~さわやかに香る風~

~さわやかに香る風~

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「ミックはトイレの鏡の中に隠れてるんだ」
 巧が意を決した二人をトイレまで連れ立とうとしたが、
「そっちに行く必要はないよ」
 と待ったがかかった。
「え?…亮介、今なんか言った?」
 巧は後ろを振り返って聞いたが、亮介は首を横に振った。
「いや、何も言ってないけど…てか、今のタクの声だったような…?」
「うん、私も巧くんが言ったのかと思ったけど…」
 と、希色も口を合わせて言う。
「え?ううん、俺は何も…。じゃあ…どこから…?」
 巧がそう言いながら周りを見渡したその視線の先に、自分の姿が映った。
「そう、ここだよ」
 玄関に置いてある等身大の鏡の中から、その声はした。
「え?え?あ…あれ、あれ…!?」
 巧よりも先に反応したのは希色だった。
 亮介も鏡の中を見て声を出せずにいる。
 そんな二人の様子にも気付かず、巧は鏡の中のミクタに声をかける。
「あ…ミック…?どうしてここに?」
「どうしてかって?ここで待ってたんだよ。君がいなくちゃそっちには行けないけど、こっちを移動することはいくらでもできるからね」
ミクタはそう言ってため息をつくと、巧に言った。
「そんなことより、どうやらネズミが逃げ出したみたいじゃん?」
「あ…うん。話しかけても反応がなかったんだ。追いかけたんだけど見失っちゃって。それで、どうしたらいいかわからなくて、今ミックに相談しようと思ってたんだ。え、でも何でミックがその事知ってるの…?」
 巧とミクタ。まったく同じ姿の二人が鏡越しに会話をして、別の動きをしているのを間近で見た希色と亮介は、開いた口がふさがらなかった。
「しゃ…喋ってる…?」
「本当に…もう一人の巧くんなの…?」
 巧は二人の反応に気づき、
「あ…ミック、その、何ていうか、友達にはもうミックのことを言っちゃったんだ…ごめん!」
 と慌ててミクタに説明した。
 するとミクタはフン、と笑って、
「わかってるよ。だからここまでボクが来たんじゃないか」
 と希色や亮介の方を交互に見た。
「ねぇ、巧くん。私、本当に信じられない。夢見てるんじゃない…よね?」
 希色も巧とミクタを交互に見ては瞬きを何度もしている。
「う、うん。俺も夢と思いたかったけど…残念ながらそうじゃないみたいなんだ。…希色ちゃん、大丈夫?」
「…うん。何とか大丈夫みたい。でもやっぱり現実にいないように感じちゃって」
「そっか…ここにいるのが嫌だったら、リビングの方にでも行ってていいからね?」
 巧が言うと、希色はコックリと頷いただけで、そこから動くことはなかった。
 そして希色の様子を確認しつつ、その隣にいる亮介の様子を見ると、彼は鏡の中のミクタを見たままミクタから目が離せなくなってしまっているようだった。
「そんな…マジだったんだ…でもさ、タク。俺には鏡の向こうのタクの声が聞こえないんだけど…?」
「えっ?」
 亮介に言われ、巧はミクタの方へ視線を移した。
「あのさ、ミック?ミックの声は俺にしか聞こえないの…?」
「みたいだね。ボクも君の友達の声は聞こえないよ。まぁ、行き来できるとは言っても、やっぱり鏡は世界の境界線だから。だったらボクがそっちに行った方が都合がいいんじゃない?」
「ちょ…待ってよ!友達にも心の準備ってものが…」
 ミクタがそう言って突然こちらに出ようとしたので、巧は慌ててそれを止めた。が、しかしそれはマズかった。
「タク…今…て、手が…!」
 亮介が鏡の方を指しながら震えている。
希色も口の所を手で押さえて目をギュッとつぶっている。
「え?」
 巧が亮介の顔から鏡の方へ視線を移すと、鏡からニュッと出たミクタの手を、巧が掴んでいる状態だった。
「あ…」
 慌ててミクタの手を離し、笑ってごまかそうとする巧。
 しかし亮介は先ほど見たものを思い出しながら、声が出ないようだった。そして再びミクタの方を見ると、そのまま固まってしまった。
 その亮介の視線を痛く感じたのか、ミクタは
「なんだよ、ボクは見せ物じゃないんだ。そんなにジロジロ見ないでほしいんだけど」
 と亮介を睨みつけた。
 一方睨まれた亮介は、突然睨まれてビクっとしてしまっていた。
 その亮介の様子を見て、巧は苦笑いをしてしまう。
 亮介って…意外と臆病?いやいや、それを言うなら自分なんて…朝の自分のビビリ様を二人に見られたら、それこそ笑われてしまうだろう。あの、もう一人の自分が鏡から出てきた瞬間を思い返すだけで寒気を感じる。
 …などと考えていたが、当初の目的を思い出し、「そのままそっちにいていいから…」と言った上で、巧はミクタに問いかけた。
「それで、何でニージョのこと知ってるの?…そっちでも同じことが起こってるってこと?」
 その問いに、ミクタは亮介や希色をチラチラ見ながら頷いた。
「まぁ…そういうことになるね。トイレのドアをちょこっと開けて、君たちのやり取りを聞いてたけど」
「そっか…」
 と返事をしたものの、巧はとても嫌な予感がした。
「でも、ちょっと待ってよ。そっちにはミックがいるんだから、俺はその場にいないんじゃ…?そうだよ。それにそこに俺がいなかったら、それこそどうなっちゃってるんだよ!?そこでの出来事が成立しないんじゃ…!?」
 巧の慌てている様子を見て、ミクタはクスクスと笑った。
「それはね…企業秘密ってことで」
「企業秘密!?なんだよ、それ。大体企業じゃないし。全然説明がつかなくなっちゃうじゃないか!」
「まぁまぁ、落ち着いて。隣の友達が変な目で君を見てるよ」
 ミクタになだめられ、巧は「え?」と我に返り、ゆっくりと亮介と希色の方に顔を向けた。
「巧くん…私、だんだん平気になってきたかも…。だって、ずっと見てたら、巧くんが一人で鏡に向かって話してるようにしか見えないんだもん」
 希色は苦笑いのような困惑しているような表情を浮かべている。
「慣れって怖いよ。さっき手が出てきたときはビビったけどさ、なんか変な映像観てるみたいだ」
 亮介も先ほどのビビリ様とはかけ離れた、好奇心の溢れた目で巧に話しかけ、
「鏡の向こうのタクは何て言ってるん?」
 と興味律々で聞いてきた。
「あ…えっと…」
 巧はこの事態を見た上での二人の様子を見て驚くとともに、散々ビビッていた自分が恥ずかしくなった。
 巧が一人で固まっていると、
「やっぱりさ、ボクがそっちに出て行ったほうが都合がいいと思うんだけど?さっきからジロジロ見られて気が散るし」
 と、ミクタがイライラした口調で語りかけてきた。
 巧はピクッと反応してミクタのほうへ向き直り、
「あ、あぁ、うん。ちょっと待って。二人に聞いてみるよ」
 と言うと、またゆっくりと希色たちの方へ顔を向けた。
「ミックが…ていうか、もう一人の俺が、こっちに出てきたい、って言ってるんだけど…」
 言いながら、巧も緊張度が増してきていた。
「こっちにって、鏡の中からこっちの方に出てくるってこと…?さっき…手が出てきたみたいに?」
 希色の表情に少しずつ不安の色が増していく。
「う…ん。こっちに出てくれば、希色ちゃんたちももう一人の俺の声が聞こえるみたいなんだ。でも…大丈夫?」
 巧が答えに、希色の代わりに亮介が反応した。
「そんな、大丈夫なわけないって!タクがもう一人出てくるんだろ?うぅ…考えただけでも鳥肌立つ…」
「…だよね。じゃあ、やっぱこのまま…」
 と巧がミクタに返事をしようとすると、それを希色が制した。
「巧くん!…大丈夫だよ。さっき巧くんに協力するって、もう一人の巧くんにも会うって決めたんだもん。…出てきてもらって、いいよ。浅葱くんも…いいよね?」
 希色にそう言われてしまっては、亮介も男としての立場がない。渋々頷いてみせた。
 希色の言葉を聴いて、巧は感心してしまった。
 女の子って強いなぁ。それに対して亮介のあの顔。
 希色の様子を見ると、不安の色はあるものの、その意思がしっかりとしていることが窺える。
 巧としても、あまり自分が鏡から出てくる様子などまだ全然慣れてはいないし、そう何度も見たいものでもない。わずかに抱えている恐怖を、希色の言葉は和らげてくれるようだった。
「希色ちゃん……わかった。ミック、二人とも了解してくれたよ。出てきてくれる?」
 巧が鏡に向かって言うと、やっと話が終わったかと待ちくたびれていた様子で、ミクタは「はいはい」と頷いた。
「ちょっとそこ、どいて」
 と巧に向かって言うと同時に、ミクタの手が、足が、顔が、順々に鏡の中からこちらの世界へと姿を現した。
「きゃっ!!」
 希色も思わず声を上げる。
 亮介も目を見開いて、そこに目が釘付けになっている。
 鏡の中から出てくるとはいっても、それは一瞬のこと。
 驚いている間に、希色と亮介の目に映っているものは、まったく同じ姿の二人が並んで立っている状態へと落ち着いていた。
「…」
「……」
 あまりのことに言葉を失う二人。
「あの…希色ちゃん?亮介?大丈夫…?」
 二人の様子を見て心配になる巧。
 俺もミックが現れた時、こんな顔してたんだろうか…?
 巧の声に二人も我に返ったようだが、目をこすったり、パチパチさせたりしている。
「巧くん?こっちが巧くんだよね…?あ~、巧くんが二人いるよ!ほんとにほんとなんだ…どうしよう!!」
 希色はもうパニック状態である。
「希色ちゃん、落ち着いて!!俺が巧だよ。とりあえず…ちょっとあっちに行こうか?」
 巧は希色の手をとりながら、亮介にも声をかける。
「亮介、大丈夫?」
「あ、あぁ…」
 頭を抱えているが、なんとか大丈夫のようだ。
 巧はミクタが出てくるのを止めておくべきだったと後悔する。 
 やっぱり刺激が強すぎるんだよ…一旦ほかの場所に移って落ち着かせなきゃ…。
 リビングへ二人を連れて行こうとしている巧に向かって、それまで様子を窺っていたミクタが口を開いた。
「まったく…迷惑だよね、この反応はさ」
 その無神経な一言に巧はムッとして、
「当たり前だよ!こんなことありえるわけがないんだし。大体同じ顔してるくせに、もうちょっと気遣いとかできないのかよ!」
 とミクタへ怒りをぶつけた。
「ご、ごめん。でもボクだって出てくる度にこう反応されちゃたまんないってことだよ。まぁでもさ…確かにそうだね。君なんか気絶しちゃったんだしね」
 などと一言多いミクタの気持ちなど汲み取れるはずもなく、巧は返事もせずに二人をリビングに向かわせた。
 ミクタを放っておき、リビングに向かう途中。
「タク…ほんとにタク…なんか?」
 亮介が玄関の方を振り返りながら、巧に聞くとも自分に確認するともなく言った。
 その問いに巧は頷いたが、
「まぁ亮介、とりあえずそこに座って一旦落ち着いたがいいよ」
 と言ってリビングの椅子をひいてやった。
「うん…落ち着いてないっちゃ落ち着いてないけどさ。何ていうか、やっぱ信じらんなくて」
 亮介は言われたとおり椅子に座ると、必要以上に巧の顔をじっと見ながらつぶやいた。
 それとは対照的に、意識的に巧から目を逸らしていたのが希色だった。
「ごめんね、巧くん…。あまりのことで…私、なんか巧くんのことすぐに直視できない…」
「うん…」
 希色の言葉に、巧も複雑な気分になる。謝ってもらう必用など全くないのだが、この避けられているような感覚に陥ったようで、そのことを伝える言葉が出なかった。
「てかさ、タク。あっちの…その、もう一人のタクはあのまんまでいいん?」
 亮介はしきりにミクタの存在を気にしているようだ。今は壁に隠れて見えないが、その向こうには同じ姿をした友人がいると思えば、気になるのも仕方がない。
 言われて、巧も玄関のある方の壁へと視線を移した。
「俺もさ、あんまり対面したくないんだ、あいつと。自分と同じ姿をしてるくせに、イヤミだし、偉そうだし。なんか自分が嫌なやつに思えてきてさ」
 そう言ってため息をつくと、さらに続けた。
「いきなり現れて、もうひとつの世界がどうだの、誰か探してるだの…おまけに喋るネズミまで出てきて?そいつは逃げ出すし。もうわけわかんないんだよ!」
 事の始まりから思い出していくと、自然と怒りがこみ上げてきた。
 どうして自分がこんな目に?
 今置かれている現状と、これから待ち受ける自分の運命への不安や多くの疑問。様々な感情が頭の中で入り混じっているが、それが最終的に抑えきれなくなり、怒りとして姿を現すよう促す。
「タク…」
 巧の不安定な様を見て、亮介も心を痛める。
 信じられない光景を目の当たりにしたばかりで驚きは隠せないが、当事者の巧と比べれば自分なんてまだマシなものである。
 そうは思うものの、自分自身の動揺もあってか、なんと声をかけていいものやら、言葉が見つからなかった。
「巧くん…本当にごめんね。私、巧くんの力になるって言ってたのに、逆に巧くんに気を使わせちゃってるよね…。巧くんだってどうしたらいいかわからないのに…」
 希色はそう言い終えると、逸らしていた視線を巧へと向けた。
 巧は急に視線を向けられて、感情的になっていたせいもあって恥ずかしくなり、顔を赤らめる。
「いや…そんな、謝らなくていいよ。俺こそ、ごめん。取り乱しちゃって…」
「ううん。一番苦しんでるのは巧くんなんだもん。私が巧くんに負担かけてちゃだめだよね。私はもう大丈夫だから」
 希色はそう言ってニッコリ笑って見せたが、すぐに真面目な顔に戻り、続けた。
「でも…、もう一人の巧くん…ミックくん、だっけ?彼にもこっちにきた理由が何かあるのかもしれないし…ちゃんと話を聞いておくべきだと思うんだ。巧くんも嫌だろうけど顔を合わさないわけにはいかないだろうし…」
 言いながら巧の顔色を窺う希色。
 彼は話を聞いているのかいないのか、視線を下に落とし、何か考え事をしているようだった。
 希色が巧の様子を見て言葉を詰まらせていると、今度は亮介がそれを引き継ぐように言った。
「タク、俺もそう思うよ。立花さんの言うとおりだ。正直アレにはビビッたけど、そのまんまじゃあいつと向き合えないし、タクにも迷惑かかって協力どころじゃなくなるしさ。俺ももう決心ついたよ。あいつ、ここに連れてこようや。今は一緒に話聞いてやるくらいしか思いつかんけど、とりあえず、あいつの話聞こうや。何かできることがあるかもしれんし」
 亮介の熱弁に、巧は視線がそのままでありつつも、コクリと頷いた。
 亮介の言う「あいつ」とは、ミクタのことだろう。あの言いようではあまりミクタにいい印象は持っていないようだ。まぁ、あれでいい印象を持てと言う方が無理な話だが。
 巧は二人の話を耳に入れながら、自分もしっかりせねばという思いと共に、先ほど吐き出した本音によって引っ込みがつかなくなってしまったような感覚もあり、葛藤していた。
このまま二人に一緒に話を聞いてもらったとて、もう一人の自分が現れたという事実が変わるわけではないし、彼がいなくなってくれるわけでもない。この事実を受け入れるしかないことはわかっていながらも、そこから逃げ出したい自分がいる。しかし、その気持ちを悟って何とかしてくれようとしている友人たちの想いを感じると、やはり向き合わなければならないと思い直すのだった。
 そして落としていた視線を二人に向ける。
「希色ちゃん…亮介…。ごめん。いや、ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。文句ばっか言ってたって状況は変わるわけじゃないしね。希色ちゃんが言ってたように、まだ俺が知らないことがいっぱいあるのかもしれない。気をしっかり持たなくちゃ」
「巧くん…!」
 巧の発言に、希色の表情がパッと明るくなった。
 亮介はウン、ウン、と深く頷いて、
「じゃ、呼んで来ようか、あいつを」
 と椅子から立ち上がった。
 が、その本人が自らリビングへとやってきた。
「あいつって…そんな呼び方は感心しないなぁ」
「えっ?」
 巧と希色も立ち上がり、皆の視線が開かれた扉の前に立つミクタへと集中する。
「ボクにはミクタっていう名前がちゃんとあるんだ。まったくどいつもこいつも…」
「な…!」
 亮介は言い返そうとしたが、やはり巧と同じ姿のミクタを目にすると、若干たじろいでしまう。
 フーっと一呼吸置いて再び口を開く。
「ちょうどよかったよ。呼びに行こうと思ってたんだ。てかミクタって…プププ」
 巧を逆から読んだ名前に笑いをこらえる亮介。
「亮介…!ダメだって…!」
 巧は慌てて亮介の笑いを止めにかかりつつミクタの顔色を窺ったが、本人はさして反応していなかった。
 自分の呼び名は気にするくせに俺のことは「君」としか呼ばないし…。自分が言い返したくなったが、その後が面倒になりそうだったので口をつぐんだ。
「君たちの話もひと段落ついたみたいだし?早速ネズミを追いかけようか」
 脈絡もなくミクタはそう言った。
 突然の提案に眉をひそめる巧。
「ニージョを追いかける?…簡単に言うけど、どこに行ったのか全然見当ついてないよ?」
「見当は大体ついてるよ。恐らくニージョはマジョンナのところだね」
「マジョンナ!?」
 ミクタの言葉に全員が反応する。
「巧くん…マジョンナって…」
 希色の問いに巧は頷く。
「うん…ミック達が追っている人っていうのが、マジョンナって人なんだ。だからさっきはビックリして。まぁ、名前が同じだけなのかもしれないけど…」
「あの先生が…」
 希色は先ほど出会ったばかりの赤毛の美女を思い出していた。
「希色ちゃん、そのマジョンナっていう先生、どんな感じの人だった?もしかしたらミックの言っている人と同じ人かもしれない」
「あ…うん。髪は赤みがかってて長いストレートだった。スタイルも抜群で美人だったし…何より外国の人だったから、目立つと思う」
「そっか、言ってたね、外人さんだって。…ミック、同じ人っぽい?」
 巧はチラッとミクタの方を見て答えを待つ。
「うん。間違いないね。マジョンナは元々外国の…いや、そんなことは置いといて。学校の先生って言ってたよね?なら、君たちの学校にいるかもしれない」
 巧はミクタがマジョンナについて、学校の先生であることを知っていたのが気になり、問おうとしたが、思い直した。そういえば、トイレから会話を聞いてたって言ってたっけ。
 そう思っていると希色がミックに対して口を開いた。
「でも…今日はもう学校終わっちゃってるし、あの先生は明日から学校に来るって言ってたから、学校に行ってもいないと思う…」
 希色の情報にミクタは腕を組みつつ息を吐く。
「…なるほどね。まぁ、いなかったにしても、住所なり何かしらの情報は得られるんじゃない?今は他に行く場所がないしね」
「いやいや、そんなことできないって!まだ来てもない先生の住所聞きだすとか不自然すぎるし」
 亮介が突っ込みを入れる。
「まぁ…そうも考えられるけど。マジョンナがあそこの先生としてやっていこうとしていること自体、あそこには何かあると思うんだけどね」
 ミクタはそう言うと、椅子を引いて座った。彼の後に続き、皆も座る。
 落ち着いたところで巧が口を開いた。
「でもさ、今日じゃないとダメなの?どっちにしても明日になれば先生は学校に自分から来てくれるわけだし…」
「そうじゃん!タク、ナイス提案!もう暗くなってるしさ、学校に行っても先生帰っとるかもしれんし」
 亮介がそう言ったのを聞いて皆が時計に目を移すと、時刻はもう七時半をまわるところだった。
「う~ん…あんまり時間を置かない方がいいとボクは思うんだけどね。ニージョの様子がおかしかったのが気になるし。恐らくマジョンナが奴を呼びつけたはずなんだよ。何かたくらんでるような気がする」
 ミックは焦りの表情を見せている。いつもの余裕で生意気な態度とは違い、初めて見せる表情だった。
 巧はそれを見て、希色の言ったように、彼にも何か理由があるのかもしれない、と思った。
「じゃあ、今から…」
 巧が学校に行こうと言おうとしたが、それに否定的だったミクタが彼を制した。
「いや、いいよ。確かに今日学校に行ってもマジョンナに会える可能性が低いし。明日学校で様子を見よう」
「あ…うん。ミックがそう言うならそれでいいけど、ほんとにいいの?結構ヤバめなんじゃ…」
「大丈夫だよ、きっと。まだマジョンナもこっちに来て間もないはずだし、何かやらかすにしてももう少し後だと思う」
 ミクタの発言に、亮介が再び突っ込みを入れる。
「あのさ…そんなにそのマジョンナって先生はヤバい存在なん?立花さんの話からしちゃ、そんなに危険人物な感じはしなかったけどさ」
 ミクタはそれに対して首を振った。
「いや、危険人物とかそういうんじゃないけどね。正直ボクも、あの人がこっちに来た理由とか、色々聞きたいことはたくさんあるんだ」
「ふ~ん…」
 そして、なんとなく沈黙の時が訪れた。
 少しした後、思い立ったように希色が口を開いた。
「ねぇ…ミック、くん?あなたがこっちに来た理由とか、そういうのは教えてくれないのかな?私たち、巧くんに何か協力したいと思って、一緒に話を聞く決心をしたんだけどね。巧くん、いきなりこんなことになって…すごく不安定になってて」
 巧は自分のそんな話しをされたので、顔が熱くなるのを感じた。
 希色はミックをじっと見て続ける。
「ミックくんも理由があってこうやって現れたんだろうし、巧くんには負担かかるだろうけど、私は二人がもっと話し合えば、そこでも協力していけると思うの。ミックくんに、ずっと鏡の中から出てこないように言うわけにもいかないし…」
 希色はそこまで言うと、苦笑いをした。
「ごめんなさい。なんか、私が口出すようなことじゃないんだろうけど…」
「…」
「…」
 希色の話に、二人とも黙りこんでしまった。
 巧も自分に代わって希色が言ってくれたことに対して、感謝の気持ちと自分で言い出せなかった恥ずかしさが混在していたが、なんと言葉にしていいのかわからなかった。
 巧とミクタがモジモジしていると。
 グ~~。
 静かな空間に下品な音が響き渡った。
「ご、ごめん…俺だ」
 亮介が腹の辺りをさすりながら笑った。
「も~、浅木くん…せっかく真面目な話してたのにー」
 希色が横目で亮介を睨む。
「はは、ごめんごめん…ずっと何も食ってなかったからさ~」
「…しょうがないなぁ。じゃあ、今から私、チヂミ作るから。話の続きは食べながらしよっ!」
 希色がそういってキッチンへ発つのを見て、巧とミクタは大きくため息をついた。
 同じしぐさをしたのに気づいて、お互いに顔を向ける二人。その先が同じ顔だったからか、二人はなんとなくおかしくなって、プッと吹き出した。
 すると、希色がキッチンから戻ってきて言った。
「もう、何してるの~?みんなも手伝うんだからね~?」
 その一言に今度は男三人、目を合わせて
「はーい」
 と返事をするのだった。


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