「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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~さわやかに香る風~
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三角ピンクのお耳。
小さな口の隙間からはみ出した、かわいらしい前歯。
くるりんと曲がった細い尻尾。
なぜかどこぞの騎士様のようにマントを羽織った出で立ち。
現れたのは、これまたなぜか関西弁(?)を喋る、銀色の毛を持ったネズミだった。
体長は十センチ程度といったところか。
「遅いわ!!ほんまに。もう少し開けるのが遅かったら死ぬところやったわ」
ネズミは巧の足に乗ったまま、不機嫌そうな顔(?)でブツブツと文句を言っている。
「あ、あの…」
巧は気絶しかけていた状態から何とか立ち直り、ネズミに恐る恐る話しかけてみた。
「なんや!?」
ネズミは巧の声に反応するや否や、鋭い眼差しで巧みを睨みつけてきた。
「ひぃっ!!ごめんなさい!!」
驚いて飛び上がる巧。同時にネズミもバランスを崩し床に転がった。しかしネズミはすぐに体勢を立て直した。
「痛たた…わいが何したっちゅうねん!ひどい仕打ちやな」
「ハハハ、臆病だね、君は」
それまで黙って見ていた少年は、笑いながら床に立っていたネズミの尻尾をひょい、とつかみあげた。
「こ~んなたかがネズミにびくびくしちゃってさ」
「な、なんだよ、自分だってさっきはギャーギャー叫んでたくせに…」
「え?そうだった?まぁどっちにしても君の臆病さには勝てないけどね」
「…。相変わらず一言多いな…ほんとに俺なのか?こいつ」
「ふ~ん…」
少年は巧がムッときているのも、グチをたらしているのも全く気にせず、つかんでいるネズミをじっと見つめている。
「まさかとは思ったけどさ…こんなところで再会するとはね」
少年にそう言われたネズミは、
「はぁ?なんやお前…」
と言いかけたが、少年の顔を見つめながら目を大きく見開いた。
「あ゛あ゛ぁぁ!?」
その様子を見た少年は、フッと笑って今度はネズミの尻尾をつかんで振り回し始めた。
「気づくのが遅いよ、ニージョ」
「ぎゃ~!!」
少年はネズミをひとしきり回した後、彼をひょい、と巧のほうへ投げてよこした。
「お、おっと…」
巧があわててキャッチする。
「や、やめや~!この悪ガキが!!わいを殺したかてええ事ないで!」
ネズミはあれだけ回されたのに目を回すどころか、キャッチした巧の手に噛み付いてきた。
「い、痛い痛い痛い!!俺じゃないって!!」
ネズミはそれを聞いて一瞬辺りを見回して、巧と少年の姿を捉えたが、再び巧に噛み付き始めた。
「なんや!?分身の術か!?わいですらまだマスターしてへんっちゅうのに…バカにしとるんか!このっ!このっ!!」
「痛っ!!だから!違うってば!!」
「物分かりが悪いな~ネズミさん」
様子を見ていた少年は再びフッと笑い、巧の手の上のネズミの尻尾をつかみ、顔をぐっとネズミに近づけた。
「相変わらず落ち着きがないんだから…分身の術なんか使えるわけないでしょうが。ばーか」
その言葉に感化されて、少年に視線を移していたネズミも眉間(?)にしわを寄せた。
「ミック…お前も相変わらずやな、その減らず口は。どついたるわこのイヤミボーイが!!」
ネズミは少年をどつこうとするが、尻尾をつかまれているのでどうしようもない。
「ははは…ばーか!ばかニージョ!!」
はたから見るとペットとその飼い主がじゃれ合っているように見える彼らだが、本人たちは本気である。
「あの…さぁ、どういうこと??」
取り残された巧の頭には無数の疑問符が。
「無駄だって。あぁ…不憫だねぇ、ネズミの姿ってのはさ」
巧質問を聞いているのかいないのか、少年はそう言いながらネズミの尻尾を持ってプランプランと揺らして遊んでいる。
「うわ、やめやぁ!後で絶対しばいたるっ!!」
ネズミの方は自分のことで精一杯で巧の言うことなど耳に入っていないようだ。
「だ~か~ら!聞けよっ!!いったいどういうことなんだってば!!」
顔を赤くして叫ぶ巧ののほうを少年はチラリと見たが、すぐにネズミの方へと視線を戻し、ネズミの尻尾をプラプラさせながら一言つぶやいた。
「見てのとおりだよ、ボクたちは知・り・合・い」
「いやさ、それは見てればわかるけど、何で知り合いなわけ?」
巧がなおも詰め寄る。
すると少年はプラプラさせるのをやめ、手のひらにネズミをちょんと座らせた。
「それ、話さなきゃダメなわけ?」
「ダメなわけ!」
巧が少年を睨み付けながら言うと、少年は一瞬めんどくさいなぁといった表情をした後、ネズミを見ながら答えた。
「マジョンナのお付き人なんだよ、コレは」
「コレとかいうな、コレとか!!」
言われた途端にネズミは再度少年に反撃を試みたが、まるで効果はない。
「付き人…?」
そう言われても、大体マジョンナという人物がどういう人物なのかも知らない上に、その付き人であるネズミと少年との関係になどまったく結びつかない。
あ、もしかしてこういうことか。
「じゃあさ、お前もそのマジョンナとかいう人の付き人なわけ?」
思いついたままを聞いてみたが、少年は違うところに引っかかった。
「お前?そういう呼び方はボクは嫌いなんだけど。ボクにはミクタっていうちゃんとした名前があるわけだし、そこんとこよろしく」
「ミクタ??プッ…俺の名前を逆に読んだだけじゃん!」
巧を逆から読んだミクタという名前。それを真顔で言う少年を見ていると、おかしくて吹き出した。その様子を見て少年は、
「何がおかしいんだか。ボクからしたら君の名前のほうがおかしく感じるけど」
と、巧を睨んだ。
「それを言うんだったらそっちこそ、君とかいう呼び方やめろよ」
睨みあう二人をみて、ネズミが声を上げた。
「なんやそんなん好きなように呼んだらええやんか!お前が巧でこいつがミック。それでええやろ?で、この話はこれでしまいや」
「あ…うん、わかったけど、なんでミック?」
体のわりに大きなネズミの声に圧倒されて巧は反射的にうなづいたが、同時に疑問も口から出てきた。
「あだ名」
「は?」
少年がポツリとつぶやいたのが聞き取れず、巧は聞き返した。
「だから、あだ名だよ!」
突然大声を出す少年。
「なんだ、あだ名か。そんなに怒鳴らなくても…いいじゃんあだ名くらい」
巧の少年への反応を見て、ネズミは笑い出した。
「っははははは。そうやんなぁ。気にしすぎやミックちゃん!これからも愛情込めてそう呼ばせてもらうで~」
「…好きに呼べば。そんなことよりも、もういいわけ?説明しなくても」
少年…ミクタはネズミなど相手にせず、ふ~っと息をつくと巧に聞いた。巧もはっとして姿勢をなおす。
「え?…あぁ、そっか。このネズミがマジョンナって人の付き人で、確か、ミックがそのマジョンナっていう人を追ってるんだっけ?…てかさ、自分と同じ姿してる奴を名前で呼ぶって変な感じ」
「はいはい、もう好きなように呼べばいいじゃん。んで、そう。ボクはマジョンナを追ってるんだよ。だからこのネズミは、その重要な手がかりなんだよね」
と、ミクタが喋っていると、今度はネズミが怒鳴った。
「あんな~、ネズミネズミてうるさいわ!わいにもニージョっちゅう名前がちゃんとあるんやで」
「あ、ごめん。ニージョね。了解。そんでミック、何でそのマジョンナって人を追っかけてるわけ?」
「…無視かい。やっぱ同じ顔やと似とるわ」
巧の流すような反応に、ため息をつくニージョ。
そんなニージョの姿を横目に、ミクタが話し出した。
「マジョンナを追ってる理由ね…面倒だからまた今度にしない?君にもしないといけないことがあるんじゃないの?あんまりゆっくり話してる時間はないと思うけど」
「なんだよ…結局俺のことは君呼ばわりか…って、ええ!?」
ミクタを睨んだ巧だったが、彼の視線の先の時計を見ると、それどころではないことを悟った。
「九時!?もう学校始まってんじゃん!!」
時計の針はもうすぐ九時を指すところだった。
「そういうこと。まぁ今から行ってもどうせ遅刻だけどね」
そう言ってミクタはフッと笑った。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ~。…いや、ちょ、ちょっと待てよ?俺が学校行ったらミックたちはどうするんだよ?」
泣き顔になったりハッとした顔になったりの巧。
それに比べ、ミクタは全く問題ないよといった感じの表情で口を開いた。
「自分がぶっ倒れてたくせに。…まぁ君が帰るのを待ちながら、この家でゆっくりさせてもらうよ。このネズミとも話があることだしね」
「ネズミやないて言うとるやろ!」
すかさずニージョが反論するも、ミクタは相変わらず相手にしていない。
「それに、君のお母様はしばらく帰ってこないみたいだし?問題ないと思うけど」
「何でそれ知ってんの?」
「え?ここに置いてある手紙を読ませてもらっただけだけど?」
「あ…そうか。…いや待てよ、やっぱりここにいてもらうわけにはいかないよ!だってここにいられちゃ何されるかわかんないし…」
そのままミクタの言うことに応じそうになり、慌てて考えなおす巧。しかしミクタはすかさず答えた。
「それを言ったらどこにいたって同じだと思うけど?なにしろボクと君は同じ姿をしてるんだからね」
「あ…」
言われた巧は口が開いたままになってしまった。
ミックは笑って、
「ま、ボクたちはここにいた方が一番問題ないってこと。大丈夫。君が心配するようなことはしないと思うから」
と、ネズミをテーブルの上に置いて二階への階段を登ろうとしたが、そこに巧が待ったをかける。
「ちょっ…なに勝手に二階に上がろうとしてるんだよ!」
そう言ったが、ミクタはニヤッとして、
「別にいいじゃん?だってボクは君、なんだしね」
と言いながら二階へ行ってしまった。
…。
「はぁ~…。なんなんだよ…」
一連の出来事にため息が漏れる。学校に行ったとてミクタ達のことが気になって仕方がないだろう。すでに行く気力がかなり削がれてしまっている。
頭を悩ませていると、それまでじーっと巧をみていたネズミのニージョが巧の肩にピョン、と乗ってきて言った。
「ま、学校行ってきぃや。ミックの奴はわいがちゃーんとみとくし心配せんでもええで」
巧はそう言われ、しばらくニージョを見ていたが、やがてしかめっ面になり、
「ネズミに言われても説得力がないよ…それに、あんたもじゅ~ぶん怪しいんだけど」
と、再びため息をついた。
「なんやて!?お前もほっといたらあいつみたいになってまうわ。こう見えてもわいはな…」
「あ~、もういい!!いいよ、学校行くし」
巧はニージョが食いついてくるのを制し、ミクタの登っていった階段をぼーっと見つめていた。
まさかこんなことになるとは…ネズミと会話している自分がばかばかしく思えてくる。
学校へ行った後のミクタ達のことは気になるものの、巧はとにかくこの状況から抜け出したい一心だった。
学校にて
1
キーンコーンカーンコーン。
ここは七色町立、百合が原中学校。
校内に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り渡る。
「巧くん、お昼ごはんは?」
「うん…」
巧は頷きながら、まったく語りかける声に耳を傾けていなかった。席に着いたまま、机の上の物も片付ける気配がない。
「巧くん!!」
「え?…あ、あぁ、ごめん。なんだっけ?」
大きな声を出され、ビクッとして声の主の方へ顔を向ける。
「もう…どうしたの?今日の巧くん、なんか変だよ?学校遅刻してくるし、ずっとそわそわしたりぼーっとしたりしてるし」
心配そうな顔つきで巧に語りかけているのは、巧と同じクラスの女の子で、名前は立花希色(たちばな きいろ)。
パッチリとした目に、肩までほどの長さの髪の両側をゴムでくくったツインテールがチャーム・ポイント。
小学校が同じで、部活動も共にテニス部なこともあって、二人は仲がいい。三年生の十一月なので、部活はすでに引退済みだが。一、二年生の時は違うクラスだったが、三年生になって同じクラスになった。それからは以前よりよく話すようになった。
「ごめん。なんでもないよ」
なんでもないわけがなかったが、巧はそう答えるしかなかった。朝に起きたことを言っても、信じてくれるわけがない。
言わずともそんな心情は少なからず伝わっていたようで、希色は腰に手を当てて、巧を軽く睨んだ。
「絶対なんかあったでしょ~!顔にそう書いてあるよ。なんか今は言いたくなさそうだから聞かないでおくけど、私で聞けることだったら言ってね、相談乗るから」
そう言って希色はニコッと笑った。
希色は昔から他人のことをよく気遣う子だった。少し行き過ぎて考えている感もあるが、それだけ自分のことを心配してくれているということだ。そう思うと少しうれしくなり、今の気分も紛れてくる。
「ありがと。大丈夫だから」
巧は自然と笑顔になって答えた。
それを見た希色も安心したようだった。
「そっか。よかった。ちょっと心配だけど…巧くんがそう言うんだしね。
ところで、今日はお昼ご飯何も持ってきてないの?」
「え?…あぁ、バタバタしてたから何も持ってきてないよ。今日は母さんがいなかったから、弁当も作ってもらってなかったし」
かといって母親も忙しい身なので、毎日弁当を作ってもらっていたわけではないが。
そういえば朝から何も食べていない。ランチのことを考えると急に腹が減ってきた。
「えっ、おばちゃんいないの?じゃあ、また独り?…寂しいね」
巧が母子家庭であることは希色も知っている。小学校の卒業も近い時に巧の父が亡くなり、その時からしばらく、巧の落ち込んだ姿を目の当たりにしていた。
あれから時が過ぎ、巧も父親のことで沈んだ様子を見せなくなったが、両親も姉妹もいる希色からすれば、家に帰って独りという巧のことを考えると、さぞや寂しいだろうと思う。
「あぁ…まぁ、もう慣れたよ。それに、たまに独りってのも悪くないよ」
と言いつつ、家に残してきたミクタとニージョの姿が一瞬浮かんだ。
「でも…あ、そうだ、今日巧くん家で勉強会しようよ!浅葱くんとかも呼んでさ」
浅葱というのは巧の親友である。クラスも部活も違うが、小学校時代からの仲である。
「え、勉強会!?…あ、えっと、今日はダメなんだ。いや、ダメっていうか…ちょっと今日は独りになりたい気分で」
咄嗟に変なことを言ってしまった。
希色も気を使って言ってくれているのだろうが、あの二人(一人と一匹か)が家にいることを考えると、とても「はい」などと返事はできない。
案の定、希色の表情が一変した。
「独りになりたいって…巧くん、やっぱり変だよ。今日は一緒に帰ろう?みんなで勉強会しようよ、ね?うん、もうそれで決まり!」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!俺は来ていいなんて一言も…」
この時点で巧の中で嫌な予感が大きく膨らむ。
「も~、遠慮しなくていいから。こんな時に独りでこもってちゃダメだよ!後で浅葱くんにも声かけとくから」
「いや、そうじゃなくて…」
巧の言葉も、もはや人助けの決意を固めた希色には無意味だった。
「あ!話してたら結構時間経っちゃってる。お弁当持ってきてないんでしょ?売店にパン買いに行こっ!早く行かないと売り切れちゃってるかも!!」
と言って、希色は小走りで教室を出て行ってしまった。
……。
絶対に何か勘違いをしている。
希色は人を思いやれるといういいところがあるのだが、少し突っ走ってしまうのがたまにキズ、である。
「あ~、どうしよ…」
結局希色の気迫に押されてしまって何も言えなかった。というか言う隙を与えてくれなかった。
帰りまでになんとか上手いことごまかして、家に来ないようにしないと…。
希色が教室の入り口に戻ってきて、「早く早くっ!」と手招きをしている。
「はぁ~…」
今日何回目のため息だろう。今日は厄日だ。
自分を急かしている希色の姿を見ていると、一時忘れていた空腹もよみがえり、とりあえずはそれを満たすことにして、巧は席から立ち上がった。
しかしこの後、厄日だと思うにはまだ早かったことを思い知らされるのだが…。
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