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2008.02.02
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カテゴリ: UTA
平成20年2月2日(土) 曇り

今日2月2日は、嘉永4年(1851年)に島津斉彬(なりあきら)が薩摩藩主に就任した日だそうです。安政5年に亡くなるまで、藩主でした。
教祖様の時代と重なります。
NHKの大河ドラマ「篤姫」を見ているので、島津斉彬公のことを書きたくなりました。



島津斉彬公のことを少し書いてみます。
ウィキペディアなどを参照しました。

藩主に就任するや、藩の富国強兵に努めた。
洋式造船、反射炉・溶鉱炉の建設、地雷・水雷・ガラス・ガス灯の製造などの集成館事業を興した。

土佐藩の漂流民でアメリカから帰国した中浜万次郎(ジョン万次 郎)を保護

安政元年(1854年)、西洋式帆船・伊呂波丸を完成させた。
同年、西洋式 軍艦・昇平丸を建造し徳川幕府に献上。
日の丸を日本船章にすべきだと献策し、同じく同年、幕府に正規に採用された。以後、日の丸は日本の国旗となってゆく。

帆船用帆布を自製するために木綿紡績事業を興した。

下士階級出身の西郷隆盛や大久保利通を登用して朝廷での政局に関わる。



明治維新・近代化が、すでに斉彬公の薩摩藩から始まっていることが窺えます。

斉彬公が藩主に就任した嘉永4年は、教祖様にあっては、実母の志も様を亡くされた年でありましたが、信心展開の上では重要な出来事があった年でした。


2頭目の飼牛の死は、7つ目のお墓ができたことを意味します。「残念至極と始終思い暮らし」と言われる中身です。

くらさんは、安政5年5月に病気回復のおかげを頂きます。そのことが覚書に詳しく書かれています。その詳しさは尋常ではないほどです。
安政2年に神様に出会って九死一生の大患から回復し、その神様におかげを受け続けに受けて、このくらさんの病気回復の体験は、その集大成のような趣があります。
そのくらさんが生まれたのが、この嘉永4年でした。




くらさんが生まれたというのは、助かりの芽がそこに用意されたということだろうと思います。

日本の近代化を推し進める藩主が薩摩に誕生して明治維新の内実の一つが生まれ、教祖様にあっては、いよいよ難儀の底にあって神様との出会いが準備されていく。
嘉永4年とはそんな年に見えてきます。






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最終更新日  2008.02.02 13:20:06
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