数百万年前から人間はビタミンCを含んだものしか(あるいはそれ中心に)食べていなかったので、生成する理屈がなかったのだ。そしてカロチンはビタミンAだ。やはり人間は黄色や赤のフルーツや木の実、野菜を中心に食べてきた。ニンジンには心臓や内臓を活発にし若返らせるカリュームやカルシューム。そしてカロチンやビタミンC。整腸作用を行い、脂肪を燃焼させる話題の繊維質までも内蔵している。ニンジンはアフガニスタンを原産とされるセリの仲間。ことに、ニンジンのカロチンは肌で抗酸化力を発揮するので、紫外線によって発生した活性酸素を消去し、色素沈着や、シミ、シワを抑え、ダメージをかなり受けた肌も、1日1本のニンジンを食べれば痛んだ肌が修復されるという新陳代謝の食事。またニンジンジュースを継続して飲むと、花粉症や食物アレルギー症状を起こしにくい体質になることはこれまでの研究でも確認されたが、最近の研究では、その有効成分がカロチンであることが明らかになったのです。ガン防止+美肌+抗アレルギー+脱肥満効果=(若返り×不老)素晴らしいバランスのスーパー食材であり、野生動物が推薦する食べ物なのだ。そこで、私は肌荒れやアレルギー(花粉症)で悩む知り合いに食べ物を聞いて回ったことがある。やはり、緑黄色野菜が嫌いな人が多かった。中でも特に風邪をひきやすい人はニンジンが嫌いと答えていた。残念ながら「秦」の始皇帝の時代、アフガニスタンまでのシルクロードは未だ開通していなかったのだろうか。四十代で亡くなった彼の無念さが伝わる。(矢傷による後遺症とも)シルクロードの交易が盛んになり、ニンジンが広がる後世には、やはり北方地方の民族の寿命は延びている。◇長生きする人々の秘訣◇先日、札幌市のリサイクル工場を拝見してきた。ビン、カン、ペットボトルを資源化する工場なのだが係りの人は云った。「裕福な住宅街ではビンが多いのです。比較的所得が低い住宅街ではペットボトルが多いのです。」と。彼が言うにはワインはビンであり、焼酎はペットであるから。。。とのこと。アルコールの度合いが似た飲み物であるが、地域によって明らかに差別されるという。私はそこで職業別平均年齢を調べる。一位-僧侶二位-医者・・・・所得が比較して高い職業が長生きをするらしい。そしてそれは飲み物や食べ物によるのかもしれないと思う。(ちなみに最低寿命を記録したのは詩人でした。。。涙。。。)そう、お金が足りなくたって「考える」宝物があれば健康になれるんだよ。ちょっとした学習と経験なんだね。◇そして多聞は昔からニンジンが大好きだった◇昔からニンジンを食べると「安心」していた。何故なのか解らないが、煮物や炒めものにニンジンが入っていると肉よりも芋よりも選んで食べていた。決して好きなわけではなかった。子供の時から身体が野生動物の「それ」のように動いていたんだと思う。美味しいとかの嗜好ではないと感じる「安心」を食べている感覚なのだ。安らぐのだ。だから、わたくし多聞は人とは多少違うところがあります。それは第三者からよく言われることですが次のようなものです。(自慢ではありません。今日は皆さんのへの若返りの秘法のため、恥を偲んで書きます。)1、何歳か解らない人だ。あるいは年齢より若い。2、思考のレスポンスが早く、応用に優れている。3、生活感を感じないのは、元気だからだろう。そして、私自身、以前から感じていたことは次の通りです。1、髪の毛の発育が早く、新陳代謝が人よりかなり早い。2、病気をしズライ。あるいは病気になってもスグ治る。3、体力が通常以上にあり、持続性がある。ニンジンはね。若返り以上に病気やダイエット。そして美容に素晴らしい効果をもたらします。特にこの冬に色々な工夫をして食べてくださいね。僕の一番のオススメは鍋料理(カレーやシチューも)や、なんと言っても複合効果があり美味しい「ぬか床」で作る漬物かもねと思います。■今日のお別れポエム詩■別れた人がいる。会いたい人がいる。探している人も。人には慕情があり、心があるからこそ切ない想い出にすがることができるのかもしれないよ。きっとそれは自分を知るマテリアでもあるんだ。会いたい。ただ会いたい。もう一度あいたい。でも会うだけでいい。そんな愛が雪の降る夜に巡ってきます。今日は僕の「流星旅行」でお別れです。みんな!健康で!だからこその素晴らしい毎日を送ってくださいね。バイバイ。流 星 旅 行 窓に薄明かりが滲む夜にはかけがえのない時が訪れるこの凍てつく空に船を出し過ぎ去った人達を探しゆく雪よ貴方に心があるならば星の光りで照らし出してよ星よ貴方が命を司るならば遠き別離を返してください灯りが 消えてしまう前に窓に薄明かりが見えた夜は流星の船は高く舞い上がる見つけた人達をつれづれにただ逢わんが為に旅をする 松尾 多聞※【つれずれに】:(古語:そのままに)ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.25
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北海道の開拓は風雪との闘いでもあった。 農地や牧場。あるいは民家の周辺に防風林を築き、開拓民は風雪をしのいだ。 その中でもポプラは柳科であり、丈夫で成長も早いことから、今でも痕跡を残す沢山のポプラの防風林が存在する。 北海道大学構内や美瑛のものが有名だが、身近にある私の散歩道のポプラ並木も素敵だ。 ここは、昔に使われていた子供たちの通学路。親達が子供を想い、無事であるように協力して植樹したことだろう。 地吹雪は命を奪うこと。それを経験から皆が知っていた。(地吹雪動画)そして子供達は、目も霞む石狩平野の地吹雪の中、この大きく林立する防風林を目指して帰途に就いたことだろう。 なんにせよ、最近まで、北海道の冬に生きることは、数々の意味で命がけだった。それが通学だったとしても。今は誰もいない歴史の路。私はたくさんの心や想い出を探すようにこの美しい路を闊歩する。 既に樹齢を重ねたポプラだが、開拓の心を表現しているように、天に向かい手を差し伸べ、背伸びをしているように私には見えるのだ。 それは今でも地域を見守っている「心の防風林」でもある。 人は人に寄り添って育つ。人はそれを受け入れて生きてきた。あまつさえ、それはあたりまえのことだった。人は人を思いやり、人は人の想像力で助けられてきたはずだ。人の人としての想像力は、いつか形になり必ず残るはずだよ。人は人であることを愕然と知る時が、いつか絶対に訪れるよ。路も町も草も木も空も大地も歴史も営みも全てが存在するね。人は人が行ってきたことを省み思い出し、そこに生きるんだ。人が人であることの証は、人が積み重ねて来た心を知る旅だ。人が苦しみと向き合い築いたポプラの路は僕を人に近づけた。みんな!雪が溶けたら北海道においでよ!どこにいても、素敵な優しい心が降ってくるんだ。日差しでさえ、白い雲でさえ、吹く風でさえ、映る景気まで、人々の心が染み渡ってあなたを迎えてくれますよ。雪が降る。大きなボタン雪なんだ。白くてふわふわだ。とっても美しく見とれてしまうんだ。そんな女性を羨望した僕の青春。雪が降ると思い出す。今日は【冬の人】でお別れです。みんな!元気に!負けないで!大丈夫だよ。バイバイ。(僕はこの作品のBGMを聴くと泣いてしまいます。どうして分からない。題名をクリックしてね。勇気がわいてきます。)冬 の 人 想い出詰まった綿帽子春待つぼたん雪が降る大好きだった貴方を想う終わることなき囁きで心の中に広がった白く綺麗な綿帽子いつも夢見るぼたん雪僕は貴方を追っていたふわふわ輝くぼたん雪ホタルのような綿帽子貴方をそっと触れてみた知らなかったよ冷たいよにわかにそれは溶け消えた松尾多聞ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.22
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北海道は寒い日が続いています。そんな寒い外での話し。何故か、僕は【物事を】について若者達から、その個別の感慨を聞かれる事が多いのですが、今日は「差別」について聞かれてしまい、僕自身が考えてしまいました。寒いから逃げ出したかったけれど、しばらく話し込んでしまったよ。「多聞さん。あなたは人間を差別しますか?」「また、あなたは障がい者を差別しますか?」これは、真剣な質問でしたので、私は真剣に答えることにしました。なぜなら、答えることは重要だと思ったのです。それは、彼らは、私がボランティアをしていること。また、障がい者との付き合いが長いことを知っているからです。僕はいいました。君ね、って。例えば僕が若者だったとします。若いなりに苦労して職について、初めて給料を貰い、やっと一人前に成れたと思った。そして初めてのボーナスをいただいたよ。僕には憧れが三つあった。いつも焼酎で我慢してるオヤジに高いウィスキーを買うこと。酔っ払いのオヤジにあいそが尽きたオフクロに旅行券を贈ること。二つは簡単に出来たし、凄く喜んでもらえたんだ。オフクロなんて近所に自慢して回るし、オヤジにいたっては、その酒を無理にも飲んだのだろうか?次の日に病院に駆け込んだほどだよ。そして、僕の願いも叶った。それは北海道の有名な寿司屋で思い切り【お好み】で寿しをつまむこと。叶ったのです。「おーー!若いの!ボーナスだって?よっしゃ!手塩にかけてにぎっちゃる!」ものすごくおいしかったし、感動した。しかしだ!僕は質問して来た彼らに聞いた。「憧れの寿司屋さんに入ってニメートルもある黒人の大将がね、握っていたら違和感はないかい?」って。「いやだ!」「考える?」「ビックリ?」「にげるう?」って答えが圧倒的だった。それは。。。それは当然だよ。だってインパクトがありすぎて、経験にないものだからね。でも、どうだろう。そのニメートルが友達で、君も一緒に修行した仲間ならね。絶対に二メートルの腕を信じているならね。どうだろうか?そう、人々は経験で生きているし、それ以外のことには「うとい」のかも知れない。だから、知らないことにはインパクトがあるし、ビックリしてします。しかし、それはこちらの問題であり、相手を差別する理由にはならないんだ。だからこそ人間は「知り」、「わかり」、「想像」する愛こそが必要であると言った。しかし、僕はどうだろうか?差別はある!絶対にある!だからこそ僕はヒューマニズムと言う、より大きな哲学を知り、学び、創造しなければならないと思った。ニメートルの寿司。若い僕だったら逃げ出したと思うから。若者達は、寒さに震えながら僕の話を30分も聞いてくれた。そして、僕は障がい者を僕とは差別します。だって、それを知らないと仲間になれないから。明らかに違うこと。それを理解できないと、僕が人間的になれないし、彼らのすばらしさも理解できないから。そして、自分さえも理解することが出来ないから。でも、本当は差別なんて言葉はいらないんだ!「知らない!」そんなことだよ。「知る」ことが全てであり君たちは知るために生きているんだ。知ること、学ぶこと、経験すること。それが生きていることであり、繋がりだ。差別はあるんだ。それは知ろうとしない人間の無知であり、恥ずかしいこと。しかし、我慢することでもなければ、訴えることでもないよ。互いを明らかに出来る人間性にね、全てがあるんだ。今日はそんなこと話し合って僕は自分の詩を皆にプレゼントしたよ。諳んじて語る僕の身体は既に固まって震えていた。寒かった。でも、みんな熱かった。TOMODATI 手が動いているよ自由にしなやかに美しく動かしたい君の手は動かない固まって動かない僕の心は動いてる君の心も動いてるねぇ不便なんだね僕の手は自由だねねぇいいじゃないかそんな形なんだもの動かない君の手はね人の心を動かすんだねぇいいじゃないか喋れない君の声はね人を止まらせるんだ自分しか見えない僕を確かに止まらせたんだ何を思われてもいいよ辛いことがあってもね君は僕の友達なんだよ僕は友達を探していた尊敬できる本当の友をいつかきっと輝くまで僕達が自由に輝くまでずっと歩んでいこうよ自由にしなやかに生きようよ横目で見られたっていい邪魔にされたっていいよ涙にくれても生きられる夢が壊れたっていいんだもっともっとしなやかに僕達は生きられるんだね僕と、僕達と同じ悩みだねでも少しだけ違うことはほんの少しだけ違うこと君は本当に美しいよ君は本当に優しいよ君の涙は偽りがない君は君は正直でいる生きることは芸術だね君も僕も生きているよねぇ死ぬまで生きてやろうなぁ僕も同じく生きていくありがとう!君達!ありがとう!友達!僕もくじけないでいくねランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.21
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Yahoo登録サイト(カテゴリー)を目指せ!今日はSEO対策だよ。個人が運営するサイトが、Yahoo登録サイトを目指し、登録していただけるのは夢のようなことですが、皆が望むことでもあります。まぐれでもありますが、僕はこの偉業を成しました。きっと行って来た手順が成功の鍵であったと思うのです。今日はそのヒントを公開しちゃいますね。SEO対策とは?サーチエンジンの検索結果のページの表示順の上位に自らのWebサイトが表示されるように工夫すること。(YAHOOカテゴリーに登録されている僕のページ)自分のページトップを(INDEXでなくともよい)多数の検索エンジンやリンクに定型文を作って登録しますが、その前に、ロボットの読みやすいMETAタグをページに貼り付けます。例(このサイトはYAHOOカテゴリに登録されている)-----------TITLE>恋愛詩集「恋詩織」/TITLE>META http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS">META NAME="robots" CONTENT="index,follow">META NAME="description" CONTENT="癒しの庭へようこそ。恋の想い出は宝物。優しい気持ちで読んでください。">META NAME="keywords" CONTENT="詩集,詩,ポエム,love,恋愛,恋愛詩集,poem,愛の詩集,投稿詩,愛">META http-equiv="Content-Style-Type" content="text/css">----------------※タグを表示させるために行頭の「
2008.01.19
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はぁーー、、、釣りしたい。しかし、、、札幌は雪模様です。朝から自宅の除雪作業に追われていました。二時間の重労働でクタクタですわ。そして、こんな寒い日には鍋料理が恋しくなりますね。新鮮な魚でミソ仕立ての鍋は、北海道の定番。その中でも美味しいとされる旬の料理が「鍋壊し」なんです。??「何?その料理?」って思われる方に説明を。昨年、北海道は長万部沖で、船を出しカレイを釣っていると、そのカレイを追いかけて獰猛なカジカが喰いつきました。でかい! そう、これがカジカ。 北海道ではカジカ鍋は、「あまりにも美味しく、皆で鍋をつつくものだから、鍋が壊れる。」という意味から「鍋壊し」と呼ばれます。 身がタンパクでありながら出しが美味しく、アンコウにも勝る一品です。味噌仕立てでいただきます。 料理方法はコチラを参照。 三杯もおかわりしてしまいました。(自分で作ったけどうまかった!)本州の方も、手に入ったら挑戦してくださいね。決して鍋は壊れませんから。笑◇今日のお別れポエム◇人々には心の拠り所があります。恋人であり故郷であり友人であり仕事であり家族であり目標であり記憶であり大志でありたくさんの繋がりが林立して心の防風林を築き上げています。寒風から己を守る力がそこには備わっています。あなたに防風林はありますか?あなたの防風林はなんですか?僕の作品「防風林」でお別れします。寒い週末。ウガイを忘れないでね。ばいばい。♪BGMです。クリックしてから読んでくださいね。 防 風 林 アスファルトに沸立つ雨が降る雨をすり抜ける風は温度を失い焼けつく胸を冷却しようと寄せる幾千万の夜を越えて秋を迎える大地の鼓動を聞いた飾られた全ては幻に消えていくそうだね僕は一人で生きてきた泣きながら何もわからないままでも今なら話すことができる信じて欲しいから本当は淋しいから貴方へ僕の鼓動を伝えたい僕に沸立つ雨が降る心をすり抜ける風は想いを君へ運ぶ僕が本当の僕を知ったから雨に光る遠い防風林は浮かんでるここにおいでと呼んでいる今までもこれからも何人も守るため悔しくて負けないでいた僕を呼ぶ僕を包んで守ってくれる場所がある遠くにいる貴方に伝えたい雨は降ることをやめて故郷へ急ぐ僕の車の跡には跳ねあがる水滴が虹になったランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.19
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寒い!北海道の江丹別という旭川に近い町で、今朝、今年の最低気温が更新されました。-33.3℃。 新聞記事はこちら実感のない方もいましょう。そこで何度も体験した私が、どんなものなのか説明しますね。身体偏1.肌を出しているところは針を刺すような痛みがくる。特に鼻と耳が痛む。2. 帽子を被らなければ頭が痛み、口にはマフラーをしなければ歩けない。3. 粘膜を守るため涙と鼻水が溢れ、瞬きするとまぶたがクッツき、鼻ミズはツララになる。4. ちゃんと喋ろうとしてもロレツが回らない。5. と息はどこまでも白く広がり、キラキラ輝く。自然偏1、木々の水分が凍結膨張し、大音響で樹皮が割れる。「凍裂(とうれつ)現象」(遠くで大砲が撃たれているような音がこだまする。)2、ぬれタオルは5秒で棒状となる。3、消化栓には焼酎を加えておかなければ凍結することもある。4、遠くの音や景色がはっきりとするので、星も綺麗だ。5、歩くと「キュッッキュッ」って鳴るので楽しい。ダイヤモンドダストが美しい。生活偏1、雪の上で酔っ払って寝ると確実に命を落とす。2、みんな家にいるので、この寒いのにアイスがよく売れる。3、車のエンジンが、そりゃもう、かかりズライ。バッテリーもあがりそう。4、窓が美しく凍結模様を見せてくれる。5、お酒も売り上げがあがる。大体、午前7時までにー20℃大まで温度が回復しなければ学校は安全のため、授業を先延ばしたり、休校にしたりしますね。凍傷になると困るからね。そんな感じですよ。今日は僕の作品「凍笛(とうてき)が鳴る道」でお別れ。じゃ、またね。バイバイ。凍 笛 が 鳴 る 道 雲は流れて空高く凍笛が聞え来る低く遠い音色が木々をも眠らせた背中を丸め暖炉に蒔をくべいれるあの冬に父が踏んで創った雪の道高く冷たい雪壁を辿りもがいてた背中だけを信じながら母と続いた凍笛が襲いかかる寒さを呼び込み大地に響いて家族を一つに導いたくべる炎に映し出す命をかけた道父が拓いた細く長く吹雪に霞む道いま私の目前にもつづいて見える私も踏みしめ私の道を拓いてゆくこの作品の背景を私がテレビで朗読しています。こちら。【 凍 笛 】 シベリア寒気団が南下して北海道に厳寒を運ぶとき、上空高く無数の霧笛が鳴り響くような音が続き、暴風を伴って大地は吹雪に染まります。その不気味で恐ろしい音に私が「凍笛」(とうてき)と命名しました。 ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.17
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ボランティア「札幌豪雪救援隊」の活動が来月後半から再び始まる予定です。昨年の札幌は思いの他、雪が少なく「社会福祉協議会」からの依頼があまりありませんでしたが、今年はこれからの豪雪積雪が見込まれるため、活動を再開させていただくことになりそうです。過去の活躍の模様はテレビで報道されてます。こちら。自分達が準備して、自分達が勝手に行う!ありがとうもいらない!心と身体と時間に自己完結を抱いた素晴らしい仲間達が集まります。何故か?心ある人々は「イケメン」であること。それが素晴らしくもありますよ。ボランティアとは、自分の心の実現であり、それは自らが感じ、自らが昇華してこその多大な努力を必要とします。葛藤の向こうには「支援」という素晴らしい結末が待っているのです。しかし、参加してくれる若者たちは「徹底的にやる。」終われば去る。「やらせていただく!」この心をもって、凄まじい活動を展開してくれます。通りがかりの人々さえも、その姿に感銘を受け、前掛けをつけたまま、買い物ブクロを横に置いて、子供さんを伴って、手伝ってくれます。「私も活動に感銘して黙っていられないのです!何かやらせてください。」「おまえら!なにやってるんだ?そうか、そんなら俺にも手伝わせろ!」つかの間でもかまわない。できることだけでかまわない。僕たちはあなたの心が嬉しい!今年もがんばりますね!応援!よろしくお願いします。今日のお別れポエムは、このメンバーが活躍する「ふるさと札幌」の歌です。想い出が積もる街ふるさと札幌は遠い街風が行き交う白い街人が落とした想い出がとても優しく積もる街一人きりでもかまわない心が悲しく痛んだらいってご覧よあの街へ涙が小さく消える街風に心をなびかせて暮れゆく街を覗いてごらんふるさと札幌は僕の街夢が行き交う光りの街心を覆う寂しさをとても優しく包む街思い出してもかまわない貴方は貴方でいるように歩いて生きたいあの街をたたずむ人を照らす街いまマフラーをなびかせて自分を見つけてみてごらん通りすぎたもののなか笑顔は再びよみがえるふるさと札幌は遠い街風が行き交う白い街人が落とした想い出がとても優しく積もる街※この活動に共感していただける皆様にお願いがあります。遠い北国でも、自分の時間とお金と労力を提供して、ただ、純粋に、見返りのお茶一杯をも阻んでがんばっている若者達がいます。どうかトラバックをいただき、この心をたくさんの人に伝えてください。お願いいたします。NPO 札幌豪雪救援隊 隊長:松尾多聞ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.14
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こんばんは!温泉が恋しい季節ですね。今日は地元の温泉でゆっくり過ごしていました。ブラックシリカ(黒鉛珪石)の温泉「湯楽 しのろ」は凄く温まりました。いつも思うのですが、いつかこの石で自宅風呂を作ったら、なんて素晴らしいだろうと感じます。とにかく汗が退きません。このブラックシリカ(黒鉛珪石)は北海道の檜山管内・上ノ国町でしか産出しないといわれる石。 常温で遠赤外線を放射しマイナスイオンを多量に発生させることが発見されたスーパーストーンなのです。すんごいよ! だから、天然温泉でありながらこの石を浴層やシャワーノズルにまで設備した「湯楽 しのろ」は断然オススメの390円です。サウナや露天も勿論完備されているし、蕎麦やラーメンは400円からとお得なんですよ。JR篠路駅から徒歩3分。是非、お立ち寄りください。湯けむりパーク湯楽しのろ札幌市北区篠路2条7丁目5-15電話:011-774-1126 さてここで「北海道!地名クイズだ!」北海道には難しい地名が山ほどあります。あなたは何個読むことができるでしょうか??まずは準備運動に常識問題から。1・稚内 2・礼文 3・札幌 4・羽幌 5・釧路 【答え】1.わっかない 2・れぶん 3・さっぽろ 4・はぼろ 5.くしろ むぅ。これは簡単すぎますね。では、ちょっと難しく出題します。1・天売 2・焼尻 3・留萌 4・興部 5・留寿都 【答え】1・てうり2・やぎしり3・るもい4・おこっぺ5・るすつなかなか難しいですが、北海道の人なら全部読めますね。では、地元も汗する問題を。1・丸瀬布 2・音威子府 3・置戸 4・占冠 5・神恵内【答え】1・まるせっぷ2・おといねっぷ3・おけと4・しめかっぷ5・かもえないいかがですか?ええ?まだ読める地名がありましたか。じゃあ、これが読めたらあなたに北海道博士の称号を贈りましょう!1・花畔(石狩市) 2・生振(石狩市) 3・濃昼(石狩市) 4・渚滑(紋別市) 5・芭露(湧別町) 6・志撫子(湧別町) 7・文庫歌(小樽市) 8・覚生(苫小牧市) 9・珸瑤瑁(根室市) 10・梨野舞納(共和町) 【答え】1・ばんなぐろ2・おやふる3・ごきびる4・しょこつ5・ばろう6・しぶし7・ぶんかた8・おぼっぶ9・ごようまい10・りやむないさぁ!まいったか??なんてね。北海道ではアイヌ語の地名が多数を占めていますから、当て字が多いのです。朱鞠内(しゅまりない)幌加内(ほろかない)など、「内」のつく地名は「谷」がある場所だとか。それとは反対に当別(とうべつ)江別(べつ)札幌:サリポロベツなど「別」のつく地名は水が氾濫する場所。ですから内とは山手で内陸のことが多いし、別とは平野や盆地であることがわかります。では、アイヌ語からできた市町村名を挙げてみましょうね。 ●稚内市(わっかない)語源: アイヌ語「ヤムワッカナイ」(給水場)。●枝幸郡枝幸町 (えさし)アイヌ語「エサウシ」(岬)。●紋別市 (もんべつ)語源: アイヌ語「モウペット」(静かな川)が訛ったもの。●士別市 (しべつ)語源: アイヌ語「シペツ」(川の岸辺)。●名寄市 (なよろ)語源: アイヌ語「ナイオロプト」(渓流に注ぐ口)が訛ったもの。●留萌市 (るもい) 語源: アイヌ語「ルル・モウ・ペツ」(静かな湖水がある場所)。●増毛郡増毛町 (ましけ)語源: アイヌ語「マシケナイ」(カモメの多い所)。●網走市 (あばしり)語源: アイヌ語「チパ・シリ」(祈りの聖地=幣場)が訛ったもの。そう、北海道の地名を調べると、行かずともその地名には地理や特徴が込められているんですね。面白いですね。では、今日はここまで。エッセイはお休みしますね。僕の作品「美瑛の丘にて」でお別れします。バイバイ。美瑛という地名は、十勝岳からこの辺りへと流れる美瑛川が硫黄分で白く濁っていた事から、アイヌの人たちがこの地を(油ぎった川)という意味のアイヌ語で「ピィエ・ペツ」と呼んだことが始まりと言われる。美瑛(びえい)の丘にて ここはねカムイの土地と貴方が言ったとき風は吹く丘をすり抜ける閃光に風は草原を海原にして民が創った作物の幾何学は大空に向かう飛行場のよう心を大地に託しながらも丘に飛び立とうとしているこの風道を拓いた人々よカムイに背かぬ歴史達ようねる土地をせき止めて防風林は輪郭を作るけれど受け止めて捧げあってきた生きることが美瑛にあった ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.12
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この記事は前回の続きですよん。■受け賜ることの普遍性■「いいもん!だって詩人だから。」そう、僕の詩人生活は「なりきり」から始まりました。「人生とは演技であり、演技は習慣に変わり、習慣はやがて、その人の本質になる。」僕は、僕の信ずるところを実行する努力を真剣にはじめました。もちろん作品にも取り組みましたが、五感から詩人になることに努めていました。いつもは気がつかない近所の庭に可憐な桔梗が咲いていました。普段は目にとめることも無かった花。「うわぁ。美しく見える。詩人だから。。。」仕事がうまく運び終わってカンパーーイ!のときも。「僕は仕事もできたんだなぁ。詩人なのに。。。」イタリアなどの派手なブランドの服を着ていたのですが、ダーク系の服装になったり。「うん。渋いぞ!詩人だから。。。」咳き込み熱を出して病院で点滴を受けているときなどは、「おいおい、僕って詩人みたいだなぁ。。。」(勝ってな解釈含)まぁ。このあたりはどうでも良くなってきましたが、とにかく詩人になった自分がとっても嬉しく、それを楽しんでいる帰来がありました。そして、「詩人スイッチ」を入れたままに、詩を書くのです。いいえ、描きたいのですが、どうもこれが上手くいかない。「心を表現したい!」しかし、上手くいかない。「心を探したい。」でも、わかりはしない。そんな日々が続いていたあるとき、僕はまた、近所の桔梗に出会いました。そのときには彼女はもう、満開で気品があり、少女が大人になったような雰囲気を与えてくれました。そして、彼女に見つめられて僕は下を向いてしまった。恥ずかしくなったのです。「何をカッコつけてるの?詩人さん。」「だって、詩を書こうとしてるんじゃない。」「詩人さんって、がんばるのですか?」「馬さんは速いけれど、それがあたりまえ。」「鳥さんは飛ぶけれど、それがあたりまえ。」「人は呼吸するけれど、それがあたりまえ。」「みんなあたりまえに生きているのに。」「そんなことさえ意識していないのよ。」「私は咲いているだけ。それがあたりまえ。」「詩人さん。あなたは詩を書いているけど、詩は描かなければいけないの?」「私は花を綺麗に咲かそうと努力しなければいけないの?」「ただ、あなたの周りの全てが笑っているわ。」「なにをカッコつけてるの?詩人さん。」僕は、そんな声が聞こえてきて、ただ恥ずかしくなった。力いっぱいペダルを押しながら苦しみ、そしてその「抵抗」に苦しんでいた。でも、ここで「身体を微細化」して「溶け込まねばならないこと」を知ったのです。アイシュタインのあの公式を実践するには、心をもっと大きくしてこの世界と同化しなければならなかったんだ。大きいから重たいものではない。大きいから軽くなれるんだ!自分の心のみを見つめることは、あるいは探すことは、それは小さな世界でしかない。そうなんだ。僕もこの世界のように「ひとつ」になれば風よりも軽く、羽ばたく翼よりも柔軟に、走る閃光よりも空高く。僕は生きていけるような気がした。大きな自然に生きている者たち。それは決して争わず、求めず、ただ生きている。ただ、己をまっとうしている。人間はどうだろう?僕はどうだろう?上手くいこうと思ってないかな?損はしたくない。もっと良くなりたいし、邪魔されると怒り攻める。しかしこの自然は、こんな小さな庭にも、あるいは見上げる山岳にも生きていて、あまりにも完璧である。そして私達を魅了して止みはしないよ。僕はそれを「受け賜る」ことができるだろうか?それに自分から溶け込もうとしているだろうか?僕は僕の詩人から抜け出して、より普遍的になれるだろうか?この大自然の本源を、僕の本源を統一して自分を魅了できるだろうか?詩とは「ひとつ」の心であるならば、自分から離れて、より大きく軽い世界から魅せるものではないか。「人は生かされている」。僕はそんなことを信じている。命とは「賜る」ものならば、詩も藝術も全てのものは「賜り」にあり、あたりまえのもの。その真髄は生きることや、魅せることを人々に強要し、しかし、その強要が「やすらか」であるはずだ。ありのままを知る。もっと大きな命を知り普遍的になれば、僕は詩人でいられる。書くことだけ。上手く書くことだけを求めていた僕は、ある意味で正直になろうとおもったんだ。そして未熟でも人の心に成りすまして描いた作品が「愛しい人へ」だった。僕はこの作品で「素直」になれた。きっと「少しだけ」近づいて初めての一歩を踏み出した。そして一年。あの桔梗がまた咲いた。僕は彼女に感謝して、何時までも、何度でも見つめていた。そんな時。僕の大好きな「お母さん」リンクのあけみ様が僕に素晴らしい思い出と心をくれた。「そして、私は花は桔梗です。」と。僕は少女だった彼女の思い出と人生を賜って「桔梗の詩」を書かせていただいた。この作品は今では僕の代表作となった。「人生とは演技であり、演技は習慣に変わり、習慣はやがて、その人の本質になる。」しかし、僕は詩人でいて、なってみようと決めて思った。「演技とは探求と努力であり、そこから生まれる習慣とは賜りに気がつき、この世界のように大きくなること。」だと。そう、気が付いた。「E=mc2」(Eはエネルギー、mは質量、そしてcは光の速度)物理学は心の発露であり、アインシュタインの「相対性理論」は、すべての可能性を明らかにしようとした理論の入り口であると感慨を憶え、僕は彼を大好きになり、その優しさに心を馳せていた。彼はバカにされたことがありましたが、このような理論を世に発表できた、数少ない偉人でした。きっと彼は狂ったように「云い切り」、優しく説明したのだろうと感じています。つづく。今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。実はこの「心の偉人になる方法」は、出版社のリクエストなのですが、描いているうちに、とっても心が燃えてきました。まだまだつづきますので、どうかお付き合いください。今日のお別れは、記事にもありました「花とあけみ様」から「賜った」作品。「桔梗の詩」です。じゃね、次回に。バイバイ。桔梗(キキョウ)の詩 口もとをまるで風船のよう膨らませては溜息のひとひとり静かな夏の日に窓をおでこに押し当てて熱を逃がして逢いの時ひと重ふた重の藍の空ポンと飛び出し駆けてゆけ風に揺られて咲いてゆけ涙を溜めたつぼみ花膨らませては待っているひとり静かの花桔梗清楚に貴くたたずんで熱を逃がして愛の詩ひと重ふた重の藍の花悲しみ吐いて咲いてゆけ空に染まって咲いてゆけ私の弟は「だいせい」(大生)というダイナミックな名前。北海道は札幌で社会保険労務士事務所を営んでいます。(僕に似てますか?)いままで大きな賞を小説でいただいてきた彼。僕も応援していますが、このたび携帯小説にチャレンジして12000作の難関をくぐったらしく、最終投票に残りました。文芸作品の短編としては、素敵な作品です。もし、よろしければ読んでいただき、作品の一番下の「評価」をお願いいたします。作品「冬の惑星」/作::松尾大生←クリックもし、よろしければこの小説のトラックバックなどもよろしく。URL : http://ncode.syosetu.com/n2043d/Trackbackランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.10
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ぐうたら詩人の創り方。その4■宇宙を支配する法則のこと■ 「E=mc2」(Eはエネルギー、mは質量、そしてcは光の速度)アインシュタインの「相対性理論」によると、物体に速度が加わるとその質量は増大し、物体が光の速度に達するとその質量は無限大になってしまうことを示す方程式がこれだ。物体の速度が光速度に達するならば、この数式の結果が無限大となる。しかし、ここで大切なことは、物質の質量はゼロにもなること。そう、永遠かつ絶対と思われる時間でさえ、流動的なものなのだと目の前の数式は語っているんだ。これは未だ、感覚的なものだけれど、哲学さえ包含していて、僕たちの人生に関る大きなことでもある。今日はそんなことをつらつらと、そして真剣に書いてみたいのです。■風に吹かれて歩むこと■僕は自転車を走らせることが好きなんだ。季節の風に吹かれて飛ぶように移ろう季節の風景を心に描写しながら進む。しかし、ペダルを踏めば踏むほど風は吹く。高速になればなるほど、一生懸命なほど「抵抗」と言う風は行く手を阻みだすんだ。ここにもあの数式を感じながら僕は進む。何故?僕は自転車を走らせているのだろうかと。それにはきっと目的があったはずだ。歩んでいても感じることの出来ない感慨を持ちたいから。あるいは目的地に早く着きたいから、またあるいは今よりも健康になりたいから。人は同じ場所に留まることは出来ない。そう、風が吹かなければ生きていけないものなのかもしれない。「命、生命」とは限りなく変化を遂げるもの。だからこそ、そこには風が吹いていなければならないと感じた。あまりの向かい風にペダルを緩めることもあるだろう。そして自分が定めた方向に逸脱してハンドルを切る安寧に陥ることも。それが人生であり、人間であるとも感じてしまうんだ。ならば、地球の氷河時代が生物を劇的に進化させたように、「今」を生きる私たちにも「抵抗」が必要であり、それこそが命を輝かせる本源であることが理解できるようになった。ならば重いペダルを諦めずに踏み続けてみるのも生きていることだと。■ある日のこと詩人になった僕■もう10年くらい前のこと。ある日、僕は詩を書いてみた。そしてそれをささやかではあるがネットで公開してみたんだ。反響はすごかった!「情けない。」「これが詩なの?」「学校はでたの?」「読むに耐えない。」こんなのばっかりで、ナイーブなところを未だ少々持ち合わせている僕には大変なショックだった。あの作品はたしか「あの時 僕は君と海が見たかった」だったかな。ショックで、情け無く惨めだった。でも、、、待てよ!いいや違う!確かに未熟な作品かもしれない。うん、確かに未熟なんだろう。でも、描いた僕は描いた時に泣いていたんだ。僕が生きてきて、感じて、泣きながら描いて何が悪いだろう。ネットで公開したことは悪かったけれど、僕は感謝と愛しか書いていないよ。そんなに個人が書いたものを悪く言うことはないでしょう。「悔しい!」もう、いきなりすごい風が吹いたのです。風は我侭で無責任でした。そして一文一句をバカにする凄まじいものでした。「よっしゃ!この風に乗ろう!詩人になろう!」僕は体育会系の単細胞なので簡単に決めてしまいました。いま思えば「決めたこと」が素晴らしいことであり、心を蝕んだ風こそが僕を導いてくれた。僕はペダルを意地でも踏み続けることを決めたのです。■詩人生活のはじまり■「わたくしは詩人である。」そう決めたのです。それ以前に僕は心に決めていた言葉がありました。きっと初めて目にする方々は首をかしげるでしょうが、こんな言葉なのです。「人生は演技である」パスカルが言うように人間とは弱く、風になびき、とめどない生き物であるが、考えるからこと偉大である。「人間は考える葦である。」そして、僕は考えて、考えていましたが、考えるとは伝えることであり、伝えることとは実行しかないのだと感じました。そう、人間は行うことの有用性に人生があり、その結末は言葉がいらないもの。人生とは演技であり、その演技を続けることは大きな苦痛であり「抵抗」であるが、その苦難に立ち向かう人々の心と行動はやがて習慣となり、やがては、その人の本質となる。その本質とは風を多く集めながらも、人々さえも集め行くもの。僕は、詩人になることを決めたのです。バカだ!最低だ!文学ではない!人間性がおかしい!たくさんの言葉が僕を励ましてくれました。そして詩人の生活を始めました。詩人になるためには演技から始めなければならないから、私の思う「詩人の生活」実行しました。上司に叱られたとき。「だっていいでしょ?詩人だもの。」仕事に追われたとき。「もう、いいや、詩人だもの。」笑これは悪い例ですが、見るもの全てが美しくなり、あるもの全てに意味があり、私自身にも使命があるように感じることができるようになりました。風はドンドンかさみ、僕の心を蝕みましたが、僕は自分の心の質量を軽くして微細化してあの公式と向き合うことを憶えたのです。だって、詩人になると決めたから。エネルギーとは方程式で説明もできるのですが、心の質量も無限に増大していくのです。(つづく)今日は疲れたのでまた後日書きます。誰でもが心の偉人になれるのです。次回は歴史と偉人たちの本当を描き、そして分かりやすく哲学しましょうね。読んでくれてありがとうね。そして僕は詠い続けている。どうして書いているのかな。今日はその理由を描いた僕の作品でお別れします。いつもね、読んでくれてありがとう。心から感謝しています。ここを読んでくださる皆様に、かならず幸福がくるように。じゃね、次回に。バイバイ。僕が歌う詩 僕の全ては夜を駆け巡っていた焼きつけられた映画のフィルム映像が一瞬で替わって行く想い心の内側で塊たちが叫んでいる力強く繊細な声で呼んでいる「ここから早く出してください」言葉をどうしても作れなかった虹に憧れて海を聞いて空に涙して炎に語って人に触れてそっと感動すべき時の中で大きな呼吸を吐き出した瞬間心は彩られた発露を投げ出す魂の詩を織り成していくんだめくり忘れた暦のよう僕の想い出は魂となって生きていた流れていく時間の中で無垢な純白に忘れない君のこと愛することは生きている証だから想い出は美しく輝くべきもの僕たちはまだ魂が繋がっているんだそして救われる時を望んでいたんだね悲しい時が昇華される僕たちの命なんて素敵なことだろう僕の全体は長い夜に駆け巡る深い夜に魂を吐き出すためにそして今日も詠いつづけているランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.07
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ベートーヴェンは醜い小男で品がなく、聴力を失う前後から奇行を噂されていました。 1700年代のヨーロッパでは音楽家は、才能があっても、ただの貴族に仕える召使にすぎない存在でしたが、彼は身分制度を憎み、社会に反骨しています。 また、保守的な形を重んじた当時の音楽に新たな形式や楽器の導入を行なったことで有名です。 彼は11歳の時から酒乱の父に代わり両親と、二人の弟の家計を背負いました。激情的な性格でしたが音楽はショパンにも認められ、才があったのです。 後にウィーンに出ても才は認められるのですが、人間関係がダメなのです。貧困は増長していきました。生涯に70回も引越しをしました。 熱き恋もしました。彼は「同じ人間に生まれてどうして貴族が良い生活で身分も違うのだ」と、心から思っていました。自分が恋した女性は貴族の子女で、身分の違いにより恋は実らないのです。「エリーゼのために」は、社会に反脱し、恋を貫こうとした彼の切ない胸の内が叫びのように聞えてくる曲です。 フランス革命が起きました。当時の音楽家は格式を重んじて保守的です。そして貴族のためにしか楽曲を書きませんでした。フランスの一兵卒「ナポレオン」が、民衆とともに戦う姿に感動した彼は、「英雄」を創作しました。民衆のためにはじめて作られたのです。 しかし、後のナポレオンが皇帝になったと聞いて、彼の夢はまた、打ち砕かれて行くのです。 そしてその時にはもう、彼の耳は聞えなくなっていました。限られた人としか会わず演奏会も行ないませんでした。彼に恐ろしい暗黒が訪れました。 人間関係の悩み、貧困、世話をした親族との諍い、恋人との許されぬ恋の破局、夢の崩壊、そして音楽家の命である聴力の失効・・・彼は31歳で遺書を書きました。死にたいといいました。 苦しみ、もがいたのです。幼少の時から、アルコール依存症の父に苦しめられ、一生懸命に働き、誰からも認められない・・・ しかし、遺書を書いて自分を見つめて、彼は、はっきりと変わったのです。何千人も貴族はいるが、ベートーベンは一人なのだ! もう、耳が聞えないことを隠すのはよそう!私はわたしなのだ!私は、はだかになって私でいよう!私に残されたものは音楽だけなのだ! 彼は、自分の出来る唯一のことに、没頭していきました。「交響曲第五・運命」は、あまりにも有名です。その頃に彼が作りました。 指揮者が彼に聞きました。「この楽曲は、どのようにして表現しましょうか?」 彼は答えました。「私の運命が、ドアーを叩いているように・・・・」 彼は、彼であることを決めました!音楽にすべてを託したのです。その後、はじめて、各地の貴族に認められて、耳の聞えない指揮をとったのは有名です。 貧困のボロボロの指揮者でした。楽曲は「交響曲第九、喜びの歌・合唱つき」楽曲が終わった後、彼は演奏者達の戸惑った表情を目の当たりにして「分かって貰えなかった・・・」と、立ち尽くしていました。演奏者の一人が耳の聞えない彼に近づいて、後ろを見るように促しました。 それまではなかったこと、観客が立ちあがって拍手をしていました。 観客の目には涙が光って輝いていました。彼はヨロヨロと歩き、音は聞えないけれど、みんなのあり様に体を震わせて泣き尽くしていました。拍手はいつまでも、消えることはありませんでした。 こんなに不幸な人を私は見たことがありません。しかし、苦悩の末に苦悩を昇華させた彼は,世界の人々の心に響き続ける音楽を数多く輩出しました。 あの、コンサートの日記には次のようにしたためられていました。 「苦悩を乗り越えて、歓喜に至れ」と、、、57歳、ウィーンで行なわれた葬送を数万人の市民が見送りました。 (ベートーベン:Ludwig van Beethoven: 1770~1827)著・松尾多聞季 節 の 果 て に --この詩を人々に贈る--冷たい雨が遠い空からふいに肩をかすめ去る首を縮めて僕は走ったあとわずかの時だけが覚醒の季節を提示した真白い紙を広げていた秋の色にも誰の色にも決して染まらない空白輝きに舞う創造の純粋戸惑う僕が恥ずかしいこの季節の雨の果てにこの短い人生の果てにこの空白の時の果てにほんの短い今上の生で僕は何を綴るのだろう遠い想い出が交錯して切ない夢がふくらんでつづるには遥かな量でふっと人であると泣いた人であったと愕然とした僕の言葉が白抜きになり人々の心に色彩になれと願いつづけることにしたほんの短い季節の冷雨に僕は背筋に震えを憶えた詩作::松尾多聞 *******お願い*******私の弟は「だいせい」(大生)というダイナミックな名前。北海道は札幌で社会保険労務士事務所を営んでいます。(僕に似てますか?)いままで大きな賞を小説でいただいてきた彼。僕も応援していますが、このたび携帯小説にチャレンジして12000作の難関をくぐったらしく、最終投票に残りました。文芸作品の短編としては、素敵な作品です。もし、よろしければ読んでいただき、作品の一番下の「評価」をお願いいたします。作品「冬の惑星」/作::松尾大生←クリックもし、よろしければこの小説のトラックバックなどもよろしく。URL : http://ncode.syosetu.com/n2043d/Trackbackランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.05
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皆様!あけましておめでとうございます!遅ればせながら新年のご挨拶を申しあげます。 とってもお世話になった人。その人の家に新年の挨拶に伺いました。もう70歳の人で奥様には、とても善くしていただいたのです。お子様がいないので子供のように可愛がってくれたのです。「おやじ!おめでとう!」「おう!良く来たな!お前は毎年来るな。うれしぞ!」「あれ?おかあさんは?」「うん。。。そこにいる。。。」オヤジさんが顎で誘った先には仏壇がありました。僕の大好きな「お母さん」は昨年の11月に急性の白血病で亡くなっていました。僕は、腰が抜けてしまい、這うようにして仏壇に安置された遺骨を抱きしめ泣きました。「オヤジ、なんで教えてくれないんだ!」「お母さん。。。ごめんなさい。。。ごめんなさい。。。」もう、リタイヤして久しいので、親族だけで密葬をしたんだと聞きました。でも、あまりのショックで立つことさえままならない状態でした。命のこと。帰ってきて、おかあさんのことをずっと考えていました。お母さん。。。ごめんなさい。今日は新年の挨拶なのにね、あまりのショックだったことを書いてしまったけれど、また、彼女のことを考えてしまう僕がいました。お母さんは森のように優しく、地球のように大きな人でした。新年最初の僕のブログは彼女を偲び「命の構造」です。命の構造 松尾多聞私達の周りには、言葉で説明のつかないものがなんと多いことでしょう。言い表すことは出来ないけれど、感じること。私は、そのようなものがとても大切だと思います。その一つに「生命・命」があります。生命を一言で私が定義することができるならば、それは・・・「常に限りなく変化を続けるもの。」私は、この命題について何度もここで説明してきましたが、今日は私のイメージをもっと解りやすく書こうと思います。ひと時の快楽に傾倒すること。人への怒りを抱き続けること。帰らぬ悲しみに埋没すること。復讐に躍起となり生きること。自分のことしか見つめぬこと。目に見えぬ不安を恐れること。命とは、本当はそんなに小さなものではありません。私は、いつも考え続けて、ある結論を(ほんの一端)を見つけました。「命とは常に変化を遂げるもの。」その実態をわかりやすく説明させてください。*********人は昔から人工で作られたものを「林」とし、自生する古代からの自然を「森」として区別してきました。そう、生まれてきた人間の「命」は林のように見えます。最初は更地のような土地ですが、親や社会や自然からいただいた「種」がたくさん植えられている土地です。その土地には、やがてたくさんの苗が芽生えることでしょう。そして、たくさんの若木が育ちます。その木々の名前は未だわかりませんが、貴方の成長と共に理解できるようになります。貴方はやがて木々の名前を知るのです。木々の名は「やる木」、「根木」、「勇木」、「負けん木」等なのかもしれません。木々は生長しやっと林を構成します。しかし、やっと形成された林でさえも、とても危ういものです。そこには四苦八苦の風が吹き、貴方は寒さに耐えかねて、一時しのぎに木を犠牲にしながら焚き火をして、大切な木を失ってしまうこともあるからです。忍耐を続ける人の林は、やがて大きくなり、最後には森に繋がることでしょう。それを知った貴方は、森へと足を運び、見上げるような大木に囲まれた本当の命を知ります。そして、その森はたくさんの林とも繋がっていることを発見するのです。その森にも四苦八苦の風が吹き込みますが、森はその生命力で、その風を四季に代えて、木々を彩ることを知っています。森を知った貴方の林は、それからますます繁栄し、たくさんの木の実を落とすことでしょう。その種は木を倒してしまった他の林の人々の下へ。生まれてきた林の更地へ。きっと運ばれるのです。ついには、貴方の林は森と一体となり、区別がつかなくなることでしょう。私は思います。目に見える命とは「林」に見えますが、それは本来のふるさとである「森」があるから出来上がったもの。そして、森を知った人々は他の「林」までも繁栄させる力を内在することになるでしょう。身近に感じる「命」とは林のようなものでも、「森」という繋がりに満ちたふるさとによって成り立っています。やはり私は「人は生かされている」ことを知るべきだと感じます。私達の命とは自分が思う何千、何万、何億倍も大きく素晴らしいものだと思うのです。 僕の大切な「お母さん」は、いま、森に帰り、私達を見守っています。今日は僕の作品「愛を語っていよう」でお別れします。今年もどうぞよろしくお願いします。素敵な新年をお過ごしくださることを心から願っております。家族を、友達を、つながりを大切にしてください。それはあなたの宝物です。愛を語っていよう 切なくなるような愛を語っていよう野に咲く花は枯れ散ってしまっても限りなく生きているから知っていることはほんのわずかでも見つめているのは偶然の出来事でも何かを説明できるから寂しさに包まれて愛を望むのならば野に咲く花のように愛を好きになろう永遠を信じていけるから切なくなるような愛を語っていよう人は大地に倒れても繋がりに起きあがるいつか自分を愛せるのだからランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2008.01.05
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こんばんは!いかがお過ごしですか?今日はお願いがありまして・・・松尾多聞、断腸の思いで皆様に心からお願いいたます。兄としての立場もあるので、頼まれたら結果を。。。すいません。。。私の弟は「だいせい」(大生)というダイナミックな名前。北海道は札幌で社会保険労務士事務所を営んでいます。(僕に似てますか?)いままで大きな賞を小説でいただいてきた彼。僕も応援していますが、このたび携帯小説にチャレンジして12000作の難関をくぐったらしく、最終投票に残りました。文芸作品の短編としては、素敵な、そして年末らしい作品です。もし、よろしければ読んでいただき、作品の一番下の「評価」をお願いいたします。作品「冬の惑星」/作::松尾大生←クリック今日は昨年の今頃書いて好評を得ました私のエッセイでお別れします。この作品の一部はたくさんの方々に紙面で読んでいただいたものです。弟の投票。お願いします!土下座それではみなさま!良いお年をお迎えくださいませ。「応答せよ!苦悩からの脱出!」エッセイ:多聞 さて明日は大晦日ですねぇ。札幌はツルツルの路面でしたが、昨日仕事を納めた私は買い物と温泉と、食事と、たくさん楽しんできました。そして近場の温泉へ!冬の北海道はまさに温泉王国!日本一のその湯量はかけ流しを実現したうえ、さらに乾燥重量も(温泉を沸かして、蒸発させた残留成分)日本一!温まりますよ!「うぃーー!骨抜きじゃぁーー!」スチーム暖房を抱きながら至福のわたくし。背骨がもう溶けていませんか?気持ちよかったなぁ。************さてさて、大晦日と言えば除夜の鐘。人間の煩悩を108つとしてその駆除を目的として越年で叩かれるものですね。煩悩は人間の「業」によるもの。それは人生の苦悩を誘発してやみません。足踏みと周回を繰り返すのが人間の常だと言われています。そこで今日はその苦悩について私の考え方を書きますね。「人間は社会的動物である」これはアリストテレスの言葉。「人間は半ば社会的、半ば孤独な存在だ」これはラッセルの言葉。「人間は、どんなことにでも慣れる動物だ」これはドストエフスキーの言葉。そして、オランダの歴史家ホイジンガは「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)と言いました。いったい人間とは、どのような存在なのでしょうか?私の好きな言葉があります。これは大いなる問題提起と言った方がいいのかもしれません。「人間は考える葦である」パスカルがいみじくも言った言葉です。私は思うのです。葦のようにひ弱で自然に翻弄される植物に「考える」をつけたこと。それは、人とは本来弱い生き物であるが、思考の力を身につけているから強い。逆に言うと、人の尊厳は思考する姿にこそあり、尊いものなのだと。それでは、考えること。思考すること。それはどんなことでしょう。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆私は比較的若い人たちからのメールで、たびたび質問されます。1、「多聞さんは一日にどのくらいの時間をかけて日記を書いているのですか?」2、「毎日、こんなにも文章を書くネタをどこから仕入れているの?」3、「どうしたらブログで興味深い内容がかけますか?」******お答えします。******まとめて答えますね。それは第一に、自分が苦悩して答えを探さなければならないときに、本をたくさん読みました。そして答えが見つからず、再び苦悩を繰り返す中で「思考の方法」を自分なりに見つけました。ここで、私の「一日分の日記」が出来るまでをドキュメントで紹介いたしますね。お昼を食べます。食べ終わると私は自分と話をします。今日の言葉を自分の心に探すのです。今日は「人は考える葦である」という言葉が浮びました。すると私はアリストテレスやドストエフスキーなどの偉人達も連想して浮んでくる。連想ゲームですね。すると考えることが偉大に思えてきて、出てくる単語をメモします。「悩み」、「苦しみ」、「解決」、「設計図」、「若者」、「ロダン」、「私」、「思考方法」、「脱出」、「伝える」、、、、これは、私が今日メモした半分です。それは2分のこと。それを今度は心の中で並び替えて「曼荼羅(まんだら)」みたくします。これが私のブログの設計図。立ち上がる建物が少し見えてきます。図や、箇条書きや絵にすると、自分の心は見えてくるもの。私は自分の心と対面して、それを説明しようとする「静の空間」を作るのです。周りがどんなに騒がしくとも可能です。これは、訓練によるものかな。そしてその図を見ながら題名を決めます。今日は「応答せよ!【苦悩からの脱出】」としました。帰宅する際、時間がかかります。大雪で時間がもっと掛かります。私はその時間の中で組み立てを考えています。「たくさんの人が読んでくれればいいなぁ。」家に着き、庵に篭り書きます。それは10分~30分。出来上がります。これが私の思考の方法。確立されていることに意義があるのです。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆「人間は考える葦である」考えない人には不幸が死神のようについてまわるのです。考え方の基本は「親から貰ったもの」。しかし、そうではない環境にあった君は本を読みなさい。私と同じです。絶対に大丈夫です。若き日私は、苦しみ死にたいとも思いました。そのときパスカルが私を救ってくれました。「お前はお前を考えたのか?お前はもう考えないのか?」私は悩み事を箇条書きにしてみました。そして、優先順位をつけて考えました。「僕などはたくさんのことをいっぺんに出来る人間ではない。死にたいぐらいの人間だ。」そして、箇条書きの最優先の事を少しづつがんばってみようと思ったのです。時間はかかったけど、その忍耐で解決の道が開いたよ。だって、か弱い人間の悩みなんて、省みるとちっぽけだった。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆悩み苦しむ人たちがいます。そこを脱出するためには、本人が本人のために行動するしかありません。みんながそう。でもそれを出来る人はね、自分では気がついていないけれど、自分を「大好き」な人なんだよ。乗越えてごらん。その時に分かるから。君はね、本当は偉大なんだよ。三千年も言葉にすれば刹那。今年さいごの僕の詩作でさようなら。↓永 遠 の 都←クリックさよううなら!2007!みなさん!良いお年を!ばいばい!ランキングに参加しました。たくさんの人に読んでいただきたいです。クリックしてね ドン!って。
2007.12.30
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写真:僕のふるさと「石狩の夕日」撮影/多聞[ 夕 日 の 約 束 ] 太陽に雲がかすみ夕日が燃える彼がね君と出会ったことだってただの偶然なんかじゃないんだ遠い記憶に生き残る大切な約束息をするように空は燃るけれどかすみゆく時間に彩られた約束君の目が涙に滲む出会いと別れ太陽は沈むけれど再び燃え上るそれはあたりまえに見えるけど蔭りゆく空を支えた海原の約束涙を繰り返して命を燃やすけどそれが彼との遠くはるかな約束 松尾 多聞僕は、とっても悩んだ。あれは23歳のときだった。僕には命がある。そして僕以外の世界にも命がある。それは、まったく間違いの無いことだし、自覚できる。そして、草や木や他のものにも命はあって変化する。ならば、ここに柳の木があったとすると、僕はその大きな木を見て、その木の命はひとつであると思う。その木の命は一個であると。しかし、その枝を何本もちぎって、傍らの地面に差すと、柳は何倍にも増えて根を張るよ。命が増える計算になる。一つの命とはなんだろうか?枝をちぎって差すことはなんだろうか?ひとつの命とは無限なのではないだろうか?疑問だらけで頭を抱えてしまったのです。でもね、いま、答えが分かるのです。枝をちぎった僕も、そして柳も「たったのひとつ」であり、無限である。それは遠い約束に守られているから。その約束は無限の者達が久遠に行った約束。それに気がつきました。そして今も詩を詠むことができるのです。柳に心があれば、柳にとって、枝をちぎった僕は神様かな?でも、僕はただの人。僕に心が生きていれば、神様はなんだろうか?大きな世界からみれば、僕なんて柳の木と同じかな?ならば僕らが感じる神様なんて、ちょっとした物理作用でしかないのかな?きっと僕らは、なによりも大きな約束に生かされているんだね。既成概念の偶像を信じて戦争をくりかえすよりも、もっと大きな命の哲学が、この世界には必要だね。民族は国境をつくり、宗教は戦争を繰り返すよ。ならば、そんなものはいらないと思わないかな?今でもそれが必要なら、それは人間の約束を忘れていると思わないかな?テロと暗殺と策略の経済と政治に終止符を打つのは より聡明に進化した「個人哲学の集合」だとは思わないかい?人は悲しいな。柳の木より劣っているよ。◇おしらせ◇@NIFTY「語ろ具」という大人のコミュニティーで記事をアップしました。どうぞ、ここに感想を書いてくだされば幸いです。クリックランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.28
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Merry Christmas!イロイロなクリスマスがあるでしょう。家族の愛に包まれたそんな素晴らしいクリスマス。最愛の恋人と夢のように過ごすクリスマス。帰る家も無く星空を眺めての路上のクリスマス。たった一人でワインを空けため息をついてしまうクリスマス。仕事をこなして忙しさで忘れてしまうクリスマス。戦火に追われて、逃げ回っているクリスマス。食べるケーキも買えずに子供を思いやるクリスマス。様様な夜です。そんな、そんな みんなへ、心をこめてメリークリスマス!そしてクリスマスにあなたが思い浮かべる曲は何でしょうか?みなさんに想い出があり、その時間を彩る旋律があることでしょう。僕のクリスマスはとってもスペシャル。?かな、これなんです。たくさんの恋人たちの画像でお楽しみください。画像をクリックしてくださいね。 WHAM(ワム)で 「LAST CHRISTMAS」です。 Last Christmas LyricsLast ChristmasI gave you my heartBut the very next day you gave it awayThis yearTo save me from tearsI'll give it to someone specialLast ChristmasI gave you my heartBut the very next day you gave it awayThis yearTo save me from tearsI'll give it to someone specialOnce bitten and twice shyI keep my distanceBut you still catch my eyeTell me babyDo you recognize me?WellIf it's been a yearIt doesn't surprise me"Happy Christmas"I wrapped it up and sent itWith a note saying "I love you"I meant itNow I know what a fool I've beenBut if you kissed me nowI know you'd fool me againLast ChristmasI gave you my heartBut the very next day you gave it awayThis yearTo save me from tearsI'll give it to someone specialLast ChristmasI gave you my heartBut the very next day you gave it awayThis yearTo save me from tearsI'll give it to someone specialooooo oh oh babyA crowded roomFriends with tired eyesI'm hiding from youAnd your soul of iceMy god I thought you wereSomeone to rely onMe?I guess I was a shoulder to cry onA face on a lover with a fire in his heartA man under cover but you tore me apartoh ohNow I've found a real love you'll never fool me againLast ChristmasI gave you my heartBut the very next day you gave it awayThis yearTo save me from tearsI'll give it to someone specialLast ChristmasI gave you my heartBut the very next day you gave it awayThis yearTo save me from tearsI'll give it to someone specialSPECIALLLLLL A face on a lover with a fire in his heart ( Gave you my heart)A man under cover but you tore me apartNext year I'll give it to someoneI'll give it to someone special.specialsomeone someone I'll give it to someone,I'll give it to someone special who'll give something in return I'll give it to someone hold my heart and watch it burn I'll give me to someone,I'll give it to someone special I've got you here to stay I can love you for a day I thought you were someone special gave you my heart I'll give it to someone,I'll give it to someone last christmas i gave you my heart you gave it away I'll give it to someone,I'll give it to someone去年のクリスマス僕は君に思いを伝えたのに君はすぐ次の日に投げ捨ててしまった。今年のクリスマスは涙を流すのはごめんだから特別な人にささげることにするよ苦い思い出も恥ずかしい思いもしたよだから君から距離を置く僕なのに君に目が行ってしまう教えてほしいんだ僕のこと、覚えているかいそうだねもう一年なんだ別に驚きはしないけど(楽しいクリスマスを!)丁寧にラップをかけて送った僕の気持ち「愛しているよ」とカードに書いてホントだったのに自分のおろかさがわかったよだけどもし君がキスしてくれるならまただまされてしまうかもしれない込み合った部屋で友達はみんな疲れた目をしている僕は君から見えないところにいるそして君の冷たい気持ちも見えないところになんてことだろう。僕は君が信じてくれる特別な人だと思っていたよ僕は肩を震わせるだけの弱虫だったのさ◇今日の詩作◇クリスマス。そんな夜に幼いお孫さんを亡くした人がいました。僕は、耐え切れず、返事も書けなかった。でも、なにか伝えたい。でも、伝えられなかった。保育器の中で息を引きとったんだ。だから、僕は詩を彼女に贈りました。なにも出来ないけれど、彼女に届いて欲しいと描いたことを思い出します。今日はそんな詩でお別れします。描きながら僕は前さえ見えないほど泣いていたことを思い出します。あのときに僕は手を結んで強く胸を押していた。「聖夜の祈り」です。聖 夜 の 祈 り さらなる祈りに溢れ想いだしてみる面影別れていった人々よ微笑みだけを残して想えばあの時に私は抱きしめたかったよ想えば最後に貴方へ優しくしたかったよ面影浮ぶ愛しい人よ我が胸を押して願うこの世界を巡る幸よいつも貴方へ届けと永遠に笑顔のままで *************みんな!本当は幸せなんだ!そうなんだ。だから明日からまたがんばろう!みんな幸せになれるんだ。ほんの少しのことなんだ。誰でもが使命を背負ってこの世界にうまれたよ!それを感じて、それを知っておおきくなろうよ。ずっとズット探していようよ。バイバイ。素敵な夜を。 多聞※付録 多聞のクリスマス作品流 星 旅 行思い出のクリスマス静 寂 の 夜 空 へこの愛をこめて北 極 星白いクリスマスイブランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.24
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真実を知り、人々に真実を語り、苦難の中でも貫き通した人は、やがて、人々に崇拝されます。すると既存の利益のみに生きる倫理を忘れた亡者に殺害されます。キリストをはじめ、たくさんの偉人達が殺害されたのが私たちの歴史です。ジョンレノンは死んでしまいました。殺害されました。天才であり、哲学者でもあり沢山の言葉を単語を作ってくれました。そして、人々に崇拝されたとき、殺害されました。ケネディーにとっても状況が似ていることに驚きます。僕は、これ以上のことはいいたくありませんが、彼がもっていた思想とココロが現れた深い作品があります。ただ、大好きです。IMAGINE イマジン Imagine there's no heavenIt's easy if you tryNo hell below usAbove us only skyImagine all the peopleLiving for today....Imagine there's no countriesIt isn't hard to doNothing to kill or die forAnd no religion tooImagine all the peopleLiving life in peace....You may say I'm a dreamarBut I'm not the only oneI hope someday you'll join usAnd the world will be as oneImagine no possessionsI wonder if you canNo need for greed or hungerA brotherhood of manImagine all the peopleSharing all the world....You may say I'm a dreamarBut I'm not the only oneI hope someday you'll join usAnd the world will live as one 想像してごらん 天国なんて存在しないと想像しようとすれば簡単だよ僕達の下に地獄なんて無いんだふり仰げば空があるだけさ想像してごらんすべての人々が現在を生きているんだと…想像してごらん 国境なんて存在しないとそう思うのは難しいことじゃない殺す理由も、死ぬ理由もない宗教なんてものも存在しない想像してごらん すべての人々が平和のうちに暮らしていると…僕のことを単なる夢想家だと思うかもしれないでも、僕ひとりだけじゃないんだいつの日にか 君も仲間に加わってくれよそうすれば 世界はひとつになるだろう想像してごらん 所有なんて存在しないと君にもそういう考えができるかしら貧困になったり飢えたりする必要はない兄弟同志なのだから想像してごらん すべての人々がこの世界を分かち合っているのだと…僕のことを単なる夢想家だと思うかもしれないでも 僕ひとりだけじゃないんだいつの日にか 君も仲間に加わってくれよそうすれば、この世界はひとつになって動くだろう 僕は悔しくって。仕方がありません。人を純粋に思い。考え。そして訴えるそんな偉人は、過去から現在まで。ほとんどの人が殺害されてきたのが人類の歴史です。利害の邪魔であれば「殺す」世の中。それは今は証拠が無くても、未来に証明されます。なぜなら愚かな人類の歴史が物語っている事実を、現在もかわらずに行っていることを許している、無知な私達がいるからです。ジョンレノンは死んでしまいました。殺害されました。天才であり、哲学者でもあり沢山の言葉を単語を作ってくれました。彼は死を予想していたと思います。きっと。それでも彼は彼であることをやめなかったとおもう。僕は彼をそんな人だったと思うのです。そんなことが遠い未来に、人間の英知で証明されると思うのです。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.21
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私の苦難に満ちた人生に、自ら望んだ苦難に一筋の光明が射し込みました。ココロの偉人たちに逢いたい。ココロを大切にする人に会い、私もその生き方をもとめよう。しかし、現場にいって、それは「自分よがりである」ことを知りました。今日はそんなときに経験して、感じた「援助」という心についてここで描きます。■ 援 助 ■ 平成7年1月17日 午前5時46分 阪神淡路大震災が発生してしまいました。マグニチュード7.2 震度7の直下型地震、何の前触れも無いまま6,308名の尊い人命が奪われ23万棟を超える建物が崩壊したのです。いったい何が出来るでしょう。炎につつまれた我が子の絶叫を目前になすすべが見つからなかった父、両親を失い、放心で涙を忘れた遺児達、矢継ぎ早に発信されるニュースに私達は出来る限りのことをしたいと考えました。 世界から、また、全国の自治体や企業,そして個人が神戸へと向かいました。その数述べ数百万人、みんなが涙をこらえながら必死に働きました。しかし、そこには大きな問題が生じていたのです。 人間の行動に最低限必要なものは「水と食料」、これがありません。他に移動手段とトイレの問題、いっきに集まった人達の統制の問題と情報の伝達管理。応援に駆けつけた人々は戸惑い右往左往していました。これを「ボランティア難民」と呼んだ人もいるほどなのです。そのなかにあって大変な活躍をしていた民間ボランティア組織がありました。家庭のペットを救済する非営利団体でした。彼らは活動の目的と目標を定めて食料をたずさえ瓦礫の街を縦横無尽に走り回り、大きな成果をあげていました。彼らの行動には、はっきりとした目的があり組織自体が自己完結性を持っていたのです。「他の誰にも頼らない。自分たちが勝手にやる」 バブル経済がはじけて、少子高齢化が目前に迫った1990年代、ボランティア活動が脚光を浴びるようになってきました。浮かれた生活と経済を省みる時代が訪れたのです。しかし、受け入れ団体に訪れる中高年のなかにはメンタルヘルスを必要とする方々も多くいたとの話を伺ったことがあります。日本人のボランティアに対する意識は低く「気分転換」程度に考えている人もいたようです。人が人に行なう援助とは、いったいどんなものでしょうか?どんなことからはじめることが重要でしょう?写真は、私が隊長を勤める札幌豪雪救援隊」のボランティア活動 近所に独居のご老人がいて、豪雪のために除雪が出来ないとします。ひと声かけて除雪を行なうことは大変な目的感であり、その効果は絶大ですね。ボランティアとは確たる目的と「私の心を実現するために勝手にやる」心意気が重要なのです。集まってから「何をしましょうか?」では、将来の効果が期待薄です。心からの援助活動は「思い入れ」からスタートしなければならないのです。神戸のペット救助隊のように。 6年前の春、NPO法が施行されました。nonprofit organization(非営利団体)の略で、正式には「特定非営利活動促進法」です。議員立法として国会に提出された時の名称は「特定市民活動促進法」だったのですが、自民党の長老達が「法案に市民がつくのはまかりならぬ!」と言うことで名称の変更を余儀なくされてしまいましたが、環境・福祉・教育・文化・等、12項目の許可内容に合致して、理事会を発足すれば誰でも法人申請が出来るようになりました。費用は数千円。各都道府県で受付をし、審査の上、60日あまりで許可が下ります。 例えば私が「石狩川をキレイにしたい」と強い思い込みがあったとしましょう。仲間を集めて定款や目的を決めて北海道庁に法人申請を行ないます。数ヶ月で「特定非営利法人・石狩川救済同盟・理事長 松尾多聞」の誕生です。NPOは目的感を共有する個人・団体の会費や寄付、あるいは、その団体が行なう事業(Tシャツ販売や講演、出版)などの収益で成り立ちます。営利法人(株式会社等)との違いは、得た収益をポケットに入れるか、次の非営利事業に運用するかの違いです。いま、NPO先進国アメリカではNPO団体の職員として正当なサラリーを受給して働く人達が800万人いると推計されています。 私達の社会は複雑化が加速し、情報速度の急進とともに益々高度化が進んでいます。しかし、この時代だからこそ、より細分化された援助の需要が増加しています。どんな形でもかまいません。貴方も気持ちや思い入れを形に出来る時代が到来しました。方法はいくらでもありますが、ただ、心の発露としての援助であり、自身の気もちの中にも「自己完結性」をもち続けることを忘れないでください。近くにある将来に貴方の援助を心待ちにしている人達が必ずいるのですから。日本には何らかの障害を持つ(痴呆老人を除く)方々が人口の10%に迫っています。他の先進国の数字はこれを上回っているのです。こんばんは!多聞です。クルクル回る猫の眼のよう!障がい者における法制は変化を続けています。一番の迷惑をこうむるのは当事者とサポートする仲間です。困っています。とっても困ります。談合や天下りをして、たくさんのお金を無駄に使う国。それなら「本当に必要な」援助を優先して行ってほしいものです。心から願っている私です。僕は、札幌障害者活動支援センター「ライフ」さんの手伝いなんかもしています。今日はその仲間に贈った作品でお別れします。僕は泣きながら書いた作品です。「TOMODATI」です。BGMで閲覧してくださいね。←クリック 「TOMODATI」手が動いているよ自由にしなやかに美しく動かしたい君の手は動かない固まって動かない僕の心は動いてる 君の心も動いているねぇ不便なんだね僕の手は自由だねねぇいいじゃないかそんな形なんだもの動かない君の手はね人の心を動かすんだねぇいいじゃないか喋れない君の声はね人を止まらせるんだ自分しか見えない僕を確かに止まらせたんだ何を思われてもいいよ辛いことがあってもね君は僕の友達なんだよ僕は友達を探していた尊敬できる本当の友をいつかきっと輝くまで僕達が自由に輝くまでずっと歩んでいこうよ自由にしなやかに生きようよ横目で見られたっていい邪魔にされたっていいよ涙にくれても生きられる夢が壊れたっていいんだもっともっとしなやかに僕達は生きられるんだね僕と僕達と同じ悩みだねでも少しだけ違うことはほんの少しだけ違うこと君は本当に美しいよ君は本当に優しいよ君の涙は偽りがない君は君は正直でいる生きることは芸術だね君も僕も生きているよねぇ死ぬまで生きてやろうなぁ僕も同じく生きていくありがとう!君達!ありがとう!友達!僕もくじけないでいくね松尾多聞生きることは芸術。そして歩む道は心が満ちる日をまっています。きっとそんなふうな時代がくるのです。がんばっているお父様。お母様。笑顔にあふれた人たち。大丈夫よ!大丈夫!たくさんの人たちが理解して、わかってくれる日がきます。もう少しだよ。がんばらなくていいよ。思いっきり明るくいてください!応援しています。皆さんも素敵な輝く「つながり」の道を歩んでいただけることを心から願っています。それではまた。バイバイ!ランキングに参加しました。クリックしてね。
2007.12.20
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北海道!ポプラの散歩道北海道といえば「ポプラ並木」を連想される方も多いのではないでしょうか。 成長が早く、丈夫な柳科の植物。決してしだれることはなく、手を上に上げて空までも掴もうとしています。 このポプラは冬の吹雪から人々の生活を「守る」ため、開拓時代にはたくさん植林されたようです。 今では、「北大」や通称「石狩街道」国道231号のポプラは有名であり、その姿は壮観です。 しかし、今でも生活に密着して人々を守り続ける「ポプラ防風林」が北海道にはたくさんあります。 この散歩道は私の近所のもの。 いつもたくさんの感慨と夢を私に与えてくれる北海道の夢の路です。 「防 風 林」北海道!石狩(いしかり)の夕日日本海に沈む夕日には、とても慕情が秘められています。 ここ、石狩の海は私の故郷の海。そして大雪山系から流れ出した「石狩川」が大洋に注ぐ場所でもあります。 雪と、平野と、人の営みの心が夕日に光り、夏を謳歌した浜辺は、いまでは寂しく佇んでいました。 北海道の心がいまだ生きる浜辺には、打ちつける波でさえ「生きる」ことを繰り返すようにこだまします。 その潮騒には北海道をユートピアと信じ、散っていった古(いにしえ)人の魂を感じるのです。 「 石 狩 の 海 」 北海道!積丹ブルーの休日北海道の開拓といえば「北前船」からはじまりました。この美しいブルーの海に入植し、苦労を重ねた先人は、ここに小学校を建て、北海道開拓庁から街の名前をいただきました。集会場であり、病院であり、学校であり、人々の安らぎの場所。そう、日本海ソーランラインは、北部のオロロンラインとは違い、街の名前がアイヌ語ではなく和名なのです。岩内、島牧、余市、小樽、、、みんなが小学校を建てるために生きた。素晴らしい光がいまも生きています。開拓の歴史は今のnpo活動を超越したココロのドラマでもありました。「美瑛(びえい)の丘にて」※写真と作品は多聞。詩人の創り方は、あしたから再開いたします。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.17
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こんばんは!今日は「詩人の創り方」はお休みです。今年は、なにか?ナナカマドの実が豊作なんです。そんな年は「大雪」になります(これははあくまで、私の論理)。北海道もこれからが大変な時期です。たくさんのメディアにとりあがられた私のコラム「ナナカマド」でお楽しみください。「ななかまど」人生の選択 【ナナカマド】は七回、竈(かまど・炊事で火を使う場所)にくべても燃えることのない硬い木であるとの意で付けられた名前だそうです。 薔薇(バラ)科の落葉高木(喬木とも)で北海道から九州のどこでも見かけることの出来る、とてもポピュラーでなじみのある木ですね。 秋には八対の小葉が鮮やかな紅に色づき、小枝の先に赤熟した実を鈴のようにたくさん垂らします。北海道では冬の美しい風物詩でもあります。材木は、その硬さを利用して細工物に用いられているようですね。 収穫の秋、鳥達は競うように木々がもたらした山の幸で一冬を乗り越えるための栄養を蓄えます。柿、梨、山葡萄・・・素晴らしい収穫なのでしょう。 しかし、ナナカマドの赤い実は食べられることはありません。きっと美味しくはないのです。木々の枯れ葉がすべて落ちて、ナナカマドの熟れた実だけが寂しそうに山々にたたずんでいるのです。 でも、ナナカマドは子孫繁栄のためにあきらめません。山に置き去りにされた赤い実を一生懸命に守り続けます。 じつは、その実を調べてみると、《ソルビン酸》という天然の保存料が蓄積されているのです。現在でも防腐剤やカビ防止、保存料として使用されています。ナナカマドは長い歴史から学んだ素敵な知恵で我が子を慈しんでいたのです。 北海道の長く厳しい冬も本番です。マイナス30度を超えると木々は凍裂(樹内の水分が凍結膨張することにより、大音響で裂ける)をおこし鳥達にもいよいよ食べるものがなくなってしまいました。 残されたものはナナカマドの実だけです。鳥達はナナカマドの小枝に止まり(まずそうな顔で?)実をついばみ、皮とタネを地面に返します。白い雪面が薔薇色に染まっていくのは2月の終わりごろ。北海道にも、もうすぐ春がおとずれます。ナナカマドの若芽が最初に産声をあげることでしょう。 「陰徳陽報」といって、人知れず努力を重ねた人はいつの日か、その苦労は結実して報われるといいます。とても辛い経験の上に北海道を開拓した私達の先達に思いをはせてしまうのです。そして、いまも誰にも認められず、それでも歯を食いしばってガンバッテいる若者がたくさんいることでしょう。 貴方達の苦労は、必ず姿を変えて貴方達を飾ってくれます。派手でなくとも、今は認められなくとも・・・自分を信じて勇気をもって、素晴らしい未来を受け取ってください。そんな生き方も私には輝いて見えます。ナナカマドのように。草木有情(そうもくうじょう)という言葉があります。草や木も生かされている。そして生きて私たちに大きな秘密を伝えるために、実を結びます。そして、より美しく。より大胆に、より優秀に進化していることは間違い無いのです。この世界はなんて美しく完璧なことでしょうか。僕らは、いつもそんな世界に目を向けて、考えていないといけないよ。人間は考えるから素晴らしい価値が生まれます。何事にも左右されない自分の世界を作ることは難しいけれど、ほんの少しでいい。その空間を垣間見たなら素晴らしいことだよ。人である。私は人である。想い出も、気持ちもいつか溢れだして、綴るには遥かな量で、人であることに愕然とする。今日は「季節の果てに」でお別れします。バイバイ。季節の果てに冷たい雨が遠い空からふいに肩をかすめ去る首を縮めて僕は走ったあとわずかの時だけが覚醒の季節を提示した真白い紙を広げていた秋の色にも誰の色にも決して染まらない空白輝きに舞う創造の純粋戸惑う僕が恥ずかしいこの季節の雨の果てにこの短い人生の果てにこの空白の時の果てにほんの短い今上の生で僕は何を綴るのだろう遠い想い出が交錯して切ない夢がふくらんでつづるには遥かな量でふっと人であると泣いた人であったと愕然とした僕の言葉が白抜きになり人々の心に色彩になれと願いつづけることにしたほんの短い季節の冷雨に僕は背筋に震えを憶えたランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.16
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「利害と保身」を乗り越えて自分を犠牲にしている人もいる。私はそんな貧乏で辛い志をもった「現在の偉人達に逢おう!」私はそう決めたときに、愕然として、やっと気が付いたことがありました。「人は自分を大切にします。とても大切にします。たくさんの物を欲しがり、たくさんの物質で自分を飾りたい。家も車も、服も見かけも。名誉も名声までも。そして、思うようにいかないだけで苦しみとして認識してしまいます。自分を指差したり、触られただけで大声でいやがり、あるいは妬み、またあるいは恨み、自分の命さえも犠牲にする人まで現れます。いったい、人の生き方とはなんだろうか?物事にこだわり、執着して、他を犠牲にまでもするほど、この経済中心の社会は汚れてしまったのだろうか?いいえ、そのことに気が付いているのにやめられはしないのだろう。人は、心を省みることを忘れてしまった。心を省みることを忘れたならば、自分も社会も見えてこないだろう。残るのは老練とした保心と堕落へ続くこだわりだ。しかし、人とはそんなくだらないものではないよ。そんな小さなものではない。お金もちにも、そうでない人にも、移ろう時間は平等に訪れるんだ。生まれてきた事。人として生まれたときには、人はみな美しい心をもっているはずだ。もしも何度でも生まれ変わるのが人ならば、くだらない物質欲を払拭して、自分に目覚めるために、私たちは生きることを繰り返すはずだよ。夢幻の人生に、私たちは何ができることだろう。どこに繋がりがあるのだろうか。弱きもの。それは人間であり、強き事。それは人心である。ならば、私は自分の生きてきた物質や保身に枚挙された生き方をキッパリと捨てて、自分に素直に、人に優しくなろう。そのためには、過去の偉人たちが行ってきた愛を、その行いを、真摯に取り組み、身を投げだしながら、心を求める、現在の心の偉人に逢いにいこう!」そうきめたのです。そして、私のボランティア活動がはじまりました。感動は心に。心は詩(うた)を。私は自分の心を見つめるため。感動に出会い、人と繋がることを夢見て、そして詩を書き、人に出会いました。ボランティアとは、人とひとの繋がりだった。自分のための物であったのです。つづく。今日も読んでくれてありがとう。僕のボランティアがはじまりました。涙が流れてきた。そして、悔しくって手を握り締めていた。大声で社会の裏切りを訴えたかった。みんな!生まれてきてありがとう。そして、君たちは素晴らしいね。素敵だね。僕は人を心から愛することを知りました。そんなとき、僕の友になってくれた人に詩を贈りました。「TOMODATI」でお別れします。じゃね、またつづきます。多聞でした。ありがとう。バイバイ。「札幌豪雪救援隊」隊長:多聞TOMODATI 手が動いているよ自由にしなやかに美しく動かしたい君の手は動かない固まって動かない僕の心は動いてる君の心も動いてるねぇ不便なんだね僕の手は自由だねねぇいいじゃないかそんな形なんだもの動かない君の手はね人の心を動かすんだねぇいいじゃないか喋れない君の声はね人を止まらせるんだ自分しか見えない僕を確かに止まらせたんだ何を思われてもいいよ辛いことがあってもね君は僕の友達なんだよ僕は友達を探していた尊敬できる本当の友をいつかきっと輝くまで僕達が自由に輝くまでずっと歩んでいこうよ自由にしなやかに生きようよ横目で見られたっていい邪魔にされたっていいよ涙にくれても生きられる夢が壊れたっていいんだもっともっとしなやかに僕達は生きられるんだね僕と、僕達と同じ悩みだねでも少しだけ違うことはほんの少しだけ違うこと君は本当に美しいよ君は本当に優しいよ君の涙は偽りがない君は君は正直でいる生きることは芸術だね君も僕も生きているよねぇ死ぬまで生きてやろうなぁ僕も同じく生きていくありがとう!君達!ありがとう!友達!僕もくじけないでいくねランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.15
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詩人。私が知ってる出版者は一様にいいます。「僕は、私は詩人になりたい、という人が後をたたない時代です。」と。でも、詩には見えない作品ばかりでえ頭を抱えます。と。では、詩人とはなんでしょうか?私は明確な答えを知っています。だから詩人になりました。****私はある日、突然に詩人になろうと思いました。いいえ、憧れていたわけではありませんし、スポーツの全日本選手だった私は「そんな軟弱なやつら!」と芯から嫌っいました。そして、年齢と共に社会にもまれ、社会の不合理と戦い、必ず破れ、涙を流しては立ち上がり、また戦う毎日が続いていたのです。「自分の立場でがんばれることには限りがある。」「ならば、自分の立場を変えなくてはならない。」生まれながらでしょうか、私は正義感が強く、ずるいことをする人が許せないのです、何故なら、その影には正直な人の苦労と嘆きが見えるからなのです。苦悩と悔しさの中。不正がはびこる世の中に挑んでは屍累々の自分はやり方が間違っていたのか?それとも考え方が間違っているのか?あるいは、人の心が未熟であり弱いのか?ものすごく悩んでいました。人はサラリーマンであっても「商売」をします。それが血税を無駄に使い、そして自分の利益になることであれば「よし!」としますが、それでは「皆」がそうなってしまう。。私は、たくさん戦いました。ある、もののいえる立場にもなっていましたが、一番大切な倫理を訴えると、どんな組織にも総スカンを喰らいます。なんでかというと、全ての組織には「利害と保身」があり、それで生きている人々が存在するからです。しかし、私は思いました。「利害と保身」を乗り越えて自分を犠牲にしている人もいる。私はそんな貧乏で辛い志をもった「現在の偉人達に逢おう!」心に決めて、私自身が立ち上がりました。それが私の詩人へのはじまりになるとは、思ってもいませんでした。つづく。こんばんは!今日からはじまる「詩人の創りかた」は、僕の哲学。そして心の偉人に憧れる全ての人に贈るものです。とっても長くなり、シリーズで書きますが、これは僕の詩人としての哲学書になると思います。書いては直しながら、何時までも書いて行きます。それは、皆さんが「心の偉人」になれるための書。多聞は、そんな偉そうなものではありませんが、少しでもたくさんの人と夢を共有したいのです。読んでください。怒ってください。涙を流してください。そして、皆が詩人であること。それを知ってください。これからもよろしくね。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.11
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さぁ、今日も僕の恋愛詩集でお楽しみくださいね。今度うまれてくるときは きっとあなたとすれちがう そしてあなたを抱きしめる春の恋の特集でどうぞ。※全ての詩にはBGMが流れます。聞こえない場合は「更新」をクリックしてくださいね。少 年一度は人に捨てられた、そんな少年が昔いた。こ ぶ し の 花好きだったよの言葉があれば こんなに耳を澄ませはしない春 一 番戦争だった頃の願いを悲しい少女が書きあげた[殺さないで憎まないで]花いちもんめ僕が帰れない時は君はお嫁にゆくだろう そうだよ僕は情けない証(あかし)そしてみんなみんな生まれて来てくれて本当にありがとう夢 の 花 び らあの春にこの同じ場所で愛しいひとを抱きしめたお ぼ ろ 月祈りを繋ぎし旅の世に たがうも吾は己が道 たがうも吾は己が空結 夢泣いて泣いて泣いて泣きつかれた夜には幼い時の夢をみようひとしずく雨が降ったよ 砂漠に降ったくべられた光りくべられた光り しみわたる温度に想い出が広がりだす忘却の彼方へいまの貴方は風船のよう大きく大きくふくらんで みんな薄れ去っていくよみぞれ混じりの空から濡いるままにさまよう人よ少女の命を忘れぬひとよ貴方はどこへ逃げ込もう回 帰 線今度うまれてくるときは きっとあなたとすれちがう そしてあなたを抱きしめるう た た ね夕べに貴女の夢を見た。。。舞 姫添えど悲しき人なれどこの身を焦がす弥生花挽 歌やがて花は咲き誇り人は春に身をやつす満たされし大地の血液よ戦場に春を伝えて天までとどけさくらが咲いたらその下で一緒にお弁当を食べようね僕が転校するまでに咲くよ舞 夢返す波の香たかくとどけど我身を濡らす想いはいずこ初 恋五月雨(さみだれ)五月雨に見つけた名もなき花よ いつも僕は詩を詠っているよ路 傍 の 花一生懸命の笑い顔がつらく思い出が僕を責めているよあ こ が れそう君は夢見ていたね優しい母となることを私って、幸福になんてなれないよ。。。以前に僕は敬愛する友人から、とても悲しい告白を受けました。驚いて、失望して、同感して、そして、このたくさんのサプライズが起きることを余儀なくされた人生を思いました。でもね、聞いてください。運とか不運とか運命なんて呼ばれるこの道だけれど、それでは拓いたらいいんだ。信じることは「拓く」情熱。混沌など、私達が持ち合わせた情熱になど、裸足で逃げ出すものです。人は倒れた場所に再び手をついて立ち上がります。生きることは情熱に他なりません。そしてあなたは一人ではないことを思い知るのです。僕の作品「情熱」でお別れします。いかがでしたか?感想をいただけるととっても嬉しいです。また読んでくださいね。今日はありがとう!では、またね。多聞でした。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.10
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さぁ、今日も僕の恋愛詩集でお楽しみくださいね。心から弾け出て生まれた世界 いま風をうけた翼は舞い上がる冬の恋の特集でどうぞ。流 浪 の 旅 人不凍の森のカムイ達よ凍てついた心を暖めよ流浪の孤独なるものを冬の木立を抜けてあの森の木立を駈けて時間を切り裂いてゆく流 星 旅 行窓に薄明かりが見えた夜は流星の船は高く舞い上がる雪 化 粧私は雪ん子 大地の娘貴方を信じ解けてゆく心月の夜白い吐息を丸め浮かべた きっと雲は晴れるから寂 夜 白 雪雪は舞い降りる君の中の悲しみを振り出しに戻すため初雪の恋冷える身体は温めあって 赤く甘い思い出になるから泡沫(うたかた)の舞うたかたの恋は消ゆ儚き人の世に輝いて流れいった願い星よ雪 原 の 陽 炎身体がしばれても あなたを想うから わたしは生きられる青春の裏表紙たくさんの夢を見たこの通い道 憧れの裏表紙をたたむ風が吹く白い風に乗って心から弾け出て生まれた世界 いま風をうけた翼は舞い上がる凍笛が鳴る道凍笛が襲いかかる寒さを呼び込み大地に響いて家族を一つに導いた白いクリスマスイブ貧しさの中で想いを馳せる苦しさの中でも夢を追った藍く藍く染まれ 白く白く澄み渡る世界よ あの藍を映しあの藍に染まれ花 言 葉落とす化粧をためらって鏡の子守唄に酔いましょう喝 采 の 道遥か北を目指す鉄の道に揺られ いまさら置き去ったもの達を想う粉 雪時に歯止めがあるなら僕の言葉を打ち消して彼女に優しくできるから想い出が積もる街ふるさと札幌は遠い街風が行き交う白い街冬 の 人白く綺麗な綿帽子いつも夢見るぼたん雪 僕は貴方を追っていたいかがでしたか?次は僕の春の恋でお会いします。感想も是非!書いてくださいね。読んでくれてありがとう!じゃね、バイバイ。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.08
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さぁ、今日も僕の恋愛詩集でお楽しみくださいね。恋の魔法はカマイタチ にわかに知らぬ傷口にジンジン染みる空っ風。秋の恋の特集でどうぞ。いずる秋雲をかきわけ空とおく秋がにわかに目に沁みる防風林雨は降ることをやめて故郷へ急ぐ僕の車の跡には跳ねあがる水滴が虹になったなみだその胸にそっと力をためて君は笑顔を見せている僕の風船僕の貴方は天衣無縫 膨れて見せたりちぢんだり赤くなったり青くなったり君だけを心からここからその人は生きられる確かな夢を創りあげていくはじめの枯れ葉この身を堵した時があるから先に舞うのも善きこととして僕が愛した人あの人は心配性だったあの人は泣き虫だった でもあの人は強かった黄金色の秋黄金色の銀杏は辿りつく育まれし大地の懐へとそして最後のくちづけを愛を語っていよう野に咲く花は枯れ散ってしまっても限りなく生きているから夢 想 花愛しているの言葉だけいつも聞いていよう貴方の涙が枯れ果てていつか立ちあがるまでこの愛をこめてもしも貴方が先に星となったらその微笑を花にたとえて飾ろう午後の散歩道いつか来た道なのにいまは季節が美しい君と二人歩んでいた午後の落葉の散歩道恋のカマイタチ恋の魔法はカマイタチ にわかに知らぬ傷口にジンジン染みる空っ風宵待月(よいまちづき)君を壊してしまうほど抱きしめ泣いた少年は何も知らない希望に生きて忘却の彼方へ いまの貴方は風船のよう大きく大きくふくらんでみんな薄れ去っていくよ僕が歌う詩そっと感動すべき時の中で大きな呼吸を吐き出した瞬間心は彩られた発露を投げ出す青 雲我は貴方が恋愛を供し給う者にあらず享受すべき器にあらざれどかたじけなくも大地に這い生ける者なりたったのひとつこの世界に微笑んだなら君も僕もたったのひとつ季節の果てに切ない夢がふくらんでつづるには遥かな量で僕は人であったと愕然としたいかがでしたか?次は僕の冬の恋でお会いします。感想も是非!書いてくださいね。読んでくれてありがとう!じゃね、バイバイ。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.07
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恋は心のクスリ。たくさんの場面でたくさんの効果が生まれる。そんな恋の魔法が私たちの心のどこかに潜んでは顔を出します。今日は、そんな恋の不思議を僕の詩集で楽しんでくださいね。*****夏の恋模様*****「初夏の紅」「夏のせせらぎ」伸ばす手に心を伝えて天の川で洗い流したら心は美しくなるのかな「君の詩(うた)」君のと息が広がって夜空を覆う星になったようだね「海を渡る風心は遠く海を渡ってゆくけれど身体は渡ってゆけないんだ「恋を眠らせて」零れ落ちる夢をしまうすべを知らず 眠らせて横たえてこの恋を眠らせて「石狩の海」太陽に憧れてこの恋を決めたのに砂を照る想い出は私の心を焼き尽くす「つながり」貴女の頬をこの胸に瞳の向こうの悲しみを僕の身体に流し込んで「渚のギタリスト」ギターを抱えて見た夢は焚き火の炎と舞いあがり銀色音符が星にかわった「夏の終わり」灯台があって港があって迎える人達がいる本当の幸福をそれを大切にいてください「愛しい人へ」あの人が君を愛したように ほかの誰かを愛するならば 君は速やかに救われる秋の恋冬の恋春の恋まだまだ続きますよ。お楽しみに。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.04
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時は師走。今年もたくさんのアウトドアしました。出会い。経験。癒し。グルメ。僕のブログは「北海道のアウトドア!」なんで・・・素晴らしい自然との触れあい。人との出会い。その一部ですが写真で紹介して、今年を振り返りますね。釣りも山菜も楽しかったけれど、北海道といったら!やはりグルメですね。天然素材をそのままに生かした「寿司」も最高です。写真は岩内町の太巻なのですが、僕がお願いしてこしらえてもらった「流天巻き」!(命名は僕)アワビにカズノコ、ウニを巻き込んで貰います。仕上げはカッパ!これは驚きの味と歯ごたえ!死ぬかと思うほど美味しかったなぁ。一本で、たったの1000円!大将!いつもありがとうね!さぁ!積丹ブルーの海が広がります!積丹で僕を待っていてくれるのはサカ○のオヤジ!札幌での会社経営をリタイヤして、ここ積丹に豪勢なログハウスを建てて気ままに生活するアングラーだ。ブリ、ホッケ、イカ、カレイ、ヒラメ、、、、今年も大漁だったなぁ。ログに招かれた後は、今度はオヤジを僕の抱雪庵に招いて反省会。僕が来るのを何よりも待っていてくれる大切な人。船に料理に素敵な話をありがとう!来年も美味しい積丹を堪能させてね。よっしゃ!函館に到着!テンガロンでさっそうと買い物だ!(つまみぐい)函館はおいしい!でも、もっと興味深いのは「やりとり」の面白さ!「にいさん!買って!」とは言わない。決していわない。「どうだい?元気かい?幸せかい?」と、こうくる!話さずにはいられない人なつっこさがある。函館の人は全国で一番!人が好き!素晴らしい人情が生きているよ。そして!函館のランドマークといえば五稜郭タワーだね。この桜を見てください。感動しちゃったよ。雲の上にいるみたいだった。美味しい、美しい、優しい函館。来年もいこうっと!函館を後にして熊石から瀬棚町へ、日本海ソーランラインを旅する。危うい林道を3キロ行くと、だだっぴろい渓谷の広場があった!そう!ここが行きつくことが珍しい「臼別温泉」なのだ。100円を貯金箱にチャリン。一人で独占する。かけ流しの温泉で打た湯を堪能する。たまらないぃーーー!一日に一度、町の職員の方が管理に足を運んでくれる。「あれ?まだいたんかい?すきだなーー!」ふふふ。いいんです。これが僕のアウトドアなんだからね!海外旅行全盛の時代だね。でも、一度でいいよ、北海道においで。素晴らしい自然と、そこに暮らす人に逢う旅を計画してください。きっと、貴方の人生観と幸福感がかわるんですよ。北海道のアウトドア!また来年もドンドン深みにはまってみせます!**********今夜も遅くまで起きていたら、少しシバレテきました。赤赤と暖炉を燃やしましょう。そして思い出を照らしましょ「暖炉にくべた恋」 ためらい送るアルバムの静けく畳むページを戻す微笑みに再び休むるは愛しき人のなつかしく紅蓮の炎と焦がれし恋よ今宵は灯りを抑へ省みん我が儚きに身をよじり夢を望みし君が願いよ舞い染む雪に身を重ね心の種火よ息に燃えよ我が紅よ君が幸を呼べ 松尾多聞ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.12.01
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北海道は雪。雪が積もってシバレていますが、本州はいかがですか?きっとまだ、紅葉を楽しむことができるのではないでしょうか。秋。晩秋。この季節ほど「物憂い」ものはありませんし、「考える」こともないかな?そして「慕情」と言う言葉が僕は好きなのです。何故か?っていえば、その心の裏には「希望」や「美しさ」が隠れているから。紅葉が輝き、そして人の心も美しく染まってゆく季節。そんな季節は枯れ葉を落とし冬へ向かう絨毯ロードをこしらえます。しかし、それは「春」へ繋がる道。命の春に。僕の秋は「銀杏」なんです。そんな作品をふたつ。(画像は僕のために自然回帰さんが描いてくださったもの)黄金色の秋 黄金色の葉が落ちていく優美にためらうように目前の空間を踊りながら黄金色の銀杏は辿りつく育まれし大地の懐へとそして最後のくちづけを青葉の春を熱き成長を嵐の混迷を豊かな糧を最後のくちづけに託して僕はここにいる 僕のくちづけは何を語るの君に伝わることがあるかな明日のことも知らないけれどいま歩き出してみよう君に逢いに行くんだ僕はくちづけるんだ僕らが黄金色に輝くように午 後 の 散 歩 道 いつか来た道なのに何故か景色が新しい君と二人歩んでいた午後の急な坂を独り階段をかぞえながら落葉を踏んで忘れた弾む息を見つめあい一緒に笑っていたねもう戻らない光を編みまたなぞってみる階段木々達が私に優しくてもう数えられないんだいつか来た道なのにいまは季節が美しい君と二人歩んでいた午後の落葉の散歩道ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.11.29
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こんばんは!連休も終わり、疲れ気味のマンデーではないですか?自分にムチ打つ月曜日。ウイークで一番疲れる日かもしれませんね。そこで今日は!皆さんの疲れを「花言葉」と「花の詩」で癒してあげるね。僕は以前、花の詩集を皆さんと作っていましたが、出版社からオファーっぽいのがきました。その記念です。画像をクリックするとはじまりますよ。ではどうぞ。癒しの音楽と共に素敵な時間を過ごしてくださいな。さくら花言葉:心の美ライラック(リラ)花言葉:愛の芽生こぶし花言葉:純粋桔梗(ききょう)花言葉:優しさひまわり花言葉:あなたは素敵野薔薇花言葉:優しさはまなす花言葉:美しい悲しみくちなし花言葉:とても嬉しい白百合花言葉:純潔コスモス花言葉:調和シクラメン花言葉:思いやりアネモネ花言葉:悲しい恋タンポポ花言葉:真実の愛勿忘草花言葉:私を忘れないで路傍の花花言葉:生きる勇気冬 花花言葉:再生、再会花いちもんめ僕が過ごした青春いかがでしたか?花に囲まれて少しは疲れが取れたかな?まだまだたくさんありますが、アップが大変!今度いつかね。好きなものがあったら教えてください。バイバイ。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.11.26
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こんにちは!連休はいかがお過ごしですか?僕はここ終日、たくさんのライターの仕事をこなしていて多忙でした。自分の考えなどを人に伝えること。読んでいただけることは素晴らしい「自己の実現。」忙しいけれど、嬉しいことです。そして、ひと段落して、ここで皆さんと会えることが幸せ。では、今日の僕の日記がはじまります。とっても難しいことを誰でも分かるように描きたいと思います。そして、最高峰の科学や物理と変わらない素晴らしいことが、僕たちの心に生きていることを伝えたいのです。僕は理系の学校で学びました。仮説、科学、物理、実験、検証。そう、科学や物理学は「仮説」から始まります。言い換えると、今まで進んできた全ての近代技術は、「仮説」を創造しなければ人間の進化は進まなかったのです。これは研究に於ける基本であり本質なのです。では仮説とはなんでしょうか?それはね、「私はこのように思ってしまった。」をつき詰めて考え、その考えを忘れることが出来なくて「人に教えたい」ってこと。でも、誰も信じてくれない。信じてもらえなくって、ソクラテスのように、過去の偉人たちは「命」を落として散った人もいたよ。だから、自分の考えた「確信」を人に伝えるために「確証」を示す。それが実験であり状況証拠の模索なのです。例えば「相対性理論」のアインシュタインは、仮説が先行しました。だって「光の速さで」動く物体を私たちは未だ作れないもの。しかし、彼は状況証拠からこの理論を構築したんだ。だから天才なんだね。いま、彼の「夢」はね、たくさんの科学者によって実証されてきた。では、貴方は「仮説」をたてたことがありますか?そう、絶対にあるのです。それは「このように生きていればいいんだ。」ってこと。自分の分限を守り、人を思い社会性を重んじること。それが幸福を守ることだと知っています。それは自分が生きてきた「状況証拠」で明らかなのです。その、状況証拠とは、経験であり、親や社会から賜ったもの。私たちのパーソナルな歴史から明らかなものなんだね。それは生きてきたことの検証であり、宝物なんだ。ある意味でいうと、「生きることは仮説の上に立った実験」でもあるのです。そこで僕は思います。仮説とはなにか?って。未だ人間は本来の力を発揮してはいないとします。そう、君も僕もね。人は脳の10%も使えない未熟な存在です。だからこそまだまだ進化できる素晴らしい存在なんだ。そこで人間が産業革命を行い技術革新をしたように、今度はパーソナルな「仮説」をたて、がんばらないといけない時代が来たと思うんだ。真実とは?大切なこととは?生まれてきた意味とは?人間の存在とは?分からないことだらけのこの世の中で「仮説」を立て生きて実証することは、過去の偉人が名を残してきた以上に難しい実験だけれど、ただ、パーソナルパワーを持つ僕たちにも出来ることがあるんだ。それは「夢」なんだ。「夢」とは明らかに人間が持つことのできる「仮説」に他ならない。「夢(仮説)」を持たなければ自身のパーソナルは今生で進化することはないのです。反対に言うと「夢を見なければ夢は叶わない」のです。仮説を繰り返し、状況証拠をつかみゆくこと。これは過去の偉人達が行ってきたこと。それを私たちに当てはめるならば、「夢を見て、願い、その心が昇華されて実行に移すこと。」それが生きることでもあるのです。過去の「錬金術師」だって無駄ではなかった。たくさんの科学物質を発見し、科学に寄与したんだ。この大自然を見てください。あまりにも美しく、あまりにも完璧な生態系が生きています。これを真実と言わないで何が真実でしょうか。大きな木があります。その葉一枚でも、この大きな世界に生きている実証であり、真実に他なりません。しかし、その枝も、幹も、根も、この大地も、そこにある空も、宇宙も真実に溢れています。人間とは真実を段階的に認識し、高みを目指し高等に進化を繰り返さなければならないのです。人間も草木も、より聡明に、より美しく、より自由に。人類の夢は、ここから羽ばたくことでしょう。仮説は夢であり、その重なりと進化は、新たな夢を従え、無限の真実の階段を登りゆくまで「自己実現」の旅は続くのです。いうなれば、科学や物理は「人の心の聡明さの発露」でもあるのです。心こそ大切であり、それを知った上で「夢」を追うことは「ヒューマニズム」への入り口。戦争も飢餓も別離をも乗り越える英知を私たちは本来もって生まれてきたことを思い出してください。ちょっと今日は熱く語ってしまったね。生きることは本当は情熱なんだ。僕の作品でお別れします。本当は人間の未来はすごいものだと思う。時やこの大地までも「心が見通す力」があるんだ。山河郷愁(安曇野の空によせて)いつの日か大地より涌きいずることわりありきそれ混頓をして清流を描き空をなして風を聞く終にはその天空に鋭利なる山岳を浮揚いたす清流源を起こし生命(いのち)をなし風 生業(なりわい)をいつくしむ天空あくまで透明にして大地に雨歌を奏でいるなりいま億劫にいそしむ営みよこの優しき故郷たちよ嗚呼 吾が今上をあわれみ給え今にしてかくの如くを知りたるを情けを忘れしおろかなる者をわが道をいざなう山岳のもとにしてはかなき者の涙に映してランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.11.25
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詩を書いて何年になるだろう。もう、8年くらい書いて来たような気がする。そして、書いた作品は数百あるけれども、今でもすべて諳(そら)んじることができる。一つ一つが僕の命そのものだと感じることが出来るようになった。初めて。そう、初めて描いた詩を思い出す。バカにされて、なじられた。でも、やめなかった。言葉がとても好きだったから。話上手な人が一生懸命話しても、思いの50%しか表現できないという。また、聞き上手な人が一生懸命聞いても、相手の話す内容を50%しか理解しないという。(50%)×(50%)=25%(1/4)この理論を応用する。そして(1/4)の情報が次の人に伝えられると。(1/4)×(1/2)=(1/8)になる。もっと伝わって欲しい。言葉を伝えたい。だから言葉は大切であり、作り方、話しかたは重要だと思う。もっともっと「心を」伝えたい。もっともっと「つながり」を表現したい。心がはじけるほど、そう思ったんだ。どうしてか分からなかった。でも大切だと、僕の心のどこか一番小さな深い存在がささやきかけていた。だから僕は【詩】を描くことをやめなかった。だから僕は【心】を言葉にしたかった。僕の初めて描いた「詩」「あの時、僕は君と海が見たかった」 I present to you of a first love who continue loving even now揺らめく焚き火の炎にもどかしく打ち寄せる白波を見ていたサウンドオブサイレンス僕は大自然のささやきの中もう一度 幻想を追いかけている西に浮かぶ満月に追いやられて真空に輝くカシオペアはっきりと舞い上がる僕がいる見つめる刹那と見つめ返す刹那確かに時は自由にさ迷っていた今もう一度もう一度君がいたら僕は話続けることが出来るもう一度君がいたら大切なことを教えられるのにもう一度君がいたら僕は謝る事が出来るのに今 もう一度僕は君と海が見たかった 2001・05・06 tamonあれ?今日はね、週末なのに自宅にいる。出かけないのです。自分でも珍しい。あはは。著作の依頼が溜まってすごいの。どしましょ。いいか。。。ビールのも!ネット見ながら遊んで居ます。終日。そうそう、いろんな出版社の人がいいます。「詩人になりたい!」って人が、このブログ時代に堰も切らずに押し寄せてくると。でも、彼等は嘆きます。「いい加減に一人よがりはやめてくれ!」ってさ。たくさん聞いたよ。ちょっとしたことなのにわからないんだ。みんな詩人なのにわからないよ。僕は明日以降から「詩人の創りかた。」をここで描いていきます。面白いから連載をみてね。ランキングに参加しました。クリックしてね ドン!って。テクノラティプロフィール
2007.11.17
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