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4月23日から昨日まで、「大祭奉迎信行期間」を設定し、「行願」に取り組みました。
* 「神も助かり氏子も立ち行く」大祭をお仕えさせてください。
* お天気のご都合お繰り合わせをお願いします。
「お茶断ち」をして、この二つを願いました。
すなわち、水・お湯を頂くたびに、心中でこの二つを御祈念しました。そして、定時の御祈念でもお願いをしました。
お茶の中には、お酒、ジュース、コーヒー、紅茶も入れました。
ただ、期間中に関係教会に大祭にお参りさせて頂き、御用する時に出されるお茶は頂く、と決めていました。
そして、もうひとつ、決めていたことがあります。それは、2日の夜に、教話講師と食事を頂く際のビールです。これも、飲むことに決めていました。
○
教話講師は、釧路教会在籍の輔教、池亀徳和(いけがめ・のりかず)氏にお願いしました。池亀氏は、2日、釧路から出てきて夕方6時前に、当教会に参拝されました。
その時は、すっかり大祭準備ができておりました。
一緒に池亀氏の宿泊するホテル(第一ホテル)に向かい、そのホテルで食事を頂きました。
池亀氏との語らいは、楽しいものでした。聞かせてもらいたいこと、聞いてもらいたいことが泉のように湧き出して、時間の経つのを忘れました。
ビールも実においしかったです。グラスビールを3杯頂きました。
ほんとは、もっと飲みたかったです。
ちょうど気持ちよくなりかけたところでした。でも、そこでやめました。翌日のことを考えてのことです。
自制しました。
○
8時20分頃に教会に帰りました。
教会に帰ると、下足箱の設置の工事をして下さっていました。このたびの大祭から、大祭だけの下足箱を作ることにしたのです。組み立て式の下足箱です。
設置が終わって、わたしは、台所でおにぎりを一つ頂きました。おにぎりは、昨日の昼ごはんの残りです。
飲んだあとのおにぎりは、おいしかったです。
そして、寝ました。
寝たのは10時半頃だったと思います。
○
夜中の2時前、胃の痛さで目がさめました。
強烈でした。
痛くて痛くて、体を横にしていることができません。立ったり座ったり、横になったりを繰り返しました。1分と寝ていることができませんでした。
こんな痛みは生まれて初めてです。
声が出てしまいます。
「この痛さでは、お祭りがお仕えできない。どうしよう」と思いました。
「いや、きっと神様がお仕えさせて下さるはずだ。大丈夫だ。・・・。でも、この痛さでは、お仕えできない」
そんなことを繰り返し繰り返し思いました。
家内が起きてきて、背中をさすってくれました。
背中をさすってもらうと、少しは楽です。御神米を頂きました。そして、太田胃散を頂きました。
「金光様、金光様」と念じながら、おなかをさすりました。
○
結局、朝まで眠ることはできませんでした。
明け方に、強い風が吹き始めました。恐ろしいぐらいの強風でした。お天気のご都合お繰り合わせも頂けないのか、と思いました。
しばらくすると、風は治まりました。「お天気のご都合お繰り合わせは頂いた」と思いました。
朝6時の御祈念は家内に先唱を頼み、わたしは、後ろから拝みました。途中で退席しました。
そして、横になりました。やはり横になっていることができませんでした。
家内と当日の準備をぼつぼつ進めました。
7時頃に、御用の方が1人来られました。その方と準備を進めました。でも、辛抱たまらず、横になりました。今度は横になれました。
御用の方が、家内と朝ごはんを頂いておられる20分か30分、トロリとしたでしょうか、目がさめると、痛みは治まっていました。
「これなら、お祭りができそうだ」と思いました。
○
こんな時は、パニック障害の兆候が出やすいです。事実、兆候が出始めていました。
胃にも違和感があって、いつなんどき、痛みが始まってもおかしくないという状態でした。
お祭りは、黒衣でお仕えしました。
祭詞の奏上が終わった頃から、少しずつ少しずつ、体が元気になり始めているのが分かりました。
○
教話は、すばらしいものでした。
その内容については、項を改めて書きます。
教話のあとの教会長あいさつで、行願に取り組んだこと、そして、胃が痛かったという顛末を話しました。
お天気は、すばらしいお天気を頂きました。当教会のお祭り(当教会だけに限りませんが)の時は、いつもいいお天気を頂きますが、行願に取り組んで頂くいいお天気は、格別のものでした。
そのことを話したあと、ビールの話をしました。
「お茶断ちで例外を作りました。やはり、例外を作ってはいかん、と神様が教えてくださったと思います」と言いました。
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