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1月23日、今日は僕の事務所の1室に新しい仲間が入って来る。この部屋は、これまで僕の仕事用の資料置き場として眠らせていたのであるが、このまま眠らせておくのも勿体なく、何か有効に使ってあげることはできないかな?と、考えていたのだ。すると、なんと連続して2件の賃借依頼が舞い込んできたのである!1件は、某作業服ショップの社長さんで、何でも今の店舗が狭くなってきたので、事務所スペースとしてここを使わせてもらいたいとのことであった。もう1件は、★★オモロイ人生大学★★さんと、自称:天才バスケットマンさんが、自分たちの活動の拠点となる事務スペースを作りたいので、ここを使わせてほしいとの依頼であった。これには、正直迷ってしまったが、、★★オモロイジンセイ大学★★さんたちの方がわずかではあるが、先に依頼してこられらので、こちらの方に使っていただくことにした♪この部屋は、元来は居住用として使用していたので、広さも約10畳ほどあり冷暖房も完備しているので、居心地は良い方だと思う。オモロイ人生大学への直通電話については、まだ専用の回線を引いていない状況であるが、これは週明けにも申請して工事を行う予定にしている。※ウチの事務所は、ISDN回線(3つの電話番号を取得)とADSL専用線(タイプ2)を引いているが、別の事業を行うならば、こちらとは別にした方が良いので、このように計画している。また、インターネットへは、僕の事務所にあるネットワークシステムから無線LANを経由して接続する予定だ。とりあえず、通信手段さえ確保しておけば、オフィスとして立派に稼働することができるだろう。今は、平机一つしかない空間であるが、この先、この部屋がどのように変わっていくのか楽しみである。また、今までは事務所内には僕一人だったのが、仲間が増えて、仕事が終わった後にちょっと一杯なんて楽しみも増えることだろう。今回の事務所開設おめでとう!オモロイ人生大学の今後のご発展をお祈りいたします。
2004.01.23
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今日2004年1月17日、あの大地震から数えてちょうど9年目を迎える。今、当時の生々しい記憶の跡を記してみたいと思う。この体験を風化させないためにも。地震発生当時、僕は家族を残して近郊にある某研修センターにて合宿中であった。その日の明け方、言葉で言えないような奇妙な夢を見て、寝付けずに布団の中でウトウトしていた。そのときだった。突然地面の下から鈍い地鳴りが響いたと思うと、次の瞬間強い揺れに襲われて、合宿所は騒然となった。幸い、この場所は大きな被害もなく、ケガ等をした人もいなかったので、まさか地元の方(西宮市)がそれほど大きな被害になっているとは、このときは思う術もなかった。合宿所の職員も、大丈夫ですみたいなことを言っていたので、僕もそれほど心配はしていなかったのだ。その翌日、合宿を終えて帰途に向かう途中で駅の売店にあった新聞を読むと、阪神間で未曾有の大地震が襲い、甚大な被害が発生しており、その被害状況は未知数であると書かれてあった。そして、阪神電車の梅田駅に到着するや、駅のコンコースは非難してきた人たちで溢れかえっていて、事態の深刻さが徐々に増していくのを肌で感じた。しかも、電車の線路が途中で倒壊して、甲子園までしか運行していないという。不幸中の幸いか、僕は甲子園に帰る途中だったので、何とか帰り着くことはできた。このとき、電車が西宮方面に近づくにつれて、車窓から見える景色の状況が変化しているのを感じた。公衆電話から自宅に電話をしても通じない・・。呼び出し音は鳴っているのに、誰も出ないのだ・「家は?家族は?子供たちはどうなったんだろう・・」「きっと無事でいるはず・・・でももしも・・」などの憶測が頭の中を飛び交っているうちに、電車は終着となっている甲子園に着いた。駅を出ると、けたたましいサイレンの音が幾十にも重なり、空には自衛隊や報道のヘリコプターがひっきりなしに飛んでいた。駅から自宅までの道路のいたるところが陥没、または地割れを起こしており、周辺では倒壊した家もあった。また、すぐ横にある阪神高速道路は高架の部分が地面に落下して地面に突き刺さっていたのが見えた。「こりゃ、この世の光景ではないぞ・・・」高まる心配と共に、ようやく自宅まで辿り着いたが、マンションの正面ドアが壊れていて入ることができない。仕方がないので、何とかして横の塀を乗り越えて家に入ってみることができた。すると、家の中は食器棚などが倒れて食器がすべて割れており、しかも電気も水も止まっていて、しんみりと静まり返っている。しかも家の中には誰もいない・・。「もしや、どこかに運ばれたのでは・・、いや近所の避難所かも知れない・・」と思って家の周囲を歩いていると、家族にばったり会った。妻をはじめ、6歳の息子と4歳の娘はみんな無事であった。「よかった・・・」と神に感謝していると、僕が帰ってこないので、実家の両親が心配して家族を一時的に両親の家(尼崎)に非難させていたらしい。こんな大事なときにどこに行っていたのか!と言われてしまったが、こちらも帰るに帰れなかったのだから仕方がない。それよりも、今ここにいて「安全」かどうかを早急に確かめる必要があった。電気・ガス・水道のライフラインは止まっており、電話も全然つながらない状況が何日も続いたので、この場所に住めるのかどうかを知ることが緊急の課題であった。当時、僕は退職して無職であったので、通勤の心配がなかったのは助かった。その分、家族や地元に協力できる余裕があったから。その数日後に電気が復旧し、1週間後にはガスも復旧した。しかし、水が出ない。仕方がないので、近くの公園に来ている自衛隊の給水車までポリタンクで水を運ぶのが僕の日課となった。そしてこの状態は、約1ヵ月続いたのだ。風呂に入るのは、電車で隣町の銭湯に行く。自動車は使用できなかった。これは、主要道路は緊急車両しか通行が許可されていなかったため、生活道路に一般者が殺到し、ふだん15分で行ける隣町(尼崎)まで2時間以上かかることもあったからである。その隣町にある銭湯は、どこも震災の被害者であふれかえり、場所によっては一人30分間という時間制限をしているところもあった。僕は、芦屋や神戸方面にも友人がいたので、その安否を確かめるために、自転車で現地に向かうことも少なくなかった。そこには、いたるところでマンションや住宅が倒壊しており、場所によっては火災の後も多く見られた。なんでも、地震発生直後は、周辺の道路のあちこちで被害に遭った人たちの死体が並べられていたと聞く。ケガを負っても病院も破壊されており、手当てのしようがない。交通機関もマヒしているので、医師も満足に来ることができない。このときほど、現代文明がこれほど脆いものだと痛感したことはない。2004年の今、街は復興し、当時の面影はない。今はただ、このような惨禍がもう発生しないように祈るだけである。この街がいつまでも平和でありますように。合掌
2004.01.17
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今日、1月8日から3日間は「えべっさん」だ。わが町、西宮市には、あの戎神社の総本社である「西宮神社」(通称:西宮えびす)がある。ウチの事務所からは、自転車で15分位で行けるので、毎年欠かさず、笹(「商売繁盛で笹持って来い~♪」で有名なあの笹です)を持って参拝している。何はともあれ、自分は商売人のような身分(自由業です)なので、商売の神様に一年に一度のお礼を言わないことには、一年が始まった気がしないのである。西宮神社の赤門をくぐると、そこはもうお祭りのような世界が広がる。おそらく、付近の商店街も一年間を通じて一番活気のある時期なのだと思う。ふだんは閑散としている境内や周辺の町は、この日ばかりはもう別世界なのだ。こういう雰囲気って好きだな。で、ついつい雰囲気に飲まれて、参拝後は境内の出店に入ってビールとおでんを注文して、出来上がり~♪少し寒かったので、熱燗もグイグイ飲んじゃいました。これだから、えべっさんはイイんですねぇ~。今が平和な世界でよかった。商売の神様に乾杯~!この街が素晴らしい街になりますように。
2004.01.09
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今年の年始は、結局元旦からチマチマと仕事していたせいか、ふだんと全然変わらないような正月休み(休みではないかも?)であった。少し違うところと言えば、初詣に行ったくらいか。いや、神社仏閣へはふだんからよく参っているので、これも通常通りということになる。(コンピュータ関係の仕事をしていると、どうも神社やお寺に行きたくなるのだ。精神的な修養に憧れているかも知れないなぁ・・。)スーパーやコンビにも、正月でも開いているし・・。こう考えると、正月のいいところって何なんだろうかな?って思ってしまう。あっ、そうだ♪郵便物(年賀状)が、まとまった枚数だけドサッと来るのが、正月のイイところなんだ!年賀状も、そのほとんどは印刷しただけのものが多いのであるが、それでも最近は当人の写真などが盛り込まれていることが多いので、眺めているだけで面白いものである。また、中には凝ったデザインのものもあるから、毎年飽きないで楽しめるのがイイ。(かく言うこの僕の年賀状も、毎年こだわりながら作っているのだ♪)ただ、出していない人からもらったときに、軽い緊張感を味わえるのも、正月ならではかも・・。あと、取引先が休みなので仕事関係の電話がかかってこないから安心して「昼寝」できるのも正月ならではかなぁ~?※ちなみに今年の正月期間中は1回も昼寝する暇がありませんでした(ぐすん・・)。
2004.01.06
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2004年 明けましておめでとうございます。昨年は夏ごろから楽天日記を書き始めると、周囲にさまざまなオモロイ人たちがいることがわかり、また日記ページを通じて、素敵な出会いをさせていただくことも多くあった。そういう意味では、今まで事務所で一人籠もっていた自分にとっては、凄く意義ある1年の後半でもあった。さて今年は、こうした出会いをさらに深めて、よりみんなが幸せになれる仕組みを構築していきたいと思う。2004年はますます加速する年なのだ~♪-------------------------------------------------------今年の正月は、例年になく「ふつう」の正月である。いや、正月らしくないと言ったほうが正しいかも知れない。息子は今年、高校受験を迎えるため、昼から塾の正月指導コースに出かけていった。しかし塾の先生も、元旦早々からねじり鉢巻締めて大変だなぁと思うのは僕だけだろうか・・。僕なら、元旦くらいはのんびりしていたいと思うけど。かく言うこの僕も、この正月は仕事をしないといけない状況(休み明けに出稿する案件が年末に入ったため)になっていて、元旦早々からパソコンに向かって原稿を書いているのである。考えてみれば、ふつうの日と何ら変わらない正月だなぁ、と思ってみたりもしたが、この「ふつう」であることが、一番幸せなのかも知れないなぁ、とも感じている次第である。
2004.01.01
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